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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
番外編・斗月「田舎時代一番の黒歴史だぜ…」
26/73

斗月「田舎時代一番の黒歴史だぜ……」 その3

 その後、会場設営の仕上げや備品整理、その他連絡事項や今日のイベントプログラムの最終確認を行い、いよいよディナーパーティーが始まろうとしている。


 アクシスの屋上から見上げる夜空はどんよりと曇っていて、情景描写的に、というか心理的に何となく不安になる。

 ……いや、そもそもこんなカッコで客の前に出ること自体が不安で不安でしょうがないんだけど。

 開場30分前。俺はスタッフ控え室にいた。

 客の前でボロを出さないようにと、胸の詰め物や変声スプレーの重ねがけ、スカートとかアレとかコレとか、とにかくまぁ、女装した状態で接客する上で障害となりうる色々なアレコレ(ご想像にお任せします)の調整とかを従業員控え室で行う。

 もっとグロス塗りましょうかァン♪、と迫ってくるオカマスタッフにたじろいでいると、控え室のドアが開いた。


 ……アイドル崩れだ。


 やたら自信有り気なホットパンツが印象的だった先ほどのラフな格好ではなく、いかにもアイドル!って感じの、ハデでフリフリした衣装に身を包んでいる。本番前なのだからステージ衣装に着替えてるのは当たり前っちゃ当たり前なのだが。

 まぁ、こんなヤツでも着るモン着ればアイドルっぽくは見えるんだな。てゆーか、馬子に衣装?


「……なんか失礼なコト考えてるわね?」

「ハハハ、馬鹿だなぁ、自分より下のヤツに何言っても失礼じゃないだろ?」

「アンタ本番終わったら確実に消してやるわ」


 無表情で軽口と罵倒を交わし合う。

 気のせいだろうか、なんだかアイドル崩れの様子がおかしい。10秒おきぐらいに時計を確認したり、そわそわと落ち着かない様子だ。


「…………え、なにお前。緊張してるわけ?」

「は、はぁぁぁぁッ!?んんんんんんんなワケないでしょ、何言ってるのよアンタ馬鹿じゃないのバッカじゃないのバーカバーカ!お前の母ちゃん低学歴!」

「ちょ、うるさいうるさい!ここお前の控え室と違って防音じゃねーんだから!客に聞こえたらどーするつもりだよ!」


 ……永未、さっきコイツのこと、アイドル界隈ではけっこう有名でファンも多い、とか言ってたけど、ホントなのか?

 素人の偏見に過ぎないかもしれないが、そんなに有名で、ファンもいっぱいいるんなら、こんな田舎弱小デパートもどき(こんなこと口に出すと永未に怒られそうだ)のイベント如きにいちいち緊張するだろうか?

 ……なんだかもう、からかう気も失せてきた。


「なぁアイドル崩れよ、お前、こんなちっちゃいデパートのイベントなんかで緊張してて大丈夫なの?もっとでっかいイベントとかライブとかあるんじゃねーの?知らんけど」

「……イベント『なんか』、って何よ」


 アイドル崩れの表情がにわかに曇る。

 ……あー、そういえば永未が言ってたっけ。こんな大して宣伝活動にもならずギャラも少ない小規模なイベントにも一生懸命準備してくれてるとか何とか。


「イベントやライブに小さいも大きいもないの!ていうか、仮にあったとしても、そんな小さいイベントまで追いかけてくれるファンのことを考えるなら、小さいイベントにだって、大きいイベントにはない価値や大事さがあるの!……あんまナメた考え方してたら、主演権限で外すわよ」


 迫真。

 俺のファンを軽視するような言動をたしなめるアイドル崩れの眼光からは、人の前に立つ者のオーラのようなものが感じられた。

 演技とかキャラ作りとか、道徳の教科書とかじゃない。こいつは本気で、ファンのことを第一に考えている。一生懸命になっている。

 俺もなんだかばつが悪くなり、ふん、とヤツに背中を向ける。


「……ナメた考え方もファンの大切さも小さいイベント大きいライブもクソもねーよ。お前は勝手に、そのアイドルの考え方でやってりゃいい。俺は永未に頼まれたから、金がもらえるから一生懸命働くだけだ。お前の大事なファンも、バイト代の化身としか思ってねーから」

