エリートと自分と独白
私の父親は政治家です。
母親はちょっとした私立高校の理事長です。
叔父は大手携帯会社の取締役です。
その他挙げればキリがないくらいに、私の家系は馬鹿みたいにエリートばっかりなんです。
父親、母親、妹、私の4人で家で夕食を食べている途中に、10分に一度口を開いたかと思ったら株の話や地方の議員への非難なんかしか言わないような、馬鹿みたいなエリートばっかり。
別に、それが嫌ってわけではないんです。
私もそんな家系のおかげでいろんな教養や知識を得られているので話についていく事もできますし、父は厳格な人ですがたまには冗談も言いますし、しっかり私たちの父親として、愛情というか……まぁ、色々くれています。母も、私たちに何かがあれば理事長の仕事を置いて駆けつけてくれるような、とても優しい人です。
非常に恵まれた家庭。そう思っています。
だから、許せないのは貴方でも家庭でも家族でもなく、自分なんです。
妹、という存在は姉にとって本当に厄介なもので、姉がポンコツだと反比例的に有能になるようなんです。少なくともウチの場合ではね。
妹は私の1つ下、高校1年生なのですが、中の上ぐらいの学力の輪通学園に入学した私とは格が違う……あ、貴方から妹を守るために名前は出しませんけど、とにかく所謂Aランクと称されるような高校にこの春、楽々と合格しまして。
その高校は特別で、テストが普通よりも少し早く行われるらしいのですが、そんな最上ランクの高校でも、妹は学年1位を取ったらしいんですよね。
大人げないとは分かってますけど……ムカつきますよね、正直。中学の時からずっと満点を連発していたあの子は、敗北を知らないんですよ。
極まれに、ケアレスミスとかで1点2点だけ落として「うわー、勿体無いなぁー」って笑って、後は見直しもせずにくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にポイ。
有能です。
将来も確定してます。
仕事が出来るだとか高学歴だとかインテリだとか、そういうキャリアウーマン的な偶像を集めて捏ねたらあの子が出来上がる、そんな感じの存在自体が嫌味な子です。
正直、嫌いです。
私はあの子にたまに甘えられたり、一緒に普通の姉妹らしい話を振られたりするんですが。私もそれににこやかに返してるんですが。
心の底ではあの子をどれだけ憎たらしく思っているのか想像もつかないくらい嫌いです。
好きになりたいだとか本当は好きでいなければいけないんじゃないのかとか思うほどドンドン嫌いになっていくんです。
それを感じるたびに、あぁ、私ってなんて性格が悪いんだろう、とドンドン自分が嫌いになっていきます。
自分の性格が悪いのを実感する、ということほど自分の精神にダメージを与えることはないみたいですね。読書好きの貴方ではないですが、どこかの心理学の本で読んだことがある気がします。
そんな感じで日に日に妹にヘイトを溜めながら自分を無意味に傷つけていると、去年度の末ごろ、2月の事でした。
突然あることに気付きました。
両親の、自分を見る目と妹を見る目の違いに。
……こんな言い方をすればアレですが、馬鹿キャラの、元々成績のあまり良くない人がテストで悪い点を取っても、誰も全く心配しませんよね。むしろ笑いの種にすらできますよね。
そして馬鹿キャラがいつもより数段いい点数を取ると、どうしたんだいったい、熱でもあるのか、こりゃ大雨が降るぞ、なんて騒ぎますよね。
でも、逆に。
元々優等生キャラの人が、ちょっと悪い点を取っただけで、周りの人はとても、ちょっと大袈裟なほどに心配すると思いませんか?テストの日に体調が悪かったのかとか、何か悩み事でもあるのかとか、それこそ貴方みたいなお節介を焼きます。
両親は、私を前者の目で、妹を後者の目で見ていたんですよね。
「また5位か、あはは」と「『いつも100点の』この教科が『96点しか』取れていないじゃないか、大丈夫か?」の違いは、想像以上に私の心を深く抉りました。
