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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
番外編・斗月「田舎時代一番の黒歴史だぜ…」
24/73

斗月「田舎時代一番の黒歴史だぜ……」 その1

 片田舎、という言葉が本当に意味するようなのがどんな場所なのかは知らないのだが、多分、おそらく、少なくとも俺の中では、この町はそんな言葉がかなり似合うだろうと思う。窓から見える、とうに桜が全て散ってしまい、鮮やかなモスグリーンの葉ばかりを纏った大木を眺めながら、ふとそんなことを思った。

 広く広く広がる畦道や中学の裏を少し行くだけで入れる鬱蒼とした山などはド田舎だが、車で少し走ればデパートやら新興住宅地やらブック○フやらといった都会的な建物との邂逅を果たせる(大袈裟だ)という、田舎暮らしをお手軽に楽しめる初級の田舎がこの町……武針町(むはりちょう)なのだ。


 俺は斗月。そんな片田舎の学校に通う、ポップでクールでファンタスティックな中学一年生である。


 さて、今の時刻は4時30分。

 1クラス十二人という、都会の学校と比べて声数の少ない帰りの挨拶を終えて帰ろうとする俺の腕を、その女子はガッシリと乱暴に掴まえてきた。


「頼むっ!手伝ってほしいことがあるんだ!」

「ったく、今回は何なんだよー!」


 つとめて文句ありげに振り返るも、俺はニヤケ顔を隠すことができない。

 俺に声をかけてきたこの女子は、博内永未(はくない えいみ)。全国にチェーン店を展開するショッピングモールの、アクシス武針店店長の娘であり、俺の幼馴染みである。

 艶のある黒髪を肩甲骨あたりまで伸ばし、こちらから見て頭の右上には、白い小さな簪をつけた、切れ長な瞳の美人。中学生なら美少女という表現が適当なのだろうが、このところ急に発達しやがったバストやヒップなどから、その表現はあまりしっくりこない。

 一昨年くらいにウチの親父が酔って「お前が赤ん坊の時からあの嬢ちゃんに会わせまくってやってんだぞ!いいか、お前は生まれながらにしてヒモになることを赦された人間なんだ!」とかほざきやがったが、俺は永未に対してそんな目的で接してはいない。

 かなり親しく、休みの日に二人で飯食いに行ったりすることもあるが、ちゃんと告白して付き合うというところまではいっていないので、いわば親友以上恋人未満といったところか。

 このまま金持ち美人お嬢様のヒモになって俺たちにも恩恵を与えてほしい、とは親父の願望だが、俺は永未と付き合う気はなく、今のままの関係でいたいと思っている。というかむしろ、お互いちっちゃい頃から仲良くしてたので、異性として見ていないという点もあるが。


「実はさ……」

「大体分かってるって。どーせ、アクシスの人手が足りねーとかだろ?」

「察しが早くて助かるよ。今度うちの屋上を使って、ちょっとしたイベントがあってさ」


 何故俺がこれほど早く頼みの内容を見抜けたかと言うと、これまでも永未には幾度となくこの類いの頼みを受けてきたからである。

 ある時は物産展の警備を、ある時は急遽決まったアマチュアミュージシャンのライブステージの設営を。

 どれも退屈だったりキツかったりはするが、専門技術などは要らないし、なんといっても報酬が弾むのだ。

 中学生の一週間分のバイト代がフタケタ万円とか、アクシスさんマジパねぇっス!

