ダンジョンに違和感を感じるのは間違っているだろうか
魔法を喰らってから一時間が経過したことにより、夏矢ちゃんの姿が元に戻ったのち、俺たちは再びダンジョン攻略に馳せ参じた。
今度は子供化の魔法もうまく対策し、それぞれの敵の動きもだいたい覚えていたので、順調にダンジョン攻略が進められた。現在は5階にまで到達している。
すでに狩影と影の結界を習得した俺に続いて、二人もレベルアップによりスキルを取得し……。
「『ボイルリング』!」
先ほどの死刑囚を名乗るモンスターとの戦闘でも活躍した斗月のスキル・ボイルリングは、もともと敵を炎の輪で囲んで小爆発を起こす、熱属性のスキルだ。装備している武器に炎をまとわせて投げるというさっきの使い方は変則的なものらしい。
……どちらにせよ、通常攻撃一発で倒せるゴプリンに使うのは、些かSPの無駄遣いだと思うんだけど。
本当に、ゴプリンに使うSPがあるなら、俺が今相手をしているモンスターに攻撃してほしいんだが……。
「ペルペルペルペッ!」
「くっ……痛っ……クソっ、ちょ、やばいって!?」
フルーレを使った素早い突き技で俺のHPを削る、青と黄色の縞模様の甲冑に身を包んだこのモンスターは、『散華の騎士』。
攻撃力は決して高くはないのだが、甲冑による強力な防御力と手数の多さで、なかなかこちらに攻撃のチャンスを与えてくれない。
それどころか、四体で囲み討ち、俺のHPを半分以下にまで減らしやがったクソむかつく敵である。
あ、やば、そろそろ死ぬ……。
「全くもう、どんくさいわね……!『ルメ』!」
遠距離からの射撃で支援してくれる夏矢ちゃんが俺にかけた魔法は、ルメ。いわゆる小回復魔法というやつだ。ド〇クエで言うところのホイミ、メガ〇ンでいうとこの〇ィア。
アイテムでの回復とは違い、視界に入っている範囲の相手になら届くので、戦闘中の回復には便利である。
まだ序盤なので体力最大値が低いため、みるみるうちに俺のHPゲージは満タンになった。
「サンキュー!よし、また削られないうちに決めるか……『狩影』ッ!」
『発動後10秒以内に影を踏んだ敵にダメージを与える』という、少々トリッキーな特性を持つ、この狩影というスキルは、四体の敵から囲まれているという俺の今の状況にはピッタリだった。
ゲーセンのダンスゲームで培った軽やかな足運びにより、10秒どころか3秒ちょいで四体の影を捕捉する。
「死にさらせクソモンスター!!」
影はバラバラに切り刻まれ、モンスターの本体たちは、影よりも酷く無惨に、木っ端微塵に消し飛んだ。
散華の騎士から、大きな盾の形をした素材『クローバーの大盾』がドロップされ、少量の金も手に入る。
……はあ。やっと片付いたか……。
思わず力が抜け、ダンジョンの床に座り込む。
階段を上がるごとにしぶとく、手強くなってきたダンジョンのモンスターに苦戦し、息を上げていると、ジェイペグが底意地の悪そうな目で話しかけてくる。
「ずいぶんしんどそうだね?課金アイテムを使えば、全回復+全ステータス上昇できるけど、どうする?」
「課金アイテムの押し売りしてんじゃねーよクソAI!」
「パートナーの動物が美少女化する特殊アイテムとかもあるけど」
「それはガチで言い値で買うレベルだぞ!おい!いくらだ!どこに売ってるソレ!」
「すっこんでろ非モテ眼鏡」
「うるせーよ!お前も俺にモノ言えるほどモテてねーだろが!」
「バレンタイン、義理チョコ何個もらった?」
「6個!ドヤァ!」
「そうか。俺は8個だ」
「ガッデム!い、いやいや待て!義理チョコでモテ度が測れるワケじゃねーし!?」
「……そうだな斗月。お前がそう言うならそうなんだろうな、お前の中ではな」
「勝手に結論出してんじゃねー!俺がモテないのはどう考えてもお前が悪い!」
「どうでもいいけど、君たち全員ラノベや漫画の読みすぎじゃない?」
さすが暇人パーティだよね、と表情を伴わない声で言うジェイペグを軽くスルーしつつ、ダンジョンの冷たい床に座り直すと、キーピーがしきりに首を傾げている姿が目に映った。
主である夏矢ちゃんもその挙動に気付いたらしい。
「どうかしたの?キーピー」
「……改造じゃ」
「え?かってに?」
「全然違うし、わしは時間泥棒が一番好きじゃし。……とにかく、今ざっと探っただけじゃが……どう見てもダンジョンの構成が狂っておる」
