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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
3章・絡み合う日常と電脳世界
28/73

バカとテストと家庭教師

 5月7日、木曜日。


 10時起きでも許されるという、懐深き輝かしい黄金週間も終了し、今日は非常にダルい連休明けだ。

 でへーっとした顔で席に着く俺に、サジがそれを越えるでへーっとした顔で話しかけてくる。


「ゴールデンウィークもあと365日で終わっちまうな、怜斗よ……」

「現実逃避すんな。今日からフツーに学校だ。気持ちは分かるけども」


 駄弁っているとすぐにチャイムが鳴り、担任の堺田先生――男子生徒からけっこう人気のある美人国語教師だ――が教室に入ってきて、HRが始まった。


「五月病も大概にしてそろそろテスト勉強始めていきなさいよ、今日で11日前だからね。まぁ、正直言って国語は基礎読解力と運だから、一夜漬けどころか今から勉強したって無理なヤツは無理だと思いますけどねー。そんなわけで先生は2時間目までにリオレ〇スを狩らないといけないので職員室戻りまーす」

「おい担任が一番緩んでるんじゃねーか」

「失礼ね。接待モン〇ンのために仕方なくランク上げたりしてるだけだっての。……って、ヤバ!消〇都市のゲリラクエスト始まっちゃうじゃないのよ!?はいはい、今日も一日頑張りましょ、解散!」


 堺田先生はスマホを取り出して操作しながら走り出した。


「……廊下を走って、しかも歩きスマホ?」

「走りスマホとちゃうんかな、あの場合……」

「なんにせよ、公私混同甚だしいよなぁ……」


 生徒たちのため息と共に、一時限目の予鈴が鳴った。



 昼休み。


 お馴染みの暇人2人、そして新しく加わった津森さんと一緒に、食堂の1テーブルを陣取って駄弁りながら昼飯を食う。

 少食らしく、早めに食べ終わった津森さんが、そういえば、と口を開く。


「門衛くんと夏矢ちゃんと希霧くんって、それぞれクラスがバラバラやんな?」

「まぁ今年はそうね。こんなボケナスと一緒の空間で勉強するハメにならなくてホッとしてるわ」

「ぜってー言うと思った。テスト前に手のひら返しても絶対に勉強の面倒見ねーからな勉強弱者」

「『勉強弱者』って字面、強いのか弱いのかわかんねーな」

「クッソどうでもいい」


 斗月のアホな指摘は無視して……絶対に一日一回は元カノといがみ合わないと気がすまない体になってしまった馬鹿すぎる自分が嫌すぎる。昔はこんな風に睨み合うんじゃなく、ロマンチックに見つめ合っていたりしたものだが。

 斗月は未だ睨み合う俺たちを半目ですがめ見つつ、紙パックジュースを飲み干すと、話題を戻す。


「……バカップルは置いといて。そうだな、怜斗と津森さんが1組、俺が3組、世葉が4組か」

「うんうん、それで、今日のHR聞いてて思ってんけど、2人の担任の先生ってどんな感じなん?特に夏矢ちゃんのクラスの、3組の先生……えーっと、新橋先生やったっけ?なんか、すごいコワイ顔の……」


 あぁー、と夏矢ちゃんは苦い顔をする。

 首をブンブンと振って辺りを見回し、当人がこの場にいないことを確認すると、それでも用心深く、声を潜めて話し出した。


「ここだけの話。……コワイのは顔だけじゃなくて、経歴も、らしいわよ」

『…………?』


 経歴も?と、俺含め3人の頭の上に疑問符が出てくる。

 新橋先生といえば、コワモテ、しかもほとんど笑わず、職員室でも無愛想で、怒ったらコワイどころか、みんな先生を怒らせるのを怖がって、彼の居る場で生徒は絶対に問題を起こさない、などという用心棒的な伝説すらあるくらいだ。

 多分、数学教師がヅラかそうでないのかと並んで、存在自体がこの輪通学園の7不思議のひとつだ、なんて言われるくらいには謎の多い先生。

 もちろん、その謎を解き明かそうなんて命知らずなことをしようとするヤツはいないし、新橋先生があの超コワイ顔を整形やら何やらしない限り、これからも出てこないだろう(超失礼)。


