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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
3章・絡み合う日常と電脳世界
40/73

家と従妹と宣戦布告と

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……』

「怜斗の次はお前らが情緒不安定かよ……」


 創立記念日が明け、普通に授業が行われる木曜日の昼休み、食堂で一緒に卓を囲んでいるのは私と夏矢ちゃんと希霧くんだけ。門衛くんは、委員長さんに出した宿題の丸つけとか色々やっているらしい。

 ……今日は一日中、どうしても昨日の新橋先生の顔が頭をよぎって仕方なかった。

 夏矢ちゃんによると、朝に教室に姿を見せた時はいつもと変わらない様子だったらしいけど……。何かとてつもなく申し訳ない気持ちになる。


「ったく、どーしたわけ?キノコでも生えてきそうなくらいジメジメしやがって」


 希霧くんは興味なさげにさらりと聞いてきた。

 野次馬的なその態度に内心少しイラっとしながらも(私たち自身野次馬みたいなものなのだけれども)、希霧くんが3組の生徒だったことを思い出して、私は少し尋ねてみた。


「……3組の川西先生って、恋人とかいてるの?」

「は?……何、お前、あのオッサンに興味あんの?割と引く」


 ……このアホ、いつかホンマに殺さないとアカンな。

 私の無言の殺意ある視線に押されたのか、希霧くんは冗談だって、と引きつった笑みで答える。


「普通にいるぜ。つーかこの前、女の人と歩いてるの見たから多分その人じゃねーかな」

「え?」


 なんとなく、言い方に引っ掛かりを覚える。

 『女の人』って……。希霧くんが堺田先生のことを知らないような言い方だ。


 もしくは……。


「マジで?……どんな人だったのそれ」

「んー、夜だから暗くてよく見えなかったけど、背が高かったってくらいかな……っておい、世葉までどうしたんだよ…?」


 私たちの異常なまでの執着に疑念を感じたのか、希霧くんは不審そうに目を細める。しかし、希霧くんの話には聞き逃せない部分があった。

 『背が高かった』……?堺田先生は、お世辞にも背が高いとは言い難い。平均よりも少し小柄というくらいの慎重だ。

 昨日の新橋先生の話では、堺田先生は川西先生と結婚の約束をしている。

 そりゃあ大人なのだから、恋人以外の女性と並んで歩くこともあるだろう。でも、もし川西先生が堺田先生と浮気をしているのなら、許せない。

 ……もう少しその人のことを詳しく知りたい。私たちは少し躊躇したが、声を潜めて、昨日の新橋先生と堺田先生のことを希霧くんに説明した。

 しかし、希霧くんの反応は淡白なものだった。


「……はぁ。何言い出すかと思えば……考えすぎじゃねーの」

「でも……!」

「デモも安保もねーよ。あの先生、冴えない中年のオッサンだけど、あぁ見えてけっこうお偉いさんらしいし、女の人と歩いてたってだけで疑うのは早すぎるだろ?」

「それは、その通り……なんだけど…………」

「つーか、こんな言い方したらアレだけど、堺田先生だって、婚約者がいるのに異性と遊園地に行ったんだろ?何も川西のオッサンの肩を持つワケじゃねーけど、ちょっと穿った見方すぎるんじゃねーか」


 そこまで言ってもなお納得していない私と夏矢ちゃんに愛想を尽かしたように溜息を吐いて、希霧くんは空になった菓子パンの袋を持ってゴミ箱へ歩き出した。


「……まぁ、そんなに気になるなら調べてみればいいんじゃね。ソコーチョーサってやつ?ヘヘっ」


 慰めるようにそう言い残して、希霧くんは教室へと戻っていった。


「……素行調査、か」


 何かを思いついたように夏矢ちゃんがそう呟いたところで、昼休みが終わった。



 5月16日、土曜日。テスト2日前、超追い込み段階。


 先週の日曜日の喫茶店での一件はすっかり頭の中から(黒歴史として)消去されて、俺は今日も図書室で、瀬戸さんの勉強を見ている。

 つい数日前まではガラガラで、俺たち以外ほとんど誰も勉強しに来ていなかった図書室だが、流石に2日前ともなればみんな焦りだすのか、大量の生徒が教え合ったりプリントを見せ合ったりしながら蠢いている図書室内の空気は、むんむんと熱気に包まれていた。


