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88.月天使の計らい

「ジン……」


 ——それって、まさか、俺を好きだから他の女の子には渡せないってイミ?


 心中で『?』と『!!』とが大激走して焦っている和哉を他所に、ジンは更に続けた。


「カズヤは我がサーベイヤの大事な秘密兵器です。彼の能力を、他国に譲るわけには行きません」


 やっぱ、そっちかよ、と、盛大にショゲた和哉を、ロバートとカタリナ、クラリスが声を殺して笑っている。


 ジンの、平坦だが毅然とした態度に、フミマロは笑みを人の悪いものに変えた。


「冗談、ですって。……けど、神官戦士の姫さんは、よっぽど和哉さんを好きなんですねえ」


「そういう感情を、私は、誰かに抱いたことはありません」


 きっぱり否定したジンだが、ステンレスシルバーのストレートヘアから僅かに見える耳が、真っ赤だ。


 ツンツンだけど、たまには心配してくれる、ジン。


 イディア姫とナリディアの双方通信機であるアンドロイド故に、己の感情は大部分押さえ込まれているが、それでも、ちゃんと何処かで表現してくれる。

 気付いて、思わず顔の筋肉が緩み掛けた和哉の隣で、エルウィンディアが膨れっ面で声を上げた。


「ジンの嘘つきっ!! 耳真っ赤じゃないっ!! もうっ!! 私だってカズヤを大好きなんだからねっ!!」


 神官戦士の少女とは真逆な、表情豊かな騎乗竜の少女のどストレートな告白に、出会いの時を知っている仲間達は爆笑し、フミマロは目をまん丸に見開いた。


「おやまあ……。和哉さんは、随分とこれまたおモテになりはるんですねぇ。こりゃ、ウチのサクラコなんぞ出る幕はないわ」


 すっかり関西弁、というか、オオミジマ弁を丸出しにしたイチヤナギ家の若き当主は、笑いを止めないロバート達に釣られるように笑い出した。

 笑い声が響く中で、ジンとエルウィンディアは睨み合っている。

 和哉は慌てて2人を諌めた。


「エルウィンディアっ、こういうところで張り合わないって約束したろっ? ジンも、エルを相手にしないって。……ああみんな、まだ笑ってるしっ!!」


 本体は竜だが少女の姿だとどこか猫っぽい雰囲気のあるエルウィンディアと、やはり山猫のような気性のジンは、お互い一歩も譲らない。

 本物の猫なら、両者とも背中の毛がビンビンに逆立っている、というところだ。


「もーっ、2人共いい加減に仲良くしろって〜〜」


 ヘタレ口調で仲裁する和哉が可笑しいのか、ロバート達が更に笑う。


「そんな、笑えることっすか!? 」


 自分の言う事を聞いてくれずにまだ見合っている美少女2人を交互に見て、和哉は自分が情けなくなって肩を落とした。


「それにしても……。旅の賢者は、随分前にこの世界から別世界へ行かれた、と噂されておったのじゃがな」


 笑いを納めたクラリスが、首を傾げた。


「確かに、旅の賢者は別世界へ移られた、と御使い様からお聞きしました。——けれど、御使い様も知らぬ間に、この世界へ戻られたのでしょう」


 ジンの言葉に、フミマロが「ほお」と不思議そうな顔をした。


「御使いさまでもご存知ない、ということがあられるんですなあ」


 ジンは無表情で頷く。


「御使い様は神では無いので。その証拠に、オオミジマの神々については、御使い様は多分、ほとんどご存知ではない、と思います」


「……確かに、言われてみれば、そうですわ。夢に出て来はった御使いさまは、フツノミタマノカミさんについては、自分らが触っていいお方やないと仰られてました」


「御使い様には御使い様方の(ことわり)があります。オオミジマの神々には触れない、というのが、御使い様方の理なのでしょう」


「ふうむ。わしらには分からぬ理屈で、どうやら御使い様達は動いておられるようだの」


 クラリスの言葉に、和哉は、そうじゃない、と言いそうになった。

 元地球人である和哉は、ナリディア達がどういう存在なのか、分かっている。

