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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
番外編・斗月「田舎時代一番の黒歴史だぜ…」
25/73

斗月「田舎時代一番の黒歴史だぜ……」 その2

「はぁ!?女装してメイド服着ろだぁ!?」


 俺はここがショッピングモールの屋上だということも忘れて叫んだ。

 当然だ。ただ普通に接客業をすればいいと思って来たのに、突然メイドになれと言われても……え、ちょ、マジで?


「ちょ、何考えてるのよエイミー!こんなガキに女装させても、ゲテモノになるだけだって!」

「そ、そうだぞ!今回だけはアイドル崩れに賛成だわ!」

「えー?けっこう似合うと思うけどな?ま、似合わなかった時は似合わなかった時だし、一回着てみろよ」

「断る断る断るッ!」


 笑顔で未完成ステージの待機場所へ案内しようとしてくる永未の手を、俺は必死に振りほどく。


「冗談じゃねぇっての!女装してメイドとか聞いてねぇぞ!?」

「うん。言ったら斗月、来てくれなかっただろ」

「いや騙したのかよ!?意図的にその部分隠したのかよ!?」

「いや、騙したり隠したりしたんじゃないぞ。ただ単に、都合の悪いことに蓋をしただけで」

「世間はそれを隠蔽と呼びますけどね!」

「大丈夫だって!これから女として第2の人生を歩もうぜ!」

「重いよ!?今日女装するだけじゃなくてこれからの人生を女として生きなきゃダメなの!?」

「さ、とにかくメイド服に!時代はメイドなんだよ!」

「いーやーだぁぁぁー!メイドの時代は俺を求めてねぇよぉぉぉぉぉぉ!」


 しかし、バス停を片手で持ち上げて俺をぶん殴るほどの腕力を持つ永未に、ちょっと運動部に入ってるくらいの俺が力で勝てるはずもなく、俺はステージの方まで引きずられてしまった。

 その時一瞬見えたアイドル崩れの顔は、ニヤニヤとしたクッソ腹立つ笑みを浮かべており、口角の上がり方といい目の細まりようといい、さながら悪魔。

 ……野郎、ぶっ殺してやらぁ。

 気分はすっかりベ○ット並みの負け犬テンションだった。


「メイクさーん、衣装さーん!この子をメイドさんにしてあげちゃって下さーい!」

「うっふ、お姉さんにまっかせなさぁい☆」

「めーいっぱい可愛くしてあげるからねン♪」

「嫌だああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そのまま待機場所に連れていかれると、あとはされるがまま、オカマ臭い2人のスタッフにカツラを被らされ、メイクを施され、服を脱がされ……。