「あっ、ごめん!」

「い、いえ……こちらこそ……」


 俺の正面に座っている瀬戸さんだが、その隣に座っている女子生徒と腕が当たってしまったりして、どうも落ち着けない様子だ。

 いつも俺の前では暴言吐きまくりの彼女だが、もともと気弱なので、人に迷惑をかけてしまうのにはとても敏感なんだろう。自分が悪いとかに関わらず、さっきから隣の女子や後ろを通る男子やらに謝ってばかりいる。

 このままここで勉強するってのは、あまりに効率が悪いだろう。


「……場所、変えるか?」

「そ、そうですね」


 やる気十分、5教科全部の教科書と問題集を入れてパンパンの鞄を抱えて、瀬戸さんはそそくさと図書室から出て行った。……そんなに居心地が悪かったか。

 つーか、こいつらも直前になって焦りすぎだろ。うちの斗月を見習え、アイツもう開き直ってガ〇プラとかに手ぇ出し始めたからね。この短期間でそこそこすごい出来栄えのウイングガン〇ムを6体くらい量産してたからね。勉強なんて飾りです、偉い人にはそれが分からんのですよ。

 さて、一緒に図書室を出てみたはいいが、ここで問題が1つ発生する。


「……どこで勉強するか、だな」


 教室で2人で勉強してたら、まだ残ってるアホどもがうるさいだろうし、かといって、校内で集中して勉強できる環境と言えば限られてくるわけで。

 トラウマを余計に掘り返したくはないけど、また喫茶店にでも行くか……?

 などと思考を巡らせていると、もじもじと可愛くあざとくはにかみながら、瀬戸さんが口をパクパクさせていることに気付く。


「ん?なに?」

「……私の家、とか……どうですか。今日、おじさんいませんから……」

「…………………………」


 とりあえずカバンから三角定規を取り出して、30度のところの角で瀬戸さんのデコを突っ突く。


「ひゃっふぁ!?な、何するんですか!?」

「瀬戸さん、一応聞いておくが、お前彼氏いるんだろ?」

「いますけど……ていうか、こんな往来の真ん中で言わせるって……」

「誰も通ってないから大丈夫。往も来も念もゴンもねーから。……本当に彼氏いるんだな?相手もお前を彼女と認めてるんだな?後から『実はボーイフ〇ンド(仮)の話でした~☆』とかほざいたら慈悲も容赦もなくお前のスマホを逆パカするからね?」

「私どんだけ虚しい人と思われてるんですか!?違いますちゃんといます、ていうか匙浪進果さじなみ しんかくんです、あなたの友達の!」

「ここで衝撃のカミングアウト来たね!?え、何!?サジ!?あいつふざけんなよ!高1の冬に結んだ『大腿骨玉結び協定』、略して『DT協定』破りやがって!」

「え、高1の秋から付き合ってましたけど……」

「あいつ絶対殺す!走るんだ、今から殺すまでずっと走るんだ!」

「どこの犯罪カップルですか」

「……話が横道に逸れてNASAに行ってロケットで打ち上げられたってぐらい脱線したけど。要するに、彼氏がいる身で、易々と異性を家に入れようとしたりするなってことだよ。それも2人きり……」

「え、でも門衛くんに勉強を教えてもらってること進果くんに話したら、

 『別に全然いいよ。ていうかアイツ普段下ネタばっか言ってるけど根はヘタレだから、家に2人きりになっても赤くなるだけで何もできないんじゃないかな』

 って言ってましたよ?」

「よし決めた。ヤツは今日のうちに殺す。予定された軌道から予定された場所を予定された速度で狙撃するのだ……スコープは必要ない……」

「どこのゴ○ゴさんですか」

「ともかく、彼氏に申し訳ないとかそういうことを言ってるんじゃない。俺の精神衛生上そういうのはホントよろしくない。健全なところで、健全で安心安全確実必中必殺な狙撃ポイントを考えよう」

