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86.食事・記憶

 別室には。

 和哉や宣人は目にした事のある、畳の上に綿布団、という寝床が用意されていた。

 多少知ってはいたらしいイギリス人のロバートと、全く見たことも聞いた事もなかったと思われるワータイガーのデュエルは、和哉達が掛け布団を跳ね上げて中に潜り込むのを見て、真似ていた。


「ほー、話には聞いてたが、ニッポン式の寝具は寝心地がいいな」


 掛け布団をぽふぽふと叩きながら、ロバートが笑う。

 オオミジマは、アデレック大陸の南東に位置する。

 気候は地球の日本列島と酷似していて、サーベイヤ王国よりは温暖だ。

 布団は夏掛けで薄いが、中にどういう素材を使用しているのか、ロバートが言う通り、ふわっとしていて軽い。


「なんか……、柔らかくて気持ちがいいもんだな、オオミジマのフトンってのは」


 デュエルも気に入ったらしく、ニヤニヤしながら掛け布団を身体に巻き付けている。

 艶のない金の蓬髪から飛び出しているトラの耳が、嬉しげにぴくぴくと動いている。

 そう言えば、ネコは大体、筒状の狭い場所が好きだった、と思い出す。


 ——どう見ても、巨大な簀巻きネコだ。


 和哉は堪らず吹き出してしまった。


「なに笑ってんだよっ!?」


 真昼なので、戸は片側だけを開き、几帳で陽光を遮っている。

 部屋が広いので、それでも十分薄暗い。

 そんな中で、伊達巻きの切れ端から頭だけ出した大ネコにしか見えないデュエルが口を尖らせる様は、ますます和哉の笑いのツボを刺激してくれた。


 あまり大声を上げて笑うのも申し訳ないので、自身も布団の中に顔を突っ込んで、声を殺す。

 ちらりと目を上げると、反対側に寝転んでいる宣人も、口に手を当てて笑いを堪えていた。


「そっか。キャットは狭い場所が大好きだったよな。デュエルも同類か」


 気が付いたロバートも笑い出す。

 

