9.ボス戦
しかし。へたっていられる時間は長くは無かった。
武器を切り取られ、怒った毒蔓は、すぐに洞窟の奥から大量の蔓を伸ばして来た。
穴から外へ飛び出し、四方八方に広がる触手を、ロバートとジンが立て続けに斬り捨てる。
縮む触手を追って、カタリナの火の魔法が洞窟内部へと走る。
和哉も武器は持って来ている。が、木剣では、ボスクラスのモンスターには通用しない。
自分も火の魔法が使えるようになった筈だが、どうやって発動させてよいか分からない。仲間の闘いを、和哉は情けなくも、ただ後方で黙って見ていた。
見咎めたカタリナが、怒鳴った。
「また出て来るってっ!! あんたも迎撃しなっ!!」
「ど――、どうやって……?」
戸惑う和哉に、魔女は小さく舌打ちする。
「念じりゃあいいんだっ、あんたの場合っ。『火、出ろっ!!』とかなんとかっ!!」
そんなもので本当に火の魔法が使えるのかは分からないが、とにかくやってみる事にする。
でなければ、いつまで経ってもメンバーのお荷物だ。
強くなったという自覚は無いが、これ以上白い目でだけは見られたくない。
触手が、三度走り出て来る。
ロバートとジンが左右に開いたのを見計らって、和哉は、カタリナに言われた通りに言ってみた。
「火、出ろっ!!」
ポーズは、古いがそれしか思い浮かばなかった、超有名アニメの主人公の必殺技で。
両腕を重ねて突き出して、掌からガスバーナーの火が出るイメージをしてみた。
と、火は本当に、和哉の掌から発射された。
「うおあっ!?」
一瞬、熱いと勘違いしてしまった。しかし、自分が発射した魔法である。熱い訳が無い。
イメージ通り、ガスバーナーと同じような高温の青い炎は、瞬く間に襲来した触手を焼き尽くした。
「……びっ、くり、した」
手を下げた和哉の背を、カタリナがばんっ、と勢いよく叩いた。
「出来たじゃないのさ、ズル魔術師」
「ズル、は可哀そうだぜカタリナ。《たべる》のも、立派な特技だ」
「そう。《御使い様からの贈り物》。――このまま突っ込む」
伸ばしていたミスリル鞭を巻き取り、ジンが洞窟へと駆け出した。
「待てってっ!!」と、ロバートが後を追う。
「もうっ、バッカじゃないのさっ!!」
カタリナが、和哉のシャツの袖を掴んで引っ張った。
「二人共っ、毒針にヤられたら石だよっ!?」
叫びながら走るカタリナにずるずると引き摺られて、和哉も洞窟内に侵入した。
******
洞窟に入ると、すぐに道が三方に分かれていた。
そのどれもから、毒蔓ボスの毒針触手が大量に伸びている。
植物のボスモンスターが好む場所だけあって、高温多湿な洞窟は、硬い岩場の上にぬるぬると滑る苔が、びっしりと生えている。
足元のおぼつかない和哉と違い、ロバートとジンは、腕の確かな剣士の見事な身ごなしで、複雑に襲来する錐型針付き触手と、毒毛鉤付き触手の動きを完璧に避けながら、確実に切り捨てて行く。
後方に陣取ることになったカタリナと和哉は、剣士二人が斬り捨てた触手と、撓んで奥へと逃げる触手の塊に、火の魔法をお見舞いした。
「どっちが、どっちかな?」和哉は、石化させる触手を注意したいために聞いた。
「多分、カズヤが喰ったほうが石化させるヤツだ。そうだろ? ジン」
ロバートに振られて、ジンは頷く。
「……大分焼いたので、少しの間、触手は来ない。この間に、本体に近付く」
再び唐突なダッシュをするドS美少女を追って、仲間三人が走り出す。
ジンが選んだのは、三方の通路の右だった。
走り込んでから約2分。
通路の真ん中に水溜りが出来ていた。
そのまま突っ込もうとするジンに、ロバートが背後から怒鳴る。
「避けろっ!! ジン!!」
ジンは咄嗟に右腕の鞭を伸ばし、天井に突き立てた。鞭を振り子の棒にして、水溜りの対岸に着地する。
天井から落ちた岩のかけらが、水溜りに入って、ジュウっ、と嫌な音を立てて崩れた。
「うわっ、強酸の水溜り?」
驚く和哉に、ロバートが「ああ」と首肯する。
「相手は、毒を撒くからな。水があれば当然、撒かれた毒も溶けてるだろうさ」
どうやって越えようか、と思案した和哉の脇に、ジンの鞭がするするっ、と伸びた。傷付けぬよう巧みにロバートとカタリナを巻き取ると、ジンは軽い動作で二人を水溜りの対岸へと飛ばした。
二人を見送り、次は自分か、と期待していた和哉に、カタリナがけたけたと笑った。
「火トカゲ食べたんだから、壁ぐらい這って来られるだろ?」
「……へ?」
火トカゲに、そんな能力があったのか?