「自分で脱ぐわボケッ!永未も何見てんだ、あっち行けバカ!」

「あふん☆」

「きゃいん♪」

「あらら、追い出されちゃったか」


 ……もう嫌だ。

 俺は暗澹(あんたん)たる思いで、服を脱ぎ、メイド服を来たのだった。



「おっまた〜☆」

「メイクアップ完了したわよ〜ン♪」


 斗月がステージ裏に入ってから一時間経ったか経ってないかくらいで、オカマっぽいスタッフさんが話し込んでいたあたしと園出さんの前に現れた。

 メイクアップ完了、というのはもちろん斗月の女装が滞りなく終わったことを示しているのだろう。


「お、あのガキの女装終わったのね。ヒヒヒ、どうやって笑ってやろうかしら」

「あはは、まあ斗月には建前で似合うとか言ったけど……アレが女の子になれるわけないよな」


 斗月はカッコいいし美形だけど、女装してもそんなにサマになるとは思えない。

 ……カッコいいとか美形とか、何考えてんだろ、あたし。勝手に自己完結で顔を赤くしてしまい、園出さんにその顔を見られないよう、必死で顔を背けた。


 はてさて、どんなゴリラ女が拝めるのかしらね、と何気にかなり酷いことを言いながらステージを凝視する園出さん。

 顔を赤くしながらも、あたしももちろん興味津々で、ステージから斗月が出てくるのを待つが、なかなか出てこない。さすがに顔の火照りも消えてきた。

 オカマっぽいスタッフさんの片方が、うふふ、照れちゃってるのね☆、なんて言って、ステージの方へ走っていった。


「ヒヒ、そんなに恥ずかしがるなんて、やっぱり酷い結果なのね」

「だな。ふふ、絶対カメラに収めてやるぜ」


 話していると、スタッフさんたちと斗月の話し声が遠くから聞こえてくる。


「ほらぁ〜、恥ずかしがることないわよっ☆そんなに可愛く出来たんだからっ☆」

「で、でも……恥ずかしいだろーが……」


 ん?と思った。

 オカマっぽいスタッフさんの声のあとに聞こえてきたのは、アニメ声優もかくやというほどの、美しい女性の美声だったのだ。

 まさか、と思い、バッともう片方のスタッフさんの方へ振り向く。


「うふっ、ちょっと特殊なスプレーを使わせてもらったわ。女の子になるなら、声から中身から、何から何まで女の子にしなくちゃね♪」

『オカマすげぇ!』


 まさかのガチだった。全然可愛くないってネタに走るんじゃなく、ガチで可愛い女の子を作りにいってたのだ。

 またスタッフさんの声が聞こえてくる。


「でも、引っ張れば引っ張るほど、余計恥ずかしくなるわよぉ?」

「うぅ……でも……」

「いいから、自信持つのよ☆」

「女装が似合うなんて自信は持ちたくねーよ!……あー!ったく、いいよ。出りゃいいんだろ、出りゃ!」


 どこかヤケクソな声が聞こえてきて、カーテンを勢いよくシャーッと開く音があとに続いた。

 いよいよだな。どんなブスが出てくるのかしら。と、ワクワクしているあたしたちの表情は、しかし……。


 その『美少女』を見た途端、あたしたちの表情は固まった。


「チッ……なんだよ。笑いたいなら笑えっての」


 現実離れした青い髮のカツラをつけても、何ら違和感を感じない美貌は、あのスポーツ男子っぽいチャラ男が本当にメイクだけでこうなるのか、とツッコミたくなる。

 薄めのメイド服の上からでもしっかり視認できる二つの膨らみ、長めのスカートの下に除く、雪のような白い肌は、女性であるあたしでさえ嫉妬を覚えるほどだ。

 美少女メイド。アニメキャラのコスプレ会などでもこんな美少女は滅多に見られないだろう(行ったことはないけど)、とてつもない破壊力を持った美少女メイドが、こちらに向かって歩いてきていた。


 ハイヒールのカツカツという音を止め、あたしたちの前に降り立つ。


「え、ちょ……マジで何か言えって。ブスーとか、似合わなーいとか」

『どちら様ですか』


 は、はぁ?と戸惑いながらも呆れたように、ツインテールを邪魔そうにファサっと掻き上げる。


「俺だっつの!斗月だよ!…………はぁ、そんな分からねーぐらい酷ぇカオしてんのかよ……凹むっての……」

「い、いや、酷いカオとかじゃなく」

「斗月、鏡見てみろ」


 あたしが偶然持っていた手鏡を斗月に向かって差し出すと、それに映った自分の顔を見た瞬間、斗月はあたしから鏡を引ったくった。

 そして、頬を赤らめ戸惑った表情で、あらゆる角度から自分の顔を確認しだした。


「ウソだろ!?この子誰!?ちょ……えっ、ヤベェ!」

「……まさかあのガキが、マジで美少女化するとは思ってなかったわ」

「女装っていうより、ほぼ本物の美少女だからな、これ……」

「スタッフさん!やるじゃん!」

「うっふ☆」

「性転換のことなら私たちに任せなさい♪」


 嫌なキャッチコピーを言いながらウインクするオカマっぽいスタッフたちに、あたしは憧れすら感じていた。異性としてではなく、こんな風な頼れる女性になりたい、と……!


「エ、エイミー?なんか錯乱してない?」

「うおぉ……なんだこれ、本当に……マジで俺じゃないみたいだぜ……!…………って、喜んでどうするんだ俺!」


 『女装は嫌だったが、自分が余りにも美少女になってしまったために女装を受け入れつつある』ってところだろうか。斗月もなかなか錯乱気味である。

 だけど……ひとつだけ、もう少し、贅沢を言うのであれば……!


