第一話〜猫と縣とアメジスト〜
「こら〜!待ちなさい!」
ここは、七夜市の中でも有名な七夜県立七夜高等学校の校内である。
その中で、スピーカーでもおいたかのように校内全体を響かせる高い声は、この七夜高校でも一躍有名な一年生の女風紀委員、美済綾乃のものだ。
一年生用の純白をイメージとしたセーラー服を身に纏い、胸には赤いリボンが、肩には風紀委員を象徴する「風紀」と書かれた腕章を身につけ、下には規則を無視した短めの青いスカートを穿いている。
腰まで伸びる軽やかなクリーム色の髪は、廊下に吹き渡る僅かな風によって靡いている。
紺碧に輝く瞳は、今や遥か前方の逃亡人を見ていた。
綾乃の手には一本竹刀が握られていて、その逃亡人を追いかけて廊下を凄い速さで走りぬけていく。
その竹刀の矛先の逃亡人は―――
「全く、今日も一段とおっかないぜ!」
同級生の水原神夢だった。
彼もまた、廊下を疾風の速さで駆け抜ける。
白いワイシャツの上に漆黒の制服を身に付け、その制服には肩から袖にかけて、あるいは腰から足元にかけて赤いラインが付いている。
胸ポケットからは僅かに生徒手帳がはみ出している。
翠色に輝く髪の毛をカチューシャで後ろに纏めていて、下手すれば女性と間違えられてしまうほど整った顔つきをしている。
アクアマリンのように清らかな瞳は、奥の方で密かににやけていた。
「ところで、なんで僕まで追いかけられてるわけ?」
その隣で一緒に綾乃から逃亡しているのは、これまた同級生の霜月縣だ。
神夢と同じ制服を身に着けてはいるが、長めの袖は少々窮屈そうだ。
茶髪のボサボサヘアーで、神夢とは正反対であまり身なりは整っていない。
漆黒に染められた純真なほどに黒い目は、半ば呆れたように瞼の中に伏せられた。
「親友なら一緒に逃げるのが筋ってもんだろ?」
「え〜?確かに神夢のことは大事な親友だとは思っているけど、それとこれとはまた別の問題な気がするんだけど・・・」
縣は神夢の言葉に対して一言返し「親友って絶対こんな関係じゃないよな・・・」と思いつつも、足は自然と神夢についていった。
そもそも凄い形相浮かべて竹刀振り回しながら追いかけてくる綾乃も綾乃だが、元はと言えば授業中に教室をこっそり抜け出した神夢が悪いような気がする。
縣は密かにそう思ったが、声には出さないまま言葉を飲み込んだ。
その前に、自分がなんでこんなところで神夢と一緒に逃げているのだろうと思うと、自分が場違いな人間であることを思い知った。
呑気な性格で人に流されやすく頼み事を断れない縣は、結局成り行きで神夢についていってしまったのだった。
「・・・で、どうするの?逃げられるアテはあるわけ?」
「はぁ?そんなものあるわけね〜じゃん。適当に逃げればよくね〜?」
やっぱりいつもと変わらないな、と縣は思った。
「そういえばさ、もう少し行くと階段があったよな?そのへんで二手に分かれちゃおうぜ?」
神夢が唐突もないことを言い出した。
しかしこれもいつものことなので、縣は即座に納得した。
「ん〜・・・それもそうだね。じゃあこないだは僕が下に行ったから、今度は神夢が下ね」
「よし、そうするか。じゃ〜な縣。今日も俺の逃亡に付き合ってくれて感謝するぜ♪さすがは俺の大親友だな♪」
「なぜか成り行きでそうなっちゃうだけなんだけど・・・」
そんなことを言っている間に、神夢は下の階層へと姿を消した。
逆に縣は上の階層へと駆け上る。
その足取りは、さっきよりも少し速くなっている。
気がつけば、縣は屋上に辿りついていた。
吹き抜ける風を見送ると、鉄製の柵に手をかけ画期的な街へと目をやった。
「・・・ま、たまにはサボりもいいよね」
成績は常に上位で授業中も比較的おとなしい縣は、あまり授業をサボったことがないが、今日は不思議と屋上で過ごしたい気分だった。
「・・・あれ?」
ふと屋根を見上げると、人が一人寝ているのを発見した。
「・・・お?縣じゃね〜か」
その声には聞き覚えがあった。近所の知り合いであり、また先輩である浅霧海斗だ。
制服のデザインは縣とほとんど一緒だが、ラインの部分が青色だ。
そもそも七夜高校では学年ごとにイメージ色が存在し、一年生は赤、二年生は青、三年生は黄という風に決められている。
よって青色のラインをつけた制服を身に付けている海斗は、二年生ということになる。
蒼に染められた髪が風に靡き、真紅に輝く瞳は「退屈だ」とでも言いたげな眼をしている。
「先輩じゃないですか!こんなところで何やってるんですか!」
「俺が何しようと勝手だ。それよりもお前こそ、サボりとは珍しいな」
海斗はとりあえずその場から起き上がると、縣の方に目をやった。
そのとき海斗の制服から一匹の猫が飛び出して、縣に向かって落ちてきた。
「おっと!・・・って、この猫・・・ハヤテですね」
「あぁそうだ。今そいつに餌あげてたんだよ。で、暇だったんでついでにここで昼寝してたってわけだ」
「餌って・・・これリンゴじゃないですか!」
縣はわずかに驚きの表情を浮かべたが、「ハヤテの好物だ」と言い張る海斗に、あっさり流されてしまった。
「お前も来るか?屋根の上は居心地がいいぞ〜」
海斗がそう言うと、縣は再び涼やかな風の流れを感じた。
確かに今日は日差しもいいし、風も程よく流れている気がする。
おそらく屋根の上はさらに気持ちがいいことだろう。
「・・・・・ん?」
屋根に上ろうと梯子に足を掛けた縣だが、ふいにその足が止まった。
何かを鼻に感じると、ふと嫌な予感が漂ってきた。
(・・・血の匂い・・・?)
鼻の奥でその匂いが引っ掛かった。
確かに今、風の中からわずかに血の匂いを感じたはずだ。
「おい、縣!どこ行くんだ!」
海斗の言葉には耳も傾けず、縣は屋上の反対側に並んでいる給水タンクの方に走り出していた。
血の正体のことを考えると、少し躊躇いを感じた。
しかし、確かめずにはいられなかった。
恐る恐るそれらの隙間に目を覗かせると、目に入ってきたのは―――
(・・・猫・・・か?)
