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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
2章・電脳世界の呼び声
18/73

津森論子失踪事件 その3

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァッ!!」


 ゲーム世界に降り立ち、ジェイペグたちパートナーに事情を説明すると、俺たちはダッシュで階段をかけ上る。


 立ちはだかる雑魚敵といちいち戦闘なんかしていられないので、木刀やヨーヨーで思いっきり殴って吹っ飛ばして、一直線に階段へ突き進む。

 まさに無双。今の俺たちには、津森さんを助け出すという以外に目的はないのだ。

 幸いにも散華の騎士などの比較的強い雑魚とはあまりエンカウントせず、スムーズに、五分もしないうちに最上階への階段まで辿り着くことができた。


「さあ、この階段を登れば最上階、ボスの間だよ!」

「まあ、今ボスの間にいるのは本物のボスではなく、ハッカーだがな……」


 ナウドが舌打ち混じりに言う。あまり感情を表さずに、主である斗月に対してさえも毒ばかり吐く猫も、女をゲーム世界に拉致して瓶の中に監禁するという吐き気を催す邪悪に対しては、底知れない怒りを感じるようである。

 ……それにしても……。ジェイペグの話を聞く限り、元のAIが残っているなら、この階段を登ればすぐにボスと戦うことになるらしい。

 準備を整えるなら、ここでやっておくしかなさそうだな……。


「すまぬな……ハッカーに対抗するためにチートのひとつやふたつ使わせてやりたいところなんじゃが……。NPCであるワシらにも、プログラムを作った本人である運営さえも、チートを使った違法な強化などはできないんじゃ……」

「もうそれはいいって言ってるじゃないの、キーピー」

「うむ……じゃが、夏矢たちの友達が危険だというのに、何も出来んで……」

「その気持ちだけで十分だよ。ああ、それと斗月、夏矢ちゃん」


 二人は、何かすごい作戦を考えついたのかと、期待した目でこちらへ振り向いた。

 ……そんな目で見られても、これから伝えるのは、どうしようもない苦し紛れのゴリ押し作戦なんだがな……。


「いいか、よく聞いてくれ。この階段を上ってボスの間に出たら、すぐに……」



「――『揺動の大天秤バランサーオブクェイク』ッ!」

《………………!》


 最上階への階段を上りきり、最上階の床を一歩踏んだ瞬間に、斗月がその切り札、スタージョーカーの呪文を叫ぶ。

 スタージョーカー……チュートリアルでダイダラボッチと戦った時に、俺が最後に使ったアレは、各星座ごとにそれぞれ用意されており、斗月が叫んだそれは天秤座の専用スタージョーカーだ。

 他の星座のスタージョーカーと比べて威力は劣るものの、技の成功は確実で、使用された相手はこれを回避することはできないし、さらにこれを使うと、相手の上に巨大な天秤が落ちて、15秒間、移動を含めた一切の行動が不能になる。

 パソコンで見た怪物……突然変異で生まれた巨大な蝿が鎧を装備して頭部にティアラを付けたたような、ホラー映画に出てきそうなモンスターは、明らかに雑魚とは違うボスの覇気と、黒々とした蒸気のようなものを纏って、蠢いている怪物は、例外なくその動きを封じられ、狼狽えた様子を見せる。


「今よキーピー!」

「ああ……。フリードリヒ!」


 怪物が動きを封じられているのを好機とみて、夏矢ちゃんがサポートコンボを使用する。

 ただし、狙うのは怪物ではない。その横に置かれた、大きな瓶である。

 放たれた数十本の矢はそれぞれ全く違う軌道を描いて、瓶の下部にヒット。一部が割れて、その衝撃で瓶が倒れる。そしてさらにその衝撃が斥力を生み、津森さんを瓶の外へ弾き飛ばした。

