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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
3章・絡み合う日常と電脳世界
36/73

珈琲店ボルボの事件簿

 ただの暇つぶしのネットゲームが、『俺たちにしかできない事件捜査』に変わったとはいえ、日常を疎かにしてはいけないわけで。


 空に浮かぶ天空城をいつまでも眺めていたり、どうにかして登れないかチャレンジしたりすることはなく、俺たちはけっこうアッサリ早々に、ネトゲ世界からログアウトし、委員長との約束が待つ現実世界へと戻ってきた。

 待ち合わせの時間に間に合うよう外出するにはまだ少し早いが、寝落ちしたせいかなんとなくダルいのでもう一眠り……というワケにもいかないので、俺は出かける用意をして部屋を出た。


「あっれー兄貴@童貞、どっか出かけんの?」

「あぁ、ちょっと勉強会だ。あと誰が童貞だブチ殺すぞ」

「また今度ね」


 下のリビングでソファにだらーっと腰掛けてスマホをいじっている盟音を階段の上から見下ろす。

 ……そういやコイツ、ここに越してきてまだ1ヶ月ちょっとしか経ってないんだよな。今日こそアレだが、いつもは休日は友達とどっかに出かけたりしているようなので、馴染めてないかも、とかそういう心配は杞憂なのだが。

 ふと気が向いたので、聞いてみる。


「盟音。もうここで暮らすの、慣れたか?」

「ん、どしたの急に。そりゃ慣れたよ」


 ……まぁ、人の家でこんなにベッタリくつろいでるのに、慣れてないワケないか。いや、たしかに居候初日に「自分の家だと思ってくれていい」とは言ったんだけどさ。それでもさ。ここまで来るともはや図々しさすら感じるというかさ。

 そりゃよかった、と申し訳程度の返事を寄越すと、盟音は気のせいだろうか、どこか自分に言い聞かせるような口ぶりで喋りだした。


「やっぱ田舎より都会だよねー、あんな辺鄙なトコで過ごしてたら、何年かしたらすぐにババ臭くなっちゃうよ。万津市サイコー。快適かな、快適かな」


 ちなみに俺たちの住む万津市は、学校施設や新興住宅、映画館に携帯ショップ、服屋にゲーム屋にカラオケに、と、盟音曰く『都会都会した施設』が大体揃っている街であり、一昨年くらいにはついに県下の市内人口1位に輝いたらしい。

 対して彼女が今まで住んでいたのはドが付くほどの田舎町で、家の近くにデパートがあるとか駅まで徒歩何分とかそういう比べ方ができるレベルではなく、『お隣さんまで車で20分』という、都会にしか住んだことのない俺からすれば何かの間違いなんじゃないのかと思ってしまうような所だったらしい。

 そりゃ、そんな所に住んでたんなら、アンチ田舎!ビバ都会!になってしまうのも分かるような気はするのだが、それにしたって、何か様子がおかしい。


「……もしかして、向こうの友達と会えなくて寂しい、とか?」

「ハァッ!?な、何言ってんの意味わかんない!いやイミワカンナイ!トラナイデ!ヴェェ!」

「なんで某スクールアイドルみたいになってんの!?」


 盟音はなにやら顔を真っ赤にして暴れ狂っている。あんなに暴れてオカンのお気に入りのソファに穴でも開けられたら地獄絵図なんだが……。ダレカタスケテ。

 何にせよ、盟音には田舎の友達辺りに何かしらの地雷があるようだ。今後は気をつけることとしよう。


「誰があんな奴に会えなくて寂しいっていうのよさ!?別にアイツなんか、アイツなんか!あんな……キィィィィィィィィィィィィーッ!!」

「う、うん、あの、お兄ちゃん出かけてくるから……あんまり暴れないようにな?」

「大体っ、誰があんなアホ……!キィィィィェェェェェェェエエエエエ!!」

「聞いちゃいねえ」


 帰ってくる頃には盟音さんのマジキチヌベチョンモードが解除されていることを切に願いつつ、俺はダッシュで家を出ると、「臭いものは蓋を!」とばかりに乱暴にドアを締め、鍵をかけて駅までダッシュしましたとさ。