 旅の賢者も、恐らく御使いの『システム』を理解しており、その上で異世界を行き来しているのだろう。


 ——もし、ジャララバが、御使いが宇宙空間管理システムエンジニアだというのを理解していたら、こんな悲劇は起こさなかったかもしれない……。


 ふと浮かんだ考えに、だが和哉は内心で首を振った。

 それでも、きっとおんなじだ。

 ジャララバ達は、故郷ナナセル異界に、狂気する程焦がれていたのだから。


 ******


 出る幕は無い、と言いつつも、フミマロは妹姫を和哉達に引き合わせた。


「本人が、アマノオオドを助けてくれたお人達に会いたい、と申しましたんで」


 歩けないというサクラコ姫は、木製の車椅子に座り、ヌイに付き添われて広間にやって来た。

 フミマロが着ている白い神官服に緋袴を着け、その上から色とりどりのセキチクが描かれた薄い打ち掛けを纏っていた。


「お初にお目にかかります。サクラコと申します。こないな失礼な格好でご挨拶しますこと、どうかお赦し下さい」


 頭を下げたサクラコ姫の肩を、真っすぐな黒髪が滑り落ちる。

 上げた顔は、兄に似た色白の、まるで日本人形のような美少女だった。


 ——こんな可愛らしい女の子が、身体が不自由なんて……。


 やはり同情心が擡げてしまう。が、その気持ちは失礼だと、和哉はサクラコに向かって笑んだ。


「こちらこそ、お目に掛かれて光栄です。俺……、じゃない、僕なんかただの冒険者で、本当ならオオミジマ宗家の姫君に容易くお会い出来るような身分じゃありませんから」


 和哉が、照れて頭を掻くと、サクラコは愛らしい声でコロコロと笑った。


「ほんに、兄上が仰られていた通りのお人ですなあ、和哉さまは。お強いのに威張らない、逆にご謙遜なさる」


「いや……」どう返していいのか分からない。


 サクラコは、14歳とは思えないほどに、堂々としている。

 顔付きこそまだあどけなさがあるが、もう立派にオオミジマ宗家の姫君という威厳を、身に付けている。


 内心オタオタしている和哉を見兼ねたのか、ジンがサクラコに尋ねた。


「サクラコ姫も、兄君のような呪がお使いになれるとか」


「はい。わたくしの呪は、主に魔物返しですが、《かごめ》や《糸車》のような、魔物を捕らえる呪も、多少は使えます」


「ほう? 《かごめ》という呪は、具体的にはどのような組み立て方をするのかの?」


 魔法の話となれば、クラリスが黙っている筈が無い。

 身を乗り出す大賢者を、フミマロが、「そのお話でしたら、またの機会にゆうるりと」と、やんわり制した。


「ちっとぐらいは構わんじゃろうがっ」


「クラリスさま、大賢者ともあろう方が、駄々は捏ねないで下さいまし、だわよさ」


 カタリナにズバッと言われ、クラリスはむっとした顔で、「何じゃいっ」と悪態をつく。


「まあ、フミマロさまも、オオミジマ宗家の呪について、クラリスさまにお教えしない訳じゃない、んですよね?」


 確認した和哉に、フミマロは「もちろん」と頷いた。


「先にも申しました通り、このままでは宗家の人間が早晩、絶えてしまいます。そないな

状態で呪を宗家だけで秘匿しておきましても、何にもならしません。宗家に新しい魔術の血を入れるか、外の方でもオオミジマの呪を使えるようお教えするか……。

 私はどちらもアリと思うとりますゆえ」


「けれど、他の宗家の当主様方は、フミマロさまのお考えに賛成なのですか?」


 宣人の問いに、フミマロは端正な顔をやや歪めた。


「今回のジャララバの襲撃で、宗家三家で当主が健在なのは、我がイチヤナギ家だけとなってしまいました。ロッカク家の当主ハルミ様は、『神器』の鏡をお借りした時にはもう、虫の息であらしゃったと。カツラノイン家のタカアキ様は、父君タカツキ様がジャララバに手駒にされた時に、父君を止めようとなさって戦死なさいました。ハルミ様にはお子様が3人おいでですが、皆姫君です。タカアキ様は家督をお継ぎになったばかり。私と同じくお方をもろうておりませんでした。