 ……できればもっと、中の津森さんのことに配慮してやってほしかったのだが、まあ、目標は達成したのでよしとしよう。

 そう、階段を上がる前に斗月と夏矢ちゃんに説明した作戦は、『不意打ちで相手の動きを止めてその隙に瓶を破壊し、津森さんの身柄を確保』という、反則とはいかないまでも、少なくともヒーロー面はできない劣悪なものだった。


「ナイスだ夏矢ちゃん!さ、今のうちに叩いとくぞ!ジェイペグ!」

「アイアイサー!頼むよ、ラヴクラフト!」


 俺がジェイペグを召喚し召喚されたジェイペグがラヴクラフトを召喚する、という二重召喚演出にもすっかり慣れた。

 地の底から出てきた影が2つに分裂し、片方は津森さんを確保、もう片方は怪物へ多大なダメージを与えるべく床を疾走する。

 ラヴクラフトの半身は津森さんを乗せると、揺りかごにその姿を変えて、津森さんを優しく包み込んだ。全く芸が細かいというか何と言うか。

 一方もう半身は、いつもより少しばかり地味な演出――影で拳銃を形作り、それで敵を撃ち抜くという短いものだ――で敵を攻撃。213ダメージを与えた。

 ギリギリというところか、ダメージを喰らって一秒も経たないうちに怪物は動き出した。斗月のスタージョーカーが解けたらしい。

 津森さんを助け出した影の揺りかごが、俺の元へと戻ってきて、津森さんを優しく下ろしたところで、蠅は俺のサポートコンボを痛がりもせずに、不気味に笑った。


《フフフ……なかなかよく足掻くではないか、たかが『無駄の塊』が……》

「ハッ、お前なかなか痛々しいな。すっごいセキュリティを破ってハッキングしてやったぜ、しかも女子をそん中に監禁してやったぜ、俺カッケーってワケか。……ふざけんなぶち殺すぞ」


 俺は自分でも意外なほどに怒っているらしかった。

 つい数日前に麻雀部に勧誘されて知り合っただけの、それまでほとんど話したこともなかったようなクラスメートが危険な目に遭ったというだけで、訳の分からん蝿みたいな化物に対して支離滅裂なキレ方をするくらいには怒っているらしかった。


《ふむ……何か勘違いをしているらしいな?私はハッカーでも何でもない……『津森論子の一部』だ》

「何だと……?」

「あ…………あ……ああ………あ……」

「……っ!?つ、津森さん!」


 いつの間にか意識を取り戻していた津森さんが、寝転んだまま、何かに怯えたように自分の体を抱きしめてふるふると首を振る。

 先行してダッシュでスタージョーカーを使いにいった斗月、さらに夏矢ちゃんと陣を整え直し、津森さんを庇うように怪物に向かって立ちはだかる。


「お前みたいなクソ蝿が津森さんの何だって?」

《一部、だと言ったのだ。正確には……津森論子の心の一部だ》


 恐ろしく不快なノイズを纏って、蝿は嘲るようにそう言った。

 当然、俺たちには意味が分からない。蠅の化物に本体呼ばわりされた当の津森さんだけは、蠅の喋る一言一句に恐怖し、頭を抱えて絶望しているようだが……。

 夏矢ちゃんは銃口を蠅に向けて、ブチギレた時特有の眼光で、口元だけで笑みを作って笑った。


「何いってんの?命乞い?悪いけど、女子高生をネトゲの中に連れ込んでアレコレしちゃうような死刑囚予備軍を生かしておく趣味はないの」


 ……昨日のアレ、割と恨んでるんだな。

 俺たちが戸惑いや嘲笑を浮かべているのに対して、当の津森さん本人はやはり、泣きそうになってやめて、と言うばかりだ。蠅を挑発する夏矢ちゃんに対して言っているのか、蠅に対して言っているのか……?