「私の家が健全じゃないみたいな言い方ですね!?ていうか狙撃ポイントじゃないですよ、勉強場所です!」

「似たようなモンだろ。……うーん、どうしたもんかな……」


 漫才やってる場合じゃない。こうしている間にもテスト2日前という貴重な時間は少しずつ失われていってるんだから。

 もうダレたのか図書室から出て行く男子生徒たちをすがめ見つつ、安心して、集中して勉強に取り組める場所を、脳内でじっくりゆっくり検索する。

 しばらく2人で思案していたが、先に思いついたのは俺だった。


「……あ」

「思いつきました?」

「俺の家とかどう?」

「どうって、アンモニアガスの吸いすぎで死ねばいいんじゃないですか?」

「何についての感想!?」

「何ですか、さっき私の家に来るのは無理って言ったクセに自分の家に連れ込もうとするって。アウェイでは調子出ないけどホームでは違うってコトですか」

「今の発言は下ネタと捉えて差し支えない?」

「喉にロン〇ヌスの槍でも差し支えて死んでください」

「返しに淀みがないね!完璧なアドリブだね!……いやいや、俺が言ってるのは、保護者とか監視者がいないのに家で男女が2人きりなのがマズいって言ってるの。で、俺の家には今従妹がいる。彼女が監視者。シー、イズ、オブザーバー。ドゥーユーアンダスタン?」

「よくそのゴミみたいな発音で学年トップ取れますね。ていうか、従妹さんが家にいるって本当ですか?相手もあなたを従兄だと認めていますか?後から『実は電波女と〇春男の話でした~☆』とかほざいてもはざかなくても慈悲も容赦もなく通報しますからね?」

「揺さぶりに見せかけた死刑宣告!?……じゃなくて!あぁもう、話脱線しすぎてワケわかんなくなってきた!」


 とりあえずどうにかこうにか、俺に本物の従妹がいることを信じてもらい、ついでに近親相姦なんてしていないことを信じてもらい、ついでについでに従妹が共犯で瀬戸さんを陥れようとしているとかそういうのではないことも信じてもらい、俺の家へ移動する運びとなった。

 勉強しているのか勉強にかこつけて駄弁っているだけなのか。教科書を手に持ったまま会話して笑い合っているグループがやたらに目に付く。あと、途中で堺田先生とも会ったが、朝教室で見た時と変わらず、どことなく思い詰めているような雰囲気だった。

 校舎から出ると、室内で勉強するべきテスト期間に限ってこんなに晴れやがって、と太陽の人間性を疑うくらいの晴れ模様。

 全教科の本を入れてあるせいでアホみたいに膨れ上がった鞄を瀬戸さんの代わりに背負いながら、こんな辛い帰宅路は高校生活始まっていつ以来だろうなどと思いながら歩く。


「……それから、ちょっと言っておきたいことがあるんですけど」


 信号待ち。隣で共に立ち往生している俺の方を向きもせず。心なしか少し申し訳なさそうに、しかしどこか決意を孕んだような凛々しい声で瀬戸さんは言った。


「明日は、門衛くんは自分の勉強をしてください。私は、自分で勉強します」

「……いつか言うと思ってたよ。自分のチカラで1位が取りたい。つまり俺にも十分な勉強をして、万全の態勢で迎え撃って欲しい、ってわけか」

「……こっちから頼んでおいて身勝手だとは思ってます。だけどやっぱり、ほとんどあなたに頼りきりじゃなくって、少しでも自分のチカラで、あなたに勝ちたい。学年1位になりたいって、思うから……」

「ははは。……OK、了解。ま、俺いっつもテスト勉強とかしてないんだけどな」


 信号が青になり、再び歩き出す。

 途中すれ違う同学年の友達に冷やかされたり軽く絡まれたりしつつ、アスファルトの街路をてくてくと歩く。

 新興でもなければ高級でもない、極めてフツーの一軒家の立ち並ぶ住宅街の一画。緑色の屋根に中途半端に太陽光パネルが数枚乗ってるのを除けば特筆すべき点のない平凡な家。それが門衛家だ。