「……………」

「だから、俺は永未と金のためだけに一生懸命、血反吐を吐こうがどんなにキツい目に逢おうが、絶対にこのイベントが成功するために全力を注ぐから。お前は、そのファンがどうとか大切だとかどうとか、そんな理由のために一生懸命、全力を注げばいいんじゃねーか。……ケッ、どうでもいいけどな」


 ……途中から俺は何を熱く語ってんだろう、何を斜に構えてかっこつけてんだろうと、恥ずかしくなってきて早口になってしまったが、まぁ、言いたいことは伝わったんじゃないかと思う。

 背後から、チッ、と無駄にデカイ、わざとらしい舌打ちが聞こえた。


「…………あっそ。どぉぉーっでもいい。女装クソガキの持論になんか付き合ってなんかいられないわ。愚痴ならチラシの裏にでも書いてなさい」


 女装しないといけなくなったのは『メイド居酒屋でディナーライブ』とかいうてめーのクソみたいな企画のせいだけどな。

 嘆息していると、また扉を開く音がした。アイドル崩れが出て行くのだろう。

 とっとと出て行け、と背中を向けてベーっと舌を出していると、後頭部に10円並みの軽いモノが当たった。

 机のカドでバウンドしたソレを拾い上げて軽く指で押すと、銀紙がクシャリと鳴る。


「……チ〇ルチョコ?」


 後ろを振り向くと、にぃ、っと天使のような…………い、いや、違う。悪魔のような笑顔を浮かべたアイドル崩れが、こちらにピースサインを向けていた。


「絶対、成功させるわよ」

「……当たり前だ。……………アイドル」

「ええ、じゃあ、また後でね!」


 さっきまでの呼び名から後ろ二文字が消去されていることにも気付いてくれず、アイドルはスタッフを押しのけながら自分勝手に走り去ってしまった。


「……俺もそろそろ出るか」


 カツラOK。衣装OK。女性ボイスOK。おっぱいOK。

 うん!我ながら、どっからどう見ても美少女メイドだな!死にたい!

 控え室を出て、屋上へと登る。そこから見える曇った空を八つ当たり気味に睨みあげて、メイド少女ツキコは、戦場へと赴くのだった。



「ガンガン飛ばしてくよっ、3曲目、いっくよぉぉぉぉぉーっ!!」

「URYURYURYURYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

「こんな曇り空も吹っ飛ばす!この空に太陽を!みんな、高速マッハ最高潮シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!で盛り上がっていってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェァァァァァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁ!!」

「ウェェェエエオァァゥゥゥゥゥゥィィィィィィィィイイイイイイェェェェェアアアアァァ!!」

「ウェェェェェェェェイ!!2曲目『ボルケーノラブバースト』!!」

「BURRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRST!!」


 ディナーライブが始まって約20分が経過、バルのようなフリーテーブル状態に設営されているアクシスの屋上では、俺や永未(コイツもコイツでなかなか人気のメイドとなっている)を始めとするメイド軍団が、接客やお酌を行っていた。

 ステージの上で、ファンたちと共に、ラリって狂ってギャーギャーと雄叫びをあげているのは、もちろんあのアイドル女。曲と曲の繋ぎで休む気はないのだろうか。

 このディナーライブはそもそも、ファンミーティング的な狙いよりも新規ファン層獲得の方に重点を置いており、熱心なファンが集まるステージ前席と、ライブよりもバルイベント目的で来た人達向けのフリー席が分けられている。

 要は、その後者の人間たちに『そたぽん』というアイドルの存在を知ってもらい、あわよくばファンにしてしまおう、ということだ。


 しかし……。


「おーい、ツキコちゃん!次こっちに指名ねー!」

「おいおい何言ってんだオッサン、ツキコちゃんは俺がオールナイト専属指名だぜ?」

「ツキコちゃん、俺にドンペリ30杯頼む!」

「んだとテメー、なら俺は100杯だッ!ツキコちゃんは俺の女だぜ!」

「だっかっら!何度言ったら分かるんですか!ここはキャバクラじゃねーっつってんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ウエイトレスの衣装を全部メイドの格好にしてしまったことだけは、企画者の犯した唯一の、そして最大のミスである。

 フリー席の客たち、それも主にオッサンの男性客たちは、隙あらば俺たちメイドにセクハラしたりキャバクラまがいのサービスをさせようとしてきたりと、ライブそっちのけで勝手に自分たちの性欲を盛り上がらせている始末だ。