 ムクれたデュエルは「亜人の俺と獣のネコを同類扱いするなっ」と、唸った。


 ******


 ひとしきりデュエルを揶揄った後、和哉達は眠った。


「お久しぶりでございます」


 眠りについてすぐに、ギリシャ神殿風の白い空間で出迎えてくれたのは、フィディアだった。


「今回は何のお話かな〜〜?」


 御使いが夢でコンタクトしてくる時は、大概、『この先赤信号です』か、『黄信号により、注意して進んで下さい』だ。

 自分でもきっぱり分かる程眉間に皺を寄せてその場に座り込んだ和哉に、フィディアはいつもの無表情で近付いて来た。


「ナリディア様からのご伝言です。「ご家族の居所や、この先のことについては、今はご心配なさらないで下さい」」


「って、フミマロ様の占いの件っすか?」


「そうです」フィディアは、頷いた。


 いつも思うのだが、フィディアの態度は実にこの世界の人々から慕われる『御使い様』然として、好もしい。

 実際の職務は、ナリディアの部下であるらしいが、ナリディアがフィディアの上司というのは、やはり首を傾げてしまう。


「キャパシティの問題です」


 また和哉の考えを読んだフィディアが言った。

 和哉達人間の脳内の微弱電流による通信記録を、御使い達——宇宙空間管理システムエンジニアは、傍受出来る。

 出来る、と言われて分かっているが、やはり質疑を言葉で投げる前に答えを返されるのは、人間どっきりする。

 その辺りがまた和哉の顔に出たらしい。


「……すみません。 ナリディア様からも注意を受けていたことでした。申し訳ありませ

ん」


「あ? ああ、いいっす」和哉は自分が思考を読まれたくらいで仰天する小心者と思われたくないので、平気なふりをする。


 が、多分それすら見栄だと、フィディアには読まれていると思った途端、ちょっと落ち込んだ。


「カズヤさま、その……」珍しく、フィディアが困っている様子を見せた。


「あー。俺の感情について、いちいち考慮しないでいいから。フィディアさんは、用件だけ伝えてください」


「申し訳ありません。私は、ナリディア様ほど細密にヒューマノイド化されていないのです。人々の言う《神》という存在に近しいのは、本当はナリディア様なのですが」


「ヒューマノイド化って?」


「人間の『感情』や『性格』を読み取り、接する人間に合わせて情報を伝える、という機能です。ナリディア様は、私を含めた他の宇宙空間管理システムエンジニアを統括するための存在です。ですので、より細密なヒューマノイド化が可能な領域をお持ちなのです」


 要するに、フィディアは自分が下っ端だと言っている。コンピュータ的に言えば、メモリーが足りないので、緻密な仕事をスムーズにこなすのに時間が掛かる、と。

 しかし、そんなフィディアが、精一杯自分を気遣ってくれているというのが、和哉には不思議であり、また嬉しかった。


 和哉はにっ、と口角を引き上げてみせた。


「いえ。フィディアさんも、十分優しいっす」


 言った途端。

 フィディアが初めて頬を染めて目を丸くした。


「あ、可愛いっすね」思った事をそのまま口にした和哉に、フィディアがますます真っ赤になる。


 和哉は、もしかしたら御使い達はそれぞれの初期のキャパに関係なく、使用頻度と人間との接触の回数で、学習し成長するものなのかもしれない、と推測した。

 とすれば、ナリディアが謹慎中の現在、代理のフィディアは和哉達との接触により、あ

るいはナリディアの能力に追い付く、というのもあるのかもしれない。


 調子を立て直そうとしてか、金の髪の美少女は頬を真っ赤にしたままコホン、と咳払いをした。


「カズヤさまのご家族については、宇宙空間管理システムエンジニア(わたしたち)の責任において、安全にお暮らし頂けるよう力を尽くします。ですので、カズヤさまはご自分のご希望の通りに行動なさって下さい」


「……それって、もし、フィディアさん達の手に負えなくなったら、俺も駆り出されるってことっすか?」


 少し意地の悪い質問をした和哉に、フィディアはいつもの無表情に戻り、「いえ」と否定した。


「カズヤさま方のお力をお借りする、というような事態には、今の所ほぼなりません」


「分かりました」


 和哉は深く頷いた。

 頷きながら、これはフミマロ様の占いが当たっちまいそうだな、と、フィディアに読まれる事を分かっていて思った。


 和哉が信用していないことを、だがフィディアは突っ込まなかった。


「では、これにて失礼致します。なにかございましたら、お呼び下さい」


 長い金髪の先が白い床面に届く程、深く腰を折って礼をすると、フィディアはふっ、と和哉消えた。

 美少女の御使いが居なくなった途端、和哉の目の前は真っ暗になった。


 ******


 目覚めると夕方になっていた。


 イチヤナギ家の侍女達が、寝る前にフミマロと話をした部屋に夕食の支度をしていてくれた。

 女性陣は、ガートルード卿を除いた三人が、男連中よりも先に席に着いていた。

 アンデッド・ウォーリアーのガートルード卿にとって、酒や食事は単なる趣味であって、採っても採らなくても問題は無い。


 平安時代を思わせる屋敷に住まうオオミジマの貴族達は、やはり食事のスタイルも平安

調で、用意された食事は、丹塗りの銘々膳に乗せられていた。

 やや宿泊代の張る温泉旅館などでこうした1人用の膳を見た記憶はある和哉は、改めてオオミジマの人々が日本の平安時代の形式をそのままにしているのに感心した。


 しかし、膳に乗せられた、同じく漆塗りの食器に入れられた食物は、中世日本のそれとは大きく異なっていた。


 和哉は、椀に入ったあさりのスープや、魚介と青菜のサラダ、イタリアンパセリらしき野菜と混ぜられたパスタ、また膳と別に高坏(たかつき)に乗せられた、柑橘類を剥いて蜂蜜と生クリームを掛けたらしいデザートと紅茶を見て、かなりドン引きした。