 ただ、ロッカク家はタカアキ様の下にまだ小さい弟君がおいでなので、当面はお母君のアツコ様が後見になられましょう」


「ってことは、宗家三家で、当主としての意見を言えるのは、フミマロ様だけ?」


 大変な事態になっているオオミジマに、和哉は改めて心配になる。

 そんな和哉の想いを読んだかのように、フミマロが、いつものにへら、とした笑い顔を作った。


「まあ、元々そないな事情になった時には、生き残った当主が宗家代表として采配してよい、という取り決めがありますので。——しかし、これが面白いことで、この地へ来て2000年、幾度か大きな戦に巻き込まれましたが、その度に宗家三家のうち誰かしらがちゃんと生き伸びるんですわ。それもこれも、フツノミタマノカミさんのご守護でしょうねえ」


 井戸端会議中のおばちゃんのような軽い話し方で自国の大事を語ったフミマロに、和哉は今更ながら面食らった。

 肝が、座り過ぎている。

 オオミジマという国を背負う立場故だろうが、きっと望んでもフミマロの度量には、何十年掛かっても和哉は到達出来ないだろうと、確信する。

 

「じゃあ……、クラリスさまにはご自由にしていただくということで。俺らは一度セント=メナレスに戻ります」


「和哉、そのことなんだけど」宣人が急に声を上げた。


「僕も、良かったらオオミジマにしばらく居させて貰いたいんだけど……」


「あ? 何でだ?」ロバートが訊く。


 宣人がちらり、と兄フミマロの後ろに黙って控えているサクラコ姫に目を遣ったのに、和哉は気付く。


「その……、僕でも手伝えることがあれば、オオミジマの人達の力になりたいし。それに、何かやっぱり、故郷に似てるっていうところが、どうも離れ難いっていうか……」


「サクラコ姫も、居られるし?」冗談の積もりの和哉の言に、宣人は速攻で真っ赤になった。


「あらま。カズヤじゃあなくってノブトのほうが、姫君にハートを掴まれちまったんだわさ」


 くくくっ、と、カタリナが楽しそうに笑う。


「えっ!? あっ、あの……」


 サクラコも驚いたという顔で、和哉と宣人を交互に見た。


「おやおや〜〜。宣人さんには、この妹の婿殿になってくれはりますんでしょうか?」


 フミマロも、半分真面目、半分冗談のような表情で宣人に尋ねた。


 宣人は真っ赤になったまま、「え〜〜と……。そのっ、サクラコ姫が、和哉でなく僕でもいいと、仰って下さるなら……」


 唐突なプロポーズに、14歳の美少女は今にも泣き出しそうな表情で真っ赤になった。

 サクラコの反応に、宣人は慌てて腰を浮かせる。


「どっ、どうしても、っていうんじゃあありませんっ。僕が好きじゃないなら仕方ないし。僕の勝手な想いですから、お気に障ったのなら申し訳ないですっ」


「いっ、いいえっ!!」サクラコはぶんぶん、と黒髪を振った。


「申し訳ないのは、わたくしのほうでございます。突然のお申し出で、驚いてしまって……。あの、もし、宣人さまがお宜しければ、こちらに居られる間、お話にいらして下さいまし」


「あ、はいっ」


「はーっ、姉君のカオルコより先に、サクラコの婿殿が決まってしもうた。こりゃまた、母上が大騒ぎになられるわ」


 苦笑するフミマロがとても嬉しそうなのを見て、和哉も気持ちが明るくなった。

 成り行きを見守っていたジンも同じ気持ちだったようで、オレンジゴールドの口元が、僅かに上がっている。


「良かったねっ!! ノブトっ!!」


 大声で祝福を述べたのはエルウィンディアだった。


「家族が出来れば、もう寂しくないわよ」


「そう、だね」宣人はエルウィンディアの言葉に、心底嬉しそうな笑顔を見せた。


 和哉は、宣人のその笑顔にはっとした。


 ——初めて見るよな、こんな宣人の嬉しそうな顔って。


 ひょっとして、宣人が和哉達とオオミジマに来たのは偶然ではなかったのかもしれない。

 ナリディアの仕組んだシナリオだったとしたら、月天使はとても優しい悪魔だ。

カ……カメなりに頑張りました。


最近、アイスの食べ過ぎか、太って来ました(汗)

和哉じゃないんだから、何でも口に入れれば術になるってもんでもないし。

人間、《たべ》るとデブになる。

デブって魔法があっても、絶対役には立たない気がする(泣)

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