「噂では……あの先生、昔は北海道一帯を占める不良連合のナンバー15ぐらいの存在だったらしいの」

「ナンバー15っていうと?」

「北海道の南西エリアの一番大きい範囲を統括する立場、だったみたいね」

「なにそれ妙にリアル!」


 つか、そんな、連合とか本格的なヤツなのかよ……。元ヤンってレベルじゃねーぞそれ。どこのグレートティーチャーですかどこのヤン〇ミですか。

 つーか、新橋先生の授業……古文の授業でけっこう居眠りしてたんだけど……。やっべ、なんか鳥肌立ってきた。


「まぁ、出処の分からない噂だけどね」

「お前ホント噂話好きな。女子は大体そうな気もするけど」

「希霧くんのクラスの先生は?」

「んー……英語の川西ってオッサンだけど、可もなく不可もなくってところだな。ウザくもなければ、人気もない」

「ふぅん」


 その後も2,3のしょうもない話をしたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。



「ちょっといいですか」


 放課後、青春を過ごす健康な男子高校生である俺に、菓子パン2個なんかで昼飯が足りる訳もなく、食堂で買ってきた『スナックコロッケ』なる商品を食っていると、女子の声で後ろから話しかけられた。

 振り返ると、いつぞやの美術の時間に俺に彫刻刀をぶっ刺しやがった女子どもの最前線にいた女子委員長サマ。

 いやに険しい顔で、俺を見下ろす……というか見下すようにつっ立っていた。

 …………えーと、あんまり話すことのない、それどころかむしろ嫌ってすらいる俺に、コイツが話しかけてくる目的があるとすれば……。


「ヒエッ!きっ、去勢されるゥゥゥ!俺のイッ〇ーさんがチョン切られるゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「ち、違いますッ!ていうかこの期に及んでまだ女子の前でそんな下品な……!ああっもう、最低です!」


 他の女子からも冷たい目線が飛んでくる。

 ……次にぶっ刺されるのは彫刻刀どころじゃ済まなさそうだ。マジメに答えるとしよう。

 委員長の方に視線を戻すと、もはや『冷たい目線』とか『目で殺す視線』とかそういうレベルではなく、『この女の目……養豚場のブタでもみるかのような目だ!』って感じの……。

 あ、いや、脳内でネタ言ってる場合じゃねーわコレ。そろそろ真面目に話進めないと色々デッドエンドルートに入りそうだ。


「オ、オーケイオーケイ。まぁそんな目ェすんなよ。死にたくなるだろ」

「たしかに貴方には死んでほしいですが、それだと私の目的が果たせません。今回は、あなたにお願いがありますので」


 お願い?……なーんか嫌な予感がするのは、つい数日前に、このままの流れでエセ麻雀部に連れ込まれたことがあるからだろうか。

 しかし、彼女の目はあまりにも真剣。無下に断るのははばかられる。

 というか、普通に委員長可愛いしな。いいよね、メガネ美人。やれやれ、美人や美少女のお願いを断ることはできないぜ。いつもひどい目にあうが、憎めないんだなぁ。俺はカワイコちゃんに弱いからねぇ。


「えっと……真剣な話?」

「はい。ていうか、切羽詰まってなかったら貴方なんかに相談なんてしません」

「嫌われてるなァ……んじゃあ、ちょっとタンマね」


 真剣な話をするのにコロッケ片手っていうのもアレだろう。俺はコロッケを全部腹に収めてから、口を拭いて、座り直す。


「んで?お願いって?」

「……あ、はい」


 コホン、と可愛らしい咳払いひとつ。

 委員長は、凛とした立ち振る舞いをそのままに、しかし若干言いよどみながら、お願いとやらを伝えてきた。


「お願いというのは……その。……私に勉強を教えて欲しいのですが」


「……あぁー、そういうアレか。テスト前だからか?」

「…………まぁ、それもあります」


 ん?なんか別の、もっと大切な理由があるのだろうか。

 まあどうでもいい。答えは既に決まっている。


「ごめん、無理だ。俺は教えるのが下手なんでな」

「えっ…………」


 おそらく、俺の成績が学年トップだから頼んできたんだろうけど、俺の成績がいいのは、子供の頃に親父の部屋の難しい本を読むことぐらいしか暇つぶしがなかったからであり、事実、中学3年ぐらいから俺は一切勉強をしていない。

