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95.しょーがない

「うおおおっ!!」


 雄叫びを挙げ、和哉はアマノハバキリを翳して大ガマガエルに向かって走った。

 走った、といっても、小さな小島である。そう長い助走は付けられないまま、《両生類の大ジャンプ》で、ガルガロンの頭部を狙った。


 と。

 ガマガエルも大ジャンプをして来た。

 頭上を覆って来る巨体に、だが和哉は怯まなかった。


 ——予定内、とっ!!


 先刻も、ロバートを踏み潰そうと跳躍して来た。

 ガルガロンの攻撃パターンから、長い舌で巻き取りに来るか、和哉より大きくジャンプして潰しに掛かって来るか、のどちらかと踏んでいた。

 舌でなかったのは、むしろ有り難い。

 ガルガロンの背には毒針と毒イボがびっしり生えている。対して、腹の部分は色も白く、比較的イボも少ない。

 無論、毒針も無い。


 跳躍ではなく舌が来たらどうにか躱し、ガルガロンの喉から胸の辺りへ飛び込む積もりだった。


 和哉は、そのまま《両生類の壁歩き》で、ガルガロンの巨体にくっつこうとした——が、巨大ガマの皮膚から出ている毒粘液が、和哉の技を遮った。


「うぅわっ!!」


 アマノハバキリを右手に、左手でガルガロンの胸元に張り付こうとした和哉は、粘液で滑り落ちる寸前、アマノハバキリをガマの厚い皮膚に思い切り突き立てた。


「《ストップ》っ!!」クラリスの時間魔法が巧く掛かり、ガルガロンが倒れるのを防ぐ。


 跳躍した格好のまま、和哉をぶら下げて空中に止まった魔族に、今度はロバートが『テシオス』で斬り付ける。


「どりゃあっ!!」


 和哉ほどのジャンプ力はないので、ガルガロンの右後肢にひと太刀入れる。

『テシオス』の重い刃が、青い閃光を放って大ガマガエルの皮膚に深く食い込んだ。


「そのまま剣を押し込めっ!!」上空から、オーガストが叫ぶ。


「言われなくてもっ、だっ!!」


 ロバートがガルガロンの右後肢の足首部を切断した瞬間。クラリスの魔法が解けた。


「おうわっ!?」


 ガルガロンと共に《ストップ》を掛けられていた和哉が、前へ倒れる大ガマガエルから離れようと、アマノハバキリの柄を放した。

 黒い血を右後肢から振り撒きながら、ガルガロンが水中に飛び込む。

 逃げ損ねた和哉は、咄嗟に剣の柄を掴み直した。

 ガルガロンの胸元が水面に着水する水圧に背を押された和哉は、ガマの皮膚に全身がくっつく。 

 その勢いを借り、アマノハバキリをガルガロンへ深く突き刺した。


『グウオオオッ!?』


 ガルガロンが突かれる痛みに驚愕の叫びを上げた。

 鍔元まで深く剣を突き刺した和哉は、水中で、沈んでいく巨体の下からどうにか這い出た。

 水面に顔を出した和哉の周りに、上位魔族の黒い血が滲んで来る。


「やったか!?」


 デュエルが、岸から手を伸ばす。足下に近付いて来た魔物の血が、デュエルの革靴を僅かに溶かした。


「やべっ、すっげー猛毒だほんとに」


「……アマノハバキリを、アイツの身体に刺したままにしちまった」デュエルの手を掴んで岸へ上がった和哉は、致命的なミスにがっくりと項垂れる。


「ヤツはまだ死んでない。確実に心臓か頭をぶっ飛ばさない限り、多分殺せない」


「よく分かってるおるの」クラリスが、火精(ピュラリス)の火球に揺らめく黒い水面を凝視しながら言った。


「程なく、ガルガロンめは浮上するじゃろう。——その時が、狙い目じゃ」


「なんのっすか?」


 訊いたロバートを、クラリスは、「カズヤがヤツを《たべる》タイミングに決まっておるじゃろ」と睨んだ。


『なら、待ってないで引っ張り上げたほうが早い』


 言うなり、オーガストはガルガロンが沈んでいる辺りの水面に舞い降りた。両足を黒い水の中に突っ込んで、ガマガエルを探す。


「……毒で、装甲が焼かれねえのか?」ロバートが、強引な火竜にやや呆れた表情で尋ねた。


『薄まった毒など、竜の鱗を溶かすほどの威力も無い。——よし、掴んだ』


 火竜が巨大なガマガエルを引き上げる。

 竜の鋭い鉤爪は、ガルガロンの背に生えた長い棘を巧みに避け、がっちりと皮膚を掴んでいる。

 薄黒く染まった胸元に深く突き刺さっているアマノハバキリが、青白い火花を放っている。


 真竜(リアディウス)の魔力に押さえ込まれ、ぐったりとしている様子のガマガエルの前肢が水中から出た刹那。

 背の真ん中辺りの棘が、オーガストの腹を貫通した。

 人間の身体で言えば、鳩尾の下辺りから両の肩甲骨の間を、猛毒の太い針が暗い天へ向かって飛ぶ。


『ぐっ!!』


 オーガストは、不意の攻撃に呻く。

 かなりの衝撃だろうが、火竜は大ガマガエルを落とさない。

 オーガストの負けん気に応えるべく、和哉は飛んだ。アマノハバキリの柄を掴み、思い切り体重を掛ける。

 がくん、と、ガルガロンがオーガストごと湖に落ちそうになる。

 オーガストは、痛みを堪える表情で、必死に翼を動かす。


「——癒し(ヒール)!!」クラリスが後ろに回り込み、オーガストの傷を塞いだ。


 途端、オーガストの赤い翼に力が戻る。ガルガロンを掴んだまま上昇する火竜に持ち上げられまいと、和哉は更に力を込める。


「ちっくしょ……!! 硬くて、斬れねっ!!」


 足が浮き始めた和哉の腰に、太い腕が巻き付く。


「俺も手伝うぜっ!!」デュエルが、和哉の腰にぶら下がる。体重では和哉の三倍はあるだろうデュエルにぶる下がられて、アマノハバキリの刃がガルガロンの皮膚を少し引き裂く。