 俺は脳内でさっそく今回のバイト代から買えるものを検索しまくる。

 なんか都会の方で流行った、カッコいいモデルのイヤホンがそろそろ地方にも出回ってくるらしいんだよな。……いや、むしろその金で女子ナンパして遊びに……グヘヘ。

 エフン、と咳払いが聞こえたので永未の方を向くと、もう少しで夏が始まるという今の季候には気持ちいい、なかなかに冷えた視線がこちらへ送られていた。


「……何、鼻の下伸ばしてんだ」

「いんやぁ、女には分かんねーロマン……」

「どうせナンパだろ」

「………………!!」

「なに『何故分かった』って顔してんだ!当たり前だろ、斗月がそんな顔してる時は決まって色欲関連なんだから」

「おー、流石幼馴染みだぜ。細かい表情だけで思考が読み取れるとは」

「いや、誰でも分かると思うけど……」

「お前の表情から読み取れるのは……むむっ。『もぅマヂ無理。リスカしょ。。。』とか考えてるだろ!?」

「違うから!あたし健全な精神だから!」

「と、永未はあの人を庇うために嘘をついた。あの人が正しいのだ。あの人の言う通りにすれば、私は救われるのだ。そう信じている永未の目は虚ろで……」

「マインドコントロール!?もうそれあたし末期じゃないか!冗談半分でリスカとかそういうレベルじゃないよ!」

「違ったか?」

「違うよ!?全然違うよ!?いやマー○さんじゃないけどさ!」


 そのネタは永未が思っているよりもコアだから他のヤツには伝わらねーぞ。

 さて、毎日毎時間恒例の幼馴染み弄りが終わったところで、イベントとやらの詳細を聞こうか。


「それで、そのイベントとやらで何を手伝ってほしいんだ?」

「唐突に話変えるな……。まあいいや。今回斗月に手伝ってもらいたい仕事は、ディナーパーティーの接客だよ」

「ディナーパーティー……?」


 永未の話によると、どうやらここが生まれ故郷であるとある歌手が、アクシスの屋上にテーブルを並べて、観客がメシを食いながら歌を聴けるようなイベントにしたいと要望してきたのだが、ホールの人員が足りなくて困っているとのことだ。


「ホールってーと……客に食いもんとか飲みもんとか運ぶヤツだよな?ウェイターとか、ウエイトレスとか」

「……まあ、そう考えてもらって問題ないと思うよ?」

「…………?」

「と、とにかく。土曜にリハーサルを兼ねて説明するから、朝の……そうだね、11時に来てくれるかな」


 少しあさっての方向を向きながら言うのが少し気になったが、永未がすぐに話題を転換したので俺はツッコむ機会を失ってしまった。

 とりあえず返事をしながら携帯にメモを起こす。

 永未は普段はそんな気性が荒い方でもないが、俺が約束を忘れてたりすると激昂する。この前隣町に行くときに俺が遅刻したせいでバスを逃した時などは、バス停でボコンと一発殴られたりもした。……救急車を呼ばれるような怪我にならなかったのが不思議である。

