情報収集は学校のあとで
二垣巡査は、黒と白、2組のファイルのうち、黒い方を私たちに渡して、読むよう促した。
コンスティチューションの誅罰隊としては、鍵やゲームデータなど、非公式なアイテムを除けば初めての公式な証拠品。ファイルの中には『事件概要』と『被害者の診断書』が挟まれていた。もちろんコピー。
「じゃあまず、『事件概要』の方から確認していこうかな。前回の時点では君たちに渡す用のコピーを取ってなかったからね」
「……これはあくまでも、《《公に認められている》》事件の概要であって、ネットゲームの世界とか常識的には信じてもらえないことは勿論、人喰いディスプレイとか、オカルト・都市伝説の類の関連事項などは書かれていない。そこに書いてないことで役に立つと思うことがあるなら、自分で書き込め」
「りょ、了解しました……!」
「ま、そりゃそうか……。捜査会議で『トゥエルブスターオンラインでダンジョンで剣と魔法と結界がどうのこうの』とかが通るわけないし」
「そういうこと。じゃ、1枚目めくって」
1ページ目から順番に、二垣さんたちと一緒に書類を見ていく。
事件概要の内容を要約すると、このようになった。
『万津市連続特殊失踪事件事件概要』
・被害者が『真夜中にいなくなること』、『密室からいなくなること』、『密室に砂嵐の画面のまま動かないPCがあること』という3つの条件を満たすものを、この一連の事件に該当するものとして分類する。
・事件は現在のところ万津市内のみで起こっている。
・現在の時点で被害者は全員無事に発見されているが、失踪から発見に至るまでが比較的短かった津森論子1名を除き、全員が精神に失調を抱えている。
・この一連の事件に該当する全ての事件において、失踪者の密室からは不審な者が入り込んだ形跡などは見つかっておらず、手がかりは一切掴めていない。
・警察は事件として捜査を進めている。
「……ほとんど、俺らの知ってることと同じだな」
「新事実といえば、この事件に関しての警察の見解や定義と、被害者の精神失調について……くらいやな」
夏矢ちゃんの言う『少し様子がおかしい』っていうのは、このことか。
私たちが何もしなくても失踪者は帰ってきたのだから、失敗しても何も失うものや損害はない……。なんてわけには、やっぱりいかないようだ。
あまり驚かない私たちの様子に、三好刑事は目を丸くする。
「えぇー?一応、まだ世間には公表されてない事実もけっこうあったと思うんだけど……ほとんど知ってるって、君たちどんな手を使ったの?」
「あ、えっと。仲間に、警察関係者の家族を持つ子がいまして」
「あ、権力とかコネとかで色々アレコレしてるだけなんで、警察による情報漏えいとかじゃないです」
「……権力とかコネとかで色々アレコレして未公開情報をゲットできるような警察組織運営、ってのがそもそも大問題なんだが……」
してやられたねぇガッキー、と大笑いする三好刑事と、笑ってる場合かよとこめかみを押さえて唸る二垣巡査。まさしく凸凹コンビという感じだ。
……そういえば、夏矢ちゃんのお父さんは警察上部に話を通してあるから、実際に捜査に当たっている人は、夏矢ちゃんがいわゆる『偉い人の娘』だと知らなかったりする……って、門衛くんが言ってたような。
これ以上この話題を掘り下げられるのはマズいと思ったのか、希霧くんが話題を戻す。
「ま、まぁまぁそれは置いといて。戻ってきた失踪者の精神失調って何ですか?」
「……それについては、実物も呼べるっちゃ呼べるし見せられるっちゃ見せられるんだけど、見せちゃうと高校生にはちょっぴりショッキングだからね。異常行動と言動を、次の書類にまとめてあるよ」
「『被害者の診断書』……ですか」
刑事と巡査は、被害者の話になった途端、妙に険しい顔つきになる。
……やっぱり、無事に帰らせることができなかったという無念さを感じているのだろうか。
