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82.闇夜の戦い

 黒い塊の中は、嘆きに満たされていた。

 言葉で具体的に聞こえるものもあるが、大半は、ただ感覚を和哉に伝えて来る。

 べっとりとした、しっとりとした、やるせない感覚。

 一人の感情ではない、複数の人間の悔恨や悲嘆、憤怒の声と想いが、微風のように聞こえ、肌に触れて来る。


『——殺してやるっ!! 殺してやるっ!!』


『——ハルっ。ああ……、何処へ消えてしまわれたのですか?』


『——辛や……、苦しや……。誰か、出しておくれ……』


『——痛い、いたい……っ、助けて、(たあ)さまぁ』


 むず痒さを覚えて、和哉は腕を摩る。それが少し治まると、今度は鈍痛が頭を襲う。


 ——ちゃーっ。声はやり過ごせるけど、痒い痛いは参るなぁ。


 飲み込まれた黒い塊に壁は無い。寄り掛かろうにも、ただ煙のようなものが立ち込めているだけだ。

 足も痛くなり、和哉は剣を地に突き刺しその場に座り込んだ。


「ったく。何がしたいんだよっ!!」姿の無い者達に、腹立ち紛れに尋ねてみる。


 真綿で首を絞められるように、ゆるゆるとした不快感と絶望の声に攻められる。

 いっそ思いっきり斬り付けて来るなり、魔法でも飛ばしてくれるなりしたほうが、戦う意欲も出るのだが。

 

