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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
48/73

芦野ハルヒの憂鬱

 6月の旧暦が水無月と表されるように、俺にとってもその夜は、何かが乾いたようなじっとしていられない長すぎる夜だった。


 深夜0時。


 ここが昔いた田舎なら月明かり以外のまともな光がないだろう時間に、家の明かりや街灯に照らされて、俺と俺のロードバイクの影だけが、揺らめきながら疾走する。

 ちなみに目的地はコンビニ。

 ……『何かが乾いたような』、なんて厨二臭いカッコつけた言い方をしてしまったが、ようは、腹が減って寝つけないので夜食を買いに行くってワケだ。実に思春期の高校生らしい理由。

 ズレた伊達メガネを直して、お気に入りのアラゴンオレンジカラーのイヤホンを耳に深く装着し直す。かかっているBGMは、ラップ調の洋楽ロック。

 そのまましばらくロードを走らせて、今日はロー〇ンの気分じゃねーな、と、ファ〇マのある通りの方へとハンドルを切った時。もとい、BGMが洋楽ロックから、静かで哀しげなモードジャズに変わった瞬間のことだった。


 俺の目に、緊急事態が飛び込んできた。


 ……小さい女の子が、路上にずぶ濡れで倒れ込んでいる。


 周囲にあるのはバカでかい買い物袋だけ。傘もたいした雨着も召していない……。

 激しい動きにイヤホンが引っかかって落ちるのも気にせず、俺はロードを蹴り落とすように飛び降り、その子の元に駆け寄る。


「おい!大丈夫か!?」

「……」


 だめだ。返事がない。

 正常に血が通っているのかを疑う必要があるくらい肌が白く、唇も青紫。

 何よりも、冷静に考えてみれば、今日雨が止んだのは午後5時くらいのことだ。この子の体が濡れているということは、それぐらいの時間からここに倒れているということ……。


 クソ、誰も気付いてないワケないのに。


 みんながみんな、倒れているこの子を見つけた人間全員が、助けるのはおろか通報やら救急車を呼ぶやらすらしなかったというのか?世間の人々がいくら事勿れ主義者ばかりでも、いくら面倒臭がり屋ばかりでも、いくら忙しい人ばかりでも、たったの1人も?


 気付いたら俺は、その子を背負い上げて走っていた。


 鍵も掛けないまま路上にチャリを放置して、自らの足で、自宅からここまで来た道を逆走して家に戻る。

 後から考えてみたら、コンビニに入って電話をしてもらった方が最善の手段だったのだろうが、そこまで頭が回らなかった。というか錯乱していた。

 推理モノのゲームとかで、『死体を見て錯乱してしまい、思わずグラスを置いた』だとか、混乱して何の脈絡も関連性もないような行動を取ってしまったと言い訳するヤツがいるが、今の俺はまさしくそれだ。死体どころか倒れている女児を見ただけで、正しい判断ができず、あとで話したら馬鹿にされそうな行動を取ってしまっている。


「…………くそ、何やってんだ俺……」


 しかし、そう嘆いても、後戻りという選択肢は取れない。

 来た道をそのまま、ファミ○キの代わりに幼女を持って、自宅へと走って行った。



「…………ん」

「おっ、目ぇ覚めたか」


 帰ってきてすぐに、意識が有るのか無いのか虚ろな目の女の子になんとかぬるま湯のカル○スを飲ませ、暖かい布団に寝かせてやると、午前5時頃、やっと女の子は目を覚ました。

 救急車を呼ぶべきかとか近くの病院に連れて行くべきかとか色々迷ったのだが、女の子を家に上げた途端に狙いすましたようにまた雨が降ってきて、徒歩で病院に連れて行く線は消えた。119番に電話をかけようか迷っているうちに徐々に女の子の顔色が良くなってきたので、そのまま様子見をしていたところだ。

 女の子は目が覚めてすぐで、まだ状況を把握できていないらしく、辺りをきょろきょろ見回している。頭の左側からピョコンと出した短めのおさげが、首を振るのに合わせて揺れる。

 とりあえずさっき作っておいた粥を温め直して、スプーンと一緒に女の子のもとへ運ぶ。


「……ここはどこですか?あなたは?」


 思ったよりしっかりしてる子だな。

 まぁ、見た目的に小学校高学年くらいだろうから、これぐらいの丁寧語ができてもおかしくはないのだろうが。俺の小学生時代はずっとウンコウンコ言ってるようなアホガキだったわけだけど。


