その臆病な心に勇気の火を
「……お前らの想像通りだ。その……俺は、堺田先生のことを、そういう感じで、こう…………恋愛感情を抱いている……?」
「いや疑問形にされても。……はー、それにしても、まさか新橋先生がねー」
「職員室でもあんまり他の先生と関わりがないって聞いてるし、そういう浮いた話が出るなんて、素直に意外ですよ」
他の先生と関わりがないって聞いてる、という私の言葉に、新橋先生はうっと傷つき胸を押さえた。
……聞くところによると、そういった誘いを断りすぎたせいで、最近では飲み会や送別会、打ち上げには、誘われることすらなくなったんだとか。わ、悪いこと言っちゃったなぁ……。
どうせ俺はぼっちだよ、と卑屈になってしまっている新橋先生に、夏矢ちゃんはさらなる追い討ちをかける。
「でも、あの慌てまくってる感じだと、女の人と付き合ったことはないように見えますけど……」
「ぐふっ」
『喀血!?』
血を吐くほど痛いところを突かれたらしい。
無表情で無口だとか思ってたけど、ちょっとスイッチが入ったらとてつもない感情表現をする人だ。いい意味30%、悪い意味70%で。
新橋先生は口に付いた血を拭うと、真面目な顔で私たちの方に向き直った。
「……さっき言った、相談したい事の件だが」
そういえば言ってたね、と夏矢ちゃんは幼稚園時代のことを思い出すような言い方で言って笑う。
……まぁ、途中で先生の恋バナ聞いたり先生が喀血したりしたし、インパクトが薄れて忘れるのも無理はない気もする。
「その……盗み聞きしてたなら、俺が境田先生を誘って遊園地に行くことは聞いてたよな?」
「はい、それはもうバッチリ聞いてましたよ!先生がめっちゃ照れてドモってたのも含めてバッチリ!」
「……世葉。明日机の上に花束飾っといてやるからな、安らかに眠れよ」
「すいませんマジでこの世から退学処分だけは勘弁してください」
「いらんこと言わんかったらええのに……」
再び泣きながら私に抱きついてくる夏矢ちゃんの背中をさすって宥めつつ、私は新橋先生に問いかける。
「で……えっと、その二人で遊園地に行く予定がどうしたんですか?」
「あぁ……えっと、さっき事情を知ったばっかりの、それも本来教え子であるお前らにこんなことを相談するのも我ながらどうかと思うんだが……その、遊園地で、俺は……」
「…………」
「………………」
「……がはっ、ごっほっほっぉふぇっ、げっふぁ!ゴパァッ!?」
「あぁっ、もう、すぐ血ぃ吐く!」
「もうなんか喀血がキャラ付けみたいになってきましたね先生!」
救急車を呼ぼうとする私たちを、大丈夫だいつものことだから、と静止する新橋先生に、私たちは心配したりやら呆れたりやら。
ていうか日常会話で動揺するたびにいちいち喀血するのが『いつものこと』って、それ逆に一刻を争うレベルで病院行かなアカンのとちゃうかな……。
「とにかく、俺はそこで、堺田先生に……告白しようと思っている」
『おおっ!?』
不謹慎というか、人の恋愛事情にこういった感情を持つのはよくないのだろうけど、思わず私は少しワクワクした気分になってしまった。
夏矢ちゃんも同じらしく、さっきから新橋先生の周りをグルグル回って「うわぁーマジっすか!」とか「がんばれー!」とか「ヒューヒュー!」とか言っている。最初会った頃のクールビューティー感はどこへ行ってしまったのだろうか。
新橋先生当人はというと、さっきから「言うんじゃなかった……」なんてぶつぶつ言いながら膝を抱えてうずくまっている。
「あー、ウロチョロするな!煽るな!それで、お前らに頼みたいことっていうのは……」
「分かってますって!どんなプロポーズをされたら嬉しいかとか、どんなプレゼントをもらえば喜ぶかとか、どんな態度にときめくかとか、要するに女心を教えて欲しい、ってコトでしょ!?新橋ティーチャーわっかりやすいもん!」
「……非常に不本意ながらその通りだ。どうかよろしくお願いする……」
「いっだだだだだだだだだたたたた!すいませんやめて!怒りに任せてグリグリとつま先を踏みにじるのはやめて!」
「いらんこと言わんかったら以下略」
正直、野次馬心というか面白半分みたいな心が全く無いとはとても言えないのだが、私たちの知識やアドバイスが先生の役に立つなら、協力してあげるべきだろう。
門衛くんが、委員長にそうしているように。
「いだだだだ!もげる!指がもげちゃいますって!論子ちゃん助けて!殺されるわ私!恋バナ聞きながらつま先踏まれて殺されるわよ私!前代未聞よ!」
「先生、所詮高校生で、まだ子供の私たちのアドバイスが役に立つか分かりませんけど、それでもいいならぜひ協力させてください」
「津森……ありがとう。どうかよろしくお願いする」
「ちょっと待って私放置!?いだだだだだだだ、ていうかなんか剥けてない!?踏みにじられすぎて皮膚剥けてきてない!?」
こうして始まった、新橋先生の恋愛相談。
しかし、どこかのドラマや少女マンガでありそうなシチュエーションには似合わず、この恋模様はたった十数日でなかなかの泥沼模様を迎えることになるのだが。
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そんなことをこの時の私たちが知るはずもなく、私たちはおふざけ半分で呑気に告白の練習なんかを始めていたのだった。
「ほら、腰は90度を維持して!」
「こ、こうか?」
「ちっがーう!」
「…………はぁ……」
なんていうか、本当に、テスト前にこんなことしてていいんだろうか……。