表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/114

98.夢と闇

「もう!! いつまで寝てるつもりなのっ!?」


 聞き慣れた女性の罵声と共に、ばっ、と、被っていた毛布がめくられた。

 シャッ、という音が聞こえ、顔にもろに日差しが当たる。


「ぅう〜〜」


 和哉は眩しさに目を閉じたまま、急に寒気に晒された手足を縮こめた。


「……あと、5分……」


「遅刻するわよっ、和哉っ!!」


 和哉の母は、よく言えば竹を割ったような、悪く言えば鬼のように厳しい性格である。

 ぐずぐずとベッドでのたくっている息子の尻を、思い切りぱんっ、と叩いた。


「いてっ!!」


「目が覚めたでしょ。朝食出来てるんだから、早く着替えて下に来なさい」


 きびきびと言い置いて部屋を出て行く母の足音が、小さくなる。

 叩かれた尻を寝間着のスウェット越しに撫りながら、和哉はのそっと起き上がった。


「も〜〜、なんでもーちっと寝かせてくんないかな……」


 昨夜も遅くまで携帯ゲームにハマっていた。

 もちろん、宿題と予習は片付けた後で、大体3時間ほどだ。

 眼精疲労だとは分かっているが、眠いものは眠い。


 唸りながらベッドから立ち上がり、椅子の背に引っ掛けてあった服一式を着込んだ。


 学生鞄を持ち、部屋の扉を開ける。


 ——はあっ!?


 扉の外にあるはずの、自宅の廊下は、無かった。

 代わりにあったのは、闇。

 

「何だ? これ……」


 呟いた途端。

 闇が回転を始めた。否、和哉が立っている入り口が回転し始めたのだ。


「うっ……、わっ!!」


 漆黒の空間を見詰めているのに、自分が回っている、というのが分かる。気持ち悪くなり、和哉は慌てて扉を閉めた。

 何が何だか、分からない。

 混乱と驚愕に半ばパニックになりながら、塞ぐように扉を背にする。

 と、眼前はまた見慣れた自分の部屋である。


「俺、まだ寝てんのかな……」


 そっと、ベッドを回り込んで、窓の外を見た。

 自宅の周囲の見慣れた風景が、朝の光の下に広がっている。

 隣家のソメイヨシノがもう半分ほどに花を散らして、和哉の家の小さな庭も薄紅色に染まっている。

 和哉は、思い切り自分の頬を叩いてみた。


「いってえー!! ……寝て、ねえわ」


 確認したところで、もう一度自室の扉を開けた。

 が。


「なん……で?」やはり、扉の外側は闇である。


 窓から外が見えているのに、どうして自室から出られないのか?


 ——窓から出たら、どうなるんかな。


 思い切って窓へ向かう。勢いよくサッシを開ける。

 今度は闇ではなく、春の、僅かに冷たさを含む風が部屋の中へ吹き込んで来た。


「大丈夫……、みたいだ」ここからなら、外へ出られる。


 和哉は窓枠を跨ぐと、スレート瓦の上へ乗った。


「すっ、滑るっ」屁っ放り腰で屋根を歩き、南側の父母の部屋のベランダに辿り着く。


 柵を乗り越え、ベランダへ入る。

 2間の掃き出し窓には鍵が掛かっているのは知っている。

 父も母も居ないのを確認すると、和哉は大きくなり過ぎた柿の木が鬱蒼と枝を伸ばしている、ベランダの西側へ移動した。

 再び柵に乗り、手に届く枝を掴み、飛び乗れそうな枝を探す。


「よっ」うまく太い枝に足が乗ったと思ったその時。


 捕まっていた枝がボッキリと折れた。


「うっわっ!!」


 咄嗟に枝を放し、サルよろしく乗った枝にしがみつく。折れた枝が真下の庭石にぶつかって、かなり派手な音を立てた。

 母が出て来るかとヒヤヒヤしたが、家からは誰も出て来なかった。

 ほっと息を吐いて、和哉はそろそろと柿の木から降りる。

 玄関へ回って扉を開けた。


「あら? まだ出掛けてなかったの?」


 母の声が、キッチンから聞こえた。


「あ、ああ。うん。……忘れ物、して」


 和哉はキッチンをちらっと覗く。「そう。早く取って来なさい」と言った母は、和哉に背中を向けている。


「あの、母さん?」


「なに?」


「その……、——は、もう学校に行った?」


 ぎょっ、とした。

 和哉は、妹の名を口にしたつもりだった。だが、名は音にならなかったのだ。

 そして。

 母が振り返った。


「——なら、あんたよりずいぶん前にもう行ったわよ。部活の朝練があるからって」


 喋った母には——顔が、無かった。


 ******


 和哉は驚きと恐怖で、声も出ぬまま家から走り出た。

 小さな頃から見知った住宅地の、緩く下り坂になっている道路を脱兎のごとく駆け抜け、大通りへ出られる階段を降りる。

 わずか20段ほどの階段の途中で、ぐるりと景色が回った。


「な……、んっ?」


 和哉は、我が目を疑ってしまった。

 ほんの数分前、背を向けて遠ざかったはずの我が家が眼前にあるのだ。


「ど……、いうこと?」


 恐慌はますます酷くなる。訳が分からず、再び家に背を向け坂下へと走る。

 しかし。

 やはり階段の途中で景色は回り、眼前に自宅が現れる。


 本来なら、階段を降り切ればバス通りとなるのだ。バス停を右に見て緩い下り坂を15分歩けば、駅に着く。


 しかし、道はループしている。


 明らかに異空間に閉じ込められた状態、そして母の顔が無かったこと。

 だがそれらよりも和哉をパニックに陥れたのは——


「妹の名前、出て来なかった……」


 頭で分かっていた積りだったのに、発音した積りだったのに、和哉の声は妹の名を音に出来なかった。

 そういえば、母の名も忘れている。

 父も、覚えていない。

 分かっているのは、自分が高校生であり、坂の上の一軒家に家族4人で暮らしていること。

 通う高校は——やはり、校名を覚えていない。


「なんだよ……、これ……」


 やはり夢としか思えない。しかも悪夢。


 家族の名も顔も出て来ず、自分がどこの学校の生徒だったかも忘れている。


「けど、夢なら……、いつか覚める、んだよな?」


 一刻も早く、この悪夢から覚めたい。

 目覚めるには、何処かに出口があるかもしれない。


「そうだ……、 さっき、部屋から出ようとしたら……」


 自室のドアを開けたら、外は闇だった。

 なら、もう一度、今度は玄関から戻って自室の扉を開ければ——闇か、もしかしたら覚醒出来るかもしれない。

 

「けど、闇って、目が覚めたことになるんかな……?」


 考え込んでいても、何も進まない。 和哉は思い切って、自宅の格子門を抜け、玄関のノブを引いた。


「どうしたのー? 」


 リビングから母の声がする。

 先刻見た、顔のない姿をなるべく思い出さないよう、和哉は返事をせずに二階へ上がる。 

 自室へ入り、扉を閉めた。


 大きく深呼吸すると、「よしっ」と己を鼓舞し、扉を開ける。


 と、そこには——

うっわ〜……

またまた遅くなってしまいました(汗)すみません。


新年、かなり明けちゃいましたが、今年は、今年こそは、

もう少し執筆速度を上げたいです(宿願)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