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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
2章・電脳世界の呼び声
10/73

ユー・ガット・クレイジー・メール

 夜、自室。


 中学二年にもなって「文字式とか意味分ーかーんーなーいー!」とかほざいてやがるアホ従妹に勉強を教えてやったあと、自室のベッドの上で、斗月たちとの約束の時間を迎えた。

 ベッドの上で、というのは、もし家族に部屋に入って来られて意識を失っている状態の俺を見られても、普通に寝ている風に見えるようにするためだ。

 パソコンの電源をつけて、鍵も握りしめ、準備万端。

 斗月と夏矢ちゃんと繋がったテレビ電話にて、準備が完了した旨を伝える。


「よし!そんじゃあ行くか!」


 鍵がこめかみに突き刺さり、俺の意識はデジタルの世界へと旅立った。



 今回のスタート地点は、とある街だった。

 しかも、同時に鍵を使ったハズの斗月と夏矢ちゃんがいない。

 ここは……サジが言ってた、『最初の街』ってやつか?


「やっほー、レイト」


 足元には元気に挨拶してくるジェイペグの姿があった。

 しかし、やはり他の二人のパートナーであるナウドとキーピーは見えない。


「ジェイペグ、あの二人は?」

「トヅキとカヤなら、それぞれ天秤の街と射手の街にいるよ」


 ……そういえばサジが言ってたな普通にゲームを始めた場合、スタート地点は各星座の街になるんだったっけ。

 となると、俺が今いる街は、双子座……『双子の街』ってわけだな。


「今日はどうしよっかな……。チュートリアルは終わったし……」

「とりあえず二人と合流したら?クエスト受けたり旅を進めたりするのも、パーティを組んだ方が楽だと思うよ」

「ふむ」


 街といえば、サジをフレンド登録しておくように言われてたな。

 たしか役所で出来るとか言ってたか……。


「ジェイペグ、役所に案内してくれ。フレンド登録したい奴がいるんだ」

「へえ?レイト、あの二人以外に友達いたの?」

「貴様だけはいつか刺し違えてでも殺すからな……」

「AIにそんな確固たる殺意抱かれてもねぇ?」


 一日寝かせたら可愛いげのなさが格段にアップしてやがるぜ、このクソ虎。カレーか何かかお前は。

 しかしいちいち突っ掛かっていたのでは先に進まない。


「ほら、いいから役所まで案内してくれ!」

「わかったよ。次からはメニュー開いて自分でマップ見てね」


 あ、そうか。こんなクソ生意気な家畜に聞くまでもなかったんだ。


「……なんか今、動物愛護の精神に反するようなものすごい罵倒を受けた気がするんだけど」

「気のせいだ。てか、AIが人間様の心を読んでんじゃねーよ」


 軽口を交わしあいつつ、俺たちは役所へと向かった。

 他の冒険者がせわしなく動き回る中を歩く。レンガと丸太だけで作られた小さな建物の中に入ると、そこにはこれまた小さなカウンターがあり、ジジイが受付対応を行っていた。


「あいあい。フレンド登録ネー」


 何故かお手玉をしながら適切かつ親切な対応をしてくれる役所のジジイに向かってサジのIDを読み上げる。

 役所の雰囲気は、さながら推理小説によく出てきそうな、ちょっと豪華なロッジ。

 天井からは蝋燭を設置する様式のシャンデリアが吊るされ、丸太が積まれたような木の壁を柔らかく照らしている。


「あい、完了したヨー。それと、これプレゼントネ。」

「ん?プレゼント?」

「ソダヨー。今朝の『早朝ステーション』の星占いで、双子座が一位だったからネ」


 なるほど、これがサジの言ってた、テレビ番組との連動ってやつか。

 プレゼントの中身は、『朝日の砥石』。武器を強化するためのアイテムらしい。


「あと、プレゼントじゃないけど、これもネー」


 ジジイが寄越してきたのは、少し安っぽい革のカバンだった。


「『冒険者応援セット』ネ。始めたてのプレイヤーにやさしい、回復アイテムや装備のセットネ」


 カバンの中を覗くと、酒瓶のような容器や薬品がゴチャゴチャと詰め込まれていた。

 体力(HP)を回復するアイテム、『エールミ』五個。この世界でのエール(イギリスの酒だ)のようなものらしいが、説明文を読む限りアルコールは含まれていなく、子供でも飲めるという設定らしい。未成年飲酒イクナイ。

 技力(SP)を回復するアイテム、『ウォッキ』五個。この世界でのウォッカ(言わずもがな、ロシアの酒だ)のようなものらしいが、こちらもアルコールは含まれていないようだ。どうでもいいが、回復アイテムのモチーフが両方酒って、問題がある気がするんだけどな……。

