天才と秀才とデッドエンド
「あん?委員長の勉強の面倒を見てる?」
翌日の昼休み、相変わらず菓子パンを貪りながら食堂に集結するバカ2人with俺and津森さん。津森さんもそろそろバカ入りが近いかもしれない。
斗月に、「最近よく遅い時間にオンナノコと一緒に帰ってるらしいじゃねーか」とちょっかいをかけられ、そこに女子陣が興味津津で突っ込んできたため、俺はその事情と、テストまでしばらくネトゲに参加できない旨を話すこととなった。
にしても、もうそんな噂になってんのか?昨日けっこう遅くなったから途中まで送ったってだけなのに変な尾ヒレまでついてるし……やれやれ、マスコミって怖いもんだな。
……噂が広まってることを委員長に知られた時に、俺がどんな目に合わされるのかが。
「ふぅん。じゃあ、テスト終わるまでネトゲは……うーん、一切やらない自信はないから、自粛気味、ってことにしましょうか?」
「だな。赤点は回避してーし、テスト終わったら怜斗だけレベルが低くて足手まとい、なんて嫌だしな」
「そうやね。……私も物理勉強せんとなぁ」
かくして、テストまではネトゲは『自粛気味』にすることが決まったのだった。
正直、斗月が言ったようなことはけっこう恐れていたので、夏矢ちゃんの提案には助けられた。あー不本意だがな、めっちゃ不本意だがな。
「……で、それ、何読んでるワケ?」
「ん?『古代メソポタミア式学問伝達術』だが?」
俺は大きく欠伸をしながら、昨日図書室で委員長に1冊目を見せた時のように、『4冊目の』本の表紙を見せた。
昨日は宣言通り徹夜して図書室から借りてきた2冊、『家庭教師入門』と『なれる!塾講師』を読み切り、朝、珍しく家に帰ってきていたらしい父親にそういう類の本を持っていないか聞いてみたところ、『龍淵寺式マンツーマン教育のすゝめ』と合わせてこの本を貸してくれたため、前者は通学中や午前の授業中にスキを見て読み切り(ただし新橋先生の授業は真面目に受けた)、現在この4冊目に突入中だ。
そう説明すると、みんながみんな、昨日の委員長のような顔になってしまった。
「お、おい?どうした?」
「……いや、色々とツッコミてーことはあるけどさ……」
「第一に……」
とても言いにくそうに、津森さんが2人の言葉を継ぐ。
「……メソポタミア式って、参考になるん…?」
「……………インダス式よりは参考になるんじゃないかな…」
……全員が何とも言えない哀れみっぽい笑顔を俺に向けたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。
#
5時限目の休み時間。
嫌味数学教師の6割ウンチクな授業に完全無視を決め込んでいたら4冊目を読み切ってしまったので、することがなくなった俺はトイレへ行こうと廊下を歩いていた。
尿意があるのかないのかどうにも分からん。そんな気持ち悪い感覚を下半身に感じながら歩いていると、その途中でとても興味深いものを発見した。
我が1組の担任、堺田先生が、通りすがりの新橋先生を捕まえて何やらものすごくフレンドリーに話しかけている。
「新橋先生助けて~!どうしても亜種が狩れないんですよ~」
「……先生、生徒の往来の真ん中でゲームの話は……」
「んな固いこと言ってないで!ほらほらぁ~、持ってるんでしょゲーム機!ひと狩りいこうぜってね!」
「はぁ……。分かりました、放課後手伝ってあげますから。……とりあえず、そのラジカセ重いでしょう。持っていきますので」