そう、一匹の白色の猫だった。
だがその猫は、体中傷だらけの状態でその場に倒れこんでいた。
おそらくはまだ生きている。
縣は直感でそう思った。
しかし今にも死にそうな猫を見ると、縣はいてもたってもいられなくなった。
「ど!どうしたんだよ、猫さん!」
縣は思わずその猫を抱いて叫んでいた。
少し遅れて海斗―――肩の上にハヤテを乗せて―――も来たが、縣の抱いている猫を見て状況を察した。
「この猫・・・ひどく衰弱してるみたいだ。一体何があったんだ・・・?」
この傷だらけの状態に疑問を感じたが、暫しの間硬直しているとやがてハッとして、海斗は縣の手からその猫を半ば強引に奪い取り、傷の状態を確認した。
ハヤテを飼っている海斗の方が猫には詳しい。
縣もそれを理解して、海斗に猫を任せた。
だがその顔は困ったような表情をして、やがて歯切れが悪いように口を開いた。
「・・・う〜ん・・・ダメだ。よくわからねぇ。でもこの傷の深さや付き方からして、何か鋭利な刃物で斬られたような・・・そんな気がする。刃物を扱えるってことは・・・たぶん人間の仕業だな。見た感じだと他の肉食動物にやられたってわけでもなさそうだしな」
「猫にこんな酷いことをする人がいるんですか!と、とにかく早く手当てをしなくちゃ!そうだ、保健室に連れて行きましょう!なんとかしてくれるかも・・」
「う〜ん・・・猫を看てくれるかはわからねぇぜ?人間とは処置の仕方とかも違うみたいだし・・・」
「少しでも知識がある人に看てもらう方が効率がいいじゃないですか!とにかく、僕は保健室に行ってみますからね!」
縣は海斗の手から猫を再び奪い返すと、保健室に向かおうと階段の方向に走り出した。
縣は必死だったが、海斗は別の事が気掛かりですぐについていくことはできなかった。
(あの傷・・・本当に刃物によるものなのか?まるで、空気の刃にでも切り刻まれたような・・・って、んなわけないか)
自問自答をして自分も縣の後を追おうと階段に向かったが、その足は止まった。
さっきまで自分が寝ていたところに、槍を持った黒マントの男が立っていた。
その男はにやりと表情を浮かべると、槍を空に掲げ始めた。
その槍に光が収束し、その光は槍状の形になった。
だがその槍は海斗を狙っているわけではなく、むしろ縣に向けられているような気がした。
「お、おい!縣!危ねぇ!」
危険を察知した海斗は、縣にそれを知らせようとその場で叫びだした。
肝心の縣はその声に気づいたようだが、今から反応したのでは間に合わないと思った。
海斗は咄嗟に、さきほどまでリンゴを剥いていたフルーツナイフをその男に向かって投げた。
光の槍が縣に向けられようとしたその瞬間、海斗の投げたフルーツナイフが男の手を横切った。
横切ったと言っても凄い勢いで投げたため、その手からは少量の血が流れ出した。
その拍子に光の槍は縣と言う標的から大きくそれて、屋上のいたるところを破壊した。
「く・・・貴様・・・この距離からこんな小さなナイフを当てるとは・・・こっちの世界にも能力が流出しているということか・・・」
男は海斗を睨み付けたが、何かを思い出したのか、すぐに縣の方に視線を戻した。
「そこのお前!その猫と宝石をよこせ!そうすれば命だけは助けてやろう」
男は縣に向かって猫を差し出すように言ったが、それに合わせて宝石と言う言葉が気になった。
何のことだ、と思ってもう一度猫を見てみると、混乱していてさっきまで気づかなかったが、確かに首のところに紫色に輝く宝石がペンダントのように掛けられていた。
だが、それだけのことだ。
どのみちこの猫を差し出すことは、どういうわけか気が引けた。
「・・・お前がこの猫を襲ったのか?」
縣はその男に渦巻く恐怖を感じながらも、かろうじてその言葉を口にした。
「あぁ、その通りだ。その猫がどうしても抵抗するのでな。やむを得ず手荒な行動を取ることになった、というわけだ」
「生き物をこんな風に傷つけて、何が面白いんだ!」
「そんなことはどうでもいいだろう?それよりも、その猫をさっさと渡してほしいのだが。返答によっては命を失いかねないぞ?」
その口調には凄まじい殺気が含まれていた。
槍を向けられ縣は一瞬怯んだが、猫を離すことだけは決してしなかった。
「断る!お前みたいなやつにアスカは渡さない!」
「アスカぁ?その猫アスカっていうのか?」
「うるさい!僕が今付けたんだ!大体、猫の命を何だと思ってるんだ!」
この辺りまで来て、海斗はなんとなく空気が軽くなるのを感じた。
明らかに命を狙われているというのに、微妙にギャグの入ったこのシーンは一体何なんだ、と思ったが、そんなことを思っている暇はなかった。
最も、男の方も微妙に戸惑っているようだが・・・
「お前・・・珍しいやつだな〜。たぶんお前みたいなやつを大胆不敵っていうんだろうな・・・というか、その猫はいつお前のものになったんだ?・・・まぁいい、とにかく今の発言は、俺に敵対する意志を証明するものだと思っていいんだな?」
男は素っ気無く聞いてみた。
「さっきも言っただろ?お前みたいなやつにアスカは渡さない!」
「ちょ!ちょっと待て!」
さっきまで口を閉じていた海斗が、慌てたように叫んだ。
「縣!お前はあいつに敵対するとか言ってるけど、その男にどうやって対抗するつもりだ!向こうは槍持ちだし、わけのわかんねぇ術みたいなやつも使って来るんだぞ!そいつはその猫に用があるみたいだし、ここは大人しく猫を渡したほうがいい!あいつの殺気は本物だ!冗談抜きで死ぬぞ!第一、その猫と俺達とは無関係だ。命を賭けてまでその猫を守る必要があるのか?」
「先輩は黙っててください!僕はこの猫のためにも、こいつに制裁を与えてやらないといけないんです!」
そういうと縣は、どこから取り出したのか、少し錆付いたカッターナイフを構え始めた。
「さぁ来い!お前なんかには負けない!」
縣は全く聞く耳を持たず、それどころか男を鋭く睨み付けた。
「縣!やめるんだ!」
海斗は小さく舌を打った。
(昔から厄介事には首を突っ込むようなやつだったけど、今回は今までのとはわけ違う!)