 えっと、このちょっと質のいい雑巾みたいなのは……初期装備の一個上くらいであろう、貧相な布製のツナギのようだ。服の下にでも着るか。

 ちなみに俺の今の格好は、まだ高校の制服のままだ。異世界ファンタジーな雰囲気に対して、浮いているにもほどがある。

 ジェイペグによると、どうやら、最初に鍵を使った時の現実の服装が制服だったことが反映され続けているせいらしい。よく分からないが、まぁアバターが変わらないくらいでゲーム進行に支障が出るわけもないだろう。

 あとは、いつでも街に戻れる『バックレジェム』、使えば一発でサポートコンボを使うためのゲージがたまる『緑願符』、飲んでから一時間、攻撃力が上がる『ジンガ』などが入っていた。


「おお……。そこそこ豪華じゃねーか」

「レベルがある程度上がるまでは、かなりこの初期アイテムに助けられると思うよ」


 ちなみにそこはゲーム仕様。カバンはメニューを開いている時以外は消えていて、移動や戦闘の邪魔にはならない。

 俺は手の中からカバンが消えたのに少し気持ち悪い感覚を覚えたが、すぐに気を取り直した。


「よし……とりあえず、街を出て少し歩いてみるか。二人と合流できるかもしれないしな」

「メールを使ったら?カヤとトヅキなら、初ログインのときにこっちの方でフレンド登録しておいたから、メニューの『フレンド』の項目からメールを送れるよ」


 ……なんか俺たち、昨日よりずっとチュートリアル臭いことしてるな?

 とはいえものは試し、メニューを開いてフレンドを確認してみる。


「お?もう既にメール来てたぞ」


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from斗月


 なんか散り散りになっちまったっぽいな。

 とりま、街を出たところがアバウンドの平原になってるっぽいから、平原の中央にある『本の形のオブジェ』の前で落ち合おうぜ。

 んじゃな(^o^)/


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


 最後の絵文字は、斗月が打ったと考えるとなんか妙に腹立たしかったのだが、何よりも。

 この街を出てアバウンドの平原で、そのオブジェとやらを探すのが今の目標かね?

 俺はさっそく街を出ると、平原を走り出した。



 平原には、昨日に来た時よりも多くの他プレイヤーやモンスターがいた。

 ジェイペグいわく、『チュートリアル中は基本的に、他のプレイヤーや強すぎるモンスターは出てこないようになってた』らしい。

 ……となると、チュートリアルが完了した今平原を歩いていれば、当然モンスターとエンカウントする確率も上がるわけで。


「うぇっ、また『キロイト』かよ!?」


 キロイトというのはモンスターの一種で、バルーンアートに鎖が絡みついたみたいな奇妙なルックスだ。

 このモンスターだけで既に六回は戦ってるんだが……。

 いや、まだ序盤だし戦ってもあまりダメージを受けずに倒せるので、レベルを上げるという目的においてはとても助かるんだけどさ。それでも斗月たちと待ち合わせをしている今は、邪魔で仕方がない。

 などと考えている間にも、さくさくっと木刀を振り回してキロイトを倒す。

 トゥリッパラッパラッパーラッパー♪

 おわっ!?なんだ今の音!?……とは、もうならない。

 昨日もすでに聞いた、レベルアップの効果音。どうやら、レベル6にレベルアップできたようだ。

 音が鳴るだけなのでレベルアップした実感がわかないが、しかし昨日よりもなんとなく動きやすくなった気がするので、ちゃんとステータスは上がっているのだろう。

 しかし、今回のレベルアップでは、目に見える変化が用意されていた。


《スキル『狩影カリカゲ』を習得した!》


 どこかで聞いたことのある声優の声が脳内に響く。


「何だ?狩影?」

「え?本当はレベル7で覚えるスキルなのに……早いね?」


 驚いているジェイペグが説明するには、狩影というのは影属性の攻撃スキルらしく、本来はどんな星座を選んでもレベル7で覚えるものなのだという。

 ちなみに、俺は影属性、斗月は熱属性、夏矢ちゃんは無属性らしい。属性ごとに覚えられるスキルが違うが、力の均衡は保たれているし、職業ジョブ選択によってリカバーも利くため、この属性はすべてのプレイヤーにランダムで決定されるそうだ。


「管理人も、スキルを普通より早く覚えるとか、ステータスが普通より多く上がるなんてオプションはつけなかったハズだけど……」

「そうなのか?てっきりこれも特別な鍵補整なのかと」

「…………。ねぇ、レイト。今日、学校で何かしなかった?」

「は?何だよ急に、小学生のオカンみたいなこと言い出して」

「いーから。どう?心当たりある?」


 つっても、今日やったことと言えば……。


「麻雀……くらいだな」

「……それが影響してるのかもね」

「麻雀やっただけで?ゲームに影響?んなアホな……」


 だがジェイペグは、ゆっくりと大きく、左右に首を振った。


「いや、レイトたちの場合、自分の脳を通してゲームをプレイしてるから、ある程度、現実での能力が反映されるんだよ。例えば現実世界で筋トレをすれば、レベルアップ時に攻撃力の伸びが大きくなる」