 蝿は狂った宗教の宣教師のように、優しく、しかし狂気のままに語りかける。


《津森論子の願望が醜く変貌を遂げた結果だよ……。『努力した分だけ報われればいいのに』から、『努力が報われない世界なんて理不尽だ』へ、『絶対に努力が報われる世界に行きたい』へと……。そして遂に、あちらの世界……現実世界そのものを否定したのだよ。その娘……いや、ワタシは、な》

「嫌や……!私は、そんなこと思ってへん……!」

「津森さん……?」


 自分達には全く話が見えてこないのに、津森さんが凄く恐怖を示しているということが、言い知れぬ不安と混乱を与えてくる。

 その混乱に漬け込むように、蝿は、その目を醜悪な笑みに歪ませた。

 目というには、巨大化した蠅の複眼は不気味や気持ち悪いを通り越してもはや娯楽的ですらあった。


《ワタシは麻雀が好きだ。愛していると言ってもいいだろう。しかし、下手の横好きというものか、普通の者より少し強いだけ、それだけだ。どれだけやっても、これ以上強くはなれない》

「っ…………!」

《しかも……ワタシの家族は、ワタシにピアニストになってほしいと考えている。小さい頃からピアノスクールに通わせ、近頃は音楽大学のパンフレットばかりを見せてくる……麻雀も、ギャンブルのひとつだと決め付けてるフシがあるし、ワタシが家で部活の話をしても、親として体裁を保つための作り笑いを浮かべるだけ》

「やめてっ……やめて!!」

《ピアノなんて好きじゃない。だけど麻雀は好きだ。なのに……》

「やめろォォォォォォッ!!」


 彼女の口から、多分親友であるチー子とポン子も聞いたことがないだろう大きな声が飛び出て、俺は幾分面食らった。

 蝿も、一瞬だけその減らない口を止めたが……津森さんのその態度に、津森さんの悲鳴にも似た拒絶の声に、愉悦を感じたかのように、ニッタァと気味の悪い笑みを見せつけた。


《好きでもないピアノばかり上手くなり、大好きな麻雀はどれだけやっても上手くなれない!》

「あっ…………!う…………お願い、もうやめて………!」

《好きだ好きだと自他共に認める趣味であり目標であり支えであり夢にすらなりつつある麻雀は!全く!上手く!ならないのに!!親に勧められて嫌々な気持ちを隠しつつ行っているピアノばっかりが!上手くなる!!

 コンクールで優勝して!音楽界の上の人間からもじゃんじゃん誘いを受け!どんどん音楽家としての未来は決まっていく、いや、自分が夢を描く余地を残さず塗りつぶされて決められていく!!

 だけどその未来に麻雀はない!!その未来予想図に、麻雀の文字は一切書かれていない!!》

「やめてぇぇぇぇぇッ!!」

《そんな自分に注がれる、音楽の道を志す人間たちからの、羨望や嫉妬の眼差しに、ワタシは何を感じればいいのだろうか!別に勝ち取りたかったわけでもない栄光と将来を羨ましがられて、何をどうすればいいというのか!!》

「うっ…………」

「津森……さん…………」

《そして、自分に憧れや妬みを抱いている、『音楽を志す人間』たちを見るたび、ワタシはこう思うのだ……!》


 次でトドメだと言わんばかりに息を大きく吸い込み、心底下衆な表情をやめて真顔になった蠅。津森さんはとめどなく溢れ出てくる感情に泣き叫ぶばかりだが、しかし俺たちは何の動きもできなかった。