…………私たちも、このまま誅罰隊として活動を続ければ、こんな気持ちを幾度となく味わうことになるのだろうか。
そんなことを考えている間にも希霧くんは証言書を広げて、それを読み上げ始めた。机の下で自分の足をつねって、ネガティブ思考を掻き消す。
とにかく今は事件のことに集中せんとな……。
◎被害者の行動
普段は、全く気力を失ったように放心状態で佇んでいるだけだが、人に話しかけられる、触られる、近くで大きな物音を聞くなどした場合、発作的に発狂状態のような行動を取る。
・主な発狂状態での行動
何もないところに向かって、壁を殴るように拳を振り続ける
後述のような宗教的な『世界』のことを叫び、喚き散らす
自殺行動を取ろうとする
このような不可解な行動から、一種の幻視・幻覚のような状態に陥っていると考えられる。これは麻薬などを使用した場合の副作用に似ているが、失踪者の体内から薬物反応はなく、完全に精神的要因が100%であるという診断結果が出た。
なお、唯一精神に異常をきたしていない被害者、津森論子からは、精神や体内の物質に一切の異常は見受けられなかった。
◎被害者の言動
世界や命、生命、死や倫理など、哲学的かつ宗教的なことを叫ぶ。
しかし、生命の素晴らしさを叫んだ被害者が数分後に自殺行動を取ろうとしたり、言動と行動が一致していない点も多々見受けられ、その発言内容が必ずしも自己の意思ではない、むしろ自分の頭で考えて発言しているのかどうかも定かではない、という診断結果が出ている。
・主な宗教的言動
「この世界は私を受け入れてくれない。新世界が必要なのだ」
「手紙がメールになったように、蒸気の代わりに電気が使われだしたように、我々の生は常に人間らしく進歩していくべきだ」
「全てのものに救済が訪れるこの『革命』を受け入れろ」
失踪している途中に彼らの観念・思想を決定的に変える衝撃的な何かがあったことは明白なのだが、それを尋ねても、失踪している間のことは覚えていないのだという。心理学の専門家の立会いのもと発言の審議も確認したが、これらは全て本心から言っているという結果が出ている。
「………マジ、かよ」
「自殺行動……って…………!?」
思わず手で口元を覆う。
ネットゲームの中に人を閉じ込めて、その間に何らかの洗脳をかけて、現実世界に戻す。
現実に戻った失踪者は、ゲーム世界の中で犯人にかけられた洗脳によって、発作的に、自分の意思で自分を殺そうとする。
……殺人だ。
失踪や誘拐なんかじゃない。これは立派な殺人だ。自らの手を汚さずに、狙った人間を、証拠が全く出ないように殺せる、完全犯罪の殺人、卑怯で最低な人殺しだ。
…………門衛くんたちが助けに来てくれへんかったら、私も……?
「……まだ今のうちは、自殺行為に走ろうとする時は、『死ぬ、死んでやるぞ!』とか、『新しい世界が私を待ってるんだわ!』とか叫んでからだから、防ぐのもそう困難ではない」
「だけどもし、これからも加速度的に被害者が増えていって、被害者の症状も悪化してきて割ける人員がジリ貧になってくると考えると……」
2人はその後に続く言葉を言えなかった。事態の深刻さは、私たちが思っていたよりもずっと重く、想定できる事件規模の中では最悪部類に入るように思えた。
「……と、とにかく!聞けることは聞いとこうか、な、津森?」
「え?う、うん!」
たしかに、二垣巡査たちも忙しいだろう。落ち込んでいる暇があるなら、2人が仕事に戻るまでの間に、色々と情報を聞き出しておかないと。
私たちは、気になった項目についての質問を開始する。
◎『被害者の発見について』
「えっと、被害者は全員戻ってきた、ということですが……。どんな形で発見されたんでしょうか?」
「たしか津森の時は、体がデータ化された状態でパソコンから出てきて、元の姿に戻った、みたいな感じだったよな?」