 そんな訳で、俺にとって携帯にしっかりメモを残しておくというのは、もはや死活問題なのだ。


「じゃあ、土曜にね」

「おー。んじゃあな……って、一緒に帰れねーのか?」


 別に永未と毎日一緒に帰っているわけではないが、こういう風に帰り際に話し込んだ後は基本一緒に帰るのが暗黙の了解みたいになっていたため、ついツッコんでしまった。

 永未の顔がニヤ、と悪戯っぽいものになる。


「えー?何、あたしと一緒に帰りたいのかー?」

「い、いや、そういうのじゃねーけど……」


 出ました、あざとい上目使い。

 なんで女子の上目使いって、こんなに直視できないんだろうね。つか、いつも男言葉を使ってるような永未にこんなスキルがあったとはな。


「ま、今日はあたしイベントに関してのアレコレで色々ゴタゴタしてるからさ。ごめんな?」

「いや、別に一緒に帰りたいとは言ってねーけどよ……」


 何か言いくるめられたようで悔しいんだが……。

 ともあれ、家の手伝いなら仕方ないだろう。

 俺は永未に手を振ると、その後はまだ教室にいた男友達たちとだらだら駄弁り、帰路の途中でも寄り道をしたりと、我ながら中坊らしいというか、まあ遊び歩いて過ごした。


 ……土曜日にとてつもない悪夢が俺を襲うなど、この時の俺は、知る由もなかったのである。



「みーんなー!今日はそたぽんのディナーライブに来てくれて、どうもありがとー!」

『ウオォォォォー!!』

「こんなにみんなの歓声が聞けて、そたぽんはメチャポン嬉しいのきゃーん!」

『嬉しいのきゃーん、頂きましたー!!』

「さあみんなで、『アレ』いっちゃうよー!せぇーのぉーっ!」

『バッキュン萌えキュンペロペロそたぽぉぉぉぉぉぉぉん!!』

「ありがとー!さあ、さっそく一曲目いってみよー!『ツインテールと(スス)』!」

『URYYYYYYYYYYYYYYYY!!』


 …………。


 ファンの声援…というか雄叫びというか悲鳴というか奇声というかを受けて、そたぽんとかいうアイドル崩れのアバズレがその曲を歌い出す。

 そして、それをワインを運びながら聞く俺に、隣のテーブルの客が声をかけてきた。


「あ、お姉さん、ハイボール3つ!」

「はいはい、お姉さんお姉さん、唐揚げもね!」

「……か、かしこまりました…………」


 お姉さん、などと呼ばれているのは、冗談だと信じたいが、もちろん俺のことだ。

 メイド服を召し、不自然なほどに青色のツインテールのカツラを被り、あるスプレーで声を変えて、胸にパッドを詰め、女性に見えるように少し厚いめのメイクを施し……完全な美少女に化けているのが、今の俺の姿である。


「それにしてもお姉さん可愛いね!名前なんて言うの!?」

「あ、えーっと……『ツキコ』って言います……」

「へぇ、ツキコさんね!どう、よかったらこのライブが終わった後に!ここら辺はけっこうなホテル街でね……」

「けっ、結構です!」


 思わず鳥肌が立った。

 ……俺が男だと分かったら、このオッサンはどんな反応をするのだろうか……。

 と、苦笑いを浮かべることしか出来なくなった俺を、さらに災難が襲う。


「そこのメイドちゃん!オムレツにケチャップ塗ってほしいんですな!」

「えっ、は、はい!」


 少し離れた所から声がかかり、俺がそのテーブルに赴くと、そこには確かにケチャップがまだ塗られていないオムレツがあった。

 このイベントでは、オムレツを頼むとこのようにケチャップを塗られていない状態で運ばれてくる。これは、客が気に入ったメイドを選んで、そのメイドにケチャップを塗ってもらえるという特殊サービスのためだ。


「…………っと、はい、どうぞ」


 早々にケチャップをハートマークに見えるように塗りつけ、俺は厨房へ戻るため席を離れようとする。


「おいおい、ちょっと待つんですなメイドちゃん!『おまじない』がまだなんですな!」

「お、おまじないっ?」

「おや、知らないんですかな?普通メイド喫茶では、料理に『おいしくなーれー☆萌え萌えキュルリーンエクストリームマジックー♪』っておまじないをかけるもんなんですな?」


 エクストリームマジ……え、何て…………?


「え、えっと…?」

「ほら、早く!」

「うぅ……。……おいしくなぁれ、萌え萌え……キュルルン?」

「ブヒィィィィ!恥ずかしがるメイドさんキタコレー!萌え死ぬるぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「……あ、あはは」


 ……帰りたい。むしろ土に還りたい。


 どうしてこんなことになってしまったのか。それはむろん、あのアイドル崩れのせいなのだが……。そのクソアマとの出会いは、今から8時間ほど前に遡る。



「唐揚げ二人前とハイボール四杯とシーザーサラダ三人前とじゃがバター1つ、はい、言ってみて!」

「唐2、ハイ4、シーザー3、じゃバ1。どうだ?」

「うん、完璧だよ。流石だね」

「こう毎度毎度手伝いに駆り出されてたら、嫌でもコツ覚えるって」

「あはは、それもそうだね」


 正午12時、ちゃんと11時キッカリにアクシスに着いた俺は、今回のイベントについての簡単な説明と確認程度の接客指導を受けていた。

 といっても、自慢ではないが俺は基本的にそういうのの覚えが早いし、何度もこういう接客を必要とする仕事の手伝いをしたことはあるので、ほぼさらっと流したくらいである。


「じゃあ、4時から準備とか色々するから、それまで……」

「ちょっと!十分にリハも出来ないってどういうことなの!?」


 金切り声とでも言うのだろうか。高く澄んだその声は、しかしその後口汚くスタッフたちを罵った。


「バカじゃないの!?ショッピングモールの屋上でやるのなんか久々だからゆっくりリハやらせてって事前に言ってたわよねぇ私!?理解してなかったの!?覚えてなかったの!?アホなの!?メモって知ってる!?便利だからいっぺん使ってみなさい、この猿が!」