「斗月斗月。ちょっと、女言葉で喋ってみて!」

「は!?……い、いや、断る!」


 あれ。このテンションなら絶対やってくれると思ったんだけどな。


「何でだよ、せっかく女声になれたんだからー、いいじゃんちょっとぐらい!」

「やだよ!それをしちまったら男としての誇りってもんが……!」

「じゃあ男なんかやめちまえばいいだろ!パイプカットしろ、パイプカット!」

「女子中学生が臆面もなしに何言ってんの!?」

「斗月なら女としてやっていけるって!その容姿なら『もう男でもいいや』って思うような相手も見つかるって!」

「しかも他人任せ!せめて責任取れよ!」

「あれ、そういうのもどっちかって言えば女の子のセリフじゃないか?」

「い、いや……」

「それに、何のために斗月に女装をさせたと思ってるんだよ?美少女メイド役のスタッフが足りなかったからだぜ?ちゃんと女の子を演じてもらわないとな。……『お仕事』として」

「ぐっ……!」


 言葉を詰まらせ、その場から一歩後ずさる斗月を、好奇心に満ちた目で見守る。隣の園出さんも、あたしに少し呆れつつも、斗月の女言葉に興味津々のようだ。

 花も恥じらう乙女、とは少し意味が違うと思うが、両手を組んで恥ずかしそうに頬を赤らめた斗月。

 ……う、うわ、なんか興奮してきた。斗月めちゃくちゃ可愛いな……なんだこれ、もう女の子同士でいろいろとしたい。本当にあたし何言ってるんだろう。


 女言葉、と言われて彼が選んだ台詞は。


「い……。いらっしゃいませ、ご主人様……」


 その瞬間、大気が爆発した。


 あ……ありのまま今起こったことを説明するぜ!『女装した幼馴染みの男子がメイド風の挨拶をしたら鼻血が出てくるとかいうレベルじゃなくめちゃくちゃ興奮した』……。な……何を言ってるのか分からねぇと思うが、あたしも何をされたのか分からなかった……。萌えとか天使なんて次元じゃねぇ……もっと恐ろしいレベルの可愛さを味わったぜ……!

 あたしがポル○レフ状態で鼻血を垂れ流して斗月のメイド服姿を撮りまくっていると、園出さんがとうとう笑いを堪えきれず吹き出した。


「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!ヤバイ、超可愛いじゃない!あっ、ヤバ、あっひゃひゃひゃ!お腹痛い!あーっひゃひゃひゃひゃひゃ!ひー、ひーっ!」

「てっ……てめぇアイドル崩れぇ!覚えてやがれよ!こんな動きにくい服着てなかったらなぁ!」

「斗月、その服着てる間は女言葉使えよ。……『業務命令』だ」


 業務命令、と聞いて斗月はうぅ、と涙目になる。……可愛い。えへぇ。

 業務命令を破ると、その時点で契約破棄と見なして、それ以上働かなくていい代わりに報酬が出なくなるのだ。法律的にはどうなのか知らないけど、少なくともあたしが斗月に手伝いを頼んだ場合は、それが第一のルールなのである。


「………………」

「ふふっ……ふひひひ……!ヤバイわコレ!当分は思い出し笑いに困らないわよ!ありがとうねガキ!え、ていうかマジで私より可愛いんじゃないのアンタ?うわ、肌も柔らかいっ!」

「や、やめろ……やめて下さい!頬をぷにぷにしないで下さい!」

「『〜よ』とか『〜だわ』みたいなあからさまな女言葉を避けて、丁寧語に逃げたわね……。でも許す!可愛いから!」

「お前はどんどんキャラが崩壊していませんか!?とりあえず鼻血を止めなさい!」

「決めたわ!女の時のアンタの名前は『ツキコ』ちゃんよ、ガキ!よろしくね、ツキコちゃん!」

「ふざけやがるなください!勝手に決めないでもらえますかこのアイドル崩れ!」

「いいなツキコちゃん!すごく可愛いぜツキコちゃん!」

「永未まで!チクショウ、早く男に戻らせてくれぇぇぇぇぇぇ!!」


 ショッピングモール・アクシスの屋上に、斗月……いや、ツキコちゃんの悲痛な叫び声が響き渡った。


 ………………ホント可愛い。うっへへ。



 叫びも虚しく、本来の業務が始まるまでの間も女装することをキッチリ強制されてしまった俺は、すっかり女二人の遊び道具にされてしまった。

 オカマっぽいスタッフたちに他のカツラを持ってきてもらって、俺を黒髪ストレートにしたり赤髮ポニーテールにしたりしやがり、そのたびキャーキャーパシャパシャと写真を撮る。

 マジで冗談じゃない。永未ならそんなことはしないと思うが、アイドル崩れに至っては、こいつに俺の弱味なんか握られたら何に使われるか分かったもんじゃない。

 こうなったら闇討ちでもするしか……。


「ちょっとツキコちゃん、怖い顔になってるぞ?ほら、笑顔笑顔!」

「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「…………にっこにっこニィィィィィ……」


 こッ、これが……。これが、殺意の波動……!