「………………」


 いや、だからって麻雀をやってスキルが上達するってのはどうなんだろうか。


「おーい!怜斗!こっちだー!」

「お、斗月!」


 話しながら歩いていたら、いつの間にか目的地の近くまで来ていたらしい。

 巨大なオブジェの足元には、こちらへ向かって大きく手を振る斗月の姿があった。



「夏矢ちゃんは?」

「まだだ。俺もここ来るまでかなり敵と当たっちまったしな。手こずってるのかもな……」


 俺たちのあまり頭のよろしくない近接武器と違って、攻撃力の低い遠距離武器だし、ひとつひとつの戦闘に時間がかかるのだろう。

 少し心配だな……。

 テロロロッ♪

 ん、今の、メールの着信音か?斗月からのメールの時は気づかなかったが……。

 斗月が文面を読み上げると、メールの差出人は、やはり夏矢ちゃんだった。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from夏矢


 道に迷ってオブジェ通りすぎちゃった┐( ̄ヘ ̄)┌ヤレヤレ

 さまよってたら、なんかダンジョンっぽい所の入り口っぽい所に来たっぽいんだけど、そっちまで戻るのメンドいから、探し当てて来てくんない?(゜_゜)タノムワ

『紫色の扉』が目印だよ!(*⌒0⌒)bガンバ


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「……………」

「……………」


 沈黙する男二人。


「……夏矢ちゃんは不慮の事故でお亡くなりになりました」

「だな。よし、一旦街に戻るか」


 ただでさえ面倒なことをムカつく絵文字つきで命令してくる方向音痴は捨て置くべし。慈悲はない。

 テロロロッ♪


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from夏矢


 見捨てて先に進もうとしたら、現実世界でボコすからね(∽#∽)


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「いや、夏矢ちゃんにボコすとか言われても怖くないですし……。つか、なんだこのオリジナリティ溢れる絵文字は」

「見捨てる確定だな。さらば世葉」


 テロロロッ♪


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from夏矢


 生意気言ってすいませんでした助けに来て下さいマジでお願いしますマジで


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「って来たが、どうしてやろうか?」

「『二人に1つずつポテト奢れ』って送っといてくれ」

「君ら……女子相手に……」

「……人間って、卑しいんだな……」


 デジタルの獣たちの呟きを無視して、俺たちは探索を再開した。



 大量の衣類が絡まって人間大の球体のようになっている敵、『ランドリウス』は、このエリアの中ボス。というか、たまに出現するゲリラボス的な強敵である。

 だが、それは『普通のプレイヤー』を基準とした話。

 あまりポピュラーではない武器であるヨーヨーを巧みに操る斗月と、現実世界で麻雀をしたことにより何故か通常より早くスキルを習得した俺に、苦戦を強いる程の相手ではない。

 兵器化された水鉄砲のようなものを召喚して放つ水魔法には驚かされたが、発動前に体が青く光ることに気付けば、回避は十分可能だ。

 しいて弱音を吐くとすれば……無駄にカタい上に体力が高く、討伐に時間がかかることくらいか。


「『狩影』!」


 ランドリウスの影を踏んでスキルを発動すると、ヤツの影が破裂するように消滅し、ランドリウスは悶絶するようにダメージ数値を表示する。あぁそうそう、さっきメニューから設定を変えたら、敵を攻撃した時にダメージが目視できるようになりました。

 一発で121ダメージか……。通常の木刀での一発が50ダメージ前後だから、二発ぶん以上だな。消費ポイントは3。現在の最大SPは30。乱発は出来ないが、強さを考えたら妥当な対価か?