今から死ぬかもしれないというのに、あの縣のしれっとした態度はなんだ、と海斗は呆れたと同時に、今から起こることへの恐怖感を抱いた。
「ほぅ、威勢だけはいいようだな。だが、馬鹿も大概にするんだな。その選択肢を選んだことを後悔させてやる」
男は先ほどと同じように、光の槍を縣に向かって放った。
しかも再び放った槍は、先ほどのそれよりも大分速い。
「―――消え失せろ!サンライトランス!」
「!」
光の槍は、縣を正確に狙い撃ちした。
その破壊力は見るからにも凄まじい。
「ふん、やはりただの人間ではこの程度だったか。全く相手にならなかったな」
「お前!」
男の態度に、海斗は拳を握り締めたがあの術を見せられた後ではどうにもできなかった。
「さて、猫と宝石を頂いてさっさとずらかると・・・ん?」
何か様子がおかしい。
光の槍を打ち抜いたはずの部分が突然紫色に光り始めた。
「―――――っ!」
あまりの眩しさに、男も海斗も目を塞いだ。
だが目を細めて光の中を見ると、無傷の縣が微かに見えた。
「何・・・!俺の術を受けて何ともないだと!」
「縣!大丈夫か!」
そんな縣を見て二人は驚いたが、一番驚いて呆然としているのは縣自身のようだった。
「な・・・何が起こったんだ?」
困惑している縣の腕の中で何かが動いた。
縣がアスカと名付けた猫が意識を取り戻し、縣の左肩によじ登ってきた。
(―――契約を結ぼう)
突如、縣の頭の中に幻聴のような声が届いてきた。
(―――早く、宝石の名前を叫んで)
驚いたことに、喋っているのはどうやらアスカのようだった。
宝石の名前―――それを縣が知っているわけがなかった。
そのはずだった。
だが、なぜか縣はその宝石のことを知っていた。
(宝石の名前・・・そう、この宝石の名前は―――)
縣はちらっとアスカの方を見た。
アスカには何か秘めたる力が備わっている。
それも、あの男よりも強大な力が。
そんな気がした。
だが男の力とは違って、アスカの力には恐怖というものがなかった。
むしろ自分を優しく包み込んでくれているような、くすぐったい感じがした。
まだ出合って間もない猫だが、不思議と安心感が湧き上がってきて、きっと信用してもよいのだと思った。
縣は一呼吸置くと、浮かび上がってきた宝石の名前を口にした。
「幻影の果てを映し出せ、アメジスト!」
そう言った途端、紫色の宝石―――どうやらアメジストと言うらしい―――は強い輝きを見せた。
その輝きは縣を、そして持っていたカッターナイフを包み込みいつの間にかナイフの方は剣の形へと形状を変えた。
肝心のアメジストは、いつの間にか縣の首に掛かっていた。
だが、アスカの首にもそれは付いたままだった。
どうやら今この場には同じものが二つある、ということになる。
だが、それよりも気になったのは剣の方だった。
何か凄い力を感じる。
その力は・・・アメジストから流れ込んでいるような気がした。
「これは・・・?」
「幻影の剣、トゥルーシアソード」
またアスカが語りかけてきたが、今度は幻聴のような声ではなかった。
肩に乗っているアスカは、口を開いて直接話しかけてきている。
「幻影の力が宿っていると言われている剣だよ。聞いた限りだと、君は縣っていう名前なんだよね?どうやら君と僕と、そしてアメジストはみんな似たもの同士みたいだね。そうでないと契約なんて結べないもの」
アスカはペラペラ喋り始めたが、縣には何のことだがさっぱりだった。
今手に持っている剣にしろ、契約のことにしろ、わからないことだらけだった。
「な・・・なんだか話がよく読めないんだけど・・・」
「とにかく、縣はアメジストに秘められた力を手に入れたわけだよ。あ、ちなみにアメジストの力は物を武器にするだけじゃないんだ。身体能力も大幅に上がっているはずだよ。体が軽くなったと思わない?」
「そ・・・そうなの?さっきから何か体に違和感があると思ったら・・・と、そうだ。おい、そこの男!覚悟しろよな!さっきは勝った気でいたようだけど、今度はそうはいかないぞ!」
縣は改めて男に目をやると、手にしたトゥルーシアソードを構え始めた。
「!」
ところが身構えた瞬間、今度は蒼色の光が輝き始めた。
その光はそのまま男に向かって―――いや、男をすり抜けてさらに向こう側を狙った。
「ぐっ!」
男をすり抜けた光は、縣とは反対側にいた海斗に直撃した。
「先輩っ!」
縣は一瞬、自分が海斗を攻撃したのだと思い冷や汗を掻いた。
だが―――
「な、何ともない・・・のか?・・・って、なんだこれ?」
光に直撃してもピンピンしていた海斗は、何かを手に持っていることに気づいた。
それは、蒼く輝く宝石だった。
(―――海斗)
海斗もまた、縣と同じように幻聴のようなものを聞いた。
(早く、宝石の名前を―――)
無論、海斗は宝石の名前など知るはずもない。
だがどういうわけか、海斗もその名前を知っていた。
(感じる・・・この宝石の力・・・そう、この宝石の名前は―――)
海斗は目を閉じて、宝石の名前を思い浮かべる。
「蒼き軌道を描け!インディゴ!」
声を発した瞬間、海斗の体は蒼い光に包まれ、インディゴと呼ばれた宝石は海斗の左手首に吸い込まれた。
「契約完了だな、海斗」
やがて幻聴の声は、海斗に直接語りかけてきた。
その声は海斗の真後ろから聞こえてきた。
声の主を確かめようと振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。
いたのは、飼い猫のハヤテだけ―――
「ほら海斗、予備のナイフ持ってるでしょ?早く出してあの男を追っ払おうよ!」
間違いなく、今喋ったのはハヤテだった。
海斗は暫しの間硬直していたが、やがて我に返ったようにハヤテを見た。
なんとなくハヤテの言う通り、ナイフを出さないといけないなうな気がしたので、制服のポケットから、普段はあまり使わない少し古めのナイフを出した。
「え・・・え〜と・・・ハヤテ?一体何がどうなってるんだ?つ〜か状況も状況だが、それ以前に何でお前が喋ってるんだ?」
「話は後!まずはあの男をなんとかするよ!」
そう言うと海斗のナイフは、いかにも戦闘用らしい、刃の鋭いハンディナイフに変わった。
「これはフラッシュオービット。蒼き閃光と称されている切れ味抜群の優れたナイフだよ。さて、同じ猫として、そのアスカっていう猫を傷つけるやつは許せないな。海斗、疾風の刃で切り刻んであげようよ!」
そう言われても、海斗は最早わけがわからなかった。
(だ〜!もうどうにでもなっちまえ!)