 午前1時。


 軽食喫茶『ボルボ』は、2つ向こうの通りの大手チェーン喫茶店を押しのけて、今日も渋く香ばしい香りで通行人の鼻腔をくすぐりながら、小規模な繁盛の様子を見せている。

 辺りを行き交う人々は、日曜日ということもありみんな楽しげな顔を覗かせている……のならみんな幸せで良い事なのだが、実際は、休日出勤の憂鬱で陰鬱で鬱々でとにかく欝な疲れきった顔を嫌と言うほど地べたに見せつけながら歩いていくような、働き者の人々が3割を占めるわけであり、自由な休日を週一若しくはそれ以上で取れる俺たちがいかに幸せなのか思い知らされる。

 そんな暗い想像を振り切るように、俺はボルボに入店する。外からでも香ってくる珈琲の香りがさらに強くなるのを楽しみながら、店内を見渡す。

 さて、本来の待ち合わせの約束の時間は午前2時なのだが、俺が1時間も早くこの喫茶店に着いてしまったのには理由があり。


「……………………………………」


 その『理由』は、店の奥の方のテーブル席の椅子に腰掛け、眼鏡の奥の綺麗な瞳で必死に文字を追い、自分のB5ノートに向かって何やらカキカキと書き込んでいる。

 俺は口角をピクピクと引きつらせながら、そのアホにつかつかと忍び寄り……。

 レジの台に置かれていた、シュガーやシロップを入れてあるバスケットの中から取ってきたマドラーで、そのアホのつむじをぶっ刺した。


「いひぃっ…………!?」

「こんな時間から何してらっしゃいやがりますか委員長サマ」


 間の抜けた可愛らしい声を出して俺の方に振り向いたのは、当然、俺と『午後二時に約束をしたハズの』委員長である。

 どうも彼女は嘘が下手なようで、俺の威圧スマイルに、青ざめながらヒクヒクと歪な笑いを返してくる。


「オールして体調不良にでもなったら大変だから寝てから来いって言ったよな俺。何時からここに座ってるんだ、言ってみろ」

「わ、私も今来たところー☆」

「デートなんかじゃないとか言ってたクセに、こんな時だけ彼女ぶってんじゃねーよ!?本当はいつ来たんですか、馬鹿でも時間感覚ぐらいありますよねぇ?」

「え、え、えーと、今来たところっていうのは確かに嘘ですけど、でも、せいぜい20分前くらいですよ?ほ、ホントに!」

「なるほど。じゃ、そこに置いてある圧倒的シュガーの残骸は何でしょうか」


 掃除のし忘れを指摘する姑のように俺が指さした方向には、軽く10本はあろうかというコーヒーのシュガーの紙くずの山があった。


「え、えっと……あ、あはは……」

「まさか20分で10杯以上コーヒーをお代わりしたなんて言いませんよね?それとも何です?委員長さんは1杯のコーヒーに20本シュガーを入れるクソ甘党だと?味覚すらバカだと?」

「い、いや、違うんですよ?それは……」

「それは?何です?あぁ、もしかしてバカだからコーヒーに入れたりせずにそのままシュガー食べちゃいました?バカだから。バ、カ、だ、か、ら!」


 いつもならこんな煽り方をしたらとっくにシャーペンでぶっ刺されているようなところなのだが、今回は委員長も自分に非があることを認めているのだろうか、ぐぅの音も出ない様子でしょんぼり縮こまってしまった。

 マドラーは委員長のつむじに突っ立てたまま、委員長と向かい側の椅子に座って、ちょうど近くを通った店員さんにエスプレッソを注文し、わざとらしく溜息を吐いてみせる。


「月並みな説教だけど、どんなにテストの準備しても、委員長が体調を崩してテスト自体が受けられない、なんてことになったら、全部パーなんだからな?一生懸命勉強したことも意味無くなっちまうんだからな?『いのちだいじに』な」