《あぁ、私が『麻雀の上手い人』を見る目と一緒だ…………って、な》

「………………い……」


 心にヒビが入る音が、聞こえた気がした。


「いやぁぁぁあああああああああああぁぁぁああぁぁ…………!!」


 涙をさらに流し、喚く津森さんに、かける言葉が見つからず……俺はただ、無慈悲に心を弄ぶ蝿を、下から睨みつける事しかできなかった。

 津森さんが泣き出した時、真っ先になだめようとしてくれていた夏矢ちゃんが、忌々しげに蝿を一瞥し、舌打ちする。


「なんで、あそこまで的確に津森さんの心を抉れるの?……ホントに、あの蝿は津森さんの一部だっていうの!?」

「んなわけねぇだろ!」

「……津森さんのデータを読んだんじゃないのか」

「はぁ?こんなときにまでデンパなこと言わないでよ!」

「俺たちが初めにこのゲームにログインしたときを思い出せよ」


 ジェイペグたちは言っていた。

 「……あの鍵は、脳に入る瞬間に、君たちの身体能力とかのデータをスキャンして読み取る力も持っていたんだけど……」なんてことを言っていた。

 そしてジェイペグは、俺たちの大体のデータを最初から知っていた。何も言わずとも俺たちが高校生だと知っていたし、俺が『レイト』だと知っていた。


「あの鍵には、使った人間のデータを読み取る力を持ってたんだよ。津森さんも同じような手段でこの世界に連れ込まれたんだとしたら……?」

「そんな……それじゃあ、あの蝿は……?」

《そう、ワタシは最初から嘘偽りはひとつも語っていない》

「…………もしお前が津森さんの一部だっていうなら、なんでそんなことを言うんだ?たとえ心の奥底で実際にそう思っているとしても、真実だとしても、自分自身を傷付けるようなことを……」

「そ、そうだ……だいたい、津森さんがこんなにダメージを負っているのに、なんでお前がなんともないんだよ!一部とか欲望とか、結局全部デタラメだ!誰にでもちょっとは当てはまるようなこと言って茶を濁す、インチキ占いみてぇなな!!」


 ……斗月がなんとなく、いつになく冷静さを欠いている気がするが……。

 蝿は俺たちの言葉に動じることなく、道化の笑みを崩さない。


《フフッ……では、ひとつも嘘を言っていないというのは撤回しよう。ワタシは正確には、津森論子の一部『だった』のだ》

「……言っている意味が分からない」

《津森論子はワタシという汚い欲望に、見て見ぬふりをしてひた隠してきた。自分にも見つからないように隠してきた。……とっくに分離してるんだよ、いわば、『別人格』だ》

「は…………?」

「何よそれ!?さっきから心の中とか別人格とかワケわかんないんだけど!?」

《人は自分の一面を否定し続けると、その『一面』と本体を切り離す。そうして切り取られてできたのが、このワタシ、醜く錯覚した嫉妬の蝿というわけ》


 蝿はさらに調子づいて、その羽根、その肢あしを広げ、高らかに笑いあげる。

 津森論子が滑稽であると。

 自分が滑稽であると。

 人間が滑稽であると。

 社会が滑稽であると。

 そして夏矢ちゃんの腕の中で涙を流す津森さんの表情は、すでに――


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 ――死んでいた。


《努力しても報われないなら、そんな仕組みから逃れればいい!

 全ての努力が報われる世界へ!

 全ての経験が力になる、報われる、救われる、RPGの世界へ!

 ようこそ、あなたが望むデジタルの世界へ!!》

「………………………これが、私、なのかな……」

「………………………津森さん?」


 虚ろな瞳の津森さんが、ゆっくりと立ち上がる。

 導かれるように?操られるように?……自分の意思で?あるいは、それら全ての力によって?