男のことも宝石のことも自分に備わった力のことも全て棚に上げて、今はこの状況を打開することだけを考えた。
「おい、縣!全く状況が読めないが、どうやら俺達は特殊な力や身体能力を手に入れたらしい。どれほどの力かはわかんねぇけど、今ならその男に対抗できるかも知れない!一気に決めるぞ!」
「え?あ、はい。そうですね!」
縣は軽い返事を返すと、まだ持ったこともない剣の感触を確かめようとその場で振ってみた。
剣の扱い方は全く知らないはずだった。
だが、まるでいつも使っているかのように剣が軽く、不思議と手に馴染んでいた。
それは海斗もまた同じだった。
ナイフなんてリンゴの皮を剥くときぐらいしか使わないし、人を斬りつけるために使ったことはない。
だが、海斗は迷うことなく持ち方を逆手に変えた。
扱い方はこれで合っている。
二人とも自信を持ってそれが言えた。
(不思議なこともあるものだな)
それでも、なぜこんな力が備わったのか、その疑問が消えることはなかった。
お互いに突然の出来事に混乱していたが、今はそんなことを考えている暇はないと判断すると、それぞれの武器を構えて男に切っ先を向けた。
少しの間を開けて、二人はほぼ同時に地を蹴って男に向かっていった。
それも、普通の人間では考えられない速度で。
身体能力が激増していることは、それを見るだけで明らかにわかった。
男は二人に挟まれるような位置にいる。
どちらの攻撃を受け止めるべきか、一瞬迷いが生じた。
その隙を突いて二人は男に急接近し、無駄のない動作で男を斬り付けた。
「影翔剣!」
「蒼破斬!」
縣は男を横切るように一振り入れて脇腹を斬りつけ、海斗は空中に飛躍して真空波のようなものを出して男の腕に当てた。
これらの技も本来は知らないはずなのに、初めから知っていたかのように使いこなせていた。
「ぐっ!」
両サイドから斬り付けられた男は一瞬ふらついたが、どうにか耐え切った。
斬り付けられた脇腹と腕から血が出ていたが、致死量には達しなかったようだ。
「ち・・・このままでは分が悪いな。あの時のダメージもまだ戻っていないからな・・・地球に逃げたのなら容易く捕まえられると思ったが、状況が状況のようだし、ここはいったん引くとするか・・・」
本来の力なら地球人ごとき、とつぶやくと、少し残念そうな表情を浮かべて空に大穴を開けた。
「俺の名はクード。クード・ヴァルハイトだ!覚えておくんだな!」
「ふ〜ん、わざわざ名乗ってくれるとはな。それじゃ、こっちも名乗っておくか。俺は浅霧海斗ってんだ。そんでもって、こっちは俺の飼い猫のハヤテだ」
「僕は霜月縣。この猫は、今から僕の友達になる予定のアスカだ!」
「なるほど、霜月縣に浅霧海斗・・・か。覚えておいてやろう。小僧ども!今回は見逃してやるが、次もこうなるとは思わないことだな!」
そう言うと男は大穴の中に入っていった。
男が中に入ると、大穴はそれを見計らったように閉じ始めた。
「・・・はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
海斗は男の気配が完全になくなるのを感じるとその場に倒れて、疲れた〜、と付け加えて不気味なほどに清清しく見える空を見上げた。
「・・・なんだったんでしょうね、あの男・・・」
「クード・・・とか言ってたな。全く、あいつの底知れない力は近くにいるだけで居心地が悪くなるぜ・・・」
すると海斗は、思い出したように横にいるハヤテを見た。
「さてと、謎の男も追っ払ったことだし、そろそろ事の成り行きを教えてもらえないか?また何も分からないままあいつみたいなやつに襲われるのは勘弁だぜ?」
だがハヤテは困ったような顔をして、申し訳なさそうに口を開いた。
「え〜と・・・実は俺もよくわかってないんだな、これが。なぜか気づいたら変な感覚に襲われて、いつの間にか契約してた、みたいな?たぶんそっちの猫なら、何か知ってるんじゃないかな〜・・・」
そういうとハヤテは、アスカの方をちらっと見た。
確かに、状況をよく知っている可能性があるのはアスカだけだった。
「アスカ、そもそも君は何であの男に襲われていたの?この宝石が何か関係してるみたいだけど・・・」
そう言って自分の首に掛かっているアメジストを示してみせた。。
縣の質問に答えることをアスカは一瞬頭の中で拒んだが、やっぱり縣には、そして海斗やハヤテにも知っておく必要があると判断すると、静かに口を開いた。
「うん、全部話せるわけじゃないけど、縣達には耳に入れておくことにしてもらうよ。まず僕が襲われていたことについてだけど、縣の言う通り、あの男はこのアメジストを狙っているみたい」
「アメジストを狙ってるのはなんとなくわかったけど、一体何のために?」
「アメジストを含む七つの宝石には凄い力が秘められているんだ。その七つの宝石は七光宝石と呼ばれているんだけど、その中でもアメジストは未だ明かされていない未知の力があると言われているんだ。あ、宝石の性質についても話しておくね。これは結構重要な事なんだけど、宝石の力は何もしなければ奥底に眠ったままで、自然には開花しないんだ。ところが、その力を開花できる存在として僕達「猫」がいるわけ。でも僕達猫は、どういうわけかこの力を制御することができないんだ。そこで、猫が開放した宝石の力を使うことができる知的な生き物として、縣達「人間」がいるってわけ」
「え〜と・・・」
一度にいろんな事を言われて頭がパンパンな縣は、自分の中で整理してみた。
「つまり宝石の力っていうのは、猫と人間がいて初めて使うことができる・・・そういうこと?」
「簡単に言うとそんな感じだね。でも宝石の力はどの猫でも解放できるわけじゃないし、人間にしても誰でも使いこなせるわけじゃない。宝石にも人間や猫と同じように性格が存在して、まずは自分と相性のいい適性な猫を選び出すんだ。次に、パートナーとなる人間を猫が選んで、宝石に適性な人材かどうか検査を受けさせる。あ、パートナーとなる人間は猫が宝石に推薦するのが普通なんだけど、宝石が直接人間を選ぶこともあるんだ。猫と宝石に認められた人間は宝石の力を使う資格を持ち、契約の済んだ猫は人間と会話をすることが可能になる」
「なるほど・・・」
さっきまで黙って聞いていた海斗は、何かに気づいたように口を開いた。
「一見、猫と人間が一心同体になることが重要な気もするが、その中に宝石も加わるわけか。これは三人一組と言っても、強ち間違ってはなさそうだな」
「う〜ん・・・そういうことになるのかな?そもそも宝石の力がなければ何も始まらないからね。そうそう、契約を済ませると宝石は二つに分裂するんだ。元は一つの物質だから、離れれば離れるほど効力が弱まってしまうんだ。だから、いつでも宝石の力を使えるように猫と人間は常に近くにいることが普通だね」
「ん?ちょっと待て、俺の宝石は左手首に吸い込まれて消えちまったんだぜ?それ以前に、ハヤテは宝石なんて持ってないみたいだし・・・」
見てみると、ハヤテに宝石らしきものはないようだ。
ハヤテ自身も首を傾げているのを見ると、どうやら心当たりはなさそうだ。
「宝石には自己防衛機能が付いているから、パートナーの体内に身を潜めることがあるんだ。最も、パートナーの意志で出し入れすることも可能だけどね」