 そのため、例えば数学など筋道立てて物事を考えるような学問などでも、「これはこう解く」という、本能的、勘的なモノでパンッと答えを出してしまうので、その答えに至るまでの考え方などを説明するのがド下手なのだ。

 従妹のような中学受験ぐらいの内容なら辛うじて教えられるが、高校数学の内容だと、自分でもどうやって答えに辿り着いているか分からんような状態なので、ちょっと厳しい。

 切羽詰っている、とさっき委員長は言っていたが、そんな状況の彼女に俺なんかが教えてしまうと、かえって混乱させてしまう。安請け合いはできない。

 数学と理科は好きだが、国語がどうもダメで嫌いでしたってね。まぁ国語もけっこうできるんだけど。


 その旨を懇切丁寧にろくろ回しのジェスチャーを交えて説明した。


「……というワケだ。まぁ、成績を伸ばしたいんなら2位や3位のヤツらを当たった方が賢明だぜ」

「……私がその2位なのですが」

「………う、うん、じゃあ、先生に聞けばいいんじゃね?」

「……既にその手は使いました。現に、合計点は23点も上がっています。……それでも、足りないんです」


 どういうことだ?別に点が上がったならそれでいいんじゃねーの?

 ……それだけ点が上がっても満足しねーっつーことは……。


「………1位を目指してるワケ?」


「そうです」


 なん…………だと………………。


 この子アホや。フツー1位のヤツに「お前から学年1位の座を奪いたいから勉強を教えてくれ」って頼みに来るかね?

 雷○中が帝○学園に、「お前らから大会1位の座を奪いたいからからサッカー教えてくれ」って頼みに行くか?主人公がラスボスに「マガツイ○ナギ欲しいから俺と仲良くしてくれ」って頼みに行くか?

 俺の呆れ顔からその意が伝わったのか、委員長は慌てふためきながら怒る。忙しいヤツだなぁ。


「こ、これでも私なりにいろいろ考えた結果なんです!ていうか、1分も勉強せずともテストで学年トップを取れる貴方には分からないでしょうね!私の気持ちや考えなんか!」

「いやそんなどっかの県議みたいに怒鳴られても……」

「お願いします!絶対に1位になりたいんです!ならないといけないんです!」


 こ、これはどうすべきか……。

 やれやれ、今日はとっとと帰っておくのが吉だったようだ。

 俺は机から手頃な紙と、筆箱からサインペンを取り出し、すらすらっと、こう書いた。


「ほれ……宣誓書だ。『私は次のテストで手を抜いて、貴女に学年1位を取らせる事を誓います。門衛怜斗』、ほらこれでいいだろ」

「――ッ!このバカっ!」


 ゲシッ!


「ファッ!?」


 思いっきりスネを蹴り上げられた。

 ちょっ、普通こういう時って手で殴るなりなんなりするんじゃねぇの?たしかに自分でもこれはないと思ったけどさぁ……!


「いつつつつつ…。分かった、分かったって!体裁上じゃなくて、本質的に、自分のチカラで1位を取りたいってことだな?そ、そんな睨むなよ!確かめたかっただけだって!」

「それが確かめたいなら最初からそう口で聞けばいいじゃないですか!」


 この、暴力的で高圧的で、美少女アニメの人気投票では幼馴染のメインヒロインであるにも関わらず、主人公への最悪な態度のせいで10位どまりになりそうな感じ、夏矢ちゃんにそっくりだな。