 一歩一歩、瞳と同じくらい死んだ足取りで、津森さんは蝿へと近づく。


「ダメ!!」

「………………?…………………誰か知らないけど、ごめん」

「……えっ………………」


 手を伸ばして津森さんを静止しようとする夏矢ちゃんだったが、彼女の手は、津森さんの腕に触れることなく、空を切った。

 それは趣味の悪いマジックショーみたいに。

 それはB級映画の安っぽいラストシーンみたいに。

 それは幽霊みたいに。

 触ったはずなのに、触れなかった。

 夏矢ちゃんの手と津森さんの手は重なっているはずなのに。


 ……気付くのが遅すぎた。

 蝿がどんどん調子づくのに反比例するように、津森さんは、消えかけていた。


 彼女の言葉から関西弁が消えた。

 彼女の表情が、流した涙が、目が、鼻が、口が、消えた。

 のっぺらぼう。

 津森さんによく似たマネキンは、蝿の横に立って、蝿の言葉を復唱し始めた。


《努力など無駄である!!》


「………………努力など無駄である」


《才能という概念は、絶対にある!!》


「……………………才能という概念は、絶対にある」


《それは『努力の効率』という言葉に言い換えることもできる!!》


「…………それは『努力の効率』という言葉に言い換えることもできる」


《いくらやっても人並みにしかできないのは、才能がないのだ!!》


「……いくらやっても人並みにしかできないのは、才能がないのだ」


《努力など無駄であり、そんなものを信条に掲げて綺麗事として並べ立てる人間などは、無駄の極地なのである!!》


「………………努力など無駄であり、そんなもの……」


「『狩影』」


 俺の足は蝿の影を踏んでいた。

 蝿の影が一瞬大きく揺らぎ、蠅がダメージを喰らう。

 俺がいつの間に足元まで近づいてきていたのかと驚いたのだろうか。蝿はそれまでの高らかな演説口調をやめ、その巨躯で、真上から俺を見下した。


「RPGやりながらずっと思ってたんだ。イベントシーンでボスが悠長に喋ってる間に殴ればいいのに、って」

《…………無駄の塊ごときが、何をする?》

「無駄なんかじゃない」

《水掛け論か、絶望的なまでに『無駄』だな》

「たしかに、才能のない奴が何をやったところで無駄だろう。

 伸びしろのないやつが伸びようとしたって伸びないものは伸びない。

 団体行動もできないようなクズで落ちこぼれの不良が、集まって組織なんか作ってみたところで、何もうまくできるわけがない」

「ちょ、ちょっと怜斗!あんたいきなり何言ってんの!?あんたまでおかしくなったんじゃないでしょうね!?」

「ビリ〇ャルだなんだと話題になったが、あいつは才能があるんだ。だから最初からマジメに勉強していた『努力家さいのうないやつ』たちを蹴落とせた。

 努力は必ず報われるなんてコトバ、俺だって鼻から信じちゃいない。そんなのは、頭がプロテインと筋肉とヤクだけでできてる体育会系のうわごとだよ」

《フフッ……何を言い出すかと思えば……。認めているのではないか、自分たち人間の営みが『無駄』だと》


「だけど、無駄のままでは終わらない『努力』だってある」


《…………………………………………ハ?》


 心底馬鹿にしたような「ハ?」。

 俺は蝿の真正面から、津森さんの真正面へと位置を変えた。

 のっぺらぼうの津森さんが、真っ白なマネキンみたいになってしまった『無』の津森さんが、そこにいるだけ。何をしているとかもなく、いるだけ。


「津森さんがやっている麻雀に対する努力は、全く麻雀に対しては報われていないかもしれない。無駄だと感じるのも無理はないかもしれない。」

「…………………………………………………………………………」

「だけど、チー子とポン子という友達は、無駄か?」

「………………………………………………………………………………え?」


 津森さんの顔に、目が戻った。


「麻雀をしていなければ、2人とはあんなに仲良くはなれなかったはずだ。津森さんがいなくなって、2人があんなに不安になり、泣き、心配し……もし津森さんがいなくなったらという恐怖に怯えることもなかったはずだ」

「…………………………………チーちゃんと……ポンちゃん……?」

「根本的な解決になっていないのは分かってる。麻雀への努力は、期待通りに報われていないだろう。

 ……だけど、必死になって頑張っている時、人は人を引き寄せる」

「………………………」


 津森さんの顔に、鼻が、口が戻った。


「望む結果は得られなかったとしても、その努力全てが無駄になんてならない」

「……………チーちゃんとポンちゃん……心配してたんですか……?」

「そうだ。その想いさえも無駄だっていうなら、蝿のその言葉までをも何の迷いもなく復唱し、共感できるなら……そのまま、のっぺらぼうなまんまで、蠅の餌になればいい」

「…………………………私は……世界は…………無駄じゃなくて………………?」


 津森さんの目に、涙が戻った。

 津森さんの顔に、表情が戻った。


「蠅はたしかに、津森さんの欲望の中でも、ごくごく小さい部分だけを切り取ったものだ。だけど、それ以上じゃない。……ちっぽけな蝿なんかに支配されるな。自分の汚い一面だけを見て自分が汚い人間だと落ち込むな。自分を奪われるな」

