93.大ガマガエル
「けどよ、上位魔族っていうから、もっとどえらく強いヤツかと思ったら、結構あっさりカズヤが片付けちまったよな」
ロバートが、いささか拍子抜けした、という様子で、祠の瓦礫を見る。
「だなぁ。こぉんなご大層な祠まで建てて、がっつり封印されてた割にはよー?」デュエルも、艶のない金の蓬髪を、つまらなそうな表情でがりがりと掻いた。
2人の話を黙って聞いていたクラリスが、つ、と、手にした杖で祠の瓦礫をつついた。
細かな漆喰の欠片が、オーガストの火精が作った明かり球の照らす中へと転がり落ちて来る。
クラリスは、その破片を手に取った。
「——カズヤ」険しい声音で大賢者に呼ばれ、和哉は何事かと慌てて側へ寄る。
「おぬし、己のレベルを見てみい」
「えっ? あ、はい」
和哉は、頭の中にレベル表を思い浮かべる。
《カズヤ・ヤマダ。レベル2700。クラス特級上冒険者、クラス特級上剣士、クラス特級上騎士、クラス上級上竜騎士。腕力レベル2100。魔力レベル1050。召還レベル900……》
「あれ……? レベルが上がってない?」
ガルガロンのレベルは読み忘れたが、仮にも封印されるほどの上位魔族。恐らく、南レリーアで暴れ回っている鋼鉄巨人の25600は上回っている筈だ。
それほどの大物を《たべ》て、レベルが上がっていないのはおかしい。
「クラリス、これは——?」
「まんまとしてやられたようじゃ。さっきのガルガロンは、幻影、もしくは下位の魔物を己に見立て、わしらを騙くらかしたか、だの」
「げっ!! じゃ、じゃあ、あの時代遅れ野郎、まだ生きてるんですかい!?」
デュエルが声を裏返して喚く。
「……、どうりで、不味かったわけだ」
人間の姿に戻ったオーガストが、むすっとした表情で瓦礫を蹴飛ばした。
「でも、どうしてさっきのヤツが偽物だって、クラリスは気付いたんすか?」
ロバートの質問に、クラリスは「これじゃ」と、漆喰の欠片を見せた。
「これは、本来ならば古代語魔法で綴られておらねばならん、一番外側の壁の一部じゃ。だが、この文字は明らかに旧シードル国の文字じゃ。——祠は、封緘の羊皮紙と同じく、わしらが来るずっと以前に、もう壊されておったんじゃ」
「と、したら、ガルガロンの本体、ってか、本人は何処へ——」
偽物が現れたのは、ガルガロンの本体が、何処かから和哉達を見張っていたという証拠である。
和哉は、岩だらけの小島の闇に目を凝らす。隠れる場所とて限られてしまうような小さな島の何処に、ガルガロンは隠れているのか?
突如、海側の湖面から激しい波音がして、和哉は振り向く。
真っ黒な水面が、巨大な塊となって膨れ上がり、小島に押し寄せて来た。
大量の汽水に飲み込まれる寸前、クラリスが《遮蔽》の術で和哉達を覆う。
祠を中心に、大きな泡のようなものにすっぽりと覆われた和哉達は、波間に赤黒い巨大なものが動いているのを確認した。
波が引き、火精の明かりの下、ようやく見えた魔物は、先程和哉達が何とか片付けたものよりふた回りほども大きかった。
『クックックッ!! 私を倒したと思い、安堵していただろう。だが、生憎と、私はまだ生きているんでね』
ガルガロンの本体は、赤黒い色をしていた。
背には、大小の瘤の他に、明らかに毒針であろう突起が、ずらりと並んでいる。
瘤の間にある、一際大きな二つの半球体が、ぐるり、と動いてこちらを見た。
黒くて大きな口といい、真っ赤な皮膚に囲まれた青黒い目玉といい、途轍も無く醜い。
「——超巨大グロガマ?」
決定的な緊急事態であるのに、何故か緊迫感がまるで湧かない和哉がうっかり言った一言に、ロバートとデュエルが吹き出す。
どうやら、2人も緊張感が無いようだった。
だが、眼前のお化けガマガエルが本当にガルガロンの本体ならば、冗談を言っている場合ではない。
「なにをふざけとるんじゃ!!」案の定、クラリスは怒鳴った。
分かっている。が、どうしても危機感が無い。
和哉は、自分を追い込むために、ガルガロンに尋ねた。
「あんた、今度は本人か?」