「……気付いたら部屋で蹲っていた、って感じだな。津森の時のようにパソコンから出てくる瞬間を見た、という証言は上がっていない」
「あぁそういえば……。こないだ相次いで発見された失踪者の中に、1人だけ、何やら不思議な紙切れを持ってる人がいてさ。何が書いてあるかも全く読めないから、若干困ってるんだよ」
「えっ、それってまさかダイイングメッセージってやつッスか!?」
「勝手に殺すな」
「あんたが死ね」
「……は、話を戻そうか。その紙切れは警察で重要証拠物件として見られてるから、コピー取ったりはできないんだけど、写真があるんだ」
三好刑事は、ごそごそと懐から写真を取り出した。
写真には、説明の通り全くもって解読不可能な、文字化けとも外国語ともま〇か文字ともつかない、奇怪で不可思議な記号が羅列された紙切れが写っていた。
「ボクの分はまたデータベースからコピーしてくればいいから、その写真は君たちにあげるよ。もし解読できたら教えてね」
「ありがとうございます」
手がかりになるかどうかは微妙だが、ともかく新しい証拠品『暗号文書』を手に入れた。うちのリーダー、IQ150さんにでも見てもらおう。
さて、他に話すことといえば……。
◎『次の失踪者?』
「あっ、そういえば、私たちの方から重要な報告があるんですけど!」
「あぁ、アレか…………チッ……」
「……あんまりいい報告じゃなさそうだねぇ」
「はい…実は、もう次の失踪者が出てるかもしれないんです」
「なんだと!?」
「そんな……だとしたらヤバいね。まだ、新たな失踪者が出たって話は上がってないし……」
私たちは、この間ゲームをプレイした時に見た宙に浮かぶ城が、ハッキングによって作られたものであることを、けっこう時間をかけて説明した。
なんせ、フーロやジェイペグたち、喋る虎や女神がデータ解析をやってくれた、などという話を、ネットゲームの世界に入ったことはおろか、プレイしたこともない2人が一発で理解できるハズもない。
「な、なるほど……。要するに、犯人によって、失踪者を隠すための不正データが作られている、ということだな。……そ、そうだよな?」
「そ、そうッスけど……なんでそんな鬼気迫る顔?」
「ハハハ、なんせ俺らロ〇ヨン世代だしね。最近のゲームのことはあんまり分からないんだよ。……ガッキーはまだ、自分は流行に乗れてるつもりでいるらしいけどね」
「おう、乗れてるぞー。な?今流行ってるんだろ?壁ドン」
「ガッキーやめて!痛い!ドンしてるの俺!壁じゃなくて俺のほっぺたがドンされてるから!それもうただの張り手だから!」
この、すぐ茶番ばっかりする感じ……門衛くんたちに若干似てる気がする。
ともかく茶番を止めてもらい、不正データと失踪者の関係性について再び話し合う。
「話を聞くまではけっこうヤバそうだと思ってたけど、まだ大丈夫そうだね。不正データが発見されたから既に失踪者が出てるかも、っていうのは、流石に早計だよ」
「でも、津森の時にも似たようなことが起こってて……」
「実は、お前らの話を聞いて、件のネットゲームを運営してる会社、カラットに話を聞きに行ったんだ。勿論、失踪事件との関係性は伏せた上でだが…」
「そしたらビックリすることにね、『運営自身が不正データを利用してる』ってことが分かったんだよ」
「ふ、不正データを利用……?」
「ボクも難しいプログラムのことはよく分からないんだけど、最近ユーザー数が増えてきて対応が多忙になってきたから、メンテナンスとかを手短に済ませるために、『データの形状を変えて』ゲームの中に入れてるらしいんだ」
「そうするとかなり手間が省けるらしい。正式な形状のデータではないから、コンピュータからは『不正データ』と識別されてしまうようだが」
「え、えーっと……」
「よ、要するに、運営も《《不正データと識別される正常データ》》を使うから、不正データが発見されてるからと言ってまだ誰かが失踪してるとは言い切れない、ってことッスか?」
