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87.イチヤナギ家の問題

 背後からくつくつと笑う声がしたのに、和哉は驚いて振り向いた。

 ガートルード卿が、剣帯を外し、オオミジマの作法に従ってきちんとブーツを脱ぎ、端座していた。


「何処に行ってたんすか?」


「ジュウロウ殿に頼んで、アマノオオトの被害状況を一緒に見て来たのだ。ジャララバ達は随分と派手に暴れ回ったようだ」


 氷の美貌を曇らせた女竜騎士に、和哉は再びジャララバへの怒りを感じた。


「親玉が死んだから、手下は残っていても、もう何も出来ないって、思うんすけど」


 和哉がやや声を尖らせたのに、ガートルード卿は「多分な」と返した。


「しかし、かなりな被害だ。——イチヤナギのご当主殿、大変失礼かとは存じますが、オオミジマの方々だけでなく、他国からも応援を頼まれてはいかがでしょう?」


 フミマロは「ふむ」と、しばし箸を膳に置いて考える様子を見せる。


「いや……。オオミジマの事は私達オオド人の問題です。取り敢えずは自分達でどうにかする方向で参ります」


「ですが」


 普段なら相手の意思を尊重してしつこく進言しないガートルード卿がここまで心配するほど、都の被害は甚大なのだろう。


「ご心配、有り難く存じます」フミマロはガートルード卿に頭を下げた。


「ですが、我らも呪者の端くれ。これしきで気力が尽きてしまうようでは、異世界(ここ)に我が一族を避難させてくれたご祭神様のご意思に背きます。——けど、まあ、どないにもようならん時には、お助け信号を出さして貰うかも知れませんが」


 最後はにへら、と笑うフミマロに、ガートルード卿も、表情を和らげた。


「ご当主がそう仰られるのなら。——では、私はジュウロウ殿と見回って来た辺りの被害状況などを纏めるのを手伝って来ましょう」


 ガートルード卿は立ち上がると、きちんと障子を開けて出て行った。

 入って来た時は通り過ぎたのだから、そこまで律儀にしなくても、と和哉は思ったが、「卿は、気遣いが出来る良い方ですね」というフミマロの言葉で、ゴースト系モンスターの出入りに慣れないオオミジマの人達を気遣っての行動なのだと、気が付いた。


 ——自分は、まだまだ至らないんだなあ。


 心中で、和哉は反省した。


 ******


 リッチモンド家の当主アーノルドは、ジャララバに憑依されていた時の記憶をほとんど無くしていた。


「まあ、覚えとらんほうがよい事もあるがな」


 クラリスはリッチモンド家の全員に箝口令を敷いて、アーノルドに、自身がジャララバに憑依されオオミジマに惨劇をもたらした、という事実を伝えなかった。

 

 宗家三家からの申し出でもあり、何より、友人としてクラリスはアーノルドに絶望してほしくはなかったのだろう。

 リッチモンド家としても、当主の、罪なき罪を秘匿したかったに違いない。


 翌日の昼過ぎ。

 クラリスがイチヤナギ家に戻って来るのを待ち、和哉達はオオミジマを離れることをフミマロに告げた。


「そのことなんじゃが」クラリスが、和哉達と一緒に帰国しないと言い出した。


「アーノルドもアマノオオドの別邸で暫く休養すると言っとるし、わしもちと、宗家三家の方々がよろしいと言ってくれれば、オオミジマの宗家の呪について教わりたいしの」


「クラリスは、オオミジマは初めてだったんすか?」


 あちこち放浪していた大賢者が、まさかオオミジマに来ていなかったということはなかろう。

 と思い訊いた和哉に、「うむ。初めてじゃの」とクラリスはあっさり肯定した。


「へえ? そりゃまた何で?」ロバートも驚いた顔で問う。


「オオミジマ(ここ)へ来た時のことを思い出せば分かるじゃろがっ。オオミジマは、『神器』を護る宗家三家が納める土地。やたらめったら観光やらで来るような輩は容易には入国させんがな」