「……私は……努力が…………?」

《黙れ!!》


 今まで、道化のようにのらりくらりと真意を見せず、人の感情を弄んでばかりだった蝿が、初めて感情らしき感情を示した。


「黙るのはお前の方だ。これ以上道化ぶって津森さんを惑わすなら、俺たちの手でお前を、データごとこのゲームから葬り去ってやる」

「怜斗お前、できもしないことを……」

「悪いけどレイト、特別製パートナーのボクたちでも、さすがにゲームデータをいじることは許されてないよ……?」

《黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!》

「いいんだよ、現に相手は怒り狂っちゃってるんだし」


《お前らは……お前ら、は…………他人が何かしくじった時に、すぐに「努力が足りない」だのと言う……!ワタシの気持ちも知らずに!ワタシの努力も気持ちもなんにも知らずに!!

 そんなことを言うヤツは……無駄な人間なんかは……私の世界にいらないッ!!無駄だ!!……消えてしまえェェェェェェェェェッ!!》


 徐々に蝿の声から不気味なノイズが取り除かれ、津森さんの声に似たものに……いや、いつもの関西弁こそないものの、喋り方といい抑揚といい、そのまま、津森さんの言葉となってきている。

 この蝿は……この感情は、きっと全てを恨んでいる。さっき言葉に出したように、努力を認めてくれない周りの人間も、世界も、そして、その感情に蓋をして、見ないフリをして、ひた隠しにして、無意識のうちに自分を傷つけている自分も。

 それこそ。


《殺す……!殺して、消す…………!私の世界に……私が欲しい世界に、お前らなんていらないィィィィィィィッ!!》


 世の中の全てに平等に殺意を抱くほどに。

 気に入らないもの全てを消して、自分を否定しないものだけの世界を、心から望むほどに。


 妙な色の、オーラのようなものを纏い始めた蠅に、俺たちも臨戦態勢を取る。

 のっぺらぼう化が解けて触れるようになった津森さんの腕を掴んで、部屋の一番外側まで連れて行き、それぞれ武器を構えて、蝿に向き直る。


「来るよレイト!どんな攻撃を使ってくるか、分かり次第ナビするから!」

「ああ、頼むぜジェイペグ!」


「フン、マヌケにやられるんじゃねぇぞ、斗月……!」

「ヘッ、お前こそご主人様の足引っ張るなよ、ナウド!」


「夏矢、いざとなったら論子を連れて逃げるんじゃぞ!」

「はいはい、そんなことになる前にこんな蝿、ぶっ倒すわよ!」


 現実世界に戻らないと、津森さんの相談に乗ってやることもできないし、チー子とポン子に会うこともできないんだ……!何としてもこの戦いに勝って、津森さんを連れ帰らなければ。

 蠅は自分の肢についたツメで自分の顔を掻き毟っている。

 ……仕組みは分からないが、あの蝿は、津森さんの中の『汚い欲望』という一部分を切り取ったデータなのだろう。津森さんの心を構成するものが欠けまくっているから、すぐに不安定に陥るんだ。


 そんな欠損データに。

 ひいては……この蝿をどうにかして生み出して今回の騒動を引き起こしたヤツに、そんなヤツに、負けるわけがない。


《ウァァアアアアアアアアア!消えろォォォォ!!》


 蝿の悲痛とも狂喜とも思える叫びを合図に、津森さんを救う戦いが幕を開けた。


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