ガルガロンは、大蝦蟇の黒い口を開けて、ニタァ、と笑った。
「どちらだと、思っているのだ? 若者」
「う〜〜、分かんないから訊いてるんだけどなぁ」
「ばか者っ!!」クラリスが更に激怒した。
「敵が「はい、自分は本物です」などと、素直に答える訳がなかろうがっ!!」
そうですね、と言おうとして、和哉は、この緊張感の無さはガルガロンの魔法なのでは? と思った。
「クラリス」和哉は真面目な顔で大賢者に尋ねた。
「俺、全く緊張感が無いんですけど、これって、ガルガロン(あいつ)の術っすか?」
クラリスは髪と同じ白い眉をきっ、と上げた。
「《悪意》の術じゃな。この術に掛かると、正義を掲げる者には逆らい、悪意を持つ者には服従する」
説明すると、クラリスはすぐに「解呪」と唱えた。
途端、和哉の裡に一挙にガルガロンに対する警戒心が湧く。
デュエルとロバートも同じく術に掛かっていたらしく、各々武器を構え直し厳しい表情になった。
「面倒くせえ魔法を持ってやがんなっ!!」ロバートが吼えた。
「それだけ魔力が強いってことっすかっ」デュエルの言葉に、クラリスが「そうじゃ」と返答した。
「ついでに言うとじゃ。忌々しいが、ガルガロンにはわしの攻撃魔法の殆どが効かん。あやつの表皮から出ておる粘液には、物理防御と魔法防御の両方の効果がある。しかも、ほぼどんな魔法も防ぎおる」
大蝦蟇が、のそり、と近付いて来た。
『さすがは、大賢者クラリス・ノヴァ。私のことをよくご存知で。そこまで知られていれば、術魔法があなたに効かないのも頷ける』
面白がっているようなガルガロンに、和哉はムカッとした。
「俺にも通用しなかったぜ?」オーガストが、背負っていた大剣を抜いた。
『竜に私の術が通用するとは思っていないよ。——君にはこちらを差し上げよう』
楽しげに言うと、ガルガロンは背中を大きく丸めた。
次の瞬間。
ガルガロンの無数の瘤から、赤黒い粘液が噴き出した。
「猛毒——!!」
回避しようと動いたオーガスト、ロバート、デュエルの3人は、だが、広範囲に噴出した粘液に捕まってしまった。
麻痺毒のようで、3人は掛けられた部分を押さえて岩場に転がる。
やはり毒は全く効かない和哉と、掛かる寸でで毒無効の術を自分に掛けたクラリスは、急いで3人の解毒をする。
「ちっくしょーっ!! カエルごときにしてやられるなんてっ!!」和哉の解毒で麻痺が解けたオーガストが、喰い付く勢いでガルガロンを睨み付けた。
「大賢者さまの魔法で、ヤツの粘液の防御力を下げらんないんすかっ!?」デュエルがクラリスを睨む。
「だから出来んと言ったじゃろうがっ!! わしの魔法で解呪出来るのは、術で強化された防御力だけじゃっ。あのガマの粘液は持って生まれた体質——精霊魔法と同じようなもんじゃ。そんなものは解こうとしても解く事は無理じゃっ!!」
「ちゃーっ!! 面倒くせえヤツっ!!」ロバートが膨れっ面で剣を回す。
『面倒くさいのはこちらだねえ』ガルガロンは、ため息混じりに言った。
『大賢者殿にはこれしきではあしらわれるのは想定内だったけれど、もう1人、なんにも通用しない非人間が居たとは』
「ちょっと待て」和哉は、聞き捨てならない魔族の台詞に噛み付いた。
「非人間って、俺の事かっ!?」
『君しか居ないだろう? カズヤくん、とか言うのか。ざっと探知したところ、君のレベルは、並の人間のものじゃあないね?』
う、と呻いて、和哉は押し黙る。
つい先程、ジンにも言われたのだ。
これ以上レベルが上がれば、もはや計測不可能。御使い——ナリディア達宇宙空間管理システムエンジニアに、和哉の処遇を決めてもらうしかなくなると。
しかし、和哉が超ハイレベルになるのを、果たしてナリディアが、いや、宇宙空間管理システムエンジニアの上司連中が見逃すだろうか?
真竜でさえ、制御下に置けないので不味い、と懸念している宇宙空間管理システムである。
計測不能レベルというのならば、下手をすれば真竜とほぼ同等の魔力を有しているのではないのか?
