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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
3章・絡み合う日常と電脳世界
42/73

裏切りは彼女の名前を知っている

 来るテスト初日。


 威張るわけではないが、我ら輪通学園の生徒はグレているわけでもないのに全体的に不真面目で怠け者である。

 まぁ、何が言いたいかだいたい分かるとは思うが、テスト直前になって必死に問題集や教科書をじーっと舐めまわすように見て、脳に叩き込んだつもりになっているヤツの集まりなのだ。

 ほとんどのクラスメートがそんな意味のない作業に没頭している中、俺は何をしているのかというと。


「ほがががががががががが!ぎ、ギブ!ギブギブギブっ!」

「ギブアップなんてないわ!よくもまぁ彼女いる身でいけしゃあしゃあとDT同盟に入りやがったな!異教徒は粛清だ!」


 ……サジに逆エビ固めをかけていた。

 委員長……もとい瀬戸さんと付き合っていたにも関わらず、DT仲間みたいなツラ気取りやがったこと。そして瀬戸さんに、俺が下ネタ言ってるだけでいざとなったら何もできないヘタレだとか吹き込んだこと。今回の案件では以上の2点が今回のポイントとして挙げられます。果たして最強の弁護士軍団の見解は?


「当然、有罪ギルティだッ!リア充は首陥没して死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐえががががががががががががががが!!」

「なぁ門衛ー、古墳時代の年号って覚えといた方がいい?」

「んー、今回は飛鳥だけでいいと思うぞ。どーせお前そんな高得点狙わんだろ」

「まーな。直前だしもうちょい頑張ってみるわ、あんがとなー」

「おいーっす」


 ギチギチギチギチギチギチ!


「門衛くん、蘇我入鹿の『蘇』って、右下どんなんやったっけ?」

「津森さん、それ昨日も間違えてただろ?のぎへんだよ、木の上にノの字な」

「ああ、思い出したわ。ありがとー」

「うーい」


 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ!


「雑談してる間も攻撃の手を緩めないとか、マジでどんだけ恨んでんの!?ちょっ、待っ、テスト受けられない体になるから!マジで!」

「安心しろ!テストは受けれるけど一生子作りできねー体にしてやるからな!」

「もっと嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 自慢ではないが、俺はクラスではそこそこ人気があって誰とでも話せるし、こんな風に、みんなが勉強してる中俺たちだけ騒いでいても、周りの連中は「またやってんのか」みたいな感じで気にも留めない。

 しかし、そんな中、1人だけ俺たちに話しかけてくる女子生徒がいた。

 瀬戸さんの、眼鏡のレンズの下から覗かせる凍てつく視線が、俺を路上の空き缶でも見るかのような目で見下した。養豚場の豚を見るような目から少しだけランクアップしたようだ。


「……テスト直前に何やってるんですか?」


 呆れたように、ため息混じりの疑問文が投げかけられる。


「お前の彼氏がお前とアレできないようにしてる」

「そうですか。今回保健体育のテストないですよ?」

「良!?真顔でそんな下ネタまがいのこと言うヤツだったっけお前!」

「この男に……汚されたんです……」

「怜斗てめぇ!良に何しやがった!」

「何もしてねー!つーかお前もう俺を下の名前で呼ぶな!門衛さんって呼べ!さん付けしろ、敬語使え!」

「ハッ!リア充は非リアより格上なんだよ、お前が敬語使え!」

「あぁん!?」


 ギチギチギチギチギチギチ!


「いだだだだだだだだだだだだだだ!!ごめんなさいごめんなさい!お願いだからやめて!彼女の前でこんな無様に技かけられてる姿晒さないで!」

「輝いてますよ、ダーリン」

「真顔で見下しながらそんなこと言われてもっ!」

「女子の友達に合コン取り付けてあげてもいいですよ」

「あれ!?さっそく別れようとしてない!?」


 ギャーギャーやかましいサジを技から開放してやると、俺は瀬戸さんに向き直って、そして、額の前で両手を合わせた。


「……えーと、まず謝っておくことが1つ」

「?」

「瀬戸さんが、俺も自分の勉強をして、本気でテストに望めるように、って言って自由にしてくれた日曜なんだけどさ……」


 そう。本当は昨日、あのアホ共に勉強を教えるために5時間も6時間も使っている場合ではなかったのだ。

 瀬戸さんは初めにこう言った。

 俺が手を抜いて、それで繰り上がるようにして1位になっても、それには意味がないんだと。自分の力で俺を上回ってこそ、意味があるんだと。

 そのために、昨日1日を『自分のための勉強』を俺にさせるために自由にしてくれたのに、それを従妹の看病とアホ共の勉強会のために使ってしまったのを謝りたかった。真面目な彼女をちょっと裏切るようなことをしてしまったのを謝りたかった。