 ましてや、とクラリスは続ける。


「わしのような胡散臭い冒険者崩れの魔法使いなど、入国許可が下りんがな」


「でも、リッチモンド家の商隊の護衛ってことなら、入れたんじゃ……」


「魔法使いは、原則、入国禁止になっておりまして」


 和哉達の話を聞いていたフミマロがにこやかに言った。


「50年前にジャララバの一件があったから、というのもあります。ですが、それ以前から、オオミジマ宗家の呪を外に出すのは、代々禁じられておりまして。他所の魔法使いさんが来られて、三家の呪を習得されては困るので、極力、大賢者さまのような大魔術師は、ご入国をお断りして来たのです。ですが」


 フミマロは、そこで一度言葉を切る。


「……私は、このまま他所の血を入れんとやっていくのは、限界やと思うております。事実、宗家三家の間柄は、かなり近しい親戚同士で、その間での婚姻がずっと繰り返されてきております。そのため、人としては足りない子も生まれております。

 実は、私の妹が、それです」


 思わぬフミマロの告白に、和哉は「えっ?」と驚いた。


 フミマロはほろ苦く笑んだ。


「はい。妹は、生まれながらに片方の足がありません。右手も、すこうし短いのです。というのも、私の母と父は異母兄妹なのです。近親婚、と言うそうですが、そういう夫婦の間には、妹のような人として足りん子もよう生まれてしまう、と、あるお方からご忠告をされました」


「それは、誰なんすか?」


 何となく訊いた質問だった。フミマロは、端正な面を崩す事無く「旅の賢者さまです」と答えた。


「えええーーっ!?」デュエルが素っ頓狂な声を上げた。


「たっ、旅の賢者って……、600年前の人でしょ!? どうしてフミマロさまが、600年前の人と話なんて——」


「は? 旅の賢者は不老不死者(マクロビアン)ですよ?」


 和哉はもちろん、クラリスやジンでさえ、驚愕に口を開けた。


不老不死者(マクロビアン)は、伝説ではないのかのっ!?」


 尋ねるクラリスに、「あれっ? 大賢者さまもご存知ないんっすか!?」と、ロバートが真面目に驚く。


「長く生きとると言っても、わしはハーフエルフなのでな。たかだか2、300年くらいでは、この世界の全てを知ることなど出来ぬよ」


「不老不死者の話なら、聞いたことはある」皆の話を黙って聞いていたオーガストが言った。


「ドラゴンの寿命は約1000年、ドワーフ族は500年ほど。エルフは5000年から6000年生きる。だが、エルフの中に時々、特別な能力を持つヤツが生まれるって。それが、不老不死者(マクロビアン)だ」


「誰に、聞いたの?」ジンは、ステンレスシルバーの細い眉を寄せ、厳しい表情になる。


「父さんよ」兄の代わりに、エルウィンディアが答える。


「ディアとオーガストの親父さんて、どんな竜なんだえ?」カタリナが薄紫の瞳をエルウィンディアに向けた。


「父さんは、ダルトレット王国の南西側、魔族の王国へ続く大森林と荒れ地を狩り場にしている、火竜なの。魔族の王国の北側の荒れ地は、昔は大森林で、そこに例の暴れ竜フォーンが棲み付いていたんだって。フォーンは、元々はエルフの王子の騎乗竜だったんだけど、魔族との戦いで主が死んで、それで暴れ竜になっちゃったって。——とっ、この話はクラリスさまのほうがよおくご存知でした。

 で、その戦いの時、英雄グィンの盟友でエルフの将軍だった人が居て、その人が不老不死者だったって」


「まさか、そのエルフが、旅の賢者……?」訊いた和哉に、エルウィンディアはぶんぶんと首を振った。


「その人はアスタロットという名前で、弓の名手の多いエルフの中でも、一番っていうくらい剣と弓がもの凄く上手かったって。今は、多分オオミジマよりはるか東にあるっていう、オートリアって場所で暮らしてる筈だって」