 男の俺のファンになってるヒマがあったら、あのアイドル女の歌を聴いてやるだけでもいいから、ステージの方に興味を向けてほしいんだけどな……。


「エイミちゃん~、こっちにお酌頼むよ!」

「あ、了解しました!」

「エイミちゃん、まだ唐揚げにおまじないがかかってないよォ!」

「は……はい!えっと……お、おいしくなあれ、キュルキュルキュルルン……」

「ちょっとこっちの席来て一緒に飲まねぇ、エイミちゃん?」

「い、いえあの、そういうのはちょっと、職務に差し支えるので……」

「ホテル行こうぜエイミちゃぁぁーん!」

「『ケツにお酌して』ですか?了解しました、じゃあ軽くぶち込みますねぇ~★」

「えっ、ちょ、ヤバイヤバイヤバイ、そんな物騒なモンをケツに突っ込むってっ、ちょっと、それは生命の危機がアッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 ……人に対してアレコレとチェックを入れる前に、自分の接客態度がおよそ人間を相手にしてよいモノではないことを、そろそろ永未には自覚してもらいたい。おまじないで照れてたのが超可愛かったけど。

 ていうか、今断末魔あげた男のケツはどうなっちまったんだろう。いや、なんかめっちゃ怖いから絶対見ないけど。場合によってはガチで救急車沙汰かもしれん。

 そんなことを考えながら焼き鳥を運んでいた俺は、このディナーライブイベントが、成功すると信じきっていたのだった。



 ラスト3曲、イッキに行くよー!そんな声とファンたちの雄叫びをステージから聞いて、ツキコは、もうそんなに経つのか、なんて思っていた。

 崩壊の足音が聞こえだしたのは、そんな、何気ない瞬間だった。

 ポツン――、と、頭頂部に、1ミリグラムの衝撃が乗っかった。……とうとうと言うべきか、やはり、雨が降ってきやがった。

「……チッ…………。永未ちゃーん、パラソル用意しましょー!」

「ち、ちゃん!?……あ、う、うん!了解ー!」


 メイド同士は『ちゃん』付けで呼び合う、という、このイベント特有の暗黙の了解に従ってみたのだが、どうにも俺が普段呼び捨てにしている永未からすれば不自然だったらしい。

 一度オーダーをストップし、メイド全員でパラソルの設置に向かう。

 さて、このパラソルというのは、テーブルの真ん中に突き差して広げることで、テーブルの上の料理や客が濡れないようにするものなのだが、実は、今回のイベントでの雨天対策はこれのみである。

 どういうことかと言うと、つまり、屋根などの、パラソル以外の雨を防ぐ術が用意されていないので、ステージの方の客席にはそもそもパラソルを差すためのテーブルがないため、アイドル女が歌い踊っているステージとその前のステージ前席は完全なる雨ざらしになってしまうのだ。


 …………待てよ?ステージも雨ざらし?


 ステージも雨ざらしになるってことは……、アイドル女だけじゃなく、ステージに設置されてる機械も濡れるよな……!?


 …………………あの音響設備……防水、だったっけ……………!?


「え、永未ちゃん!ちょっと、ちょっと裏来て!」

「え、ちょ、急に何!?」


 客の居る前で、『用意してる機械が防水じゃないかもしれない、だから壊れるかもしれない』などと言えるわけがない。

 俺は強引に永未の腕を掴んで、スタッフオンリー、客の目に付かないところまで移動する。

 それを見て「百合かッ!?百合のアイビキなのかァァァッ!?」とか騒ぎ立ててやがったオッサンはあとで確実に殺る。このTUKIKOが殺る。


「な、なんだよ斗月、今忙しいんだけど……」


 心なしか顔が赤い永未だが、それをイジっている暇はない。


「永未!あれ、ステージの音響設備、ちゃんと防音のヤツ使ってるんだろーな!?」

「えっ?……今回の機材は『S05-ち』だから、うん、ちゃんと防水仕様だぜ?」

「違う!直前にその機材に不具合が見つかったから、『R49-に』に交換したんだろうが!?」

「あっ……!…………マズイ、あれは……『R49-に』は防水じゃない……!」


 脳内を斧を振り回しながらモーターカーが疾走していくような、ブンブンとギュンギュンと、浮かんだ希望的観測を秒速で全てブチ殺してゆく、狂い咲きの絶望が、強烈な目眩が、俺を襲った。