「盟音の看病したり、家をおしかけてきた他の友達に教えたりしてて、ほとんど自分の勉強に使えてないんだ。……ごめん」

「…………ぷっ、ふふふ、それだけですか?」

「え?」


 瀬戸さんが、おかしすぎて堪えきれないという様子で吹き出した。

 怒るか呆れるか、養豚場の豚を見るような目で見下されるかだと思っていた俺は、その予想外のリアクションに驚く。


「本当、おかしな人ですね。そんなことでいちいち謝るなんて、軽薄なんだかバカ真面目なんだか……」

「……委員長さんにバカ真面目なんて言われるとはな」

「よく考えたら、門衛くんっていつも全くテスト前に勉強してないんですよね。前までと条件は同じじゃないですか。日曜日も教えてもらえばよかったなー」


 笑って冗談めかして言っているが、多分本気で言っているのだろう。

 ここ10日ほど彼女と接して感じた、恐ろしいまでの結果への執着と、結果までにかける努力を一切惜しまない強い意思。

 こんなに素晴らしいものを持っている彼女なら、きっと目標通りの学年1位だって、それより高いところだって目指せるだろう。そんな希望に満ちた感情と、『俺は一生この輝きを手にすることはできないんだろうな』という、そんな置いて行かれたような、絶望に似た感情が、複雑に絡み合いながら心臓の前を通過していく。

 しかし、今は素直に彼女の成功を祈ろう、という気持ちが勝り、俺はすぐに気を取り直した。

 試験開始5分前の鐘が鳴る。

 クラスメートたちがぞろぞろと自分の席へと戻っていく中、俺と瀬戸さんは頷きあった。


「さ、いよいよ勝負のときだぜ。エロい下着は着てきたか?アソコは念入りに洗ってきたか?ムダ毛は剃ってきたか?」

「最終日のテストが終わったら、ぶち殺し締め回し流し潰し蹴り轢き抉り屠り殺し殺し殺しますからね」


 最後の最後までクソみたいに下品極まりない冗談を交わしあって、俺たちは自分の席へと戻り、僅かな緊張感を胸に、椅子を引いて、腰を下ろした。

 全員が席についてちょっとした後、1教科目の試験監督らしい堺田先生が入室してきて、言われなくても常識的に分かるような注意事項をダラーっと流し読みしてから、問題用紙と解答用紙を配っていく。

 ……これほどまでに、テストに緊張感を覚えたこともなかっただろう。

 俺自身はいつもと同じような状態でテストに望むはずなのに。今さら瀬戸さんの心配をしているというわけでもないのに。それでも何故か、心臓の鼓動は早くなる。原因が分からないと戸惑う主に知らんふりして、加速する。

 シュ、と擦れる音と共に前の席から送られてきたプリントを、1枚取って後ろに回す。

 問題用紙が配られた。また、鼓動が早まる。

 解答用紙が配られた。鼓動はまだ加速する。

 ずっと忘れていた、『本番』を前にしての緊張感というものが、目の前に押し迫ってくる。

 しかし不思議と、緊張と同時に安心が生まれた。むしろ、今まで緊張を感じていなかった自分がおかしかったんだと。緊張を感じていない状態の方が危険なのだと。

 そして、1時限目、日本史の試験開始のチャイムが鳴った。

 問題に解答するのではなく、アンケートに回答するように、答えが当たり前のものとして出てくる感覚。自分の名前、自分の誕生日、自分のメールアドレス。体のどこかにチップが埋め込まれているかのように、自動的に、感覚的に、ペンが年号や人物名を書いて用紙の上を走っていく。


 この問題は瀬戸さんが覚えるのにちょっと苦戦してたな。

 ここは斗月が4回間違えたんだっけ。

 夏矢ちゃんがこの寺嫌いとかしょーもないこと言ってたな。

 蘇我入鹿はさっき津森さんが聞いてきたやつだな。


 問題を答えていくごとに、テスト勉強を教えていたときのことが思い出されていく。

 不真面目ながらに、俺は思った。


 こんなに解いていて楽しいテストはない、と。



 今日のテストが終わって数時間が経った、夕方の職員室。


 クラブの活動もテスト期間にはストップしなければならない決まりとなっていたり、学園長などの重職の者たちが外の会議に出ていていなかったりするせいか、職員室には人がほとんどいなかった。