「そんな場所があるんだ……」


 確か地図で、アデレック大陸の東にエルフの居た大森林、ロゼラウムの森がある、と記されていた。

 今は大半が何処かへ移住してしまった、とクラリスが言っていたが、オートリアが移住場所なのだとしたら、そこはエルフの王国ということになる。

 興味津々の和哉に、クラリスが、「行きたいじゃろうが、やめとけ」と言った。


「どうしてっすか?」


「エルフは、ドワーフよりも更に人間嫌いじゃて。人間が何の前触れも無くエルフの土地に踏み込んだとあれば、即、殺しに来るじゃろ」


 オートリアへ着いた途端、「こんにちわ」という前にエルフの矢の雨の洗礼を受けるのは、ちょっとだけじゃなく嫌だと、和哉は思った。


「カズヤの興味は放っといて。で、フミマロさんが旅の賢者にお会いしたのは、いつ頃ですか?」


 ジンのあまりの言い様に、和哉は少しだけへこむ。

 和哉のやや低空になった気分など誰も気にしない様子で、フミマロの答えを訊こうとそちらを向く。


「1、2年前でしたか。魔法使いであらしゃりますのに、何故か魔法防御(マジックシールド)に引っ掛からずに、するりー、とオキツシマにお入りになられまして。こちらが気付いた時にはアマノオオドにまでいらっしゃってました。そこで初めて、大変な魔法使いさんが来ていらっしゃると気が付いて、我が家にお招き致しました」


 フミマロの妹を看た旅の賢者は、自分の魔法(ちから)で治せないこともないが、そうした場合、妹姫の寿命が短くなる、と告げたそうだ。


「換命術、というらしいのですが、患者の残りの寿命の一部を治癒に転換して、あらゆる傷や病気を完治させるというものらしいです。妹の場合、無いものを命を削って創り出すため、寿命自体は相当短くなると、仰られました」


「どれくらい……、ですか?」宣人が、神妙な面持ちで訊く。


「30までは生きられんやろと」


 フミマロの淡々とした告白に、板間で控えていたコハルがぎゅっ、と両拳を握り締めるのを、和哉は目の端で捉えた。


「……で、妹君は? その術を施して貰ったのかの?」


 クラリスの問いに、フミマロはやや俯いて、静かに首を横に振った。


「片足で、右手も短く、とても人前に出られる姿ではありませんが、妹——サクラコは、今のままで十分やと、申しまして。ちいっとは他の宗家の姫と比べて不自由ではありますが、自分で工夫して、琴も弾けますし、書も書けます。何より、呪も、下手すれば私よりはるかに大きな呪を唱えられます。……身体が不自由に生まれた分、ご守護の神さんがサクラコには余計に目え掛けてくれてますのかいな、と思うております」


 和哉は、会ってはいないが、フミマロの妹は相当気丈な少女だな、と思った。

 もし自分が身体不自由で生まれていたら、治す術があると知ったら、寿命を削られても健常な身体にしてもらう。


 そう考えて、はっと気が付いた。

 治して貰おうと思うのは、和哉が健常だからだ。

 サクラコ姫を哀れむのは、和哉の中に身体不自由な人への差別心があるからだ。

 己の奢りに気付いて、和哉は恥ずかしくなりそっと俯く。

 和哉の気持ちを知ってか知らずか、フミマロは笑い含みに言った。


「旅の賢者のご助言もありますんで、イチヤナギ家当主の私としては、妹の婿殿には、是非、和哉さんのような方がよいなあと——」


「それは、出来ません」


 間髪入れずに断ったのは、和哉ではなく、ジンだった。

またまた大変遅くなり、申し訳ございませんm(__)m


執筆速度もカメですが、話の速度もカメです・・・

でも、懲りずにもう少し、お付き合いくださいまし〜〜

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