 サポートコンボ以外ではナビゲーターとして活躍するパートナーが、大きな声をあげて情報をくれる。


「レイト、トヅキ!同時にサポートコンボを発動して!」

「協力奥義『サポートデュエット』で、個別に使うよりも多くのダメージを喰らわせることが出来るぜ……」


 ほう。パーティ式戦闘が出来るなら協力技もあるかと思っていたけど、発動方法はけっこう簡単だな。

 俺は斗月とアイコンタクトでタイミングを合わせると、パートナーの名を叫んだ。


「やれ、ジェイペグ!」「頼むぜ、ナウド!」


 2つの魔方陣が、ランドリウスを挟み打つように広がる。

 そこから召喚された獣たちも、主たちの真似でもするかのように、声を揃えて名を叫ぶ。


「ラヴクラフト!」「ハインライン……!」


 足元から影を攻撃する一撃必殺型のラヴクラフトと、斗月のヨーヨーを増やして攻撃力をアップする強化型のハインラインは、割と相性よく噛み合う。

 自分の影が痛めつけられるのに呼応して肉体も崩壊してゆくランドリウスに、足元にばかり気を取られてるんじゃねーぜ、とばかりに上空から畳み掛ける斗月の大量のヨーヨー。

 音にならない擬音と、悲鳴にならない慟哭がモンスターの血となって花を咲かせ、消えてゆく。


「ボボボボボ……」

「ランドリウス、再起不能リタイヤ……。ってとこかね?」

「レベルも上がったし、経験値的にはオイシイ敵だな。……時間がかかるのは痛いけどよ」


 斗月はパンと手を叩き、メニュー画面を開いて頭を掻きむしった。


「さっきのメールから30分経っちまってるよ……怒ってっかな」

「……一応、メール送ってみたら?『敵に当たりすぎて遅くなってる』、とか」

「あー……。……ってか、お前のトコにはメール来ねーの?」

「うぐっ」

 ……斗月の言う通り、現実世界でもデジタル世界でも、夏矢ちゃんは俺にメールを送ってくれることはない。前に言ったように、以前付き合っていた時にこっぴどく別れたのが未だに尾を引いているのだが……。

 ゲームの世界とはいえ、一人ぼっちで迷子になるという緊急時にもメールをくれないのは、なんかもの凄く悲しい。


「あ、いや、別にいいんだけどさ。わーった、送っとくから」


 俺が凹んだのに気づいたのか、いつもよりもヘラヘラした笑いを浮かべてメールの返信作業に取り掛かる斗月。

 ……『心の友よ』って台詞は、こういうときに使うのかもな。

 テロロロッ♪

 よほど一人が心細かったのか、返事はすぐに返ってきた。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from夏矢


 メニューいじって暇潰してるから平気ー(*´ω`*)


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「敵に襲われたりはしてないようで安心したが、その顔文字は流行らないし流行らせないッ!」

「いきなりどうした」



 ランドリウスを倒したあと少し疲れた俺たちを気遣ってか、その後、敵モンスターはあまり出てこなかった。

 穏やかな風が草を撫で上げ、土の香りが鼻孔を擽る。

 そんな爽やかな自然になにかしらの影響を受けたのか、斗月は、面白半分真面目半分でその話を吹っ掛けてきた。


「お前、世葉とヨリ戻さねーの?」


 ……とりあえず、さっきこのアホのチャラ男に『心の友よ』とか脳内で言ったのは撤回だ。


「戻すつもりもないし、仮に戻す気があったとしてもお前には話さん!」

「おいおいおい、冷たいな兄弟」

「誰が兄弟か!大体、いい加減俺たちをこのネタでからかうのやめろ!昔のこと少なからず思いだすんだよ!」

「お似合いだと思うんだがなぁ。なあ?」

「同意だ……」

「ロミオとジュリエット、マ○オとピー○姫、ロッ○マンとワ○リーのようにお似合いハッピーセットだよ」

「パートナーたちに同意を求めるな!つか、最後のは宿敵同士だろうが!」


 いかん、こいつら、俺に『何かしら』させないと気がすまなさそうだ。

 もうなんか皮膚全体に『面白そう』って書いてるもの。真剣に応援とかしようってヤツのする目じゃないもの。

 ……正直に話しちまうか、うまいこと話をそらすか……。

 さて、どうする?


「……まあ、俺自身は、夏矢ちゃんのことを嫌ってるわけじゃないんだけどさ」

『ヒュー♪』

「うぜえ……死ねばいいのに……」


 何の気まぐれか前者を選んでしまった俺の判断を呪う。


「それでそれで?嫌ってるわけじゃないなら、どうなの?復縁?ん?」

「……現実世界帰ったらまずお前を殴り飛ばすからな?」

「まあまあ、いいじゃねーか!こーゆー話は、ちょっとウザめに聞き出すのがいいんだって!修学旅行の枕元でだけ饒舌になる男子とかいただろ?」

「……めっちゃ話したくなくなったんだが……」


 とはいえ、正直な気持ちを語らない限り、このアホは夏矢ちゃんの前でもこの話を続けそうだ。

 俺はこの世界に来てから一番深いため息を吐き、話し始めた。


「……確かに斗月の言う通り、叶うもんなら……ヨリを戻す気はないけど、元の、フツーの友達関係には戻りたい。いつも会えば憎まれ口ばっかり叩いちまうのも、売り言葉に買い言葉で……。俺はまだ……」


 最後の言葉は濁した。

 全く気持ちが変わっていないわけではないし、それに、別れてすぐの頃はいつかヨリを戻したいなどと考えていたが、最近では、そんなことを考えるのも迷惑なのかなと思えてきた。

 嫌いな相手に中途半端な友達付き合いで接されて、夏矢ちゃんは嫌な思いをしてるんではなかろうか……。それなら、俺も早く、キッパリ諦めた方がいいんではないだろうか……。