「ふ〜ん・・・お、ホントだ。出てきたぜ」
少し念じると、いとも簡単にインディゴが姿を現して海斗の手の中に納まった。
海斗は出てきたインディゴを見ると空に掲げて、その輝きをそのまま空に重ねてみた。
ハヤテの方も、気づいていなかっただけでちゃんと体内に潜めてあったようだ。
「・・・そういえばこの宝石・・・インディゴはどこから出てきたんだ?お前らが持ってるアメジストの方は最初からアスカが持ってたけど、インディゴはいきなり現れた・・・よな?」
「そういえばそうですよね・・・アスカ、何か知らない?」
海斗の素朴な疑問に縣は首を傾げて、アスカに聞いてみた。
「う〜ん・・・それについては話でしか聞いたことがないんだけど、アメジストには宝石を精製する力が備わっていると言われているんだ。それが紅、蒼、翠、昏の四色らしいよ。でもその四つの宝石のパートナーは主であるアメジストが決めるものなんだけど・・・もしかしたらアメジストの中でインディゴ自身が海斗とハヤテをパートナーにしたくて、アメジストに断りもなく飛び出して来ちゃったのかもしれないね。まぁアメジストは僕や縣と一緒でお人好しな性格だから、パートナーを強制するつもりは最初からなくて、自分で選ばせてあげたんじゃないかな?」
「そうなのか。じゃあこれはその四色の中でもどう考えても蒼の宝石・・・ってことになるな。さっき蒼く光ったわけだし」
海斗は「蒼で良かったぜ〜♪」とはしゃいでいる自分を心の奥底で見つけたが、すぐに現実へ退避して視線をアスカの方へ戻す。
「そういえば宝石の力なんて大きく言ってくれるけど、具体的にはどういうことができるんだ?」
「契約時にはパートナーの記憶をちょっと追加して、きちんと宝石が扱えるように最低限の知識を与えるみたいだよ。宝石の名前を知っていたのも、武器の扱い方や技を知っていたのもその記憶操作で新しい知識を埋め込まれたからだよ。あと契約が済んだ後は、さっきみたいに身体能力が大幅に上昇したり、宝石から武器を精製できたりできるようになる。その他にも宝石一つ一つに備わっている特殊能力が使えるようになるんだよ。その特殊能力までは僕もよく分かんないんだけどね・・・」
「ふ〜ん、どうりでな」
海斗は改めて宝石の力を知った。
記憶を操作できるなんて、普通の宝石とはわけが違う。
海斗は凄いもの手に入れちまったな、と僅かに恐ろしさすら感じていたが、隣で聞いていた縣の方は、何か別件で考え事をしているようだった。
「どうしたの?まだ気になることがあるんなら分かる範囲で答えるけど・・・」
「・・・あのさ」
改まって聞く縣に、アスカはクエスチョンマークを浮かべた。
「・・・この際宝石のことはどうでもいいんだ。僕はクードがアメジストを使って何をしようとしているのか、そういうことが知りたいんだ」
クードがいつまたアスカを襲ってくるか分からない。
縣は微かにそんなことを考えて心配になっていたが、アスカはその質問に答えることは出来なかった。
「・・・そこまでは僕にもわからないんだ・・・でも、クードがミルキーウェイから来たってことは確かだね」
「ミルキーウェイ?」
縣と海斗は顔を見合わせてお互いに目で聞いてみたが、結局よくわからなかったのでアスカに視線を戻した。
「ミルキーウェイっていうのは僕の故郷。ヘヴンズアースから見てみると「異世界」といったところかな?」
アスカは詳しく説明してくれているそうだが、今度は「ヘヴンズアース」というものが何なのかがわからなくなった。
それに異世界というのも、どうもパッと来ない。
二人ともよく分からなそうな顔をしているのを見て、アスカもつられてよく分からなくなった。
「・・・あれ・・・縣達の世界は「ヘヴンズアース」・・・っていう名前じゃないの?」
「え・・・ここは「地球」って呼ばれているはずだけど・・・そもそも地球以外にも世界と言えるものが広がっているの?」
今では宇宙への進行も進んでいるし、将来的には他の惑星へ行く事だって可能になると言われているが、それらの惑星は手を加えない限りは人が住める環境ではないはずだ。
宇宙空間の中ではないとすれば、そのヘヴンズアースといわれるものは一体どこにあるのだろうか。
「ヘヴンズアース・・・か。もしかして、それは俺達が地球と言っているもののことを指しているんじゃないか?」
海斗は思い付きで言ったようだが、それを聞いて縣はハッとした。
「そうか、地球とヘヴンズアースは名前が違うだけで指しているものは同じなんですね!」
「つまり、この二つはイコールで結ばれる・・・ってことかな?」
「そんじゃ、ヘヴンズアースのことは解決だ。むしろそういうことにしておこう。でもミルキーウェイっていうのはやっぱりよくわからねぇな・・・」
考え込んでいる海斗に、アスカが付け足した。
「ミルキーウェイっていうのは、ヘヴンズアースと同じ場所に位置していて、常に隣り合っているんだ。でも次元そのものが違うわけだから・・・う〜ん・・・「異世界」というよりは「裏世界」・・・っていうのかな?とにかく、イメージとしてはそんな感じ」
やっぱりよくわからない。
二人がそんな顔をしているのを見て、アスカはどうすればいいか戸惑った。
「え・・・え〜と・・・あ、ほら、イメージさえ掴んでくれればいいんだ。それに、今はなんとなく理解できてればいいからさ」
「そうは言っても、状況はなるべく詳しく知っておかないと・・・」
「まぁまぁ先輩、これから知っていけばいいじゃないですか。今はとりあえず「異世界が存在する」ってのを頭に入れといて、あとは保留ってことにしておきません?」
縣の提案に海斗は納得がいかなかったが、自分達の今の知識ではアスカの説明はこれ以上理解できそうにないというのを察すると、しばしば同意した。
「ん〜・・・まぁそういうことにしておいてやるか。じゃあ次は・・・おぉそうだ、クードの開けた大穴・・・あれは一体何なんだ?もしかして、あれが異世界とやらに繋がってたりするのか?」
「うん、あれはきっと異世界だよ。空気の感じもそっくりだったし・・・」
「空気の感じ?そんなものがわかるの?」
「猫は人間と比べて感覚神経が優れているからね」
縣の些細な疑問に、ハヤテが補足を加えた。
海斗は「そんなもんなのかね〜」とでも言いたげな顔をして見せた。
「ハヤテも、あの大穴は異世界に繋がってると思うのか?」
「俺は、異世界の空気には触れたことがないからよくわからなかったよ。でも地球と比べると大分濃度が濃かったな。やっぱりアスカの言う通り、異世界に繋がってるんじゃないのかな〜?」
「随分曖昧な答え方だな・・・」
「分かんないものは分かんないとしか答えられないよ」
足で首を掻き始めたハヤテを見て、海斗は随分適当なやつだなと思ったが、自分と似ている猫なのだからしょうがないな、と無理やり理由をこじつけて自分を納得させた。
「・・・ま、聞きたいことは山ほどあるけど、今日はこの辺にしておくか。いっぺんに知識を全部入れると、逆に何も分かんなくなっちまうからな」
「そうですね。あ、そういえば先輩、成り行きでこんなことになっちゃいましたけど、先輩も一緒に戦ってくれるんですか?」
「あぁ、本当は面倒くさいし降りたいところだが、お前一人に任せてたら死んで戻ってくるような気がするからな。しょうがないから協力してやるよ」