 ジャストのタイミング。今までガンガンと鳴っていたあのアイドル女の音楽が止まった。ただ2人、なぜその音が止まったのかをいち早く把握している俺と永未は、顔を真っ青にした。


 場内にざわめきが起こる。


 あれ、なんで曲の途中で演奏が止まったんだ?ちょっと、アタシこの曲好きなんだけど、勘弁してくれるー?どうしたんだろう?スタッフがしくじって線抜いちまったとかじゃねーの、ハハハハ!うっわー、流石アクシスって感じ……。ステージもハリボテだしなぁ、ロクに用意してねーんだろ。


 そのざわめきの中、一人の客が答えを導き出す。


「あれ、あの音響機械、防水じゃねーヤツじゃねーの?」


 それを聞いた客のざわめきは、一層笑いと呆れと蔑みを増す。


 防水じゃねーって、ウソだろ、おい!?天気予報も見ねーでイベント取り付けかよ、さっすが悪シス!ハハハハハハ、これはひどい!おいふざけんな、そたぽんの曲を、声を聴かせろよォ!んだよこれ、やっぱりクソだなアクシスはよォ!こんな弱小デパートに負けて売上ガタ落ちの酒屋よ、今どんな気持ちだ?ヒヒヒ、クソだな。あぁ、クソだ。


 アクシスは、クソだ。


 片田舎の街の郊外にできたショッピングモールの失態に、便利さの弊害を受けた商売敵たちの風当たりは異常に強い。

 アクシスの一人娘が、今、ここで泣き崩れていることも知らずに。


「……あたしの、せいだ…………!直前で、ちょっと接触が悪いってだけで、天気も考えずに、勝手に交換なんかしたから…………!あたしのせいだ……!」

「…………泣くなアホ。お前のせいじゃない」


 月並みな慰めしかできない、ボキャブラリーの貧弱な俺を呪う。

 終わった。

 このイベントは失敗だ。

 始まる前に、あんなに大口叩いたってのに。あの笑顔のアイドル女に、絶対に成功させるとか、偉そうなこと言ってたってのに。

 最低だ……。幼馴染の女の子が泣いてるのに、慰めすらできないで、あまつさえ俺まで泣きそうになってる。最低だ。

 俺は、せめてライブが失敗してもバルの方は何としても客に満足してもらおうと、永未を置いてフロアに復帰しようとした。


 そんな、99%が諦めに染まっていた時だった。


「アスファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアルトのォォォォォォォォォォォォォ!!表層を蹴ってェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!駆け抜ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥけるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 耳を本気で殺しにかかったようで、その癖、力強く、聴く者に勇気を与えてくれるような歌声が、アクシスの屋上に響き渡る。

 ざわめきを断ち、諦めと、しとしとと湿っぽく降りしきる雨をぶち殺すような、馬鹿120%の声量。マイクなんて飾りだとばかりに、声帯を潰してでもこのライブを成功させるんだとばかりに。

 俺は、その女の立ち姿に、この世のものとは思えない光を見た。

 そして、思った。


 さすがアイドルだな、って。


「泣くゥゥゥゥゥなんてェェェェェェェェェェェェェェェェ!!水がァァァァァ!!もったーいないーかーらァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!わたァァァァァァァァァァァァァァァァァしはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 俺は、歩くベクトルを180度変更する。

 未だにひっでぇ泣き顔のまま、呆然とした顔で座り込んでいる永未にデコで軽く頭突きをかます。


「ひゃんッ!?」

「泣いてる場合じゃねーよ。……防水の音響に交換する。俺は替えの音響運んでくっから、お前はありったけの工具持って来い」


 立つのを助けようと差し出した俺の手を、永未は極めて不愉快そうに払った。

 そして立ち上がると……俺のデコ頭突きの比ではない、頭頂部をフル活用した本気の頭突きをお見舞いしてくれやがった。


「痛ったぁぁぁぁぁぁ!?」

「バカにしないでくれ、あたしだって諦めるつもりなんかないさ……ていうか斗月、配線とか出来るのかよ?」


 あまりの鈍痛にさっきより泣きそうになりながらも、俺はそれでもニヤリと不敵に笑ってやった。アイドル女の真似をして、死ぬほど醜い笑みを作って。


「知らねーのか?……メイドさんってのは、万能超人なんだぜ」



「レディース、エンッ、ジェントルメェェーン!!」


 その声が屋上に響き渡った瞬間、雨粒がカラフルなドロップに変わる。


 今どき小学校の学芸会でも使わないであろう、安物にさらに無意味に埃を被せたようなそのスポットライトから放たれる光はしかし、雨、屋外、夜というミスマッチ要素のおかげだろうか、とても幻想的で芸術的な空間を生み出していた。