「狂ってる……?何がよ。まだ三階だけど、十分ちゃんと攻略できてるじゃない」
「……夏矢よ。無礼じゃがお主、方向オンチじゃろ?」
「は!?な、何言ってるのよ、意味分かんないしっ!」
心外だとばかりに首をフリフリする夏矢ちゃんに、俺たち男二人は嘆息する。
すっとぼけているこの女に、数々の前科を思い出させてやる必要がありそうだ。
「隣町の有名ショッピングセンターにすら一人でたどり着けない」
「ゲームの複雑な構成の森とかではマップを見ても迷うどころか攻略本を見ても迷う」
「学校までの道のりを未だに覚えてないので毎日友達に迎えに来てもらっている」
「中学では卒業の最後の最後までついに特別教室の位置を覚えていなかった」
「というかそもそもこのダンジョンに来たのは夏矢ちゃんがオブジェに辿り着けず迷ったせいだがな」
「誠に申し訳御座いませんでした」
その場で土下座する夏矢ちゃんには、まるで土下座をするためだけに生まれてきた哀れな人間のような切ない光沢と輝きが感じられた。
分かればよろしい。
「……とにかく」
キーピーは咳払いをした。茶番が長引きすぎたようだ。
「怜斗よ。このダンジョンの構成が狂っているのを認識できておるか?」
「狂っている、というのかどうかは分からないけど……。このダンジョンが『安定していない』のは、なんとなくさっきから感じていた」
「『安定していない』……?」
夏矢ちゃんは首を傾げた。斗月と獣たちは、俺の言わんとしていることを理解しているのか、ゆっくりと頷いてくれた。
……やれやれ。この方向音痴にも分かるように説明しないといけないのか……?
「まあ、見てもらった方が早いじゃろ。夏矢よ、私たちは階段を上がってからここまで、どんな道を歩いてきた?」
「流石にそんなの簡単よ。ダンジョンを名乗るのがアホらしいほどの一本道だったわ」
「正解じゃ。……そこで、後ろを振り返ってみてほしい」
「はい?そんなの、何の意味もな……い…………」
後ろを振り返った夏矢ちゃんは、言葉を途切れさせた。
なぜ夏矢ちゃんがそんなに驚愕しているのか、大体の予想はつくが、俺も彼女に倣って振り返ってみると。
「何……これ」
そこで俺たちが見たものは、曲がり角だった。
俺たちはここまで『直進』しかしてこなかった。それならば、後ろを振り返って真正面に壁が見えるのは、その時点で矛盾なのだ。
俺たちは知らない間に別の場所にワープさせられたのか?壁をすり抜けたのか?何もない所から壁が出現したのか?どの場合にせよ、このダンジョンが狂っている……もとい、バグっているのは確かだ。
《…………フフッ》
「誰だ?」
天から、多分この階の天井よりも高い場所から、気味の悪いエコーがかかった女の笑い声が漏れ聞こえた。
……今の声………?
「どうやら……これは、だいぶマズイかもしれぬな」
「ハッキング、されてるみたいだね」
「このダンジョン全体がな……。このゲームがサービス開始してから、こんなことは前代未聞だが」
獣三匹は口でこそ冷静に解説しているようだが、明らかに動揺している様子が見て取れた。
斗月が、大袈裟だなと言いたげに頬を掻きながら苦笑いする。
「俺もあんまり詳しくないけど、ネトゲがハッキングされることなんて、最近では驚くようなことでもないだろ?」
ナウドがゆっくりと首を振る。
その表情には、猫らしからぬ深刻な色が浮かんでいる。
「……トゥエルブスターオンラインのセキュリティの高さは、現在あるオンラインゲームの全てにおいて、他社も認める最強のプログラムだ……。一部では、ペンタゴンにも匹敵するのではないかと噂されているくらいにはな……」
「そ、そんな中学生が考えた設定みたいな!?」
「事実じゃ。何なら、現実世界に帰ったらパソコンで調べてみるといい。掲示板なんかでもたびたび話題に上がっているのが分かることじゃろう」
「今までこのセキュリティを破ったプレイヤーはいないし、破ろうとしたプレイヤーも、その瞬間アカウントを削除される、というペナルティを受けて、もういなくなったよ」
「何だよそれ……めちゃくちゃヤバイじゃねぇか」
ペンタゴンといえば、アメリカ国防総省のことだよな?前読んでたマンガで、セキュリティ強度が恐ろしく高いことを『ペンタゴン並み』とか言っているのを聞いたことはあったが……マジなのか?