「ここは俺の家。俺は希霧斗月」

「斗月さん……。……なんで私は知らない間に斗月さんのおうちにワープしているのでしょう」


 ワープときたか。思ってたより電波だなこの子。


「えっと……覚えてないのか?お前、ずぶ濡れで道端に倒れてたんだぞ」

「……食料を買いに街まで繰り出したところまでは覚えているのですが、もしかしてそれからすぐ倒れちゃったんでしょうか」

「倒れちゃったんでしょうねぇ」

「で、力尽きた私は斗月さんの家にリスポーンしたと」

「リスポーンって、マ〇クラとかじゃねーんだから……それはさておき、お前、名前はなんて言うんだ?」

「……知らない人に名前を名乗ってはいけないということをお母さんから言われている家庭は多いようですが私は特にそのようなことも御座いませんのでお答えします。芦野春飛あしの はるひです。一応小学5年生に籍を置いています」

「回りくどい奴だな……」


 ……というか、今ので色々と察した。


 小学5年生の女の子が、1人で街に食料を買いに出かけていること。普通の家庭の母親なら子供に教えておくような注意をお母さんから受けていないこと。小学5年生に『籍を置いている』、なんていう変な言い方。

 これらから考えられる春飛の家庭環境は……。


「春飛、お前、お父さんやお母さんは……?」


 口に出してから、しまった、と思った。

 疑問に思ったからと言って、そんな簡単に聞いていいようなことでもないだろう。

 しかし俺の懸念をよそに、春飛はひどくあっけらかんとして答えた。


「いませんよ。離婚してお母さんに引き取られたんですが、そのお母さんもどっか行きました。……法律はよく分からないんですが、毎月国から生活費が支給されていて、それとお母さんの残してくれたお金を使って生活してます」

「……学校には?」

「もちろん行っていません。義務教育がどうこうって役所の人にも言われましたが……人付き合いとか面倒臭いですし、そんな時間があったらゲームしたいですし。授業料も支給されているのですが、使ってません」


 まるで面接で自分のプロフィールを言うような、スラスラと淀みも感情もない受け答えだった。

 困惑する俺など全く意に介す様子もなく、春飛は膝の上に置かれた粥に手をつけた。スプーンで控えめな一口分を取り、口に持っていく。

 湯気を出す白くて柔らかい米を口に含んだ瞬間、少女は無表情なその顔を、微妙に歪ませた。


「……味がしないです」

「……まぁ、粥だからな」

「というかなんでお粥なんですか。私、病人じゃないですぅへっくち!」

「どう見ても風邪です、本当にありがとうございました」

「どうせ病人食ならおうどんとかがよかったです。やわめで。あ、できれば玉子も乗せて」

「注文が多いな……」

「うどんひとつしか注文してませんよ?」


 え、もしかして俺の家ってうどん屋かなんかだと思われてる?たしかによくシコシコはしてるけど、それはうどんの食感ではなく以下略。

 なんだかんだ文句を言いながらも、腹が減っていたのだろう、春飛はもしゃもしゃと粥を口の中へかき込んでいく。

 そんな春飛を見ながら、俺は呆然と考えた。

 ……もし俺がこの夜、腹が減ってコンビニに行ったりしてなかったら。

 春飛は、親と暮らしていない。また口ぶりからして、外に出かけて遅くまで帰ってこないというぐらいでは、近所の人は春飛の危機を感知してくれないだろう。


 ……もし警察とかに連れて行っていたら?


 コイツの言葉を借りるってワケじゃないが、俺も法律には詳しくない。しかし、事実上春飛を引き取った母親が育児放棄などの処罰を受けていないということは、春飛の親は、『合法的に春飛を捨てた』ということなのだろうか。

 そんな本人にもよく分からない状態にある春飛を、警察に引き渡したら……コイツの人生は、どうなってしまうんだろう。


 それに…………もし。


 もし俺が、このまま何もせずにコイツを家に帰したら?


 もしコイツがまた倒れたりして、そしてそれに俺が気付けなくて……もし、万が一のことがあったら。俺はそれを、他人事だと割り切るのか?