 そんな、妥協とも何ともつかない気持ちが、いつかからずっと、心臓にドロドロした膜を張っていた。


「ほうほう」

「ふむ……」

「なるほどねー」

「ちょっと待て。斗月はともかく、貴様ら電脳家畜に恋愛相談を持ち掛けた覚えはないぞ」


 二匹の猫類に恋愛指南をされるなど冗談ではない。

 ジェイペグとナウドは心底残念そうにしながらも、画面から消えてそれっきり黙ってくれた。


「まあ、まずはお互いに気がねなくメールするようになろうぜ」

「まずは、って……。現状を考えると、無理難題な気がするんだが」


 夏矢ちゃんから俺に宛てて送られた最後のメールは、『あんたと撮った写メの画像データ、前の携帯ごと叩き潰したから( ´∀`)/~~シネ』という酷いものだった。

 それっきり、そのメールに対しての俺の返信も無視。

 トークアプリを使えば既読などは分かるのだろうが、別れて以来、そういった類いのSNSでは全てブロックされてしまった。

 故にダイレクトでメールするしかないのだが……読まれているのかいないのか、少なくとも、どれだけ待っても返事は来ない。

 それっきり、こっちからもメールを送ることは無くなったのだが……。それを今から、『気がねなく』できるように、だと?


「だ、大丈夫だって!……SNSオールブロックにはちょっとビビったけど、まだ許容範囲だって!キャパシティーキャパシティー!」

「なんで言い直した」

「とにかくだ!世の中には破局してからストーカー沙汰になる奴らもいる。そんなんに比べたらまだまだ修復可能だぜ!」

「お前のそのポジティブさはどっから来るの!?つか、人をストーカーと比べてんじゃねぇ!」

「すまんすまん。まあ、ちゃんと策はあるから大丈夫だ。まずはテストだな……」


 『策』と『テスト』という言葉に大分嫌な予感を覚えるが、ひとまず先に心配すべきは後者らしい。


「テスト……?」

「おう。一回、ダメ元で世葉にメール送ってみろ」

「断固拒否するッ!」

「え、そこまで?いやいや、ダメ元よ?ダメで元々。元がダメダメ」

「悪い方向に言い直すな!なんだよ元がダメダメって、俺のポテンシャルがダメダメだって言いたいのか!?」

「あ、揚げ足取んなよ!ものは試しだろ?」

「絶対に嫌だ!もろもろ精神崩壊しそうなんでな!ハートブレイクプリ〇ュア!」

「なんで言い直した」


 『メール送るチャレンジ!→返事来ない→俺のメンタルがボロボロボンボンの大爆死』という流れは目に見えてる。絶対に挑戦したくない。


「頑張れって!当たって砕けろって!」

「砕けるの前提なんじゃねーか!?」


 ……早くも相談相手を間違えたなと嘆く俺であった。



 夏矢ちゃんの元へ辿り着くまで20分というところか、俺は観念して夏矢ちゃんにメール送信チャレンジを決行することとなった。


「……………やらなきゃダメ?どうしても?」

「ダメ。とっとと送れ」

「クソ……送信ッ!」


 無駄に渾身の力を込めて、俺はメニュー画面のメール送信ボタンを押した。


***


 テロロロッ♪


「あ、メールっ!」


 マヌケな着信音が、想像以上に一人ぼっちを寂しく感じていた私の耳に届く。

 キーピーが寝てしまい、暇潰しが何も無くなってしまった私に、たまに届くメールには、とても気持ち的に癒しになるものがある。

 気を遣わせないために、メニューいじって暇潰ししてるとか言っちゃったけど……もちろんそんなもの、ものの数分で飽きた。メッセージウインドウの色なんか変えたところで、私たちには意味ないし……。

 だから、私はとてもウキウキしながらメールを開こうとしたのだけど……送り主の名前を見て、少し躊躇した。


「……怜斗…………?」


 思わず顔をしかめた。

 別れてからほとんどメールを寄越してこなかった犬猿の仲の元カレ様が、久し振りにメールを送ってきたのが、ゲームの中でだったのだ。

 ……別に何が悪いとか癪に障るとかではないケド。なんか、妙にモヤつく。ムカつくまでいかないけど、何故か、ちょっと不機嫌なベクトルに感情が進んだ。

 中を見るか見ないか、少し逡巡しそうになるが、そんなちっぽけな意地っ張りは、圧倒的な暇と寂しさに対抗するには弱すぎた。


「開封っと…………」


 絶対返信しないからね、絶対しないもんね。と自分でも意味の分からない決意を固め、私はメールを開封した。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 っき


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「!?」

 久々に元カレから届いたメールは全くもって意味不明でした。


***


「バカなんですか!?」


 参考までに、夏矢ちゃんに送ったメールを斗月にも転送してみると、何故か馬鹿呼ばわりされてしまった。


「バカって……ええ?なんか変か?」

「変かとか、そういうレベルじゃねーよ!『っき』って何だよ、『っき』って!?」

「『もう少しでつきます』の略だが?」

「それぐらい略すな!つか、要点をひとつも得てねぇだろうが!しかも、なんで『つ』じゃなくて『っ』なんだよ!」

「イマドキの若者には小文字が流行ってるって聞いたぜ。『ズッ友だょ』とか言うんだろ?」

「略語すらまともに扱えねーヤツが何してくれてんの!?ってか、そのドヤ顔やめろ腹立つから!」


 むう。俺としては完璧なイマドキ☆メールを書けたと思ったんだが……。


「今すぐやり直せっ!」

「えー……今のでもけっこう勇気いったんだけどなぁ……ってか、どんな風に打てばいいんだよ?」

「普段話してるみたいにすればいいんだよ!おら、早く打て!」


 俺は慎重に言葉を選びながら、メニュー画面に表示されるパネルをポチポチと押して、二通目のメールを打った。


***


 ……このメール、どうすればいいのよ。

 え、見間違いじゃないわよね?