「ぐえっ!! 重っ!!」


 だが、ウエストを亜人のバカ力で締め上げられて、和哉は思わず柄から手を離しそうになる。


「こおらっ!! そんぐらいでヘタばるなってんだっ!!」


 面白半分な声と同時に、ロバートがデュエルの剣帯に捕まった。


「ロッ、ロバートの兄いっ!! ちょっ……、カズヤのパンツがっ、脱げるっ!!」


「脱げちまったらしょーがねえっ、キン○マ掴めっ!!」


 大事なところを締め上げられたら、それこそ卒倒してしまう。ガマガエルを倒すどころではない。

 2人のバカなやり取りに、和哉は大声で叫んだ。


「んにゃろーっ!! タマ潰されてたまるかあっ!!」


 和哉は渾身の力を込めて、右手でアマノハバキリの柄を握り、左手でガルガロンのイボを掴んだ。


「斬れろばかヤローっ!!」


 左腕でイボを押し上げ、右腕で剣を引き下げる。ずずずっ、と、ガルガロンの皮膚が裂けて来た。

 深く刺さった刃は、魔族の皮膚だけでなく内蔵と骨も斬り裂いていた。

 和哉が力を込めれば込めるほど、アマノハバキリの刀身が更に青く光る。


『グウエッ!! グオッ!! ゲゲッ!!』


 下へと切り裂く和哉の力に拮抗しようと、オーガストはガルガロンを掴む鉤爪に力を入れる。

 鉤爪が深く皮膚に食い込み、ガルガロンの毒の血が腹のほうへと滴り落ちて来た。

 和哉が裂いた腹からの血と上から滴って来る血が混ざり、大量の毒液が3人を襲う。


「やっばいっ!!」デュエルが手を離そうとした。


「ばかもんっ!! カズヤから離れるでないっ!!」


 クラリスの喝が飛ぶ。

 和哉は、自分とデュエル、ロバートを毒から守るため、力を入れると同時に、《解毒》の汗を流していた。

 そのことを、クラリスは知っていたのだ。

 

 和哉と体重のある2人が剣にぶら下がることで、巨大ガマの腹の裂け目が大きくなる。

 黒血だけでなく、灰色の内蔵までが裂け目からはみ出て来た。


「うっげえっ!! ガマの中身っ!!」半泣きで叫んだデュエルの頬に、胃袋らしきぷよぷよした臓器が伸し掛かって来た。


 ギャーッ、というデュエルの悲鳴を遮って、クラリスが半分以上魔族の臓物に埋もれかかっている和哉に言った。


「今じゃっ!! 《たべ》てしまえっ!!」


 自分でも、これ以上このデカ物を切り刻むのはムリと思っていた和哉は、大賢者の指示に、意を決して技を使う。


 顔に掛かった気色悪いガルガロンの内蔵を、息を思い切り吐き出し、次に思い切り吸い込んだ。


『ゲッ、アガガカガッ——!!』


 中身から《喰われ》る激痛に、さしもの上位魔族ももんどりうつ。暴れるガルガロンを押さえ切れなくなったオーガストの鉤爪が、ガマの皮膚から外れる。


「おうわっ!!」和哉にぶる下がっていたデュエルとロバートは、落ちる寸前、てんでな場所へ飛び降りた。


 巨体に潰されそうになりながらも、和哉は《たべ》るのを止めない。


『やっ、やめろォォォォ!!』


 喰い尽くされるガルガロンが、断末魔の悲鳴を上げる。

 オーガストが人間型に戻るのと同時に。

 和哉は今度こそ大ガマガエル、ガルガロンを《たべ》きった。


「……なっまぐせえ……」口内に残った、何とも言えないイヤな臭いに、和哉は慌てて湖の水で口を漱ぐ。


「毎度毎度、ご苦労なこった」一番最初に地上に落ちたロバートが、運悪く岩場に挟まったまま笑った。


「……もー、しょうがないと、思ってる」


「まあ、チート技に関しては、えげつないヤツがうようよ居るからな。——ところで、カズヤ、下のほうも、しょーがなくなってるぜ?」


 言われて、和哉は下半身を見る。

 ドラゴンの革の防寒用ズボンが、膝までズレ落ちている。

 おまけに、下着まで。

 ガルガロンを《たべ》るのに夢中で、デュエルが落ちた時に引っ張られたのに気が付かなかった。


「よかったよな。ジンが居なくて」ロバートが、悪戯が成功した悪ガキの顔で和哉に言った。


「勝ったけど、フル○ンじゃよ?」デュエルも、ごついトラ顔をニヘラ、と崩した。


「ばっ、バカヤローっ」恥ずかしさに、和哉は顔が熱くなる。


 焦って下着とズボンを引き上げる和哉の様子に、ロバートとデュエル、クラリスがゲラゲラと笑う。

 皆に釣られたように、普段仏頂面のオーガストまでが口角を釣り上げた。

ほんとに、しょーがない回です。

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