97.吸引オーバー
明け方まで続いた戦闘でさすがに疲れ果てた和哉達は、以前南レリーアで逗留した『巨人の槌』亭へ行った。
宿は、鋼鉄巨人の進撃で家を失った人や怪我人で溢れていた。
宿の主人と店員は、戦いで埃まみれになった冒険者や、外郭璧近くにあばら家を建て住んでいて、鋼鉄巨人や妖魔の群れに家を壊され行き場を無くした貧民街の人々が床にまで座り込んでいる間を縫うように、食事や薬を忙しなく運んでいる。
この様子では、恐らく部屋も満室だろう。
「……ここは止めとこう」
振り返って、和哉は仲間達に言った。
「近いから来たけど……。俺らは他にもツテがあるし」
「けど、この分だと、冒険者協会も避難者で一杯だぜ?」とデュエル。
「だったら、父様の館へ行く?」
ジンの提案に、和哉も他の仲間も一瞬固まる。
「けど、ここの神官さんの話じゃあ、殿下のお屋敷にも避難民が大勢行ってるってことだったわよさ?」カタリナが言う。
「ぼろ家だけど、敷地だけは大きいから、多分私達が行っても寝かせてもらえるくらいのスペースはあると思う」
別宅とはいえ、仮にも王族の姫君の自分の居館への随分な言い様に、和哉はちょっと呆れる。
同じように思ったのか、ガートルード卿が苦笑した。
「まあ……、サーベイヤ王国の王弟殿下の別邸であられるから、我らが頼っても十分な場所はあるだろう」
「けっ、けどよ、グ、グレイレッド殿下のお屋敷へ……、ってのは、ちょっと……」
デュエルが、大きな図体で尻込みするようにもじもじするのに、エルウィンディアが吹き出す。
「だったら、デュエルは冒険者協会へ戻って。自分の家なんだし。デレク会長にガルガロンのことを伝えて」
ジンは、つっけんどんに指示する。
「なら、わしも行こう」クラリスは、デュエルの肩を杖の先でぽんっ、と叩いた。
「おまえさんの親父殿には、久しぶりに会うでな。わしも報告がてら、礼を言わねばならんこともあるし」
「大賢者様とデュエルは、それで決まりだな」ロバートが言った。
「で、残りの俺らは、ジンのお家にお邪魔ってことでいいのか?」
「俺は、街の外でも構わない」
オーガストが、赤い袖なしのベストのポケットに手を入れながら言う。
「なんで? ジンの家ならデカいから、うんと身体を伸ばせるぜ?」
「人間の家には、あまり長く居たくない。——外なら本体で居れば魔物も寄って来ないし」
「確かに。本当の意味で、身体は伸ばせるな」ガートルード卿が苦笑した。
「僭越ながら」とコハルが眉を寄せる。
「とりあえず、今回は和哉さま方が使役者の上位魔族を倒してくださったので何とか助かりましたが、またいつ、別の強敵が襲って来ないとも限りません。オーガストさまだけ街から出られる、というのは、些か危険かと」
仲間思いの性格から出た心配だと、皆分かっている。が、オーガストは煩そうにコハルを睨んだ。
「おせっかいな忍者だな。俺は、人間の多い場所だと『食事』が出来ないから嫌なんだ。今なら、街の外には獲物が集まっている可能性が高い。そいつらを俺らドラゴンが食べたって問題は無いだろう」
「あー、そーだよね。お兄の言う通りだわ」エルウィンディアがぽんっ、と手を打った。
「人間の食べ物も嫌いじゃ無いけど、あたし達は本来、魔力を食べる生き物だもの。魔物を食べたほうが、お腹は膨れるもん」
ということで、ドラゴンの兄妹は南レリーアからほど近い山地へ、さっさと飛んで行ってしまった。
残った人間、和哉とロバート、カタリナ、コハルは、ジンの父グレイレッド殿下の別邸へと向かった。
******
グレイレッド王弟殿下の屋敷内には、神官が言っていた通り、家を壊されたり怪我をした人々が、離れに大勢収容されていた。
本館の一階にも、怪我人を寝かせている部屋が3つほどあり、和哉は、中から聴こえてくる悲痛な声に胸を締め付けられた。
「近衛隊の者から聞いた。大変な働きだったようだな」
グレイレッド殿下は、娘とその仲間である和哉達を自室に招き、労ってくれた。
「お褒めのお言葉、ありがとうございます」ジンが父に宮廷式の礼を返す。
鷹揚に頷いた王弟殿下は、「詳細は後で聞かせてもらおう。まずは、皆休みなさい」
と、従者に和哉達を客間へ案内させた。
従者に付いて二階の回廊の奥へと向かう。
通された客間は2つののベッドルームがあり、右側に和哉とロバートが、左側にコハルとカタリナが入った。
簡素だが、ひとつひとつ選び抜かれた家具が並ぶ部屋で、和哉達はようやく武装を解くことが出来た。
下働きの少年達が寝室の隣にあるバスルームに湯が入った、と言って来た。
和哉とロバートは、広いバスルームで2人いっぺんに汗を流し、その間に寝室に用意されていた簡単な食事を済ませると、ほとんど会話をすることもなく倒れるようにベッドへ潜り込んだ。