「い、いや、まだステージが完成していないと言いますか……」

「ハーァ?4日前から企画してたわよねぇ!?設計図見たけど、ハリボテもハリボテ、クソみたいな低予算設計だったじゃない!4日どころか3日もありゃ完成出来るでしょあれぐらい!」

「む、無茶ですよ!二日前まで別のイベントがあって、作業を始めることも出来なかったんですから…!」

「ちょっと!?そんなことこっちに伝わってきてないんですけど!事前に聞いてたら事務所の方で日付調整くらいできたかもしれないのに!」

「う、うぅ…………」

「あぁ!?何とか言いなさいよっ、このドグソ豚が!!」


 ド、ドグソ豚ねぇ……。なかなかユーモラスな罵倒だな。

 その少女は、俺たちより少し上、高校生ぐらいの見た目。テンガロンハットの上にでっかいサングラスを乗せ、カジュアルな柄の半袖Tシャツに可愛らしいミニネクタイを締め、ジーパンを太ももの辺りで千切ったようなホットパンツをそこそこセクシーに着こなしていた。

 なるほど、美少女だ。罵倒されている責任者と思しきスタッフが恍惚の表情を浮かべるのも無理はないだろう。

 ……なんて考えてるのがまたバレたのか、永未にギュゥゥッと腕をつねられてしまった。……めっちゃ爪立ってますよ、めっちゃ痛いですよ。


「また鼻の下伸ばしてるだろ……」

「痛い、痛いって。やれやれ、ヤキモチ妬くなっての」

「……二度とそんな口叩けないようお前の舌を焼いてやろうか?」

「おおう、真顔はやめてくれよ。仕方ねーだろ?健全な男子なら、ああいうの見たら十中八九鼻の下伸ばすぜ。あの子の太ももとか、体育着着てる時のお前の胸とかな」

「えい」


 永未が笑顔を浮かべながら俺の腹を小指で突いた。

 瞬間、パン、ペゴォンと、およそ人間から鳴るべきではない音が腹の底から響き、身体中に激痛が走る。


「おっ……おまっ……これからバイトするってヤツの臓物を破裂させる雇い主があるか…………!」

「一時的なものだよ、2秒で治る」

「その2秒間俺のハラはどうなってんだよ!?」

「ごめんごめん、照れ隠しだってば」

「その割には頬に一切の赤みが見られませんがねぇ……!?」

「まあ確かにあの子キレイだよな。『そたぽん』だっけ?今売り出し中のアイドル」

「挙げ句の果てにはスルーか……」


 にしても。

 ほー、あのドSな女の子、そたぽんっていうのか。正式な芸名なのか愛称なのかは知らんが、とりあえず裏表がスゴいのは分かった。

 なんて脳内で陰口を叩いてるのがいけなかったのか、そのそたぽんとやらが憮然とした顔でこちらに向かってきているではないか。間近で見ても毛穴が一切見られなかったりと、アイドルってほんとにすごいんだなー、とか呑気なことを考えていると。


「何あんた?なんでガキがこんなとこにいるわけ?ほら、とっとと帰ってクソして寝なさい」

「ガ、ガキ……」


 俺の方だけを見て言っている辺り、そたぽんは永未と面識があるのだろう。おそらく打ち合わせとかの時に自己紹介したのだろう。

 永未てめぇ何笑ってんだ。俺がガキならお前もガキだからな。


「ガキじゃねぇよババア。バイトだバイト」

「バ、ババア!?アンタそれ、よりにもよって、この、完璧美少女高校生アイドルである、私に、言ってるワケ!?」

「あぁん?美少女?ちょっと顔とスタイルがいいだけのアイドル崩れだろーがアバズレ」

「アバ……っ、コラ小便ガキ!アンタ子供だと思って言わせてたら付け上がって!」

「いーから、とっととリハやれやアマ」


 俺はだいぶ女子に優しい方だと思っているが、こういうハナから人のことを見下している女は大嫌いである。特に中学二年生などという多感な時期にガキ呼ばわりされたのではもう怒り心頭。