「反省してます……」


 俺の説教を受けてさらに小さくなる委員長。もはやねん〇ろいどサイズである。

 まぁ、今回のは俺の出した宿題が多すぎたのも原因の1つなんだし、これ以上グチグチ言うのも良心上よろしくないか。


「そんなわけで委員長。俺は寛大だから、コーヒーとサンドイッチを奢れば許してやるぞ。あー俺マジ寛大だわ、寛容さオカン級だわ、家庭教師コミュ発生だわ」

「女子に奢らせといて何が寛大ですか……。えっ、ていうか、家庭教師になってくれるんですか!?」

「え」


 上目遣いでこちらを見上げてくる委員長の頬は、『気のせいだろうか』なんて表現に逃げることも叶わないくらいハッキリと赤い。俺は思わずつばを飲んだ。

 なんだろう、この気持ちは。なんで女子の上目遣いって、こうも可愛く見えるんだろう。

 えっとね?委員長?家庭教師コミュ発生っていうのはとあるハイカラRPGのパロディネタでね?……なんて言い訳をしようものなら、今度こそコンパスで刺されても彫刻刀で刺されても文句は言えないだろう。

 久々に異性から向けられた好意的感情(?)にみっともなく焦る俺だったが、そんな様子を察したのだろうか、委員長はパンっと手を叩いて、笑顔で「さぁ、勉強始めましょうか」と言ってくれる。ただし頬は赤くしたまま。

 「お、おう」と、それに対する俺の返事。こちらは委員長の2倍ほど顔が赤い。


「さ、さっそくなんですが!宿題で、ちょっと怪しいところがあって…」

「ん、んー英語か!たしかにそこはムズいな」


 ぎこちない質問とぎこちない教えを繰り返し、次第に火照りも冷めて20分後、4問目を教え終わった時には、既に普段と変わらない俺と委員長に戻っていた。

 時々お互いの手が触れ合ってまた赤くなって、また落ち着いて。

 日曜日の勉強会は、そんな非生産的な感情のやり取りを繰り返して、あっという間に過ぎていった。


 そんなこんなで、気付くと店のアンティーク時計の短針は、6をちょっとだけ左に行ったところまで回っていた。


「……もうこんな時間ですか」

「おー、早いな。あんまり遅くなってもアレだし、つーかお互い寝不足だし、委員長、帰ろうか?」


 委員長のその声が若干残念そうであることに気付かないフリをして、ヘタレで不自然な応答を返す。

 言葉の最後を疑問形で締めくくったにも関わらず、俺は返事も聞かずに椅子から腰を浮かして、伝票を持ってレジへ向かおうとした。

 その手を、委員長はぎゅっと掴んできた。


「――!?」

「ま……待ってください…………!」


 驚き振り返り、見えた委員長の表情は、とても思いつめた様子で……。

 俺は、今日何リットル目か知らない生つばを、大量の空気と一緒にゴクリと飲み込んだ。おかわり自由の安っぽいエスプレッソの香りが、今日できた数々の思い出と共に鼻を突き上げる。


「………………」


 椅子に座りなおして、まだカップに残っていたコーヒーを飲み干す。

 真剣な話をする時に、食い物や飲み物を飲み食いしながらというのは、駄目だから。

 委員長は俺を引き止めてからというもの、かれこれ3分ほど俯いていたが、俺が空のコーヒーカップを置く音を聞いた瞬間、顔を上げた。


「門衛くん!……私、ずっと……気になってたことがあったんです。けど、なかなか言い出せなくて…。今日こそは、それを聞きたいと、思います」

「………………………………!」


 緊張が高まる。

 だけど、逃げるわけにはいかない。


「私!……私、門衛くんに!」


 そこで一瞬、言葉が途切れる。

 続きの言葉が予想できるような予想できないような。そんな奇妙な期待感と不安感が加速度的に上昇してゆくだけの、長い長い短い短い、永遠で一瞬の間が空く。


 ちょっと待ってくれ、俺にはあいつが……!