「おっ、ありがとゴザイマース!えっへへ!じゃ、約束ですかんねー!」
堺田先生はご機嫌で走っていった。
残された新橋先生は、ふぅ、とため息を吐くと、周りの生徒たちの視線に気付いたのか、ラジカセを左手に教材セットを右手に、居心地が悪そうにそそくさと1階へ降りていった。
「……悪い人じゃねーよな、新橋センセ」
いつの間に隣に並んでいたのか、サジが話しかけてくる。どうやらさっきの様子を見ていたらしい。
その顔は、どこか俺と夏矢ちゃんにちょっかいを出す時の斗月のソレに似ていた。
「どっちが惚れてんのか知らないけど、あれはひょっとしたら近いうちにくっつくかもな」
「いんやぁ……。堺田先生モテるんだろ?この前の卒業式でも、最後だからって告白に来た去年の卒業生20人くらいを全員振ったぐらいの無双っぷりだし」
「いや、今までずっとただの片思いで、急に告白されてもって感じだろうけどな」
「もはやほとんど恒例行事みたいになってて、『別に好きでもないけどノリで告白します』とか『彼女いるけどノリで告白します』とか『私女だけどノリで告白します』とか、そういうふざけたのが大半だけどな」
「死んでしまえ」
噂では教師からも何度も告白されたことがあるらしいが、今まで全部それを断ってきてるんだとか。
普段はあんな感じの天真爛漫さだが、他の先生の前では縮こまってたりする姿を見たことがあるので、もうホントに『告白なんて困ります』って感じなんだろうな。
にしてもあの2人……どっちが惚れてるのか、はたまたどっちも惚れてるのか、はたまたはたまたどっちも何も感じてないのかは不明だが、仮に新橋先生が片思いしていると考えた場合、彼に勝機は何%くらいあるのだろうか。
「案外、硬派なのが好みだったりしてな?……賭けるか?」
「賭けはしないけど、むしろ2人の恋が実るために投資したいね。ウチの担任がいつまでも『(早く誰かと)結婚してほしい教師ランキング1位』なんて言われてるのは可哀想だからな」
「……僕らは三十路で焦ることなく相手見つけたいもんだな」
何か社会の残酷さの一辺を垣間見た気がしたところで、チャイムが鳴った。
#
放課後。約束通り今日も委員長の勉強を見てやることになっている。
1日自習しただけでくたびれるヤツがけっこう多いらしく、図書室で勉強をする生徒は昨日より減っているような印象を受ける。
それでもいつもよりは利用者が多い。少々の息苦しさを感じながら席を選んで座ると、委員長はすぐさま教科書やノートを開き、俺に質問を投げかけてきた。
「あの、門衛くん。英語問題集のココなんですけど……」
「ん……あぁ、それは教科書チャプター2の応用だよ。この文法、似たようなモノに覚えがないか?」
「う、うぅん?」
ノートをパラパラとめくって探す委員長だが、見つけられそうな様子ではない。
俺は答えを導き出させる方針を変えるべきだと判断した。
この辺の、『自分で簡単に答えを教えてしまわない』という教え方は、メソポタミア式伝達術から学んだ部分が多い。『答えを教えるのではなく、答えを導く方法を導く方法を教えるのだ』という回りくどい金言もどきの意味も、今なら分かるぜ。ありがとう古代文明。永遠なれメソポタミア。
「質問を変えよう。この例文、別の日本語に言い換えられないかな?」
「言い換え……。…………あっ!」
踊るようにペンを走らせる委員長。その顔はとてつもなくスッキリした、満足感で満ち満ちたもので、こちらとしても教え甲斐があるというものだ。
読書に戻るふりをしてチラッと答えを見てやり、これなら多分正解だな、と、委員長に見えないように小さく頷く。