「先輩、すいません・・・いつも面倒掛けて・・・」
「まぁお前にはいつも振り回されてるしな。それが一つ増えただけのことだ。気にするな」
海斗はそれでも面倒くさそうで乗り気のしない顔をしていたが、いつもこんな感じなので縣はあまり気にしなかった。
「それじゃあ細かい知識は少しずつ入れていくとして、今日のところはいったん解散にしましょうか。あ、いろいろ話してる間にもう下校時刻ですね・・・アスカ、僕の家に帰るよ〜」
「・・・・・」
「アスカ・・・?」
「え?あ、そうだね。今後は気をつけようね」
「全然聞いてねぇじゃん・・・」
何か様子がおかしいアスカに海斗が突っ込んだが、アスカはわざとらしく笑うと縣と共に階段を下りていく。
見た感じだと、縣は今言われたことを整理しながら、アスカは何か別の事を考えながら立ち去っていった。
「・・・一体何なんだ?」
「海斗、俺達もそろそろ帰ろうぜ〜」
「あ、あぁ・・・」
縣達と同じく、海斗もハヤテも今後のことについていろいろと考えながら階段を下りていき、屋上には誰もいなくなった。
次の日、縣はいつもと同じ顔をしていつもと同じように登校した。
唯一違うところと言ったら、アスカを一緒に連れてきているということだ。
それに、今朝はなぜか珍しく遅刻をしてしまった。
だが、今日はそんなことを気にしている気分ではなかった。
縣はふと、アスカのことを考えた。
七夜高校ではペットの持ち込みは厳禁されている。
しかし、今後のことを考えるとなるべく近くにいた方が良いという結論になり、一緒に来ることになった。
そういえば、今朝は結構ドタバタしていたなと思い、そのときのことを思い出した。
今朝の登校中、縣はアスカを堂々と外に出して、しかも喋りながら連れてきていたのだが、偶然にも海斗と遭遇して「ちゃんと隠せよ」と言われたのでその通りにした。
最初は「友達を隠す必要なんてどこにあるんですか!」と反論していたが、海斗の方は冷静にも「一般的に猫はペット扱いだ!そして学校側にとっては不要物扱いだ」と言ってきた。
縣の反論はまだ終わらなかったが「アスカを出しておくことは敵に攻撃してくださいと言っているようなものだ!」という海斗の台詞で幕を閉じた。
なるべくアスカを傷つけるようなことは避けたいと思っていた縣は、単純なやつだということもありさっきまであったはずの不満をどこかにかき消して同意した。
同意した後は大人しく言われた通りにバッグのポケットに隠したが、今度はまた違うことを考えた。
いくら安全を守るためとはいえ、ずっと隠しておいて自由を奪うのは嫌だった。
「ま、猫は敏感な生き物だからな。校内では放し飼いにしてりゃ大丈夫だろ。俺は毎日自由気ままにさせてるけど、未だにバレたことないしな」
それを聞いて縣は安心した。
それならアスカには、屋上で暇でも潰してもらおうかな、とそんなことを考えてながら軽く微笑んだ。
「そういえば縣、まさかアスカと会話してる姿を誰かに見れらたりしてないだろうな?」
「あぁ、なぜか今日は誰とも会いませんでしたよ?」
「そうか。それじゃ、学校では・・・というより人のいるところでは不用意に喋るなよ。猫が喋るなんて、普通では考えられないからな」
アスカと会話をしている姿を誰かに見られなかったことは不幸中の幸いだったのだろう。
海斗はそんなことを考えてはいたが、突然足を止めた。
よくよく考えてみると何かおかしいと思った。
今は登校時間だ。
誰とも会わなかったというのは明らかに変だ。
縣の家の付近に住んでいる人は決して少ないわけではないし、途中で合流する人だっているだろう。
そういえば縣だけじゃなく、俺も今日は誰とも会っていないな、と思っていると違和感とも言えないものが目の前で渦巻いた。
海斗はふと、左手に付けている自分の時計を見てみた。
その瞬間、汗がドッと出てきた。
「先輩、どうしたんですか?」
難しい顔をしている海斗を見て、縣はしばしば顔を覗き込んで聞いてみた。
「・・・なぁ縣。七夜高校の登校時間は何時だったっけ?」
当たり前のことを聞かれて、縣は疑問に思った。
当然、自分の通っている高校の登校時間くらいは普通に知っている。
「え〜と・・・確か八時半ですよね?それがどうかしました?」
「・・・今九時半だ」
それを言われて驚いた縣は、自分の時計も念のため確認してみた。
その時計は明らかに九時半前後を指していた。
「あ・・・あれ?家を出たときは確か八時ごろだったような・・・」
「ん?家を出たのは九時ごろだった気がするけど・・・」
先ほどバッグのポケットに入れたばかりのアスカが、ひょこんと顔を出して答えた。
「ちなみに海斗が出たのも九時ごろだったよ」
ハヤテも海斗の制服から同じように顔を出して、そんなことを証言した。
「いやぁ、昨日はいろいろあったからねぇ。まさか時間を間違えるほど疲れてるとは思わなかったよ♪」
なぜかハヤテは楽しそうに発言している。
「お前、知っててわざと言わなかったな・・・」
「その通り〜♪」
それを聞いて、海斗はため息をついた。
海斗は、もうどうでもいいや、というような素振りを見せると、「知ってるなら言えよ」と適当に突っ込んだ。
アスカの方は、申し訳なさそうに沈んだ顔をして縣に視線を向けた。
「縣〜、気付いてやれなくてごめんね。いつも九時ごろに出てるのかな〜って思ったから・・・」
「あ、いや、アスカは時間を知らなかったからしょうがないよ。それより、遅れてるっていうこともわかったことだし走って行くよ〜。ほら、先輩も早く」
急かしている縣に、海斗は「え〜?」と面倒くさそうな顔をして見せた。
「だってよ〜、どうせ既に遅れてるんだから今更急いでも無駄じゃね?つ〜か朝っぱらから走るのはだるいし疲れるし面倒くさいし長距離は嫌いだし、やってらんねぇ」
また先輩の「面倒くさい」が始まったな、と縣は思った。
しかしそれを見ていると「やっぱりいつもの先輩だ」と実感できる。
一日の間で一度も「面倒くさい」と言わなかったら、それこそ先輩の危機だ、と思っているぐらいだ。
「大体、遅れるぐらい別にどうでもいいじゃね〜か。時間は山ほど残ってるんだ。それに逆らって「急ぐ」なんていう動作なんかやってられるか」
「は〜い、屁理屈こねてないで早く行きますよ〜。あ、せっかくですし学校まで勝負しません?」
縣は海斗の言い分を屁理屈扱いしてあっさり流すと、強引に海斗を走らせた。
海斗の方はまだ「なんで俺が・・・」と愚痴を言っていたが、それすら面倒くさいと感じると適当に走り出した。
「あぁ、先輩!待ってくださいよ〜っ」
「走れと言ったのはお前だ。俺は待ってやらん。つ〜か勝負の最中に止まるやつがどこにいる」
そう言うと海斗は、縣を置いてさっさと行ってしまった。
縣はすぐに追いかけたが、距離は離される一方だった。
だが、こう見えて縣は中学時代にバスケットボール部に所属していて身体能力は人並みには付いているはずだ。
決して縣の方が鈍いわけではない。
むしろ、海斗が速すぎるのだ。
「う〜ん・・・やっぱり先輩は速いなぁ。さすがは校内で「瞬速の海斗」の異名を持っているだけあるなぁ」
「「瞬速の海斗」って・・・そんなに速いの?縣、よく自分から勝負する気になったね・・・。勝てる見込みあるわけ?」