「へぇ……ここが門衛くんのお家ですか。もっと高い塀や電気柵は張らなくていいんですか?」

「刑務所じゃねーから!人を犯罪者みたいに言うな!いいから入るぞ!」

「やめて……私に乱暴する気でしょう?エロ同人みたいに……」

「しねーよとっとと入れ!ていうかお前、そんな真顔でエロ同人とか言うキャラだったっけ!?」


 どこのマ〇ナさんだよ。

 ここに来てボケとツッコミが入れ替わりつつあることに危機感を覚えながら、俺は申し訳程度のレディーファーストで玄関のドアを開けた。


「従妹にはメールでお前が来ること言ってあるから」

「は、はい……では、お邪魔しまーす……」


 ガチャリ。

 緊張した面持ちで先に入った瀬戸さんが、俺の従妹……もとい門衛家の生き恥晒し、八幡盟音に歓迎を受ける。


「ヒャッハー!!女だ女だー!!!」

「ひっ!?い、いやぁあぁぁぁぁあぁあぁああ!!」


 さすがの常時バーサク状態とでも言うべきか。どっかの世紀末のヒャッハーたちの如く襲いかかってくる盟音に、瀬戸さんは叫び声をあげる。

 そしてなんと、俺の手から教科書がいっぱい詰まったカバンをひったくろうとしてきた!


「ちょっ!やめて!思いとどまって!そのカバンけっこう重量あるから!過剰防衛にもほどがあるから!」

「ヒャッハハ、見ろ!あの必死の顔をよ~!」

「お前もいつまでも世紀末雑魚やってんじゃねー!てめえの血はなに色だーーっ!!」


 ……あのまま図書室で勉強を続けていた方がいくらかマシだったかもしれない。そんなことを思いながら瀬戸さんを宥める俺だった。



「す、すいません、お見苦しいところを……」

「こっちこそすいませんねー。いや、このDT兄貴が家に女の子を連れてくるなんて久々だったもんだからー、ちょっとヒャッハーしてしまいまして。てへぺろー!」

「殺さないといけないヤツが1人増えたなぁ、いやぁ困ったなぁ、どうぶち殺してくれようかなぁ」


 とりあえず瀬戸さんをリビングに通して、教科書を広げる前に一応ちょっとした挨拶と自己紹介なんかをする2人。

 このキ〇ガイと馬が合うか心配だったが、なんとか大丈夫そうだ。

 さっそく教科書と問題集を広げて勉強に取り掛かる瀬戸さんと、意味もなく楽しそうな盟音をテーブルに残して、俺はキッチンで3人分のコーヒーを用意する。

 俺は瀬戸さんの勉強を見ないといけないので、本来こういうことは盟音に任せるべきなのだろうが、トーストすら神話生物にショゴス転生コンゴトモヨロシクヒホホーさせてしまうこいつに頼むと、瀬戸さんがテスト開始を待たずして発狂死してしまうおそれがあるからな。

 ビスケットとかチョコとかテキトーな菓子類を入れたバスケットと一緒にトレイに乗せて、リビングの机に運び、それぞれ置く。


「ありがとうございます」

「くるしゅうない」


 テーブルをL字にカバーするように配置されたグレーのソファも、久々に3人分の体重を支えられて嬉しそうに低反発を寄越してくる。瀬戸さんは問題集を解き進め、俺はたまに教え、盟音は何をするでもなく俺たちの様子を見守る。

 たまに盟音が話しかけてきたり、こんなの全然習ってなーい、とか言って瀬戸さんに聞いたりして、瀬戸さんも特に不愉快そうでもなく、むしろ子供をあやす母親のような笑顔で優しく接してくれた。


 しばらく部屋に、静かな時間が流れた。


 ……にしてもアレだな。こうしてコーヒーを口に運ぶ瀬戸さんを見てると、脳内消去したはずの黒歴史が蘇ってくるな。瀬戸さんがあのときのことを何とも思ってないことが唯一の救いか。