と、いう前に、そもそも、自分は人間なのだが。
やや憤慨した和哉に、ジンも言った。
「そろそろ、ボスが回復する。さっさと壁づたいにこちらに来て」
「ってったって……」トカゲ・ヤモリ類の吸盤など、自分の手には見当たらない。
どうしたら、と言い掛けた時。
またもやボスの無数の触手が、先に水溜りを渡った三人に襲い掛かった。
今度は、本体が近いだけあって、触手の数が半端ではない。ジンとロバートは、何とか斬り伏せて壁際へと逃げたが、魔法使いのカタリナが間に合わなかった。
「――――っ!?」
火の魔法を放った直後、カタリナの痩せた身体が触手に巻き取られた。
ロバートが斬り付けるも、数十本の塊は容易にカタリナの身体からは剥がれない。
触手は、煩い魔女の魔法を封じるべく、石化の錐をカタリナの背中に刺した。
硬直した魔女の身体は、触手が離れた途端、岩場にごろり、と倒れた。
「カタリナ――っ!!」
驚きと焦りで、和哉は思わず強酸の水溜りに突っ込みそうになる。
「バカ待てっ!!」という、ロバートの制止で、はっと気が付いた。
ここからでも、火の魔法を放てなくはない。が、未だ暗闇に半分は隠れているボスの巨体全部を焼くには、やはりロバート達と合流しなければならない。
まして、カタリナの石化を解くには、彼女に触れる必要があった。
「ちっ……、くしょうっ!!」和哉は低く唸ると、掌を脇の壁にぺたり、と付けた。
「吸盤、出ろ出ろっ!! 吸盤っ!!」
妙な呪文だったが、びっくりすることに効果はあった。
掌から、急にびちゃ、とした液体が出て、それが、掌と岩場を密着させた。同様に、靴を脱いだ裸足の裏からも粘液が放出され、和哉はぴょん、と側壁に飛び乗った。
そこからは早かった。
己の能力を信じて、物凄い速さで天井へと移動。カタリナの上まで来ると、本物のトカゲよろしくベタっ、と床へ降り立った。
そのまま、魔女の身体に手を触れる。
「石化、解けろ」短く言い、眼を閉じた。
と。
カタリナの身体がみるみる柔らかく変化した。
「やったぜ!!」ロバートが拳を軽く振る。
ジンも、にっこりと微笑んだ。
「……助かった」短く礼を述べたカタリナに、笑顔で頷き、和哉は靴を履こうとした。
「裸足のままのが、便利なんじゃないのか?」
ロバートの指摘に、そうかも、と思い直し、靴ひもはベルトの後ろにくっつけたままにした。
「来るっ!!」
短く警告したジンの言葉に従うように、またも毒蔓の大群が襲って来た。
しかも、今度はボスも本気のようだ。
蔓を飛び越えるようにこちらへ走り出て来たのは、ポイズン・ドッグと呼ばれる、毒牙を持った犬系モンスターの群れだった。
4、5頭のレベルは、大体14、5。
これらだけならば、十分ロバートとジンで扱える。しかし、問題はボスの存在だった。
「どう、攻撃する?」
狭い洞窟内で、今にも迫って来る敵を前に、ジンがロバートに作戦を仰ぐ。
「一発勝負だな。……カタリナ、カズヤと一緒に、ボスの本体を焼き潰すのに専念してくれ。俺はジンと、出来るだけ触手とワン公を片づける」
確かに、それしかないだろう。
カタリナも、軽口も言わずに頷くと、また和哉の袖を引っ張って突撃を開始した。
真正面には、突っ込んで来られることを予想しての、ボスの毒蔓の楯が、洞窟の天井にまで聳えている。
和哉は、効くかどうかは未知数だが、何故かいけるかも、と踏んだ毒噴霧を、口を使ってやってみた。
結果は――恐ろしいほどよく効いた。
毒蔓の楯防御は、和哉の放った、火トカゲとボス専用毒の混合体によって、みごとドロドロに溶けてしまった。
「へええ。自分の毒は防げるけど、他モンスターの毒が混ざるとダメなんだ」
ひとつ勉強になった、と感心しつつ、カタリナと共に、空いた楯の隙間から火の魔法をお見舞いする。
連続魔法の火の球と、ガスバーナー強化版の2本立ての前に、所詮植物のボスの身体は、あっという間に炎に包まれた。
二人の背後から巻き付こうと迫っていた蔓までが、その場で制御をうしなったかのようにのたうちまわった。
「やっぱり、本体への魔法は効くわねっ」
激しく燃え始めた毒蔓ボスモンスターは、楯にしていた蔓を広げ、その本体を露わにする。
グロテスクな柄の太い茎が岩場からにょっきりと生えた上に、これも気色の悪い土気色とどす黒い赤が混じったひとつだけの大きな花が、どん、と上部に乗っかっていた。
ポイズン・ドッグを粗方片づけたロバートが、燃えるボスを見て一言。
「カズヤ、焼け残った部分は喰っといた方がいいんじゃないのか?」
言われると、予め身構えていた和哉だが、「遠慮しとく」という答えを言う前に、またまたドS美少女に捕まった。
「ポイズン・ドッグの牙と、毒蔓ボスの頭部の花弁」
るんるん、と歌でも歌い出しそうな声音で言って、和哉の後ろ髪を掴んで無理矢理仰向かせたジンは、どう見ても凶悪なその二つの物体を、和哉の口の中へと押し込んだ。
男は、何があっても人前で泣くもんじゃあないと、小さい時に可愛がってくれた近所の寺の住職が言っていた。
尊敬していた和尚さんの言葉に、盛大に逆らう羽目になったのを心から詫びながら、和哉は大声で泣きながらモンスターを飲み下した。
和哉くん、どこまで何を食べるんでしょう?