 いや、ほとんどいなかった、というよりも、2人しかいなかった、というのが正しいだろう。

 結婚の約束を交わした、堺田と川西の2人が、お互いが向かいの席に座っているにも関わらず全く喋ろうともせず、淡々と書類の整理を行っている。

 2人の間に会話はないが、堺田は、川西と2人きりで仕事をしているという事実だけで、小さな幸福感を感じていた。

 2人きりの空間に、パソコンの駆動音と紙が紙を擦る音だけが広がる。


 堺田は、それだけで幸せだった。


 ただそれだけで。

 川西といるだけで、心が暖かくなるような小さな幸せを感じられたのだった。

 しかし、人間が1日のサイクルに縛られる限りは、当然、いつまでもそんな幸せな時間が続くわけはない。川西は書類をファイルにまとめて鞄の中に入れ始めた。

 堺田も、慌てて帰り支度を始める。川西と一緒にいる時間をできるだけ長くするためだけに。川西と一緒の幸せを味わう時間を、少しでも伸ばすために。


「川西先生、一緒に帰りませんか?」


 満面の笑みだった。

 それに振り返った川西の表情は。


「……あのさぁ」


 ひどく不愉快そうで、面倒そうで、つまらなそうな、そんなものだった。

 今まで見たことのない、『結婚を申し込まれた相手』のそんな表情に驚く堺田だったが、川西はその表情のまま、見下したような溜息を吐いた。


「…………ずっと前から思ってたけど、キミ、勘違いしてない?」

「……え…………。か、勘違いって」

「いい加減うっとうしいから、ハッキリ言わせてもらうけどさ……」


 川西は、ズボンのポケットから何かを取り出して、それを指に装着した。

 黄色っぽい宝石をあしらったアクセサリー。

 そういった類のものに疎い堺田にも、それが結婚指輪であることは容易に想像がついた。そして、はっと息を飲んで……手を口元に当てた。


「……ぼく、既婚者なんだよね」


 ゆっくり、ゆっくりと登ってきた階段が、一瞬で叩き壊されたような。

 相手に対する慈悲や思いやりを一切考えず、ただただ自分の伝えたかった事実だけを告げたその言葉は、即効性で堺田の心を粉々にすり潰した。

 嘘だ、夢だと願って、ふるふると震える唇が、辛うじて言葉を返した。


「…………既婚者、って……?」

「そのままの意味だ。ぼくには妻がいるんだよ。だけどもう女房もババアだからね、定期的に若い子に手を出してないと、もたないんだよ」


 定期的に、という言葉が、すり潰された心を、さらに強く踏みにじる。


「これまでの子は、みんな大体察してくれて自分から離れていってくれたってのに……。恋愛経験がないガキは、これだから困るよ」

「……そん…………な……」


 とうとう堪えきれなくなって、涙が出てきた。

 この間に新橋と2人で行った遊園地でのことを思い出し、嗚咽が漏れる。

 そんな堺田をさらに見下すように、川西はまた溜息を吐いて眼鏡を押し上げる。


「あーあ、本当、ガキだね。泣けばぼくが謝るとでも思ってるの?被害者ヅラしちゃってさ」

「う…………うっ……」


 絶望だけがいたずらに鼓動して、目の前の川西の言葉が聞こえなくなっていく。

 デスクの上に飾っていたベゴニアの花の上に、一握の涙が落ちた。


「キミは《《共犯者》》なんだよ。教師という聖職にありながら、同僚とそんな痴情の関係を持っちゃった、さ。誰に泣きついても誰に言いつけてもいいけど……。……《《君の味方なんて、誰ひとりいないよ》》」


 そう吐き捨てるように言い残して、川西は職員室を出て行った。

 1人残された堺田は、その場に蹲った。

 川西のことを憎むよりも先に、新橋の告白をあんな風に断った自分が、ひどく最低に思えた。

 川西の言葉がこだまする。


 『これまでの子は、みんな大体察してくれて、自分から身を引いてくれた』。


 自分は盲目的だった。もっと冷静に考えるべきだった。見極めるべきだった。そもそも、あんなことをするべきではなかった。自分を責める言葉の奔流は、どんどん己を飲み込んでいく。

 泣き崩れる堺田の周りには、心配するような人間も、声をかけるような人間も、誰ひとりとしていなかった。


 女性の初恋にしては、その幕引きは、あまりにも無慈悲すぎた。



 輪通学園、玄関前。


「あ、川西先生、こんばんは」

「ん……希霧か。全く、テスト前だぞ?家に帰って勉強したらどうなんだ」

「……そうですね。すいません」

「ふん……」


 あまりにもあっさりした会話だった。

 川西が校門を通って帰っていく背を、笑顔で、しかし目だけは敵意を光らせて、斗月は見送った。

 スマホを起動し、写真フォルダを開く。

 そこに保存されている大量のエロ画像の中には、川西と女性が2人で並んで歩いている写真が何枚もあった。それを見て斗月は、つまらなさそうに笑った。


「……ま、先生だろうと誰だろうと、可愛い女の子が泣かされてて黙ってられるワケねーわな」


 斗月はスマホを起動したまま、電話帳を開いた。

 午後5時。カッコつけて見上げてみた空は、気が滅入るほどのオレンジ色だった。


 テスト1日目は、ある強面教師の恋物語が再始動する1日目でもあった。


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