「…………ねー!2人とも黙ってばっかでツマンネ(゜⊿゜)!構って!」

「あのなぁ……。今日は勉強するために呼んだんだぞ?」


 さすがに暇になってきたのか、盟音がかまってオーラ全開でテーブルに身を乗り出してきた。

 バスケットのビスケットを一口かじって、盟音は楽しそうに指を振る。


「だって、ヘタレの兄貴がせっかく家に女の子呼んだってのに、ただただオベンキョしてるだけなんてー!もっとなんかこう、アクシデントがあって『このケダモノっ!』とか、そういう展開プリーズ!」

「そんなどっかの姫騎士みてーなアクシデントはない」

「やっぱりエロ同人じゃないですか!」

「そのくだりもういいわ!」


 あれ、なんだこれ。もしかしてこの空間で俺アウェー?

 まぁ読者サービスのアクシデントはおあずけとして、と盟音は続ける。


「2人って、いつも高校ではどんな感じなんDEATHか?」

「どんなってお前……」

「そうよ盟音ちゃん、いつも通りこんな感じよ?勉強して、教えてもらって、たまに門衛くんがセクハラまがいの下ネタを言って、私が刺して……」

「セクハラ!?刺して!?まさか兄貴は最低変態ゾンビ野郎だったの!?」

「とんでもない誤解!」


 違うから!シャーペンで手の甲刺されたりしてるだけだから!