 『っき』よ?『っき』。何これ?ポン○ッキ?なにそれなつい。

 解読班を呼んで下さい、右京さんでもいいんで。つか亀山くんでもいいんで。最悪ロッ○クさんでもいいんで。ロッカ○さんマジ鑑識。降板とか信じられない。

 テロロロッ♪

 混乱しきった頭をさらにおちょくるように、軽い電子音が鳴る。

 差出人は、また怜斗だった。


「そ、そうだよね。『っき』だもんね。さっきのは打ち間違えでしたー、ってことだよね……」


 一通目と違い、二通目は何の葛藤もなく開けることができた。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 来週辺りコ○トコ行かん?


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「何で今それ聞くの!?」

 輪をかけて意味不明だった。


***


「普段話してるみたいにってそういう意味じゃねーよ!」


 またも斗月からダメ出しを受けてしまった。

 今のメールの何がいけなかったのかが全く理解できないのだが……。十分普通だよな?


「えー、これでも納得頂けませんかー?」

「何で俺が迷惑な客みたいになってるワケ!?そして何様!?」

「○ニスの王子様」

「そこを伏せ字にしたら下ネタ的にヤバイからやめろ!ていうかしょーもな!小学生みたいな返しすんな!!」

「じゃあどうしろっていうのよォ……」

「何でオネエ化してるんだよ……。あのな、普段話してるみたいにって言っても、時と場合があるだろ?」

「コス○コが時代遅れだと言うのか!?」

「そっちじゃねーよ!だからえっと……ほら、今アイツ迷子になって心細いだろーから、心配するようなこと書いて好感度アップをだな」

「それは『普段話してるみたいに』どころか、普段と真逆なんだが」

「だらっしゃーい!口動かさんとメール打たんかい!」

「パートのおばちゃんかお前は」


 メールチャレンジtake3、レッツゴー。


***


 現在、私の脳ミソは受験の時以来のフル回転をしている。

 ……『っき』の次が『今度コ○トコ行かん?』って。

 何の暗号?いや『コストコ行かん?』に関してはそのままで意味が通じてるから暗号とは考えにくいけどでもまさかアナグラムという可能性も否定できなくはなくさらに深いところを考えるならば時間と鏡を合わせた不可解なトリックでも必ず解き明かしてみせるぜじっちゃんの名にかけて

 テロロロッ♪


「うわぉ!?」


 思考が暴走していた中突然鳴った着信音に驚いてしまった。

 ……今度こそはマトモな内容であってほしいわ、頼むわよ怜斗……。

 なんだか疲れてきたので、星に願いごとでもするかのように手を合わせて天を拝み、いざ、メールを開く。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 で、出た〜wwwwwwww迷子奴〜wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「…………きれそう」

 『っき』、『コストコ行かん?』のお次は、ものッすごい腹立たしい徴発だった。


***


「お前ホントはヨリ戻す気ねーだろ!?」


 漫才師よろしくヨーヨーで頭をブッ叩かれました。味方へのダメージがないからってやりすぎじゃないですかね。


「今度はなんだよ!ちゃんと迷子という今の状況を踏まえて書いただろーが」

「迷子という今の状況を踏まえておちょくってんだろーが!」

「それがなにか?普段通りだろ」

「心配するような文章書けって言わなかったっけ俺!?そんなクソみたいな普段通りはいらん!」

「じゃあどうしろって言うのよ!死ぬしかないじゃない!」

「そんな切羽詰まってねーよ!……とにかく。普段通りに、コスト○無しで、心配するような、おちょくり無しの文章だ!」

「注文多っ」

「じゃかしい!」


 いい加減、もう躊躇とか無しで送信できるようになって参りました。そんな四通目の、おメールでございます。


***


 ……めっちゃ腹立つ。

 私だって好きで迷子になったワケじゃないっての!何よ『奴〜wwwww』って!

 …………まあ、その。確かに、調子に乗って敵をバッタバッタ倒しまくってたら、いつの間にか迷ってたってワケだけど……。

 わ、私は悪くないし!アレよ、この世界が悪いのんだわ!おもいどおりにならないせかいとかいらない!