「そういうこと。ちなみに君たちが言ってた『空中に浮かぶ城』は、カラットに話を聞きに行った時に見せてもらったんだけど、どうやら次のイベントクエストで使われるダンジョンだそうだよ?……もっとも、イベントクエストっていうのが、ボクにはどんなのかあんまり分からないんだけどね……」
「……ちょっとややこしいな」
整理すると。
ゲームを運営しているカラット自体が、不正なデータ挿入法を利用して、メンテナンスやイベントダンジョンの構成などを行っている。
どうやらその事実をジェイペグたちは知らなかったらしく、「あの浮かぶ城は不正データだから、誰かが既にこのゲームの世界に入れられているんじゃないか」と勘違いした。
よって、私を捕まえていた蝿などは『犯人が作った不正データ』。
空中に浮かぶ城などは『ゲーム運営の正式な不正データ』である、ということだ。不正データに『正式な』なんて形容動詞をつけてしまっていいのか疑問だけど。
「まぁ、今話した内容は、『カラット社の証言書』っていう書類に書いてあるから。あんまり役に立つとは思ってなかったからファイルには入れてなかったけど、後でメールか何かで送るよ」
「それに……実は、犯人と思しき人物からメールが来てな」
「えっ!?」
「なっ……!!」
「つい数時間前まで解析に回してたが、全然足がつかねぇ。
1通目は、今までの犯行について俺たちが分かってることをそのまま書いたようなもので、このメールを犯人自身が送ってきたことを証明している。
2通目の内容は、たった1文、次の犯行は6月初旬以降を予定しておりますとだけ書かれていた。
どちらもコピー印刷して、『犯行声明メール』という証拠としてまとめておいた」
「6月初旬……」
「犯人の狙い……マジで分かんねぇよ、クソッ!」
「気持ちは分かるけど、焦っても犯人の思うつぼだよ。……さて、他に何か聞きたいコト、あるかな?」
他に話すことといえば……。
◎『失踪者の詳細について』
「津森以外の失踪者たちの情報って、教えてもらえたりします?」
「うーん。捜査に協力してくれるとはいえ、高校生に個人情報漏らすってのは若干ヤバげだね」
「……要するに、『お前らに期待してるのはネットゲーム関係だけだ出しゃばるなバーカ』ってことだ」
「うぐっ……」
「まーまー、せっかく捜査協力してくれてるんだし、ボクらだけ得ってのも悪いよ。個人情報に触れない範囲でなら教えるさ」
「あ、ありがとうございます!」
「慎五郎、またお前は……!…………ったく、どんだけ甘いんだよ。俺は責任取らねぇからな……」
「いや、甘いとかじゃなくて……どうせこの子たち、今情報貰えなかったら、『警察関係者を家族に持つ子』に頼んで情報探るだろ?……なんつーか、もう教えなくても意味ない気がする」
「…………もうどうにでもなれ」
「あ、あははは……」
「まぁ俺らとお2人は《《共犯者》》なワケだし、多少はね?」
二垣巡査と三好刑事は、揃って溜息を吐いた。……なんか、意味もなく調子に乗っているウチの馬鹿眼鏡も相まって、無性に罪悪感が湧いてくる。
希霧くんはうへへーと気持ち悪く笑いながらも、既にちゃっかりと質問体勢に入っていた。
「えーと、じゃあ。失踪者の失踪した日付みたいなものを教えてくださいッス!」
「……ま、それくらいなら問題ないか」
「1人目が、『3月4日から5月3日』。
2人目が、『3月19日から5月3日』。
3人目が、『4月5日から5月3日』。
4人目が、『4月7日から5月3日』。
そして5人目……津森論子が、『4月30日から5月2日』、という期間、行方不明状態になっている」
「津森が救出された次の日に、他の失踪者が全員戻ってきてる……?」
「犯人が意図的に被害者を帰していると考えて差し支えないだろうな……」
しかも、3月に入ってから、立て続けに、しかも不定期に起こり続けている。不可解だらけな上に、犯人の掌の上で踊らされている気がして、とても不愉快だ。