 ……いや、まぁ、その……。下ネタとかセクハラらへんに関しては弁解できないのだが……。

 しかし驚く盟音を見て興に乗ってきたか、瀬戸さんは次々と虚偽の思い出を語りだす。


「美術の時間に門衛くんが春画を描いて先生から褒められたり」

「兄貴ホント何してんの!?え、さすがに嘘だよね!?ね!?」

「…………嘘だと言ったら嘘になる」

「嘘だと言ってよバー〇ィ!」

「4巻の14話でエ〇ンが壁の穴を塞いだのはなかなか燃える展開でしたねー」

「4巻!?14話!?何の話!?」

「高校にウォール〇リアは無い!あと巨人化できるような奴もいない!」

「ある日の帰りに門衛くんが廊下で女子2人と真剣な話をしてて、片方は泣いてて……」

「ねぇ本当にさっきから何やってんの兄貴!痴情がもつれてるにも程があるよ!?」

「…………嘘だと言ったら嘘に(以下略)」

「嘘だッ!!」

「なぜ突然のひぐ〇しネタ」


 津森さんが失踪した時のヤツか……。てかこいつ見てたのかよチクショー。こればっかりは理由を言い訳するわけにもいかないしな。



「学校の生徒をバディにして遺跡に行ってトレジャーハントしたりもしてましたよね門衛くん」

「九龍妖魔〇園記めっちゃ懐かしいな!」

「もうッ、門衛クンッ!ロープ揺らすなんて、ヒドイじゃないッ!」

「そうなればサジが受け止めてくれんだろ?」

「いや厨房の私には全然ネタ分からないんだけど!2ちゃん〇るでやってよそういうのは!ていうかもう、ただのパロネタ大放出みたいになってない!?」


 普段ボケに徹しているためか、ちょっとの間ツッコんでただけでずいぶん息を切らす盟音。

 ……今の話のうち半分はあながち嘘でもない、なんて口が裂けても言えん。



 駄弁ったり勉強したり、割と楽で重苦しくない空気の中、けっこう勉強を進めることができた。気付けば時計の針は6時すぎくらいを指している。


「……そろそろ切り上げるか」

「あ、はい。そうですね。時間も時間ですし」


 一生懸命な彼女も今日ばかりはさすがに疲れたのだろう、肩が凝って仕方ないというふうに首すじにかけて揉みながら、俺の提案を素直に聞き入れてくれた。

 しかし、盟音はそれをよしとはせず、頬を膨らませて子供みたいなことを言う。


「えー、もう帰宅かえっちゃうのー?晩ご飯食べていかない?オジサンもママさんもどーせ帰ってこないしさーあー!」

「あはは……気持ちは嬉しいけど……」

「ほらほら、瀬戸さんも困ってるだろ」

「ぐぬぬ……」


 呻きながらも、盟音は素直に引き下がってくれた。

 しかしまぁ、この半日足らずでよくもまぁこんなになついたもんだな、などと、少し微笑ましい気持ちになって苦笑する。


「悪いな、こいつ家では1人のときが多いからさ。よかったらまた遊んでやってくれ」

「はい。……じゃ、盟音ちゃん。またね」

「うん。テスト頑張れ♥頑張れ♥」

「どこの伊東ラ〇フ先生だ。んじゃ俺、ちょっと瀬戸さん送っていくから」


 当然のように瀬戸さんと2人で出ようとすると、盟音にガッと腕を掴まれる。


「私も着いてく!」

「…………」

「…………………………へっくし!」


 と、くしゃみをした盟音の口元を、予め持っておいたマスクでふさいでやる。


「やっぱりな。一昨日くらいから風邪気味だったろ、お前」

「……え…………。分かっちゃった……?」

「見てりゃ分かるっての。今日のお前、明らかに無理してめっちゃ無駄に明るく振舞ってたし。毎日見てる家族の顔色に変化があったら、分かるに決まってんだろ?」

「…………」


 家族の顔色に変化があったら、分かるに決まってる。それを聞いて、盟音は下唇を噛んで俯いてしまった。

 何が悔しかったのか、何を思い出してしまったのか。

 中途半端に彼女の事情を知っている俺には、ただ失言をなかったことにして流すことしかできなかった。


「冷蔵庫にたまご粥作り置きしてあるからそれ食ってぬくくして寝な。本格的にかかっちまう前に治しなさい」

「…………うん」


 俺が風邪を見抜けていたことを知った途端に、さっきまでのハツラツとした笑顔をやめて、眠くてしんどそうな顔になった。

 ちょっと不安定な歩幅でキッチンの方へ歩いていく盟音。瀬戸さんと俺がその背中を心配そうに見送ると、振り向かないまま、何やら嬉しそうな声で小さく言った。


「……初めてだよ。こんなちっちゃなこと、気付いてもらえたの」



「……どういう意味だったんでしょうね」


 瀬戸さんを送る帰り道。

 空は暗くなり、まだ少ない街明かりのせいか、都会にしては珍しく数個だけ星が輝いているのを拝むことができた。

 どういう意味、とは、さっき家を出る前に盟音が言った言葉の意味だろう。


 ……従妹で家族とはいえ、生活環境や過去などの事情を他の人に話すのもどうなんだろう。ちょっとした葛藤を脳内で繰り広げたのち、俺は盟音が居候している理由を、ぼやかして話すことに決めた。


「……アイツ、新学期始まるまでは田舎に住んでたんだよ。だけど、なんつーかよくは聞いてないんだけど……親とちょっとすれ違ってたみたいでさ。んで、勉強して都会の高校に進学したい、ってのを言い訳に、半ば家出みたいな強引な感じでこっちに来たんだ」

「半ば家出って……。盟音ちゃんの親御さんは……?何も連絡なし?」

「いや。元気でやっていますか、とか、そういう内容のメールは一回だけ届いた。……俺宛てに」

「……………………」


 不愉快です。


 口には出さないにしても、瀬戸さんはまさにそんな顔をした。

 首筋を静かに深く掻いて、溜息を吐く。ちょうど進行方向の家の2階に、暖色の優しい明かりが灯ったのが見えた。


「届いたメールの内容見せたとき、盟音もそんな顔だったよ」

「……心配してほしかったんだと思います」

「同じ居候の身として気持ちが分かるか?」


 少しデリカシーが無いからかいだったかな、と口に出してから思ったりもしたが、瀬戸さんはくすっと微笑を返してくれた。


「いえ、分かりませんよ。家庭の悩みなんて、人それぞれですもの」

「…………」


 盟音がすぐに瀬戸さんになついたのは、少なからず、自分と似たものを感じたからなのかもしれない。瀬戸さんのその微笑みは、田舎での生活について触れるときの盟音の表情にとてもよく似ていたから。