 ペロリと舌を出して、機関銃を乱れ打ちするように裏からスポットライトをグルグルと回して光を変えるのは、今回のイベントのメイド長、博内永未。

 突然のサプライズに、またざわめき出す観衆を目の前に、未だムリな声を振り絞って歌い叫び続けるアイドルの少女は、その声と、華奢な(ように見える)腕で馬鹿デカい機材を担いでこちらに走ってくる美少女の姿を見て、一瞬驚いたものの、すぐに状況を理解して、薄く笑った。大口叩いてただけのことはあるわね、と。

 カチューシャに付いたマイクに向かって、ツインテールの美少女メイド、ツキコは、ノリノリなナレーションを続ける。


「突然音楽が止まってしまい、本当に申し訳御座いません……。しかし、突然主に起こったトラブルを解決する事もメイドの勤め……」


 成人1.5人分は高さのあるステージを、壁蹴りを使って跳躍し、ツキコはアイドル少女そたぽんと同じステージの上に上がる。

 屋上にいる観客たちの視線を一身に集めたツキコは、持ってきた新たな防水の音響設備、『S05-ち』を下ろすと、太ももを見せつけるように翻したスカートの中から2本のレンチを取り出して、いわゆる『戦隊モノのレッドの決めポーズ』のように立った。彼が男だと知らない馬鹿な男性観客の中には、鼻血を出す者までいた。

 大雑把に器用に、慎重に大胆にレンチを振り回して、他のコードを巻き込まないよう、壊れた音響設備、『R49-に』に繋がったコードだけを引っ掛けて引っ張り、電源から引っこ抜く。


 パフォーマンスの準備は整った。


 『S05-ち』のコードの端を持って、メイド少女は大胆不敵に笑う。


「さて……。ご主人様・お嬢様の皆様。唐突ですが、メイドというのは、職業の中では比較的多忙な職務内容の部類に入ります。よって、複数のことを同時に行う必要を迫られる……」


 刹那、コードに命が宿る。


 新体操のリボンのようにとぐろを巻いて、雨を手を叩いて嘲笑うようにクルクルと踊るコード。その操り手は、接吻をねだるように、妖しく魅力的に舌舐めずりする。

 そろそろ自分がマジで女になった気までしてきやがった。ツキコは心の中でそう苦笑しつつも、表の顔は努めて女らしく振舞う。彼は今、そこらの女性以上に、馬鹿な男を騙す女豹だ。


「そこで私は、これから3つの事を同時に行います。1に、こちらの音響設備の新しいものへの取り替えを。2に、曲に合わせての舞踏……ダンスを。そして3に、口でのメロディー演奏……所謂、ヒューマンビートボックスを……。

 見るに堪えない、聴くに堪えないものだとは思いますが、皆様に楽しんで頂けるよう尽力致しますので、何卒よろしくお願い致します。……では」


 レンチとコードとスパナを、ジャグリングさせるように痛快なリズムで回しながら、音響設備の接触の悪いのを修理しながらの接続作業が進められる。

 唇で奏でられるビートボックスとアイドル少女の歌声のアップテンポ8ビートに合わせて舞い踊りながら次々とコードを繋げ工具を操る様は、さながらパントマイムのようですらある。

 さっきまで冷え切っていた観客のテンションは一気に上昇を見せ、それどころかさっきは歌より酒だったフリー席の客でさえスタンディングオーベーション。そたぽんのファンたちはライトサーベルのような光る棒を振りかざして見事に連帯したヲタ芸で盛り上げる。