「なんか……、場所と料理の内容が……」マッチしていない。


 和哉の言いたい事に気付いたフミマロが、トレードマークの腑抜けた笑い顔を向けた。


「最近は、サーベイヤからお越しの方も多くなりましてね。こういったアデレック風の食事がオオミジマでも一般的になりました」


「ええと……、それまでは、やっぱり米、ですよね?」


 和哉の問いに、フミマロは「左様で」と笑う。


「ちなみに、和哉さんと宣人さんには、箸を用意させました。お使いになれるやろと思いまして。他のみなさんには、フォークとスプーンを、揃えさせました」


 いただきます、と、膳に一礼するフミマロに倣って、和哉達も一礼した。

 和哉は、使い慣れた箸を手に取ると、習慣で食器を左手で持ち上げた。


「あ、この台ごと持ち上げて食べるんじゃあないのか」


 西欧式では、皿を片手で持ち上げて食べる、というのは殆どしない。

 向かい側で、どうしようかというような顔付きをしていたデュエルが、和哉の所作を見て言った。


「アホか。この台ごと持ち上げたら、上に乗った皿や器が落ちるじゃろうがっ」


「だよなあ」


 真面目に頷くデュエルに、ロバートがあははと笑った。


「実は俺もどーやって食べるんだか、見当がつかなかったんだ。そーか、ニホンは食器を

持ち上げて食べるのが習慣だったな」


「ロバートの故郷では違うのかえ?」カタリナが訊く。


「俺の生まれた国は、食事のマナーはほぼサーベイヤとおんなじだ。フォーク、ナイフ、

スプーンを使って、皿は持ち上げずに食べる」


 料理も、こんなに食べ易く小さく料理しないし、とロバートは付け足す。


「そう言えば、長いこと一緒に旅をしていたけど、遠い所から来たってだけで、あたしもロバート達も、故郷の話なんかしなかったねえ」


「そうだな。……まあ、あんまり覚えてないっていうのもあるしなぁ」


「そう……なんだ?」


 宣人が不思議そうな顔をして、箸を止めた。

 そうか、と、和哉は思い出した。宣人は宇宙同士の『不慮の事故』で、本人の意思と無関係にこの異世界へ来てしまったのだった。

 当然、宣人には家族の記憶があるだろう。

 ナリディアから地球が無くなってしまったことは聞かされているとして、宣人は二度と会えなくなってしまった家族を、やはり恋しいと思っているのか。


「あ、あの、さ」和哉は宣人にどう言おうか、と言葉を探す。


 が、宣人は、慰めようとしている和哉を、笑顔で止めた。


「僕も、ジャララバに捕まって長いこと持ち物倉庫に押し込められていたら、すっかり家族の顔を忘れちゃってたんだ。家族構成は覚えてるけど、父と母の名前すら出て来ない」


 薄く笑む優しげな表情からは、本心は窺えない。

 もし、和哉達の立場を慮っての発言なら、宣人に気を使わせてしまっているのは心苦しい。


 しかし、和哉が口を開く前に、ロバートが苦笑しつつ言った。


「俺もさ、さっきも言ったけど、親兄弟のことはさっぱりだけど、友達(ダチ)のことは妙に鮮明に覚えてるんだ。チェス好きのヤツや、一緒にクリケット観戦に行ったヤツ、ああ、こいつは観戦中にフィッシュアンドチップスを応援に夢中になって振り回して、隣のレディの頭にぶちまけて、散々怒られたんだ」


 ロバートの話を聞いていて、和哉はふと、学校のある日の風景を思い出した。

 放課後の、人気の無くなった教室に一人残っている少女。

 机に横向きに座り、西側の窓から入る夕暮れの陽を浴びた顔は、シルエットとなって見えない。

 

 ——あれは、誰だったんだ?