 また溜息を吐く。

 視界の隅っこで、また2つ明かりが灯った。


「……俺の親が言うには、盟音の親も、盟音のことをかわいいと思ってない訳ではないらしい」


 親にしか分からないんだろうけどさ、と言って、しかし、それに続く言葉はなかなか出てこない。

 かわいいのに、愛はあるのに、愛せない。

 俺たちには、意味が分からなかった。


 今度は瀬戸さんが溜息を吐いた。一気に街灯が灯った。


 そういえば、うちのオカンに盟音のことを直訴した際、困ったように……断片的に変なことを言ってた気がする。

 俺はその話を聞いているとき、いつも天真爛漫な母がどもり、微妙な表情で言葉を選んでいるのを、初めて見たのだ。


「……多分、まだ子供でしかないうちは絶対分からないんだろうけど。子供のために何かしてあげたいとか、子供のために仕事を頑張るとか、子供のために夫婦でケンカしちゃいけないとか、子供のために将来のためになることを、とか……。そういうのを思うあまり、疲れてきて、肝心なことを忘れるんだってさ」

「子供のために……」

「そして子供も、だんだん成長してくるにつれて、親が自分にちょっとムリして、取り繕って接していることに気付いて、反抗したり縮こまったり、拗ねたり八つ当たりしたりする。家族はみんな、そういうもんなんだってさ。……ここ数日家に帰ってきてないウチの母親の言葉だけど」

「うわぁ、最後で台無し」


 ははは、と2人で笑い合う。

 街灯や家の明かりが灯ってゆくにつれて、星はだんだんと見えなくなってきていた。

 家に近付いてきたらしい。瀬戸さんは、ここでいいです、と言って、俺から重いかばんを受け取った。そして、これ以上なくスッキリとした笑顔を浮かべる。


「門衛くんに、私の家出とかの事情を聞いてもらったりして、今の話を聞いたりして、ずっと考えてたんですけど……。私、妹に謝ることが、他にもいっぱい見つかりました」


 対して俺は、どんな顔をすればいいのか分からずに、頬を掻いた。

 謝ることがいっぱい見つかった、なんていうセリフを、こんなに透き通った笑顔で言えるのか……。

 なんていうか、いつの間にか置いて行かれた気分だ。

 どこからか、焼き魚の匂いが立ち込めてきた。


「たぶん、妹も、そしてお父さんもお母さんも……。みんな私と同じように、不安とか憤りとか虚しさとかを感じてたんだろうな、って思ったんです。妹も、今になって考えてみれば、両親からの期待を重く感じているようでした。……そんな子に、嫉妬したり怒鳴り散らしたりして、私は……」

「過去の自分を責めてもしょうがない。……そのぶんも謝るんだろ?」

「……はい。理不尽に嫌ってたこととか、全部全部、謝りたいです。……許してもらって、また一緒に、気兼ねなく話せる家族になるために」


 話す瀬戸さんの凛々しい表情からは、固い意思が伺えた。


「門衛くん。今まで、ご指導ありがとうございました」

「はは、いいってそんなの」


「……テスト、絶対あなたを超えてみせます。あなたも、本気でテストに望んでくださいね」


「おう。……んじゃ、お互い頑張ろうぜ」


 はい。それでは。

 そう言って瀬戸さんは角を曲がり、背中を向けて去っていった。


 5月中旬とはいえ、夜に外を出歩くというのはまだまださすがに肌寒い。本気でテストに望むとか言っておいて風邪でも引いちまったら、今度こそ瀬戸さんに殺されかねん。

 家への道を小走りで帰った。




 ……その夜、冷えピタやらパブ〇ンやらの薬とか、煮込みうどんやら野菜スープやらの消化にいい料理の食材とか買っていこうかな、などと途中でスーパーや薬局に寄った結果、帰るのがだいぶ遅くなって、まだ寝付けずにいた盟音にこっぴどく叱られたのは、また別の話。


「私だって心配してるんだからね!?分かってる!?」

「……俺は幸せ者だよ……」


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