いちおう証拠物件として、『行方不明期間』をメモした。
「そういえば、被害者たちが帰ってきた段階では、俺らに連絡なかったんですけど」
「検査が終わってない段階でバタバタしてたし……何より、そんなバタバタしてるときに君たちに連絡を取ろうものなら、一発で怪しまれるだろうね」
「そうなったら最後、共犯関係は終わりだ。お前らを捜査させることを、俺たちは止めなければならなくなる」
「あくまでも僕たちの関係って、非公式も非公式だからね。多少の情報の遅れは、どうにか許してもらえると助かる」
「い、いえ、こちらこそ、警察っていう安心できるソースから情報を貰ってるんですから……」
突如として二垣巡査のポケットの中の携帯から、なかなかにデスメタルなハスキーシャウトが響く。どうやら音量をマックスに設定しているようで、周囲全員耳を塞ぐ。
「まだ着メロそれにしてんのかよガッキー!趣味悪いとかいうレベルじゃなく色々とヤバイからやめろって言ってるだろ!」
「つーか、スマホにデフォルト以外の着信音設定してるヤツ初めて見たッスよ!?」
「るっせーな……。……あ、やべ、警部からだ……」
二垣巡査は急激に青ざめた顔になって、電話に応答しながら会議室からマッハで出て行った。
何が起こっているのか全く分からない私と希霧くんの様子を見かねたのか、三好刑事が肩を竦めて笑いながら解説する。
「ここには、顔も心も鬼のような警部がいるんだけどね。ガッキー、どうやら彼に目を付けられちゃってるみたいで。……何しでかしたのか知らないけど、ありゃ多分、今日一日は戻ってこないね」
「OH……」
「……ブラック警察に勤めてるんだが、彼はもう限界かもしれない」
なんというか……ご愁傷様としか言い様がない。どっかの強面ウブ教師さんみたいに、心労で喀血してなければいいんやけど。
「……というわけで、実は俺もそろそろ会議の方に出なくちゃならない。話とか捜査状況が聞きたければいつでも来るといいよ。あ、これ、俺とガッキーの電話番号ね」
三好刑事は、名刺の裏に11桁の電話番号を2種類書きなぐって、書類を持ってさっさと出て行ってしまった。
あっという間に薄暗い会議室には、こんな真面目な場所の真面目な部屋には、どう考えても圧倒的に場違いな高校生2人がぽつんと取り残された。
「……帰るか。聞くことも聞けたし」
「……そうやね」
用が済んだのに私たちだけでこんなところにいたら、事情を知らない警察の人に何か言われるかもしれない。『共犯関係』のこともあるので、私たちは、できるだけ身を隠しながら警察署を出た。
#
ビルが立ち並ぶ人工的な都会の街に負け惜しみじみた文句を言うように、黒くて大きなカラスが、ビブラートのかかった声で鳴く。
夕方。オレンジ色のフィルターがかけられたような静寂な明るさの町並みの中を、警察署から出た希霧くんと私は、相変わらず横方向に一定の距離を保ちながら並んで歩いていた。
行きのようなやり取りを交わす気にもなれず、かと言って、どちらからも喋り出さないこの空気が苦なわけでもない。非常に安定感ある見えない均衡状態のシーソーが、2人の間に空いた一定距離の間で小刻みにゆったり揺れる。
しかし、希霧くんは思い出したように「あ」なんて間抜けな声を出して、私の方を向いた。
「何?」
「ん、いや、何ってほどでもねーけど」
「…………ふーん」
また黙る。
中途半端に喋ってしまったせいで、さっきまでの安定感がなくなって、なにか落ち着かない……なんてこともなく、心地よい静寂の中をトコトコと進む。
希霧くんはしばらく何かを言いにくそうな顔をしているが、まぁ、こっちから無理に「どうかしたん?」なんて聞き出すことでもないだろう。私はカバンを持つ手を変えた。
少し薄暗くなって、街灯が点いた時だった。
「……あ、コンビニ」
そんな言葉が、不意に口を突いて出た。