 最低限のドラム、それも口で似せた音を出すだけの偽物だけ。楽器の一切ない演奏は、不完全な曲ではなく、アレンジバージョンとして、1つの音楽として完成されていた。

 ツキコのおかげでやっと繋がったマイクを使って、叫んで痛んだ喉を一旦休ませるように、それでいてハキハキと聞き取りやすい声で、アイドル少女は従者に命令を下す。


「メイドさん!こっからのギターソロ、ムチャぶりしちゃって、いいかなー!?」

「ギッ、ギター!?…………い、いいともですよ!ヤッテヤルデス!」


 イジワルな主に命令を受けたメイドは、もはや半ばヤケクソだった。

 しかしヤケクソな状態でも、後に暇人な仲間たちに『卑怯メガネ』などと呼ばれることとなる彼は『逃げ』を選択したわけで。


「ぎゅぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!だーらだらだらだっだっだっだーん、じゃらんじゃらーんじゃらじゃらーんぎゅぃぎゅぃぎゅぃぎゅぃ!ギュィィィィィィィィィーン!!ばんっ、ばぁぁぁぁぁぁーん!!」


 変声スプレーのおかげで手に入れた声優さながらの声を駆使して、わざと子供っぽく、ロリボイスでギターソロを『歌う』。

 このいかにも『萌え萌え』な感じの可愛いボイスに、当然今宵の変態パーセンテージ高めの客たちは狂喜乱舞して身悶える。


「ブヒィィィィィィィィィィィィィィ!!生ロリボイスキタコレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

「うへへ、うへへへへへへ、やっぱ、あれやな、あれ、うへへへへ」

「ぜひともこの声で喘がせてみてぇモンだよなァ……ぐっへへ」

「ふぅ……。アカン、おっちゃんちょっとトイレ行ってくるわ」

「キモイでございます、死ね、でございます」

「ちょ、だからケツにビール瓶はダメだって……2本目って何それちょっと今度こそ死ぬ……インギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 ツキコの逃げは結果として好評だったが、約1名の犠牲を伴った。

 ていうかアレ、さっきも永未の怒りを買ってケツにビール瓶ブッ刺されてたオッサンじゃなかったっけ。などと考えながら、ツキコは配線作業の続きに戻る。

 どうやら接触が悪いのは機械内部に配線のもつれがあるからのようで、一度カバーを取り外す必要があった。大ぶりなレンチしか持ってきていないツキコはそれに苦戦しながらも、笑顔で、そしてダンスとボイパを同時に行いながら再接続を進めていく。

 曲が移り変わり、ディナーライブ最後の曲、2番のBメロに差し掛かった時だった。


「できたっ!」


 接続が完了し、音楽が流れ出す。


 偽物ドラムだけの一色で塗られた乾いた演奏に、本物のエレキギター、ベース、ドラム、キーボードが加わり、鮮やかで瑞々しい、アイドル少女そたぽんの世界が創られる。

 ラスト曲、ラストサビ目前の演奏復活に、観客のボルテージは上限突破。雨がどれだけ冷やそうとも冷めそうにない熱気が、アクシスの屋上を支配する。

 不意に、そたぽんがツキコの手を取る。そしてその手に、2本目のマイクが託される。


「ラストサビ、2人で一気に決めちゃうよ!」

「……ええ、お嬢様の仰せのままに!」


『みんな!ラスト燃え上がっていっくよォォー!せぇぇぇぇー、のぉぉぉぉぉー!!』

『バッキュン萌えキュンペロペロそたぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!』

『燃え尽きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

『URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!』


 歌う。


 踊る。


 叫ぶ。


 笑う。


 飛ぶ。


 ノる。


 このあと最後の曲が終わるまでの客席、ステージの人々の様子は、そんな箇条書きでしか描写のしようがないような、単純なものだった。

 みんながみんな、ただ心から歌い、ただ心から踊り、ただ心から叫び、ただ心から笑い、ノリに乗って、楽しんでいた。アンコールまでもをこのテンションのままで突っ切り、最後の最後まで、この屋上を燃やし尽くした。

 ライブ演奏が終わったあとも約2時間ほど続くディナータイムを残して、そたぽんのライブは、こうして幕を閉じたのだった。



 某県某市、某空港。

 武針町に最も近いその空港で、園出滝夏は、スマートフォンのロック画面を眺めて、大きいサングラスの奥の瞳を微笑みに細めた。

 ロック画面に設定された写真の中では、デパートのイベントのあとの打ち上げで撮った、スタッフやウェイトレス役のメイド少女、プラス女装男が楽しそうに笑っていた。

 自分を大きく成長させてくれたこのイベントを、いつまでも、テレビ出演が増えて沢山の大切なモノが過去の事になってしまっても、この思い出だけは、ときどき思い出すことにしよう。