 ………………。


「なぁ、春飛。勘違いしないで聞いて欲しいんだけどさ……」

「なんです?」

「……お前、しばらくこの家にとどまらねーか?」

「は!?キモッ!ロリコンですか!?」

「畜生、言うと思った!思いっきり勘違いしてんじゃねーかよ!」


 案の定、俺の提案をロリコン宣言だと誤解しやがった春飛は顔を青ざめさせて、布団の中に潜り込んでしまった。


「ちょっとでもいい人だと思った私が馬鹿でした!変態さん、私なんか襲っても楽しくないしおいしくないですよ!友達もいないのに布教用に買ったセブ〇スドラゴンあげるから命だけは助けてください!」

「だから変態じゃねーって!てか友達もいねぇのに布教用にゲームソフトなんか買うなよ!役所の支給金で何やってんだお前!」

「う、うるさいですね!そこはツッコむべきところじゃないでしょう!?」

「とーにーかーく!」


 朝起きたくないとごねる子供から温もりを奪い取るように、小学生女子と高校生男子の力の差にモノを言わせて布団を剥ぎ取る。

 籠城していた春飛は、ひぃっ、と小さな悲鳴をあげて体を丸めた。腕で頭を抱えて、非常に嗜虐心をそそられ……ゴホン、罪悪感を植え付けられるような怯える目でこちらを見上げる。

 その目をまっすぐと見て言う。


「倒れてた時にお前のそばに落ちてた、クソでかい買い物袋……。あれの中身、カップラーメンとか冷凍食品ばっかりだったじゃねーか。それもチャーハンとか偏ったモンばっかり。しかもあんないっぺんに買い込んでるあたり、マトモな飯食ってないだろ」

「うっ……。……わ、私が何を食べようと勝手です」

「いーや、ガキには栄養がいいものを食う権利と、親や給食に押し付けられた嫌いなモンを無理やりにでも食う義務がある。これからは勝手にさせねーからな」


 途端に春飛は目を細め、嫌そうなというよりは苦しそうな顔をした。親でもない俺に偉そうに言われたのが不快だったのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「……権利……義務…………ですか」


 それがどういうつもりで出てきた言葉だったのか、俺には分からなかった。

 だけど、俺は努めて明るく振舞うことにした。


「俺も今、この家に一人で住んでるからさ。何も親とか保護者とかじゃなく、ルームメイト程度に思ってくれればいいから」

「………………」


 長い前髪が、春飛の表情を隠す。

 口元だけを見れば無感情で、俺は一抹の不安に掻き立てられたが、いらない心配だったみたいだ。


 顔を上げて、春飛が尋ねる。


「……ゲーム機、家から持ってきていいですか?」


 ………………………………。


「……ゲームは一日一時間だ」

「ちぇっ」



「っと……。もうこんな時間か」


 その後しばらく春飛と話し込んでいると、部屋から持ってきていた目覚まし時計が7時05分と同時にピーピーとけたたましい報知音を発した。

 ……そう、目覚まし時計である。


 ………………。


 俺の思考を読み取ったように、春飛が意地悪そうに言う。


「今日は金曜日ですよ?学校に行かなくていいんですか?」

「ぬぐぐぐ……。そうだ、結局オールしちまってたから完全に時間感覚なくなってた……」


 とりあえず朝飯を食おうとその場を立ち上がるが、なんだろう、頭のサイズが3倍になってるんじゃないかと思うほどに首の据わっていない感じ。

 熱ではないが、若干しんどい。

 というか、ダルい。

 別にこれまでも徹夜したことは何度もあったのだが、今日のは特別やる気が出ない。修学旅行から帰ってきてその日に部活に行かなければならないような気分。え?今めっちゃ疲れてるのにこれ以上何かやらせるの?みたいな。


「うーむ……」


 と悩むフリをしてみたが、葛藤はなかった。

 天使と悪魔の戦闘さえ発生しない。どうやら俺の頭の中に天使はいないらしい。俺はできるだけ仕方がなさそうに、できるだけやむを得ない感じで、はぁーっと重く溜息を吐いた。申し訳程度の自分への言い訳である。