アスカは半ば呆れてはいたが、縣自身はあまり慌ててはいないみたいだった。
「ま、いつも通りに走ってれば大丈夫でしょ。どうせ学校着くころには追いついてるはずだし」
「え?どういうこと?」
その自信は一体どこから出てくるんだろう、とアスカは思ったが、縣の余裕な顔を見る限り、ハッタリではなさそうだ。
「先輩は瞬間的には誰にも負けない速さを持っているけど、その分スタミナがなくてバテやすいんだ。ほら、さっき長距離は嫌いだ、って言ってたでしょ?」
「あぁ、そういえば・・・」
微妙に曖昧にしか覚えてはいなかったが、きっさの愚痴の中にうっすらとそんなことも一緒に言っていたような、と、記憶の片隅にはかろうじて残っていた。
「でもさ、いくらスタミナがなくたってあれだけ速かったら短距離は無敵だよね?もしかして部活はスポーツ系?」
「いや、実はどこにも入ってないみたいだよ。たまに担任からも「長所を伸ばす気はないか」って誘われるらしいんだけど、面倒くさいの一点張りだし・・・」
「随分ともったいないことしてるんだね・・・」
「先輩はそういう人だから♪」
縣が楽しそうに言うのを聞いて、アスカは海斗に対していろんな意味で威厳を感じた。
「ああ見えて昔は僕と同じでバスケ部に入ってたんだよ。でも他人との馴れ合いはあんまり好きじゃなかった人だから部活は随分と苦痛だったとか・・・あ、他人を毛嫌いしてるのは今もそうなんだけどね。たぶん高校で部活に入ってないのもそのせいだと思うよ」
「ふ〜ん。不思議な人なんだね」
アスカは改めて、世界にはいろんな人間がいるということを認識した。
「・・・ねぇ、縣はどうして海斗のことを慕ってるの?」
「う〜ん、そうだなぁ・・・」
そもそも、自分と先輩はどういう出会いをしたんだっけ、と一瞬頭の中をよぎった。
「先輩の第一印象は「面白い人」だったな」
「面白い人?」
「そう。なんというか・・・思考回路が僕とは全く違って、物事を凄い位置から見渡せるような人なんだ。でもそれがむしろ面白いって感じてね。先輩は自分の視野がかなり広いけど、同時に僕の視野も広げてくれるんだ」
「視野を広げる・・・か。やっぱり何かが他の人と違うなぁ」
「例えば、さっき先輩は遅刻に気付いたときに「時間なんか山ほど残っている。それに逆らうなんてやってられるか」って言ってたよね?僕はあのとき、遅刻はいけないことだと思ったから、急いで行こうって言った。でも先輩は、そんなことは些細なことだと思って、急ぐ必要なんてないって言った。僕はその後先輩を促して走らせたけど、先輩の言うことは間違ってなかったと思うんだ。何者にも縛られず、ただ自分の思うままに行動する。なんだかさ、僕は時々先輩は風なんじゃないかって思うんだよ」
「風・・・?」
アスカはどういうわけか、驚きというものを感じた。
一体何に驚いたのだろうか。
きっと海斗の中に眠っている何かに対してだとは思うのだが、その正体が何なのかはわからなかった。
「・・・そっか。海斗は自由を求めているんだ」
「自由?」
思いがけない言葉が返ってきて、今度は縣が驚かされた。
そもそも先輩が何を求めているのか、今までそれを考えたことなんてなかった。
自由。
先輩はそれを求めている。
言われてみると、そんな気がする。
普段から面倒くさいと言って物事を避けてはいるが、本当は自分なりに自由と言うものを探していたのかもしれない。
「ねぇ、縣。宝石には性格があるって話は昨日したよね?」
何を考えてか、アスカが唐突にそんなことを言ってきた。
宝石には人間や猫と同じように性格が存在する。
それは、昨日アスカの口から直接聞いたことだ。
「うん、確かそれを基準に適性なパートナーを選ぶんだったよね?」
「その通り。それじゃあ、宝石には象徴となる言葉があるっていうのは知ってる?」
「象徴?」
「縣と僕が持っているアメジスト。海斗とハヤテが持っているインディゴ。それらにはそれぞれ象徴となる言葉が存在するんだ。僕達の持っているアメジストには「誠実」の意味が込められている。私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。それがアメジストの象徴、つまり性格を表すものであり、同時に縣と僕の性格を表すものでもある」
アスカは象徴について説明してくれたが、縣は頭を掻いて何かを考え始めた。
「う〜ん・・・性格って言ってもパッと来ないなぁ。そもそも自分が誠実なのかって言われても、僕はいつもと同じように人と接して、いつもと同じように生活を送っているつもりだし、いまいちよく分からないよ」
「自分の性格は自分が一番よく知っているってよく言うよね?それは間違ってはいないと思うんだ。確かに自分の性格は自分がよく知っている。そのはずなんだ。でも、普段は霧に隠れて見えない状態なんだよね」
「アスカの言うこと、なんとなく分かる気がするよ。その霧はさ、自分で自分を見るときにしか出てこないんだ。誰かが自分を見るときは普通に見えているのに、不思議だよね。内面からじゃ五里霧中の状態なのに、外面から見ると先がはっきりと見えてくる」
「うん、僕も同じようなものだよ。自分のことって未だによく分かってないし、でも他人のことはどうとでも言える。あ、象徴の話に戻るけど、海斗とハヤテの持っているインディゴも宝石である以上、当然象徴は存在する。何だと思う?」
「ん〜・・・もしかして「自由」ってやつ?」
「僕も似てるとは思ったけど、ちょっと違うんだな〜。インディゴの象徴は「希求」。強く願い求めることっていう意味だね。なんだか「自由」と表現が似ていると思わない?」
「うん、そうかもしれないね。強く願い求める・・・か。先輩の中にもそういうものがあるのかな?」
縣はこれまでの海斗の生活を思い出してみた。
どう考えてもただ適当に過ごしていたように見えたのだが、どうやらそうではないらしい。
海斗はあまり人には頼らない性格なのだが、本当は一人で自由本望に生きたかったのかもしれない。
隣にいたアスカは何を思ってか、にんまりと微笑んだ。
「インディゴも、海斗のそんなところを見抜いてパートナーにしたのかもしれないよ。それとも、全く別の隠れた才能でも発見したのかな?」
「どっちもじゃない?」
それもそうか、とアスカが納得すると、縣は海斗の不思議さには慣れているはずだが、珍しくそれを思い知ったような気がして、そんな自分が可笑しくなって口元が笑い出した。
「さて、そんな先輩に勝つためにも、今は学校へ直行だ!」
朝の日差しを受けていた縣の顔は、実に穏やかだった。
アスカは自らのパートナーとなった少年の肩から飛び降りると、バッグの中に身を潜めた。
数分後、校門前には勝ちを誇って胸を張っている縣と、息を切らして壁に手をつけている海斗の姿があった。
(結局、昨日のことについてはまだあんまり聞いてないんだよね・・・)
教室の窓際の席で校庭を見ていた縣は、ぼんやりとした頭で昨日のことを考えていた。
(やっぱり、もっと詳しく聞いておくべきなのかな。それとも、アスカが自分から言ってくれる時を待つべきなのかな)
あんまり強引な行動は取りたくないというのが縣の本心だったが、その反面、何も分かっていないということも事実だ。
縣は視線を校庭から空に向けた。
空は青い。