それに匹敵するセキュリティが破られてるとか、俺たちは相当ヤバイ場面に居合わせてるんじゃなかろうか。
いや、パソコンでもスマホでもなく脳内でゲームを遊んでいる時点で、俺たちは相当ヤバイのだが。
事態の深刻さをようやく理解した俺たちの耳に、再び天の声が響く。
《精々足掻きもがいて登るがいいわ……。その努力も、すぐに無駄になるけどね》
……やっぱり、この声。変なエコーがかかってて分かりにくいが、聞いたことがある……気がする。
というか、マジで何が起きてるんだ?俺たちやさっきの死刑囚と同じように、何らかの方法でゲームの中に入ってきているのだろうか。
「お前は誰だ?どこから俺たちに声を飛ばしている?」
《登れ。頂上で全てを教えてやろう》
「このダンジョンの本来のボス……。リーガルロードはどうしたの!?」
《消したよ。データの存在ごと、このゲームからな……》
「なっ!?」
獣たちの顔がみるみる蒼白になる。
データの存在が消えたということは、つまり、このゲームの運営がデータを復元するまで、このダンジョンにはボスが不在になることを意味する。
当然その間にもこのダンジョンに挑戦するプレイヤーはいるだろうし、ボスがいないという不具合にも気付くことだろう。そうなればこれまでトゥエルブスターオンラインが勝ち取ってきた、システム的な信用は……。
「……とにかく急ごうぜ。ダンジョンがバグってようがなんだろうが、あのハッカーに話を聞かないことには始まらない」
「そうね。ここでいくら考えてても仕方ないわ」
「……ああ、そうだな。とっととヤツをブチのめして、ダンジョンを元に戻そう!」
「……ブチのめしたところで、大人しくデータを元に戻してくれるとは思えないんだけど……まぁいいや、行くぞ」
決意を新たに、俺は視線を前方に戻した。
ダンジョンの形が変型して迷路のようになってしまう前に、早くこの一本道を進もう。
「行くぞ!」
『おぉー!』
俺たちは勇壮な掛け声と共に、一本道をダッシュで駆け抜ける。
#
先ほどのやる気はどこへやら、俺たちはすっかり消耗しきっていた。
「……ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ……。もうっ、何でこんな敵が強くなってんのよ……!」
「ふぃー……。まあ、9階まで一気に登ってきたからなぁ」
登れば登るほど難易度や敵の強さがアップするのは、ダンジョンRPGのセオリーであるわけで、それを短時間で一気に3階ぶん(くらいか?それすらもう覚えてない)も登ったというのだから、戦闘や移動で消耗するのは当然の帰結だった。
回復アイテムはハッカーと戦うまでできるだけ残しておきたいし……。いくらレベルが上がって多少強くなっているとは言え、割とじり貧だな。
「今日はもう戻った方がいいと思うぜ……」
ナウドが割と簡単に言ってしまうので、俺は面食らった。
「いいのかよ?他のプレイヤーにバグ見つけられたらヤバイんじゃないのか?」
「やむを得まい。このダンジョンはお主ら以外は入れないよう封鎖する。メンテナンスのためだと言えば大丈夫じゃろ」
「……まあ、このゲームが始まってから、一度もメンテなんかしたことないんだけどね。大丈夫さ、一日の間一つのダンジョンを封鎖するくらい」
「こんなこと言っちゃなんだが、ただのパートナーキャラなのに、お前らそんな権限あるのか?」
「そうよ、サーバー管理者より偉いニワトリとか聞いたことないわ!」
「その言い方はなんかムカつくんじゃが!」
「言っただろ?ボクたちは君たちのために作られた『特別製』なんだよ。マスターとも直で連絡取れるんだよ」
マスター……とは、文脈から判断するに、ゲーム制作スタッフの中でもトップクラスに偉い人間のことなのだろうが……。AIがそいつと連絡を取る、っていう表現もなんとなく奇妙だな。
反論及び質問攻めしようと思ったが、確かに、ダンジョンの中で倒されたら一階まで逆戻りにされることを考えれば、無理して登るよりも今日は戻って、時間経過による自然回復を望む方が効率的で確実だろう。
ていうかぶっちゃけ、だいぶ疲れててアタマが働かない。
バグが一般プレイヤーに発見される懸念や、このゲームが始まって初めてメンテナンスが必要な事態になってしまったことなどを考えると、俺たちが何かしたというわけでもないのに少し申し訳ない気分になってくるけど。
「……分かった。今日は戻ろう。明日土曜日、学校から帰ってきて昼から、もっかい挑戦するぞ」
もどかしそうに唇を尖らす斗月と夏矢ちゃんにそう言うと、二人は仕方ないか、と言って了承してくれた。
事情は僕からマスターに知らせておくよ、というジェイペグたちを残して、ゲーム世界をあとにした……。