道が照らされて明るくなったせいか、ついさっきまで気付かなかったが、私たちの進行方向の矢印とほぼ直角。真横。見慣れたファ〇マがそこに建っていた。
「なんか買いたいの?」
「……うーん。確かにちょっと小腹は空いた感じするけど、いいかな」
「ファミ〇キくらいなら奢るぜ?」
「お、ホンマ?……じゃ、お言葉に甘えて」
「あいあい」
最近暖かくなって、ちょっと長い距離を動けば汗ばむような陽気になってきたのに、胃袋は何やら温かいものを欲していた。
〇ァミチキ2つください。
こいつ直接脳内に……!なんてやり取りもなく、ただただ普通にファミチ〇を購入する。
おあつらえ向きに、少し歩いた距離に小さな公園があった。そこの錆びた黄色いベンチに2人で座って、ほかほかのチキンを頬張る。
食べている間もしばらく無言だったが、希霧くんは若干思い切ったように、しかし何でもないように、どこかあさっての方向を向いて、真顔で口を開いた。
「……津森さ、さっき話してた時……なんか、微妙に凹んでたじゃん?」
「えっ……」
気付いてたのか。
完全に不意打ちだった。
……だけど、心のどこかで、私は誰かからそれを指摘されたかったのかもしれない。私はあの時けっこう思い詰めてたにも関わらず、意外にもすんなりとそれを認めた。
「…………うん。凹んでたっていうか…ちょっとした自己嫌悪、かな」
「自己嫌悪?」
自分でもなんでか分からないけど、今なら、何でも話せそうな気がした。
私は少し苦笑しながら、あの時の気持ちを素直に語った。
「なんていうか……。私たちが頼りにされてる、って思った時に、嬉しいとも思ったけど……それ以上に、重いなぁ、って思っちゃって。ホンマ、卑怯やんな。ついこの間は、事件の解決は私たちしかできへん、なんて思ってたのに、人が死ぬかもしれんとか、責任を重く感じた途端、ちょっと一歩引いちゃって……」
「…………?」
「なんていうんかな……みんなと一緒に事件を解決したいっていう気持ちは嘘じゃないけど、私には、そういう重い責任を背負うような覚悟がないのかな、って。……もっと言うなら、責任が発生しないところで、ヒーロー感を味わうためだけにやってたのかな……って」
「……へへっ。そんなの、俺たちみんな思ってるよ」
「え?」
希霧くんは、少し困ったような顔をしていた。
「自分が、事件や被害者の人たちについてどう思ってるかなんて、自分にさえ分かんねー。実際、お前が事件に巻き込まれたかもしれないってことを怜斗から聞くまで俺は、そんな不気味でクソ気持ち悪ぃオカルト事件、ぜってー首突っ込まねー!……って思ってたし」
「……今の発言で色んな人を敵に回した気がするけど」
「……ははははっ、受験の時も似たようなこと考えてたっけな。
就職のためとか何だとか言ってこの高校に来るのを選んだけど……。怜斗たちと同じ学校に行きたいだけじゃねーのか、って他の友達に言われたとき、答えられなかった。実際俺は、本当は何で自分のレベルに全く合ってないこの高校に入ったのか、なんて、聞かれても、今でも答えられねー。
人助けのためだとか言って単にトマトジュースもらうために献血する奴だっているんだ。自分がどんな気持ちで物事に望んでるか、なんて、考えるだけ無駄じゃねーの?」
………………。
トマトジュースとか献血とか、例えが下手くそなのは置いといて。
「……ま、イマイチ納得できへんけど、ちょっとラクになったわ」
「おう」
「ファ〇チキ、ありがと」
「おう」
「…………帰ろっか?」
「…………おう」
……希霧くんなりに、色々気を遣ってくれたんだろう。
全く余計なお世話だが、まぁ、ファミチ〇1つぶんくらいはお腹の足しになったかな。心にもないことを、心の中で言い訳してみた。
5月、テストを控えた放課後に。
勉強もせず、無責任に……しかし真剣に、事件に首を突っ込んだ高校生が2人。
帰路を急がずゆっくりと歩いていた。