「それにしても……驚く程、教えるのがお上手ですね。なんかこう、爆殺したくなってくるほどに」
「うん、素直に『確かに教えるのは上手いけど本当はお前なんかに教わりたくないからな自惚れるなよ』って言おうな?」
まぁ1年の時から同じクラスだったし、休み時間にサジたちと下ネタ満載の話してりゃあ嫌われるのは当然なんだろうけどな……。
「いえ……冗談抜きにして、本当に驚きました。貴方が元々教えるのが上手かったのかもしれませんが、あの昨日借りた2冊を読んだだけで、こんな塾講師のような教え方ができるなんて……」
「まぁ褒めてくれるんなら素直に喜んでおこうかね。参考までに、昨日もちょっと教えたけど、アレはどうだった?」
「エスペラント語で教えてもらった方がまだマシってレベルでした」
「…………ま、そんだけ成長したってことかな」
「そうですよ!たった1日でこんなに教えるのが上手くなってるだなんて、本当にすごいことだと思います!」
き、昨日まで罵られるばっかりだった委員長にここまで褒め殺しにされると、さすがに俺もなんか照れくさくなってくるな。
俺は眩しいものから目を逸らすように読書に戻った。
「い、いやそんな、大袈裟だっての……。今日これまでの時点では4冊しか読めてないから、一応ある程度教えることはできるかもしれないけど、期待はしないでくれよな」
「あ、はい。……って、ええ!?4冊!?」
……真面目な彼女らしくもなく、図書室で大声を出すほどに驚かれてしまった。
叫んだあとハッとなって、彼女はすぐに立ち上がって周りの生徒たちにすいませんすいません、とペコペコ謝り、またすぐに俺に向き直る。
そのせいか、今度は無駄に小さい声でボソボソと喋る。
「え、4冊って……。昨日、これぐらいの時間に、1冊目を読み始めたばっかりなのに……?」
「へへへ、委員長は真面目だから考えつかないんだろうな。授業中に読むという選択肢をさ」
「授業中に関係のない本を……?き、今日の授業はどの教科も、今度のテスト範囲の話でしたよね?大丈夫なんですか……?」
……いや、笑ったり怒ったり呆れたりしてほしいところだったんだけどな。そんな真顔で聞き返されても困るって……。
ていうか、正直に答えたら怒るだろうなこの子……。
「えーっとな……結論から言うと全然大丈夫だ。ていうかテスト前に限らず、興味ない授業の間は大体寝たりマンガ読んだりしてるしな。それでも問題なく頭に入ってるし……なんつーの?赤ちゃんが言葉覚えるみたいな感じだよ。スイミンハンスウなんちゃらだよ、アレアレ。ははは…………」
ははははははは……と笑いながら徐々に顔を背けていく。
…………。
チラッ、と委員長の顔色を伺うと。
「……………………」
うわぁぁー、めっちゃ怒ってるよこれ……。
ていうかこんな時に限ってメガネの光の反射で目がどんな感じになってるのか見えないのが一層怖いよ……。コミカライズされたら絶対後ろに『ゴゴゴゴゴ』とか出てるってこれ。
普段地味な子って怒らせると静かに怖いよね。っていうか委員長って怖いよね。これら2つの条件を合わせると委員長は地味だと言えるよね。
そんな三段論法思考を読み取ったかのように、委員長がキッとこちらを睨む。
「……何かめちゃくちゃ失礼なこと考えてませんか?私分かりますよ、エスパーですから」
「ヒッ!?」
どこの超高校級のアイドルですか!?今にも模擬刀で先制攻撃してきそうな狂気じみた目はやめていただけませんかねぇ!?