諦められてるんでしょうね。私はこれ以上叱っても伸びないと。私にかけている時間があるなら、妹に時間をかけてやりたいと。
両親が笑ってくれたから、私も笑いました。
愉快でした。
愉快なまま、自分の部屋に上がりました。
愉快なまま、自分のベッドに飛び込みました。
愉快なまま、自分の枕に顔を押し付けました。
歯を食いしばって、声を殺して、汚い顔で泣きました。
その時鏡が目に入って、醜い自分の顔を見て、あぁ私は容姿でも妹に負けてるんだな、と、笑いました。その声は両親の笑い声と一緒でした。
私は、私が私を諦めていることに気付きました。
発見の多い1日って、なんだかとても有意義に過ごしたような気になりますよね。
まだ夕食も食べてないけど、まだお風呂にも入ってないし歯も磨いてないけど、今日はこのまま寝てやろうと思いました。あとから考えてみれば、一種の寝逃げのようなものだったのかもしれませんね。
涙を拭って、さぁ目を瞑ろうとしたときでした。
妹が、夕食の準備をするから、と私を呼びに来たのです。
濃い嫌いの感情が、淡い殺意のような感情にグレードアップしていることになんか気付くわけもない妹は、私の泣き顔を見て、どうしたの、と慌てて駆け寄ってきました。
ちょっと近づかれたくらいでは何も感じなかったのですが、妹が4歩目を踏み出した瞬間。
半径3メートルに入られそうになった瞬間、私の中で何かが切れました。
近づかないで、と。気付いたらそう叫んでました。
私に怒られたことは愚か拒絶されたことも鬱陶しがられたことすらない妹は、私のそんな姿に、とても驚いたようでした。
妹まで震えて泣き出しそうになって、それを見て私は一層妹に対しての負の感情が増大するのを感じると共に、余計自分が許せなくなりました。
なんで、と小さい声が漏れました。
私はまた笑いました。今度は両親の笑い声とは違います。少なくとも私以外の私の家系の人、エリートな方々には出せない笑い声でした。
私は大人げないとか姉妹なんだからとか、今までリミッターとしてきた色んな綺麗事を忘れて、心底醜い顔で言い連ねました。
嫌いなのよ。ウザイのよ。鬱陶しいのよ。自慢すんな。無意識に上から目線で見るくらいなら最初から私を見るな。無意識に嫌味を言うくらいなら最初から私に話しかけるな。私を見るな。私の視界に入るな。私に話しかけるな。私の前で声を出すな。いい点を取るな。親に媚びるな。ブサイクに整形しろ。いい子ぶるな。長所を1つにしぼれ。短所を増やせ。消えろ。消えてしまえ。消えてしまえ消えてしまえ。
《私のいる場所に生きるなぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああああぁぁッ!!》
すぐに両親が上がってきました。
当然、妹の方が真っ先に心配されました。
泣いているのは一緒なのに。娘なのは一緒なのに。
いえ、その理由くらい分かってます。ていうか悪いのは私なのに、少しでも私のことを心配してくれるだなんて思う方がお門違いってものでしょう。
それでも、両親が自分の味方になってくれるんじゃないかと思っていた自分が3割ほど私の心にいたのを自覚して、また嫌になりました。
味方なんていないのに。こんな私に、味方なんかできるわけがないのに。
……妹は、泣きながらゴメン、ゴメンね、と言ってました。
しばらく経ったあと冷えた頭で、ようやく自分のしでかしたことの重大さを悟りましたが、もう後戻りはできませんでした。
どうやら私はそのあと家を飛び出して、少し離れたところに住む叔父に泣きついたようなのです。その辺りの記憶が全くないのですが。
そのままの勢いで叔父に色々と事情や心情を言うと、しばらく自分で色々考えてみるのもいいんじゃないか、と両親を説得してくれて、一人で仮住まいをするための賃貸物件まで、タダで貸してくれました。