「大体私はアバズレなんて名前じゃないわ!ちゃんと『園出滝夏(そのいで たきか)』って名前が!」

「……俺、ただのバイトなんだけど。そんな簡単に本名晒してよかったの?」

「あっ…………」

「よろしくな『アイドル崩れのアバズレ』」

「キィィィィーーッ!」


 アイドル崩れがとうとう地団駄を踏んで泣き出してしまったので、俺は昨日買ったばかりのイヤホンをつけて知らんフリをする。

 もちろん音楽などかけてはいないし、そもそも機械に繋がってすらいないのだが。


「エイミー!このガキがいじめてくるぅぅぅ!」

「まあまあ……。おい斗月、いくらガキ呼ばわりされたからって、女の子相手にアバズレはないんじゃないか?」

「あーハイハイ、男が悪い男が悪い。どーせ俺はフェミニストじゃありませんよ」

「もー、ホント子供だよな」

「ケッ、どっちがだよ……」


 目を閉じて音楽に聞き入るフリをしながら答える。

 永未がアイドル崩れの味方をするなんて、分が悪すぎる。クソビッチめ、とっととどっかへ行きやがれ。

 聞きたくもないのに、二人の会話が聞こえてくる。


「にしても園出さん、けっこうウチのスタッフに大きい声出してたけど、どうしたんだ?」

「うん。リハしたかったのにね、あの豚野郎ね、まだセットが出来上がってないから無理だとか抜かしてくんの」

「あー……ごめんな。ウチのお父さん、けっこうムチャなイベントスケジュール組むから。ライブ始まる二時間前にやっとステージ完成とか、ざらだしな」

「うえー、マジあり得ない!ライブ軽く見すぎだって!」


 出ました出ました、JK特有のマァッ↑ジ↓あーりえなーい↓っていう謎イントネーション。『イイッ↑タイ↓メガァァァ↑』並みの謎イントネーション。前者はただムカつくが後者はクッソ可愛い。


「あー、リハ出来ないとかマジ信じらんない!不安ってレベルじゃないわよー!」

「るっせぇなー。一人でどっか行って勝手にボイトレでもしてろっての……」

「アンタに言ってないわよこのガキ!」

「この期に及んでまだガキ呼ばわりしますかアイドル崩れさん」

「アンタが直す気ないからねぇ!!」

「紹介が遅れたね園出さん、こいつは斗月。イベントごとで人手が足りなくなった時に手伝ってくれる、あたしの幼馴染みだ」

「エイミー、紹介してもらって悪いけど、こんなガキを名前で呼ぶ気ないから」

「そうだなアイドル崩れ」

「……ほんっと腹立つわねこのガキゃぁ……」


 アイドル崩れが作った憤怒の形相はとてつもなく愉快痛快な顔芸だったが、何となくこいつに感情変化を見られるのがシャクだった俺は、着てきたカッターシャツの襟を立てて口元を隠した。

 と、アイドル崩れは俺への怒りも忘れて急に「ん?あれ?」とか言い出し、首を傾げながら永未の肩をちょんちょんとつついた。


「ねえエイミー、今回のイベントのコンセプトは聞いてたわよね?男なんか駆り出して大丈夫だったの?」


 あ?何言ってんだコイツ?

 アイドル崩れの言葉を聞いて、永未は、どこかばつが悪そうにあはは、と笑った。

 ……なーんか嫌な予感がするぞ。


「今回のイベントのコンセプトは、『メイド居酒屋でディナーライブ』よ?ホントに大丈夫?」

「大丈夫だって。男はメイド服を着れないっていうのなら、女にすればいい」

「え……エイミー?」


 何を言っているのかよく分からないが、なんとなく俺の身がピンチに晒されていることは分かった。

 おーいどうしたー、と弱々しく呼び掛ける俺に振り向き、永未は突然俺の手を取って、若干引きつった満面の笑みで、たしかにそう言った。


「さ!斗月、ちょっとメイドさんになってみよっか!」


「……………は?」


 幼馴染みから俺にかけられたのは、まさかの女装命令だった。


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