今度は無表情に怒る、という感じではなく顔全体で「不愉快です!(某赤縁眼鏡が最高に似合う後輩女子風に)」って感じを表現したような表情だったのだが、ふぅ、と一つ息をつくと、何か疲れたような顔になった。
「えい」
「はやおーーーーーーーーー!」
何故か唐突にシャーペンで手の甲を刺されて、某湯飲みの破片が刺さった太子みたいな断末魔が出てしまった。
手の甲を押さえながら図書室の床をのたうち回ること数分。
「何しやがる!俺じゃなかったら死んでたぞ!?」
「いや貴方じゃなかったらそんな数分も痛がらないと思いますけど…。ていうか、刺してすらないですよね?ちょっとチクってやっただけですよね?」
「『過負荷中の過負荷であり負けて死んでも生き返るグッドルーザー怜斗さんだからよかったようなものの』『異常性や言葉使いに君がソレをやっていたらと思うと……』『恐ろしすぎて僕には想像に耐え難いね』」
「過負荷と書いてマイナス……?二重鍵かっこ……?」
……ジャ〇プ作品ネタなら極めて一般人な委員長にもネタが通じるかもという一縷の希望が、見事に粉砕されました。
まぁどうでもいいですけど、と冷たくため息を吐いた委員長は、無気力ながらに、俺を真っ向から明らかに敵意ある目で睨みつけた。
「……私よりもテストで遥かにいい点を取っている貴方が普段から勉強してようがしてなかろうが、それはもうこの際どうでもいいです、殺意が沸くほど腹が立ちますがまぁいいです。……私が許せない、というか、一番立腹して情けないと思っているのは、そんな貴方に勝てない私に対してです」
……どこか自嘲めいた笑いをこぼした委員長は、俺の目には……あのダンジョンの中で見た津森さんのような、ひどく思いつめたようなものに見えた。
しまった喋りすぎた、というように、あははと笑いながらバツが悪そうに頬を掻いた委員長は、そのまま何事もなく勉強に戻ろうとする。
「待った」
「え…………」
しかし、俺の手は……半分無意識気味に、彼女がペンでノートに文字を記す手を掴んだのだった。
「ちょっ…!?さ、触らないでください、ICPO呼びますよ?」
「ICPOは自分たちで捜査逮捕を行うことはない、ル〇ンの見すぎじゃねーのか?」
「……ならワ〇ミ呼びます」
「ここでまさかのブラック企業を特殊召喚だと…!?って、話逸らそうとしてんじゃねーぞ」
「別に?してませんよ?」
こ、このアマ……。
汗垂らしながら明後日の方角向いて口笛吹くとか分かりやすいにも程があんだろ!?90年代のアニメですか!?
「他に悩みや考え事をしていると学習効率が大幅に下がるのは龍淵寺教授の心理実験で既に実証済みだ。鬱陶しいアドバイスなんかするつもりねーし、何なら聞き流したり途中にボケ挟んだり合いの手入れて○ーズのライブ並にウル〇ラソウルな感じで盛り上げてやるから話してくれ」
「……逆にとても話す気を削がれたのですが」
「そんな心の底から侮蔑するような目で睨まれてもなぁー。興奮するだけだよ?」
「警察沙汰にだけはしたくなかったのですが、仕方ありませんね。ここで殺します」
「ええええええ!?警察沙汰ってそっち!?セクハラ容疑者としてじゃなくて殺人被害者として警察に通報されんの!?」
コッ、コロサレル!なんと史上初!図書室で勉強中に女子にコンパスで殺された男!
このままだとデレ無しのヤンデレ刺殺デッドエンドになりかねん、と心臓が警鐘を掻き鳴らすほどには、割と洒落にならん暗い目をしている委員長をなんとか宥める。余談だけどヤンデレといえば俺妹のあ〇せ√は若干トラウマです。
「落ち着け!通報していいから、せめて話聞かせて!な!?そんで俺をインチキ心理カウンセラーとして通報してくれたらいいから!なっ!?」
「…………はぁ。いいでしょう、どうせ貴方がいないと勉強も捗りませんしね。『ピストルを突きつけて指を一本一本ナイフで切り落としていってタバコの火を肌に押し付けたりして拷問を行って貴方が気を失ったらわざわざ正気に戻らせてまた拷問を再開してから最後に殺す』のはテストが終わったあとにしてあげます」
「どこのルー◯スさんですかそれ!?」
怖いよ!実在した殺人鬼の殺し方を元にしてるってのが余計怖いよ!
縮み上がる俺を見て満足そうに唇を撫でた委員長は、背もたれいっぱいにもたれかかって脚を組んで眼鏡を外し、いつもは見せない、少し砕けた姿勢をとった。
眼鏡を取った時の仕草が大人っぽすぎて一瞬見とれてしまったのは墓まで持っていきたい秘密である。
「じゃ、休憩がてら話してあげます。なんで私がそこまでして1位にこだわるのか、ね」
委員長は、本当に疲れた顔でそう言った。