 こんなにも理不尽を感じたのは初めてだ。

 何が悲しくて休日の昼間から女装で撮影されなければいけないのか。俺は今日という日を一生忘れないだろうね。人生で一番忌まわしい日として。俺は永未という女を一生忘れないだろうね。人生で二番目に忌まわしい女として。俺はアイドル崩れの笑顔を一生忘れないだろうね。人を嘲笑うときに人間が見せる最も醜い表情として。


「あー撮った撮った、ちょっと撮れ具合見てみようぜ園出さん」

「ふむふむ……あっはははははははは!なかなかいいじゃないのこれ!そのスジの男たちに売れば相当なカネになるわよ!」

「このロリコンどもめ!ってね!」

『きゃはははははははははははははははははは!!』


 クズ小物キャラと化した女子陣の笑い声に湧いてくる怒りをなんとかこらえつつ、俺は混乱しきったアタマと目で、少し今の自分の状況の確認を始めた。


 ……うん、顔はあのオカマたちの超絶メイクテクによって可愛い。それは確認済みだ。

 …………うん、腕も、コーディネートのおかげかいつもより細く見える。それも確認済みだ。

 ………………うん、脚も、ムダ毛剃られてストッキング履かされてすごい美脚。それも勿論確認済みだ。


 ……………………うん。


 おっぱい、でかくね?


 いや、オカマどもがチラっとこぼしてた、「肩幅が広いのにちっちゃかったら不自然じゃなぁ~い☆」という理屈も理解できるんだが、にしたって……。

 い、いやいや落ち着け。別にこれは大きすぎではない。せいぜいEとかだ。

 ……うん、まぁそれでもデカイけどさ。ちがうって、アレだよ。いつもはついてないのに今だけついてるから妙にたゆんたゆんに感じるだけだ。落ち着け。


 …………………………………………。


 ……永未もアイドル崩れも、こっち見てないよな?


 …………落ち着け!

 俺は!今から!自分の!胸部に!ついてる!モノを!揉む!だけ!です!

 ……ちがう!俺をそんな目で見るなお前ら!べっ、別に自分の胸にできた谷間にちょっと興奮してきたとかそういうのじゃないんだからねっ!?

 よーし、揉むぞ。俺は悪くない。揉む、揉んでやるんだ!俺が、俺たちが、おっぱいだ!!


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ


「あ、斗月ー、悪いけどちょっと力仕事頼まれてくれるか?」

「うおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「うるさっ!?」


 あっぶな!あっぶない!危うく社会的地位カーストの底辺に落ちるとこだった!


「……えっと、斗月?大丈夫?」

「大丈夫です。女装したせいで若干ヤケクソになってるんだよです、ほっといてくださいだゾですゾ」

「それ明らかに大丈夫な状態じゃないぞ…」

「まぁ、いーからいーから。で、力仕事って、具体的に何すりゃいいんです?」

「あ、うん。音響設備を急遽取り替えることになったみたいでさ。ちょっと備品倉庫まで行って、『R49-に』ってタグついてる機器運び出してきてくれるかな」

「『R49-に』?それは21回前のイベントでしょ?今回のは『S05-ち』じゃなかったですか?」

「……相変わらず仕事に関しては気持ち悪いほどの記憶力だなぁ。いいんだよ、その『S05-ち』タグのやつに不具合が見つかっちゃったから、今から入れ替えるとこなんだ」


 気持ち悪いほどとは誠に遺憾であるが、にしても……。


「お前んトコのスタッフさんたち、相変わらずズボラですね……。前日に重要備品の点検ぐらいしろです」

「ははは、園出ちゃんも言ってたぜそれ」

「……あのアイドル崩れ、めちゃくちゃ怒ってそうですね」


 小さなスキャナーのような機械で倉庫入場許可証を発行しながら、あ、やっぱりそう思う?と言って苦笑いする永未。


「そりゃもう、怒髪天だね。さっきみたいに怒鳴り散らした方がまだマシだよ」


 おおこわいこわい。おこ?おこなの?と煽ろうとアイドル崩れの姿を探すが、いつの間にかあの忌々しいフリフリ衣装の悪魔はどこかへ消えていた。

 アイドル崩れのヤツどこ行ったわけ?と尋ねると、永未は少し申し訳ないような表情で下を向いた。


「……一階のゲスト控え室にこもってる。うちのアホ父のせいでリハーサルが十分にできそうにないから、せめて、ボイスチェックとか声出しとかしたいんだって。デパートのイベントなんだから、あんまり気合入れなくてもいいんだけど、一生懸命準備してくれて……。設備もちゃんと整えられなくて、申し訳無さすぎるよ」