 電光掲示板が更新され、自分の乗る飛行機まであと40分か、と確認する。

 土産もあんまり無いし、早めに搭乗しちゃおうかしら。滝夏はスマートフォンの電源を切って、目を瞑り、数秒胸の前にそれを当てた。いつかまた会えるよね。目を開いて、滝夏は椅子から立ち上がった。


 太ももの上に3つのチロル〇ョコが降ってきたのは、その瞬間だった。


「…………あ!」

「よう。……チョコは3倍返しするのがモテ男の流儀ってな」


 いつかの女装野郎が、ひねくれた笑顔で立っていた。

 傍らには、4日もない付き合いだったが、それでも親友のように分かりあえた、ちょっとボーイッシュなあの女の子が。


「よ、滝夏ちゃん!」


 どうやら見送りに来てくれたらしい。

 しかし、永未はともかく、このクソガキに対しては悪態をつかずにはいられない。

 斗月に対してはとても、というか一番感謝し尊敬しているのだが、彼女の非常に鋭利な口は、その気持ちを柔らかいまま外に出すことができない。


「……エイミーはともかく、クソガキ。アンタまでなんで見送りなんか……」

「………………別に」


 斗月は無愛想にそっぽを向く。

 しかし、幼馴染の男女の関係は、大体男は女に勝てないわけで。永未はそんな斗月の態度を見て、意地悪そうに笑った。


「いや、私は言ったんだよ?滝夏ちゃんが時間教えてくれなかったのは忙しいからだろうって、だから見送りに行ったら迷惑になっちゃうかもって。そしたら斗月、それでも行く、とか言っちゃってー……」

「なっ……!永未、お前なぁ!ちっ、違ぇかんな!勘違いしてんじゃねーぞ!」


 耳まで真っ赤にして怒る斗月を見て、滝夏は不覚にも、少し可愛いと思ってしまった。

 クソ生意気だけど、まだ中学生だもんね。小学生がまだ抜けてない、あどけなさの残る彼が頬を紅潮させて慌てる姿には、不覚ながら母性をくすぐるものがある。


「ははは、ツンデレだなぁ斗月ー」

「お前、ほんっと……!ああぁーもう、もういい!俺帰る!」

「そういうところも子供ねぇ」

「あんだとてめぇアイドル女!」


 自分より少し背の低いところで何やらもがいている斗月に、滝夏は笑いを隠せない。

 ……本当に、コイツには色々教えてもらったわね。


「色々、感謝してあげるわ。…………斗月」

「……うるせぇよ」


 拗ねたように背を向けて、斗月は去ろうとした。


 …………………………………………。


 何となく、出来心だったのだが。滝夏はそれを追いかけて、背中に触れた。


「あぁ?なんだよ――」


 と、文句有りげに振り返る斗月を、滝夏は。


「ふふっ…………」

「!?」


 ぎゅっ、と抱きしめた。

 みるみるうちに抱きしめている少年の体温が上昇していくのを感じる。

 背中向けてるから分かんないけど、エイミーどんな顔してるんだろう……。怒ってないといいんだけど。

 もう10秒くらいこうやって抱きしめているが、なんとなく……なんだかこのまま離してしまうのがとても名残惜しい気がして、滝夏は、耳元で囁く。


「――また、会いましょうね」


 斗月を開放してやると、熱でもあるんじゃないかというくらい、顔が真っ赤でふらふらとしていた。

 さっきのセリフ、ちゃんと聞き取れてたらいいんだけど。

 ……ていうか、なんかさっきから後ろから殺気がするのよね。絶対エイミー怒ってるわコレ。振り返らないでとっとと行っちゃおうっと。


「じゃ、バイバーイ!これからもそたぽんこと園出滝夏をよろしく!」


 こうして、私はまた、次の仕事に向かうべく飛行機に搭乗するのだった。



 ………自分から抱きしめておいて、顔を真っ赤にしすぎて、受付時にインフルエンザを疑われたのは、黒歴史としてしっかりと心の奥底に仕舞いこんでおこう。



 その頃。


「なぁっ!斗月テメェっ!さっきのはどーいうことだ!?あぁ!?」

「…………………………」


 幼馴染に首根っこを掴まれてグワングワン揺さぶられる厨房の姿がありましたとさ。

 めでたし、めでたし。


次回から第3章スタートです。

怜斗視点、論子視点の同時進行で、日常パート多めの章となっております。

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