寝入ってすぐに。
「大変、お疲れ様でございました」
見慣れたギリシャ神殿風の景色の中に、日天使フィディアが立っていた。
大物との戦闘の後なので、多分呼ばれるとは思っていた和哉は、驚きも無く「どうも」と返した。
「和哉様がガルガロンを《たべ》られたことには、ナリディア様も驚いていらっしゃいました」
「へっ? あのガマガエル、ナリディアが仕掛けたんじゃあないの?」
てっきりナリディアが以前に言っていた、『和哉用のオプションモンスター』だと思っていた和哉は、「違います」というフィディアの返答に目を丸くする。
「ガルガロンが上位魔族であり、500年前のイトール国封印戦争の時、妖魔解放の端緒を作った魔族である、というのは、お聞きお呼びでしょうか?」
「上位魔族ってのは大賢者に聞かされたけど、戦争の原因だったっていうのは、今知りました」和哉が首を降ると、フィディアは「やはり……」と金の眉を寄せた。
「ガルガロンは上位魔族の中でも十候と呼ばれる最強の魔族の1人です。500年前の戦の折、イトール国の封印の塔の、魔法印の劣化を察知し力ずくで塔から脱出、当時のイトール国王フィファル5世に憑依しました。ガルガロンは国王を操り、塔を完全に破壊させ、国内に妖魔を解き放ったのです」
「それで、妖魔がダルトレットから旧シードル国にまで行っちゃったんすか」
フィディアが頷く。
「実は当時、10を超える宇宙が同一方向に移動する兆しがあり、その接触回避の計算で、私達の演算機能が一杯になっていました。大きいバブルを極力抑え、高エネルギーのゆらぎ濃度を細密に計測し、小さい宇宙と大きい宇宙をうまく組み合わせ、大宇宙同士の接触を回避し……。宇宙空間管理システムエンジニアの全機能が、多宇宙コントロールに注がれてしまったのです。通常ならば、惑星上の異常エネルギー検知を時間ごとに交代でやらなければならないのですが、その機能までもが多宇宙コントロールへ組み込まれてしまいました。
その結果、この惑星上の異常エネルギー、封印の劣化とガルガロンの脱走を探知するのが遅れてしまったのです」
魔物は、まるで雲霞のごとく湧き出てイトール国を飲み込み、更に北上して行った、とフィディアは言った。
「宇宙空間管理システムエンジニアは、和哉様もご存知の通り、直接惑星の事象に手を出してはならないルールがあります。しかし、あまりにも大量の魔物を一度に止められる人間はいるはずもありません。そこで管理チーフのナリディア様は上に掛け合い、止められる人間を作り出しました。それが、グィンです。グィンはエディンバルの田舎町で生まれた、ということにされ、その町の人々の記憶を、ナリディア様が書き換えました。グィンは特殊な能力と人では到底あり得ないレベルを授けられ、サーベイヤ正騎士団と共に魔物をイトール国までどうにか後退させたのです。
大半の魔物の封印が済んだ頃に、ナリディア様はグィンを隠棲させ、この世界から消されました。上位魔族と対等に渡り合えるほどの強大な力を授けた彼をそのまま地上に残しては、あらゆる物事の魔力のバランスが崩れてしまうためです」
「魔力の、って。……えっ? って、じゃ……、じゃあ、もしかして、俺も?」
訊いた和哉に、フィディアはゆっくりと、しかし深く頷いた。
——じょっ、冗談じゃないっての!!
人間の限界を軽々突破できるチート技を——確かに和哉がお願いはしたが——勝手にふんだんにサービスしておいて、いざ力がつき過ぎたら消去というのは、あまりにも身勝手だ。
「それ……、ナリディアの、命令なの?」
「いえ。月天使様はご謹慎中です。和哉様の魔力パラメーターがこの惑星上に留まれない状態になっているので、宇宙空間管理システムのメイン・AIが判断し、一時的に和哉様の能力をシャットダウンさせて頂きます」
「ちょっ……、シャットダウンって、どーいうことだよっ!?」
焦る和哉に、フィディアは、これまで聴いたことが無い機械的な声で、言った。
『宇宙空間管理システムエンジニアNA—1管理下、ナンバー・125カズヤ・ヤマダ ノ エネルギー供給ヲ 一時停止シマス』
何で、と和哉は叫んだ、積もりだった。
だが、声は響かず、代わりに初めて聞く男の声が、フィディア——宇宙空間管理システムエンジニアFI—2の指令に応えた。
『了解シマシタ——ナンバー・125、シャットダウン』
一秒も経ず。
和哉は《無》の闇に落ちた。
うおぉぉぉ!!
どーしよう。自分でやっといてなんですが!!
和哉、シャットダウンしちゃいました!!
・・・どーやって起こそう・・・?