「……ふーん」

「あー、あと、お客さんは自分から直々に迎えたいらしくて、開場10分後くらいまではホールの配置が変わるからな。連絡事項」

「…………分かりました」

「あれ?なんで不機嫌?」

「ん……別に」


 ……なんだろう、この面白くない感じ。


 なんていうか、今日会ったばかりだけど、アイツの印象は最悪だ。

 自分大好きで、人のことを最初から見下してかかって、相手のミスには口悪く激昂して、そのくせ客の前では可愛い娘のフリしてるみたいで、憎まれ口しか叩かなくて。

 そんな奴が、デパートのイベントのために必死になって準備したり、ファンを出迎えるために色々したり……。なんていうか、なんていうか。


 なんていうか、超面白くない。


 とはいえ、こんな自分でも訳の分からない、理不尽極まりない悪い感情を持ってるなんて言えるわけもなく、俺はメイクの粉でたっぷり塗り固められた額を叩いた。


「なんでもないです。じゃ、音響設備持ってくるです」

「はいよ、行ってらっしゃい」


 永未の手から許可証を受け取って、さぁ倉庫に向かおうとした時。


「待って!」


 永未が、何やら切羽詰まったようなデカイ声で呼び止めたので、俺はぎょっとして振り向く。


「な、何です?」

「……………………」


 永未は、これまで見たこともないくらい顔を真っ赤に赤面させている。

 その表情からただならぬ気配を感じ取って、焦りながらもじっと次の言葉を待っていると、永未はその両腕をこちらに伸ばしてきた。


 ぷよん。


 伸ばされたしなやかな両腕、そのあたたかな両手の五本のつややかな指が、むんずと鷲掴みにしたのは、俺の胸に詰められた、偽物の胸だった。


「!?!!???!?!?」


 瞬間、俺も赤面。ていうか、蒸散。


 頬を赤らめた永未に触られるというの自体けっこうヤバイのに、女装した状態で、しかも胸を触られるというのは、興奮とかそういうのではなく、もう本当に何がなんだか。

 は、え、ちょっと、と俺が情けなく悶えている間にも、永未は偽物の胸を掴んで動かしたりしながらも離さない。


「あ……あ、えっと、ああああ…」

「だ、黙って!こっちまで変な気分になるだろ!」


 しばらく俺の胸を動かした永未は、やっと胸の詰め物から手を離すと、またもや俺の胸を凝視する。

 そして、何かを確認したようにふぅ、と一息吐くと、また一層顔を赤くした。


「……詰め物、ズレてたから」

「………………………………………あ、あ、ああああ、ああーああ!なるほどね!あーハイハイ!ありがとう、ありがと!うん!ありがと!」

「……慌てすぎじゃないか。なんか変なこと考えてたんじゃないの」

「そそそ、そういう永未だって!どんだけ顔紅くしてるんだよですか!」

「……っ、し、知るかアホ!」


 お互い、相手の顔を見られなくなって、ぷいっとそっぽを向く。

 恐る恐る視線を戻すタイミングすら見事に一致して、また慌てて顔を逸らしたりを繰り返して、数回ののちに視線を外せなくなって……もうなんか、もう、メイク崩れるとかおかまいなしに泣きそう、俺。

 何も言えないまま見つめ合う(というか睨み合う?)こと数秒、永未が先に、思いっきりスネた時特有のアヒル口になって。


「……さっき、自分の胸揉もうとしてたの、見てたからな」


「ぼへッ!?」

「………………変態。バカ。変態」


 そう吐き捨てて、永未は走り去ってしまった。

 …………………取り残された俺は、その場に倒れこむ。


「……見られてたかー、そっかー……」


 ハハハ、と笑う。

 黙る。

 黙って、目を瞑ること数秒。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 後から聞いたところ、俺の叫び声は、アイドル崩れがボイトレしてる、防音処理された控え室まで聞こえてたらしいです。

 …………本格的に死にたい。


斗月のスプンオフ黒歴史、その2でございました。

余談ですが、斗月の女装姿はクトゥルフTRPGでいうところの『APP18』です。神話生物もかくや。

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