「……今日は休むか。寝よ」

「ロリコンの斗月さん、春飛のお隣、空いてますよ?」

「小5の子供がそんな台詞使ってるんじゃありません。……いや、たしかに俺も小5の頃はアホみたいに覚えたての下ネタばっか言ってたと思うけど……」

「…………好感度が10下がりました」

「良心的な価格設定でございますこと。……んじゃ部屋戻って寝るわ。倒れててまだ熱っぽいんだから、お前も寝とけよ」


 さっきまで平気だったはずなのに、一旦疲れていると思ってしまったら、頭がクラクラしてるのが妙にハッキリと感じられるようになってくる。

 自室に戻ってベッドに飛び込むと、俺は3秒と待たず深い眠りの中に落ちていった。




「……捕されたのは、……県武針町在住の…………容疑者、……歳」


 テレビのニュースが、嫌に聞き取りやすい。

 聞き取りやすいのにところどころ全く聞こえないのは、俺が聞こうとしていないからなのだと思うが、でも、嫌に聞き取りやすく、嫌に耳に残る。


 ドシャ降りの雨の下、テレビが泣く。

 ドシャ降りの雨の下、田辺さんが囁く。

 野栗のおばさんが囁く。

 クラスメートの山江が囁く。


「……さんが、ねぇ」

「やっぱり、いつか何かやるとは思ってたけど……」

「最近はめっきりな………にも一度逃げられたらしいし」

「酒癖も悪いみたいだったしね……」


 囁く。


 昨日まで俺と喋っていたみんなが。

 普通に喋っていたみんなが。

 急に、囁くのを始めたんだ。


 ドシャ降りの雨の下、囁く声の中で、よく知るアイツの声が聞こえた気がした。手を差し伸べてくれた気がした。


 なのに、俺は……。


 土砂崩れが起きる。

 視界が眩んで見えなくなって、見知った風景が、ドス汚い焦げ茶色に染まる。


 俺は、ここで暮らせない。


 そうだ。なんだかんだで金はあるんだ。……もいないし、自由なんだ。

 都会に引っ越そう。誰にも悟られないように苗字も変えて、新しい暮らしを始めよう。

 崩れていく土砂の中で一筋だけ差していた光が、カーテンを閉じたように闇の中に消えていった。




 息苦しさに目を覚ます。


 手元の時計が指し示すのは午前11時半。……4時間くらいは寝れたのか。

 嫌な夢を見た。というか、嫌なことを思い出した。

 忘れたと思い込んでたのに、ふとした拍子に思い出しては、不愉快で仕方ない、どうにもならない気分にさせられる。田舎にいた時のことは俺にとって、トラウマや悲しい過去というよりは一種の黒歴史のようなものになっているらしかった。

 いつの間にか、無意識のうちに。親父の恥を勝手に背中に背負い込んでしまったらしい。

 ……やべ。俺、いま、どんな顔してんだろ。


「斗月さん?お昼前なのにあんまり寝ちゃって大丈夫なんですか?」


 最悪のタイミングで、春飛が俺の部屋の前から呼びかける。

 ……こんなどん底テンションであいつと接するべきじゃないよな。


「悪い、思ったより体重いわ……。ちゃんと昼飯は作るからもうちょっとだけ寝かしてくれ」

「無理しなくても、勝手に冷凍食品漁って食べますよ?」

「そんなことしたらゲームは一日一分にするからなお前……」

「それどこのKA〇Aさん!?」



「あれ?今日斗月休み?」

「そうみたいやな。Tウイルスにでもかかったんとちゃう?」

「はいはい、かゆうまかゆうま」


 ピロリロン♪


「あれ、なんかメール来た」

「迷惑メールでしょうね」

「迷惑メールやろうな」

「なんで自信満々にその予想を言うのか分からんが、斗月からだぞ」

「学校休んでランチタイムにメールとはいいご身分ね」


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from斗月


 粥…うま…


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


『…………』


「えっと…………」

「これだけ?」

「いや、なんか画像ファイルの添付が……」


 添付されたファイルを開いてみると、布団に横たわった仏頂面の小さい女の子と笑顔の斗月が、一緒に中華粥を食べている写真が。


 ………………。


「……学校休んで幼女を拉致監禁とはいいご身分ね?……ね?」

「……疑問形にされても困る」

「………とりあえず返信したら?」

「………これにどう返信しろと?」


『……………………………………………………』


 我々、コンスティチューションの誅罰隊の1人が性犯罪に走ったという疑惑は、その日の放課後、みんなで斗月の家に押し入るまで払拭されなかったそうな。


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