両親の許可を取った上での家出。考えてみれば、なんだかとてもおかしいですよね。
ともかく私はそこに住み始めて以来、両親や妹と交流を取っていません。さっき言ったように、今年の2月末頃からですから……もう丸2ヶ月になりますね。
このままでいいのか、という気持ちがある一方で、もうあの家族について行くことはできないんじゃないか、このまま適当に親族の脛をかじって生きていった方が賢いんじゃないか、なんて考えすら湧いてきて、自分への嫌悪感がまた増しました。
だから、決めたんです。
文句無しで全教科で1位を取って、あの家に居られる資格を撮り直そう、って。
私はいつの間にか学ぶ努力を怠っていて、あの家に居るべき人間の資質、品格のようなものを失っていたんです。
妹や親族とはそもそもテストのレベルが違いますが、それでも、1位を取ることに意味があるんです。逆に言えば、それ以下には全く意味がない。
1位を取れば、きっと、少しは、ほんの少しだったとしても、私が家に留まるのを、私が家族であることを許してくれるはずだから。家に帰れたら、まずは妹に謝りたいから。
そうすれば...妹を少しは掛け値なしに愛せるはずだから。
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「まぁ……これが、私の、一位に執着する理由です」
シャーペンの替芯を入れたり消しゴムの汚れを取ったりしながら、自分の事情をできるだけ他人事のように語る委員長だったが、しかしその努力も虚しく、俺には彼女の一挙一動一つの表情全てが、とても辛そうに見えて仕方が無かった。
津森さんの時も痛感したことだが、こういう話を聞いた後は、どんな反応をしてもどれも全部間違いになってしまう気がする。どんな答えや逃げ道を教えても、どれも違う気がする。
委員長の、『学年1位を取れるような学力がなければ家族とは認めてもらえない』という考えが大きく間違っているのは分かる。だが、その考え方は彼女に深く根付いていて、俺の言葉やら何やらで正すことはできそうにない。
何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか。自分から聞き出したくせにそんな今更なことを考えていると、ふと、机の端に置いた本が目に入った。
「……『自分で簡単に答えを教えてしまわないという教え方』……ね……」
「?」
そうだ。メソポタミアの教え。
『答えを教えるのではなく、答えを導く方法を導く方法を教えるのだ』……だったっけな。
「俺にできるのは、委員長と妹さんを仲直りさせることでも、委員長が家族に溶け込めるようにすることでもない。君が『答えを出せるようになるためにその手伝いをすること』だけだ。……勉強に戻るぞ。俺が本気を出しても勝てるように勉強して、絶対に1位を取らせてやる」
「えっ……。…………」
今日何度目かの唖然とした顔。
俺はその鼻先にデコピンをお見舞いする。
「いった!?」
「ほら、ボーっとしてんな。時間が惜しい、とっとと勉強再開しろ」
急に厳しくなった俺に驚くやらムッとするやらな委員長だが、こちらからすればムッとしている暇があれば少しでも勉強させたいわけで。
……あ、いいこと考えた。
「大問1つごとに最後の問題の答えを出すまでの時間を測って、理想より遅かったり正解率が9割5分を下回ればその種類の問題に関しての解説とそれに特化した宿題を出す。もちろん問題数・難易度共に容赦はしないし複数の種類の問題で失敗しても1つ1つの量を少なくしたりすることはないと思え。俺はお前の睡眠時間を気遣わないつもりでいる」
「…………!」
「ほれほれ、睨んでないで問題文読んだらどうだ?測り始めちまうぞ?」
「えっ、あ、は、はいっ!」
その後も何度も鬼、鬼畜と罵られながら勉強をした(結局委員長には17ページ分の課題を出すことになった)。
ゲーム内での精神力と経験値のボーナス値が僅かに増えた。