ガルガロンのような上位魔族が封じられたのも、レベルが高過ぎて危険だからだろう。
——待てよ。
が、桁外れに魔力の高いクラリスは、御使いのお咎めは受けていない。
「制御下から外れなきゃいいのか……」
和哉の呟きを聞き取ったデュエルが、「何の事だ?」と顔を向けて来る。
「ああ——。うん。大賢者さまは凄いってこと」
間違いなく、クラリスは上手く自分の魔力を制御し、御使い達に『危険視』されないようにしている。
ここは、先人に倣うしかない。
「クラリス」和哉は大賢者の側へと走った。
「ガルガロンの得意技って、何っすか?」
「先程の猛毒攻撃と、背の毒針じゃろう。それと、舌だの」
「舌?」
聞き返した側から。
ガルガロンが唐突に口の中から細長いものを発射した。
鞭のようにも見えるそれは、真っすぐに和哉とクラリスを狙って来た。和哉は咄嗟にクラリスを左腕で抱え、後方に飛んだ。
和哉達が居た場所の岩が、ガルガロンの舌によって粉々に砕かれた。
ガルガロンが『チッ』と舌打ちする。
『全く、可愛くない子だよ君は。勘はいいし、動きも素早いし』
「そりゃどーもっ」
「あれがヤツの舌じゃ。打たれれば骨をばらばらにされるじゃろうし、巻き取られれば圧殺されるじゃろ」
おまけに、カエルは跳躍力も高い。
超巨大ガマガエルが、今度はロバートの居る方角へジャンプした。象より太い前肢が、ロバートを踏み潰そうと襲い掛かる。
数センチのところで、ロバートは反転して避けた。
避けたついでに大剣で前肢の水かきの部分に斬り付ける。
しかし。
「あちゃーっ!! 全く斬れねえっ!!」
足が自分のほうへと動く前に、ロバートは素早くその場を退いた。
「ほんっと、鉄壁の防御力だぜっ」
ムカつく、とロバートがぼやく。
ロバートが下がるタイミングで、デュエルが戦斧を右後肢に振り下ろす。亜人、取り分けワータイガーの膂力は、人間の剣士とでも比較にならないほど高い。
金色の両刃の戦斧の先端は、僅かだがガルガロンの鋼鉄の如き皮に食い込んだ。
「やったっ。——った、どわっ!?」
ガルガロンが、煩いとばかりに右後肢を思い切り後ろへ蹴り上げる。戦斧を持ったままだったデュエルは、振り飛ばされて湖へ落ちた。
「デュエルっ!!」ワータイガーの飛んだ方向に向かって、和哉は叫ぶ。
助けに行こうかと迷った和哉へ、大蝦蟇の背に生えた毒の針が飛んで来た。
黒い針は、オーガストの火精が作った明かり球でも見えにくい。微かに空気を切り裂く音に反応して、和哉は一歩、横へと跳ぶ。
ドスっ、という鈍い音がし、大きな岩に針が突き刺さる。
ほっとする間もなく、2本目が、半歩下がった足の先に突き刺さった。
「っきしょーっ、これじゃどーにもなんねえっ」ロバートが呻いた。
「そーだっ」和哉は持ち物倉庫から、海竜のエリオールから譲られた魔法剣『テシオス』を取り出した。
「ロバートっ、この剣を使って」
ロバートは、降って来た毒液を巧く避けながら、和哉のところへ走って来た。
「俺が使えんのか? これ」
「多分。俺にって譲ってくれたけど、別に誰が使ったって大丈夫だと思うぜ?」
アマノハバキリやフツノミタマノツルギとは違い、『テシオス』はドワーフが魔法金属で造った剣だ。
ロバートは、恐るおそるという体で『テシオス』の柄を握った。
「おっ、何ともねえ」
「魔法剣とは聞いてるけど、どんな効果があるのかまでは聞き忘れた。——丁度、ガルガロンの舌が来るから、斬ってみれば?」
先程、デュエルの戦斧が、僅かだがガルガロンの皮膚を貫いたということは、大ガマの粘液の防御力は、物理攻撃にはやや弱い、のかもしれない。
2人がやり取りしているところへ伸びて来た大蝦蟇の舌に、ロバートが『テシオス』を振り下ろした。
舌に刃先が触れた途端。
鋭い閃光が炸裂、と同時に、ガルガロンの舌が焼き切れる。
『ヴガアッ!?』
舌を斬られ、ガルガロンは頭を振って暴れ出す。
一瞬、何が起きたのか分からなかった和哉に、クラリスが大声で、「その剣は雷の特性を持っとるぞいっ!!」と教えてくれた。
「だから斬れたのかっ」ロバートも頷いた。
「デュエルは拾って来た」
突然背後からオーガストに声を掛けられ、和哉は驚いて振り返る。
「俺が本体になれば、あいつの毒液と針は俺の翼が起こす風で方向を変えられる。あんたらは大賢者に物理防御魔法を掛けてもらって、ヤツに突撃すればいい」
「……それしか、ないかな」
このままでは、ガルガロンの攻撃をただ凌いでいるだけだ。
「『テシオス』とアマノハバキリに賭けてみるか」
和哉はクラリスに「突撃するっ!!」と告げた。
ガマガエル……
まだ続きます(泣)
女の子軍団が出で来ない。すいません。