 テロロロッ♪


「あによチクショー!どうせ私は迷子よ!テンションと勢いに身を任せちゃうバカよぉぉぉぉぉー!」


 フラストレーション的なものがたまりにたまっていたので、ただの着信音にまで八つ当たりしてしまった。


「……………むぅ」


 自分でも大人気ないとは思うが、さっきおちょくられたので、怜斗のメールを開くことに対する抵抗が復活した。

 ………………………………。

 しばしの葛藤もあったが、しかし暇と若干の好奇心には逆らえず、私は四通目のメールを開封した。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 遅くなってゴメン。もうちょいで着くから。



\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「ふぅ……流石に四通目はマトモみたいね」


 ひとまずおかしい内容は見当たらなかったので、ほっと一安心。

 しかし、たった数瞬の後に、それはぬか喜びであったことに気付かされた。


「……『続きを受信しますか?』ですって?」


 マトモなまま終わらせておけばいいものを、どうやらこのメールには、まだ続きがあるらしかった。

 ………受信。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 遅くなってゴメン。もうちょいで着くから。


 ―……それがかの伝説の勇者の、最期の台詞となった……―

 勇者の死は、悲しみから欲望へと姿を変え、大陸にじわじわと影を落とした。

 反乱軍、茄色の歯車パープルレジスタンス……混沌なる魔界の王、轆轤の幼子エドリコ……そして、謎の男トズリムが率いる新興侵略軍、神聖カミヌ教大帝国。

 戦乱に入り乱れる大陸に、場違いなほどに妖艶で美麗な、その少女の歌声が響き渡る……!

 これはアドヴァレーン大陸最後の王妃、キルミナ妃を巡る、7年に渡る闘いの物語…………。

 ――見届けろ。神と人間、越えてはならない一線をまたいだ男の末路を――


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「ゲームのPVかっ!」


 しかもなんかハズレ臭がスゴいし!どっかで見たような設定ばっかりだし!

 ていうか茄色って何なのよ茄色って!なんでよりによってナス選んだワケ!?パープル色のものなら他にもいっぱいカッコいいのあったでしょうに!貴様げにマジ大概にせぇよ!

 『轆轤の幼子』に至ってはなんかもう地球四周くらい回ってカッコいいわよ!

 ……あと、これは私の思い込みだと思うんだけど。キルミナ妃って、怜斗がだいぶ前に愛読してた契約異能バトルものラノベのヒロインの名前に似てない?怜斗、昔アレにめちゃくちゃハマってたし……。