 そう言って断りたいけど、でも、それで傷ついたりはしないだろうか。他に好きな人がいるんだ。という断りの言葉はありきたりだけど、でも……。


 そんな俺の迷いすら、全てを思い切ったように、委員長の口は開かれた。


「私!…………門衛くんに、名前覚えられてますか?」


「………へ?」


 質問の内容を理解するのに、数秒の時を有した。

 数秒の後、『何カンちがいしてるんだ俺、恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』という羞恥の感情が濁流のように胸の中を渦巻く。


「だ、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」

「い、いや大丈夫!一気にコーヒー飲みすぎたせいでちょっと……」


 と同時に、やっと質問が頭の中に入ってくる。


 『私、門衛くんに名前覚えられてますか?』


 ………脳内で、『委員長 名前』と検索がかけられるが、出てこない。

 委員長の、名前………!?


「……覚えて、ない……」


 驚愕だった。

 俺は名前も覚えていない相手に、もしかしたら告白されるかも、なんて思ってたってのか。最低じゃねーか、嘘だろ?どんなクズだよ。そのクズなんて名前?門衛怜斗。嘘だろ俺じゃん。俺最低やん。

 俺が自分の愚かしさ、軽薄さ、クズさその他もろもろに絶望していると、委員長は優しい声で、やっぱり、と苦笑い混じりに言ってくれた。


「不自然なまでに私のこと委員長委員長って呼ぶもんだから、もしかしたらと思ったら……やっぱりですか。まったく、そんな記憶力の人にテストで負けるだなんてね。……ふふ」


 冗談を言って、笑ってくれる。

 これだけ親しげな態度を取ったり、さも何もかも分かったように師匠ヅラしてたくせに名前すら覚えていなかった俺を、怒るどころか、冗談混じりに笑ってくれた。

 優しさに胸が痛くなる。


瀬戸良せと りょうです。改めてよろしくお願いします」

「瀬戸さんだな!瀬戸さん!瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸瀬戸、覚えた!もう絶対忘れない!1億と2千年後も忘れない!」


 瀬戸さんは、俺の言葉に、なんですかそれ、と言って養豚場の豚を見るような目で見下してくる。

 いつもと変わらない委員長の様子に、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「まったく、クラスメートの女の子の名前忘れるなんて、私のカレと比べたらありえないですよ?……あ、これノロケとかじゃないんではやし立てたら斬ります」

「……ちょ、今、なんて?」

「え……私の彼氏は絶対クラスメートの名前を忘れたりしないです死ねよ生きてる価値ねぇんだよボケゴミクズクソカスハゲ、と言いましたが」

「彼氏いんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「ちょっ……!?声大きいですよ、恥ずかしい…!」


 終わった。

 なんか、こう、何もかもが、終わった。

 いや、告白されたとしても断るつもりだったんだけどさ。瀬戸さんのことを好きってワケでもないけどさ。……彼氏持ちの女の子に告白されるかもなんて、己惚れてしまったという事実は、俺を絶望と自己嫌悪のどん底に叩き落すには十分すぎた。

 真っ白に燃え尽きるどころか燃えすらしないまま色々と終わった。


「門衛くん?どうかしました?」


 あ、ああ、あああああああ。

 溢れ出しそうになる涙を拭って、俺は伝票を持って走り出した。


「ああああああああああ!ああああ、あああああああああああああああああああああああああ!!」

「ちょっと!?門衛くーん!?」


 レジの受け皿に、お会計(瀬戸さんの頼んだ分も)全額ピッタリを文鎮替わりに伝票を置きつつ、暴走した足の赴くまま、俺の体は暗くなった街を疾走してゆく。

 救いようがねぇ!なんだよコイツ、救いようがないクズだよ!むしろ最早人間じゃねーよ!ゴキブリ以下だよ!なんだこのゴミクズ、名前はなんていうんだ?門衛怜斗?俺じゃねーか!


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 どれだけ叫んでもどれだけ走っても並走してくる羞恥、自己嫌悪、自殺願望、恥ずかしい、クズじゃん、死にたいマジで死にたい誰か殺して!そんな感情を紛らわすようにまた俺は叫び、走ってゆく。それに感情はまた並走してついてくる。


 どうやら、明日はもっと酷い寝不足に陥りそうだった。


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