 思い出せるのはその情景だけで、あとは、クラスメイトの顔すらぼんやりとしか浮かばない。

 ロバートのように、家族のことは完全に忘れても友人は覚えているというのが無いのは、和哉には特に仲が良かった友人など居なかったからだろう。


 いつも一人だった。

 人と付き合うのが得手ではない和哉は、学校内でも、クラスメイトが校庭で走り回っているのを端でただ見ているだけだった。

 そんな和哉とよく話をしていた少女。

 今、容姿も声も思い出せない。とすると、彼女は友人ではなく、和哉の親族なのか?


 しばし、沈思黙考していた和哉に、「フィッシュアンドチップスって、どんな料理?」とジンが尋ねて来た。


「え? ……ああ。白身の魚を油で揚げたのと、ジャガイモっていうイモを素揚げしたのを一緒くたに紙に包んで、適当に塩とか掛けて食べるもの、かな?」


「おいカズヤっ、ブリテッシュのソウルフードをいい加減に説明するなっ。ポテトはアメリカンとは違って太めにスライスするんだ。フィッシュは、まあ、ほんとに小タラとかカレイなんかの白身魚だけど、塩漬けなんかじゃあなくて、ちゃんと獲れたてを調理して、薄く衣をつけて丁寧に揚げるんだ。あとは、塩だけじゃなくって、レモンも掛けるヤツもいる。アメリカンはケチャップが多いらしいがな」


「ということは、味無しの揚げ物に、食べる者が勝手に味付けして食べろ、という、大雑把なメニューじゃな」


 早くもデザートの皿を手にしているクラリスが、ふんふん、と頷きながらスプーンを口に運んでいる。


「大雑把じゃねえっすっ。俺の故郷の人間は、食事はシンプルなのが好きなんだって。だって、味の好みは十人十色っしょ? だったら、初めに味付けなんかしないほうが食べる側にしたって助かるでしょーがっ」


「理に適っているようで、やっぱり大雑把じゃな」


 個々人の好みの自由という特典を何としても『大雑把』と呼ぶクラリスに、ロバートはむっとした顔で膝で頬杖をついた。

 彼等のやり取りを笑いながら聞いていたフミマロが、おっとりと言った。


「『ワ』でも、味付けは塩味か酢のようでした。ですので、私達オオド人は、長い間その伝統を守ってきましたが。最近アデレック大陸に出回っている調味料は、我らの舌にもよう合いましてね。……ああと、なんと言うたかな? ヌイ」


 フミマロは、下座の後ろに控えていた侍女頭に尋ねる。

 

 ヌイは一礼すると、「醤油、と申しましてございます」と、答えた。


 初老にしては張りのある、りんと響く声に、和哉は、この人も何かしら武術の心得があるのかもしれない、と推測した。


「そう、醤油。あれは何とも風味がようて。近頃は我が母も姉も、あれが無くてはお膳の際に文句を言う言う」


 平安時代には、みそも醤油も無かったのか、と、和哉は頭の中で日本史の教科書をめくってみた。


「ソイソースは、今やこの世界全域に広がっとるな。宮廷料理人も、ソイソースが無ければ味が整わんと豪語するくらいじゃて」


 薄茶を口に運びながら、クラリスはのんびりと言った。

 両手で湯呑みを持ち、猫背気味に茶を啜る風情は、確かに年寄りだと思う。思うが、やはり顔はエルフの美青年だ。

 やることと見た目にギャップのあり過ぎるクラリスに、もう慣れたと思っていた和哉だが、やはり頭が混乱した。


「クラリス……、一体本当にお幾つなんすか?」


 大賢者は一瞬目線を上げ、「忘れたな」とトボケると、何事も無かったようにまた湯呑

みを傾けた。

なんだかヘンなタイトルの話になってしまいました(汗)


こういうことをコチャコチャ描いているから、進まない……__;;)

分かっているなら、反省します。

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