「…………」


 ……不意に。

 付き合っていた頃の、怜斗の笑顔を思い返して、少し悲しいような、懐かしいような気持ちになりながら……。

 私は、いつの間にか、次のメールを心待ちにしていたのだった。

 だけど。

 その願いは、しばらくは……少なくとも、今日のうちに叶うことはなかった。



「初めの二行から下で絶望的に台無しだよ!」


 斗月はついに泣き出してしまった。


「もう嫌だコイツ!常に俺の期待の斜め上どころか、二点を通る放物線上を動く点Pを行きやがる!」

「なんだそのお前らしくもなく賢そうな例え」

「なんだじゃねーよ、なんだはこっちの台詞だよ!ふざけ倒せよお前!二行目から下は完全にいらねーから!」

「二行目から下って……おいおい、あれは時候の挨拶みたいなもんだろ?」

「あんな大作RPG(笑)のPVみたいなのは時候の挨拶とは言わん!そもそもまともにメール打てねぇヤツが時候の挨拶とかしてんじゃねー!」

「姫の名前は『影執事○ルク』シリーズをリスペクトしました」

「知らねーよ!」

「ていうかさ、そんなダメ出しするんなら、俺が夏矢ちゃんに送信する前にお前が確認すればよかったんじゃね?」

「…………。…………………」


 どうやらその発想はなかったらしい。


「やれやれだぜ」

「お前が言うな!つか、そもそもお前のメールにはだな…!」

「二人とも!見えてきたよ、メールに書いてた『紫色の扉』!」


 ジェイペグが指差した遥か前方には、浅草の雷門にも匹敵しうる大きさの紫色の扉があった。

 ……って、ここからでもまだかなり遠いぞ…。夏矢ちゃんのヤツ、どんだけ暴走したんだよ……。


「行くぞ斗月、早く夏矢ちゃんと合流しよう」

「あっ、ちょっと待てよ!メールはどうすんだよー!」

「んなもん現実世界でも送れるだろ。ほら、速く走れ!」


 ときたまエンカウントする雑魚をなぎ倒しながら、俺たちは夏矢ちゃんのもとへ急いだ。



「……あっ、怜斗!」

「やっと見つけた……お前突っ走りすぎだろ、現実世界なら10キロは走ったぞ?」

「わ、悪かったわね!どうせ迷子奴〜wwwwよ!」


 羞恥に赤くなった顔を背ける夏矢ちゃんに苦笑してしまう。

 あえて詮索しなかったが……。ちゃんとメールを読みはしてくれていたみたいで、少し安心した。

 斗月の方に目を向けると、疲れた笑いを返してくれた。まぁ結果オーライってことで。

 さて、と仕切り直したところで、キーピーが手を挙げた。


「お主ら、確か学生じゃったな?明日は木曜日で、今は夜の午前2時じゃが…。そろそろ現実に戻って、睡眠をとったらどうじゃ?」

「だな。明日物理の小テストあるし……。ったく、小テストごときで補習なんかさせんなよな、あのオッサン」


 若干グチ気味で斗月が同意する。

 俺はまぁ、小テストに関しては楽勝だ。ていうか、あのイヤミ数学教師に比べれば物理の先生なんて聖人君子そのものだけどな。


「…………」

「ん?どうかしたか?」

「……なんでもない。私も勉強しなきゃなって思っただけよ」


 何故か夏矢ちゃんは一瞬不満げな表情を浮かべてから、ログアウトすることに同意を示した。


「んじゃ、この紫の扉の先を攻略するのは、また次回ってことで」

「そうね。……あー、なんかめちゃくちゃ無駄に疲れた」

「じゃあ、またねー!」

「おう。明日またログインするから」


 獣たちに別れを次げ、俺たちは、今日のところは電脳世界をあとにした。



 時を同じくして――現実世界。


 ある少女は、自室でパソコンのディスプレイを食い入るように見つめていた。

 薄暗いその部屋の数少ない光源であるそのディスプレイに表示されているのは、東西南北や竹、珠などが描かれた牌の数々。

 麻雀牌……。年頃の女子がネットを使って見るものとしては、あまり一般的ではないが、少女はそれの列を熱心に見つめていた。


「麻雀部の部長が、ネット麻雀でもランキングに入られへんなんて言われへんからな。頑張らないと……」


 少女の名は津森論子。今日……と言っても、もう日付は変わってしまったので正確には昨日だが。怜斗を麻雀部に騙し入れ、もとい、招き入れた張本人である。


「……部長やもんな」


 彼女にとって、麻雀部の部長という肩書きは誇りでもあり、コンプレックスでもあった。

 中学時代はただの趣味だった麻雀を、部活に入って、先輩たちと一緒に、遊びじゃなく……本気で打ち込めるモノに高めることができた。

 そして今年。先輩たちは卒業し、論子は晴れて部長となったが……三人だけになった途端、ポン子もチー子も、去年までのやる気をまるで無くしてしまった。

 というより、元々の自分たちの目的が、『麻雀を上手くなる』ことではなく、『楽しく遊ぶ』ことだということに気付いてしまったのだろう。


「……私がしっかりしてないから、やんな」


 ロン。

 無感情なシステムボイスには、彼女の焦燥に対する思いやりは一切なかった。

 点数が読み上げられ、論子の点棒が根こそぎ奪われる。完全にハコだ。


「なっ……!……もぉぉー!なんで勝たれへんのよぉー!」


 論子は現在が夜中の2時であることも忘れて叫び、倒れるように、椅子の背もたれに負荷を与えた。

 ふと壁に視線をやると、ピアノのコンクールで手に入れた賞状とトロフィーが飾られているのが見えた。その横に飾ってある、トロフィーを持った数か月前の自分が作り笑顔を浮かべている写真を見て、論子は顔をしかめる。

 自分がまた不機嫌になっていくのを感じる度に、敗北が頭をよぎって、眼前を『無駄』の文字で埋め尽くす。

 ちなみに現在42戦目、ネット麻雀を始めてから831戦目なのだが…何戦やっても、何日やっても、論子が二位以内に入る確率は3割を超えない。


「……………………」


 こんなに好きなのに。こんなにいっぱい練習したのに。

 対局が終わり、対戦相手の戦歴が公開される。いずれも、始めてまだ500戦を超えていなかった。

 ……『才能』、ないんかな。

 論子の目から、徐々に涙が溢れ出してきた。

 涙が零れないように、天井を仰ぐ。


 そして彼女は……疲れきったように、こう呟いたのだった。


「……ゲームみたいに、『やればやった分だけ成長できる世界』やったらいいのになぁ……」


 パキッ。


「………え?」


 呟きに反応するように、窓ガラスに亀裂が入ったような音が、脳内に響いた。

 同時に、ケチな金づちで叩かれたかのごとく、視界に小さな割れ目が生じる。


「な……何なん、何なんこれっ……!?」


 割れ目は次々と広がってゆき、とうとう、論子は目の前のディスプレイさえ視認できなくなってしまった。


《あなたが望むものを。あなたが望む世界を与えましょう……》


「……!?だ、誰……!」


 何者かの声が聞こえ、論子はその声の主が誰かと、実体のない何かに対して問いかけるが……。


 パリィィィッ…………!!


 亀裂と亀裂が繋がり、視界が砕け散る。

 ブラックアウトしてゆく意識の中、少女が最後に聞いた声は……。


《ようこそ、あなたが望むデジタルの世界へ……》


 恐ろしく低い声で囁く、異世界の呼び声だった。

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