 俺はスネをさすりつつ、最終確認を取る。


「教えるのが得意じゃないのはマジなんだけどなぁ……。大阪人が道教える時並にヘタだぜ?この通りをバーって行ってギューン曲がってドーン!みたいな」

「それでも貴方に教えを乞うぐらいしか私には思いつかないんです!だから……お願いします!」


 ついにはものすごい勢いで頭を下げられてしまった。

 ……おかしいな。俺には非がないはずなんだが、周りの女子の目がさらに冷ややかなものになったような気がするんだけど。

 ついには一番俺から遠いところにいる女子がコンパスを構えだした。ウソだろ、この女どんだけ他の女子から慕われてるんだよ。昔の宝塚系の少女漫画か何かか。


「わーった、わーったよ!教えりゃいいんだろ教えりゃ!責任持たねーからな!」

「本当ですか!?あ、ありがとうございますっ!」


 お辞儀の体制から顔を上げた委員長は、目に涙を溜めている。


「そ、そんな泣くほど喜ばなくてもいいだろ……。んじゃ、今日から始めよう。時間が惜しい」


 はい、と言って委員長はさっそくカバンから教科書を取り出そうとするが、俺は大きく首を振ってそれを静止する。


「図書室だ。図書室でやろう」

「え……は、はい、分かりました」


 時間が惜しい。

 俺はすぐに荷物をまとめて、委員長と共に図書室へ移動した。



 図書室。


 俺たちの他にも自習をする生徒たちが何人かいた。

 静かな部屋で全員がカリカリとシャーペンの音を立てる中、俺一人だけが、本のページをめくる掠れた音を立てる。


「あ……あの、門衛くん?教えてくれるんじゃ……」

「…………え、あぁ、悪い。今日のところは自分で問題集でも解いておいてくれ。俺はこれを勉強しないといけないんでな」


 俺は読んでいる本の表紙を委員長に見せる。


「……『家庭教師入門』?」

「うん。既に借りる手続きも済んでるし、今日は家で全部読むつもりだ」

「えっ、この本を全部……!?いやだってこれ、ハリー〇ッターくらい厚みがありますよ!?字もビッシリだし!」


 委員長が過去最高に驚いた顔を見せたので、俺は思わず吹き出しそうになる。

 ……ていうか、『ハ〇ーポッターくらいある厚み』っていう例え方が可愛いな。


「本を読むのは苦じゃねーし、だいたい俺の今の脳味噌じゃ教えても混乱させてしまうだけだからな。他にも空いた時間に色々読んで、テスト一週間前までには教え方をマスターするさ」


 明日から教えることはできると思うけどあんまり期待しないでくれ、と笑うと、委員長はまだ呆然とした顔をしていた。

 あまりにも間抜けに口を開けていたので、おーい起きてるかー、と顔の前で手を振ってやると、ハッと気がつき、馬鹿にしないでください、とちょっと怒ったような顔になった。


「……どうして、そこまでしてくれるんですか?自分の勉強すら面倒臭がってひとつもやらないような貴方が……」


 しかしすぐにしおらしい表情になって、そんなことを言い出す。

 どう答えたものか、としばしポリポリと頭を掻いてみるが、ベストアンサーは見つからない。

 強いて、最も正解に近いであろう答えを言うならば。


「んんー。……暇だから、かな。別に時間があっても無駄にしかしないんだから、女の子のために時間を使えるんだったら、喜んでやるぜ、って感じ」

「………………」


 疑うような見極めるような、そんな目でじろーっと睨んでくるので、意味もなく緊張してつばを飲み込む。

 ……養豚場のブタでも見るような目の方が数倍マシだ。

 でも、この頼みを引き受けて、自分が妙にやる気になっていることに関しては、自分でもよく分からないし。提出物とかの期限が迫ってるときになら、普段は嫌がってる部屋の片づけもできてしまうような、そんな感じなのかもしれない。


 しかし、思い出したように急に、俺を睨んでいた視線は問題集の方へ戻された。


「……バカみたいですね」


 そう呟いた声がとても印象的だった。

 なんとなくおかしくって、ちょっと笑いながら俺は、


「酔狂な道楽だとでも思ってくれ」


 その後も、委員長は自習を続け、俺は本を読み続けた。




 速読によりゲーム内での敏捷の伸びしろが上がった。

 理解力や習得する力が高まり、経験値に微小にボーナスがつくようになった。

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