いつもと変わらない空がそこにある。
それを見ていると、昨日の出来事が夢なのではないか、と思ってしまう。
「縣君?」
突然名前を呼ばれて縣はハッとした。
声の主を確かめようとすると、目の前には担任のほたる先生がいた。
黄金色の長い髪の毛はサラサラとしていて、身に付けている服装からは上品さを感じる。
耳にはいつものように、紅に輝くピアスを付けている。
「どうしたの、縣君?何か考え事?」
「い、いえ、なんでもありません。それより、何か用ですか?」
「耳に入れておいてもらいたいことがあるのよ。皆には今日のホームルームの時間に言っておいたんだけど、縣君は遅刻してきたからまだ知らないわよね?」
そう言われると、縣は確かにその通りだと軽く頷いた。
そのとき縣は、ほたる先生の顔が珍しく険しくなっていることに気付いた。
ほたる先生自身も少し口ごもっていたが、やがて縣に顔を向き直した。
「昨日・・・のことだと思うんだけどね。屋上が荒らされていたの」
それを聞いた瞬間、縣は顔をしかめた。
しかし、すぐにいつもの顔に戻した。
屋上のことは何も知らないことにしておいた方がいい。
その方がややこしくならずに済むと思った。
「それでね、その荒らされ方が尋常じゃないのよ。まだ誰がやったかも分かっていないし、どうやって荒らしたのかすら分かっていないの。それで念のため縣君にも聞いておきたいんだけど、貴方はそのことについて何も知らないわよね?」
「し、知りませんよ?だ、第一屋上って一般生徒は入っちゃいけないじゃないですか?」
微妙に声が裏返った気もするが、最早それすら分からなくなるくらい慌てていた。
縣はそれを誤魔化そうと、わざとらしく咳払いをしてみせた。
「お〜い縣、次体育だぞ〜。一緒に行こうぜ〜」
そのとき甲高い声が聞こえた。
神夢だった。
「あ、ほたティー♪いたんですか♪」
神夢はケラケラと笑いながらほたる先生に軽く頭を下げた。
ちなみに「ほたティー」というのはほたる先生のことだ。
神夢はどの先生に対しても名前を省略して、それに「ティー」をつけて呼んでいる。
英語で書くと「先生」のことを「ティーチャー(teacher)」と書くので、「ティー」の部分を適当につけているらしい。
そんな神夢に影響されて、同じ呼び方をする生徒も少なからず存在している。
「おはよう、神夢君。それともこんにちは、かしら?」
「へへ、こんにちは。え〜と・・・お話中でしたか?」
「朝のホームルームの時間に屋上のお話をしたわよね?それを縣君にも連絡しておいたの」
「そうなんですか。ホント、誰がやったんでしょうね。さっき見に行きましたけど、あれはもう普通じゃありませんよね?」
「神夢君、屋上は立ち入り禁止だったはずなんだけど?」
「・・・あ」
口が滑った、とでも言いたげな顔をした神夢が冷や汗を掻いた。
ほたる先生は微笑みを浮かべていたが、その表情の奥からは底知れない怒りがこもっていた。
「神夢君♪帰りに先生のところによってくれるわよね?」
「うぇ・・・そんな・・・縣ぁ、俺達って友達だよな?当然助けるのが慈悲ってもんだよな?」
神夢が助けを求めているので、縣は一瞬どうしようかと考えたが、ほたる先生の顔に「助けたら貴方も巻き添えよ♪」と書いてあったので「遠慮しておくよ」と視線を投げて答えた。
神夢はそれを見てため息をついたが、すぐに何かを思い出したようにハッとした。
「そういえば縣、昨日逃げ回って二手に分かれた後、お前上に上がってったよな?そのとき屋上に行ったんじゃねぇの?」
「え・・・あ・・・え〜と・・・」
何か言い訳を考えるが、普段から正直者な縣はなかなか思いつかない。
「縣君?もしかして、そのときからすでに荒らされていたのかしら?」
「そ・・・その・・・あ、実は僕、屋上に行く前に別の階層に逃げたんです。だ、だから屋上のことは知りません!」
咄嗟に答えたので、声は震えるように空中を流れた。
縣は先ほどと同じように、わざとらしく咳払いをしてみせた。
「ふ〜ん、そうなのか。ま、結局俺はその後、梢先輩と組んだ綾乃に捕まっちまったんだけどな」
「あ・・・昨日は捕まる日だったのか・・・」
縣は神夢に聞こえないように小さく声を発した。
ちなみに梢先輩とは二年生の情報部の部長を指しており、同じ情報部の綾乃とは仲の良い先輩だ。
本名は七鞘梢。
部長であると同時に、生徒会副会長だ。
梢は奇数の日は綾乃の助っ人に入り、神夢の追いかけっこに付き合っている。
なので非常にどうでもいいことだが、三十一日まで存在する月は捕まる回数が一回多くなる。
最も、神夢はその法則性には気付いていないようだが・・・
「あらあら、結局屋上には行ってないのねぇ。珍しく二人の困った習性が役に立つと思ったのに・・・」
「習性って・・・授業抜け出すことは習性と言えるんでしょうか・・・」
なぜかほたる先生は時々天然が入る。
「うわ!そろそろ本当に体育が始まっちまう!ほたティー、もう縣引き取っちゃって大丈夫ですか?」
「あら、ちょっと話過ぎちゃったわね。遅れちゃいけないし、この話はいったん中断しましょうか」
「それじゃあほたる先生、このへんで失礼します」
縣は頭を下げると、神夢とともに教室を出ようとした。
「あ、縣君。別件で一つ言い忘れてたわ」
ほたる先生に引き止められて、足が止まった。
「手短に話すわね。こないだのレポートの課題、まだ提出してないのは遅刻した縣君だけなの。帰りに職員室に提出しに来てくれるかしら?」
「あ、はい。わかりました」
そう言うと、二人は教室を後にした。
「レポートレポート・・・うん、これだな」
下校時刻になると、生徒達は次々に帰宅し始めた。
しかし縣は、レポートを提出しに職員室へ行くところだった。
「さ〜て、職員室は二階の渡り廊下の先だな。行ってくるかな。あ、提出し終わったらアスカを迎えに行かないとね」
アスカは学校に到着後、屋上へ行かせてやった。
猫の感覚神経なら、他の人間には見つからないだろう。
そんなことを考えながら階段の近くまで行ったとき・・・
「きゃっ!」
「おっと!」
少しボーっとしていたこともあってか、誰かに接触してしまった。
その人物はぶつかった反動で倒れかけたが、縣は咄嗟に手を掴んで支えてあげた。
「あ・・・ごめんなさい・・・って、縣君?」
「あ、莉翠ちゃん」
その人物はクラスメートの桜奈莉翠だった。
銀色に輝くストレートヘアーは驚くぐらいに整っていて、ヘアピンで留めている箇所もある。
身なりは綾乃などとは違って、膝が隠れるぐらいの長めのスカートを身に着けている。
そして片手には何枚かの楽譜を持っていた。
莉翠は合唱部に所属していて、校内では歌姫と称されるほど透き通った声を出せることで有名である。
「ごめんね。ちょっと考え事してたから・・・」
「あ、私の方こそちょっと急いでて・・・」
「大丈夫?怪我とかしなかった?」
「うん、大丈夫。特に何ともないみたい」
縣はそれを聞くとホッとして、ようやく手を離した。
「あ、それじゃあ私もう行くね」
莉翠はにっこり微笑むと、懲りずに再び廊下を走っていった。
(これから部活かな?)
音楽室の方向に向かったことから、縣はそう思った。
しばらく階段の手前で止まっていたが、用事を思い出すと職員室の方へと足を運んでいった。