 苛つきながら腕と足を摩っていると、不意にアマノハバキリが光り出した。

 呼吸するように薄く濃く瞬く碧い光が、ただ音と感触だけであった闇を照らす。

 照らされた周囲に目をやって、和哉はぎょっとした。


 そこには、無数の人の顔が、あった。男のもの、女のもの、子供、老人、若者——

 様々な顔は、だが一様に崩れ、爛れ、苦悶の声を上げている。


「う……わ……」


 夥しい身体の無い死霊達に囲まれて、さすがに和哉もおぞけ立つ。

 焦ってアマノハバキリの柄に手を掛けた時。


『おおお……、そこにあったのか、我が島の『神器』』


 太い男声と同時に、首だけ死霊の群れの中からぬっ、と大柄の人物が抜け出て来た。

 初老とおぼしき蒼白の面の男は、坊主頭で、白い狩衣を着ている。右手に黒い勾玉を巻き、左手に長い両刃の直刀を握っていた。

 出で立ちだけでも十分に奇妙なのだが、一番ぞっとするのは、男の目だ。白目と黒目の区別が無く、眼窩が赤一色で埋まっている。


 むっとする死霊の臭いが、男の、骨太の身体から涌き出ている。


『長きに渡り行方知れずであったものが、戻って来おった』


 やれ、嬉や、と、男はアマノハバキリに近づく。するすると滑るように歩き、勾玉を手首に巻いた右手を柄へと伸ばした。

 しかし、男はアマノハバキリに触れることは出来なかった。刀身の碧い光が稲妻と変わり、男の手を撃ったのだ。


『おお……っ、おお……。なんということだ。儂が、『神器』に拒まれるとは』


「あんたが悪霊だからだ」和哉は、大仰に嘆く男に言った。


 坊主頭の神官が、その時初めて気付いた、というように和哉を振り向いた。


『——儂が悪霊だと?』


「あれ? 気付いてなかった?」和哉はわざと嘲った。


 実のところは、どうしてアマノハバキリが神官を拒んだのか、和哉には分からない。

 テルルのロッテルハイム邸では、ジャララバにアンデッド・ウォーリアーにされたアルベルト卿に、剣はしっかりと抱かれていた。


「真竜が、悪霊を好くわけが無いだろ」男の感情を揺さぶるつもりで、和哉はあやふやな事柄をさも本当かのように声を張って言う。


『儂が、死霊であるわけがなかろうっ!!』案の定怒った男は、見る間に本性を現した。


 顎の張った蒼白の顔は皮と肉が半分溶け落ち、唇の無くなった口は白い歯が剥き出しとなる。

 白かった狩衣はべっとりと血の色に染まり、あちこちが切られ破られ、襤褸の様相となった。


「おぬしは、何者じゃ?」和哉を指した指は半分以上骨が出ており、腕の皮は、大型肉食獣の爪にでも引き裂かれたように、大きく剥がれて血が滴り落ちている。


「うえ……」予想していたものの、ここまで間近では見たくなかったな、と内心でぼやきつつ、和哉はアマノハバキリを引き抜いた。


「あんたこそ、誰だ?」


『儂か? 儂は……』聞き返され、死霊の神主は骨だけになった首を傾げる。


『儂は……、儂はっ』


 死霊の神官は、己の記憶を振り絞るように、両手で頭を抱え俯いた。

 恐らく、ジャララバにアンデッドにされた時点で、生前の記憶を無くしたのだろう。

 ただ、アルベルト卿やガートルード卿のように、レベルが高く意志の強い騎士や魔術師ならば、思い出す可能性もある。


 和哉は、アマノハバキリを片手に下げ、いつでも斬り掛かれるように心構えをしながら、神官の言葉を待つ。


 やがて、神官が何かを思い出したように顔を上げた。


『そうだ……、奴らが来たのだ。我が屋敷に。フツノミタマノツルギを囮に、真竜を狩る、とほざいて』


「フツノミタマ、ノツルギ?」初めて聞く剣の名に、和哉は興味をそそられる。


「それって、オオミジマの、やっぱり『神器』?」


『そうだ。この剣が——』言って、神官は左手に握っていた剣を、胸元まで持ち上げる。


『フツノミタマノツルギ。オオミジマ宗家三家の『神器』の一にして、我ら中原之大国の民を導きたもうた尊き神』


 え? 神様が剣? と、和哉は少々驚いたが、考えてみれば、アマノハバキリも本体は真竜。神にも比しい存在である。


 ——さもありなん、か。


 納得した和哉の眼前に、死霊の神官はフツノミタマノツルギの切っ先をぴたり、と付けて来た。


『して、おぬしは何者じゃ? 無造作にアマノハバキリを掴みおって……』


「俺は、アマノハバキリに主と認められた男だ」和哉はすっぱりと言った。


「多分、あんた達が以前に居たのと同じだろう場所から来た。だから、真竜(アマノハバキリ)が、俺を主と認めてくれた」のだと、思う。という語尾は、説得力が欠けしまうので言わない。


『……』神官は、ゆっくりと剣を下げる。


『『神器』の剣は主を選ぶ。本当だったか。しかも、己と故郷の同じ流れ者に』


「流れ者たあ、なんだよっ」和哉はぶんっ、と剣を振った。


 アマノハバキリの刀身から、先刻と同じように水飛沫が迸る。

『神器』の聖水は、浴びた死霊の神官の身体に火傷の穴を空けた。


『うっ!! ……くっ。何故、アマノハバキリの水が儂に……?』


「だーからっ、あんたはもう悪霊化しちゃってるんだよ。フツノミタマノツルギを持っていられるのも、不思議なくらいだ」


 とは言ったものの。

『神器』は持ち手の生死、善悪を、どうやら選ばない。

 ジャララバにアンデッドにされた時に持っていたから、そのまま神官の手にある、というのが本当だろう。

 が、相手の戦意を失わせるには、正気に戻し、己の現状を把握させるのが一番なので、噓も方便、である。

 

 案の定、死霊の神官は、己が握っている剣を、不思議そうに見詰めて言った。


『死したる儂が、フツノミタマノツルギを持っている……?』


「そーだよ。あんたの、その、骨だけになっちまった手に、何で『神器』が収まってるんだ?」


『……彼奴らが来て、儂はフツノミタマノツルギを抜き、戦ったのだ。しかし、ジャララバとか申す彼奴らの首魁が、おかしな呪を掛けて来て——』


 神官は、そこまで喋って、はっと何かに気が付いたように、和哉を見返した。

 その顔が、見る間に生前のものに再び戻って行く。

 正気になったな、と、和哉は察する。


『そなた、カズヤとか申す冒険者か?』


「ああ。俺は山田和哉だ」


『一度はジャララバを押さえ込んだという傑物は、そなただったか』


 そうだ、と和哉は肯首する。


『儂はロッカクのタカツキと申す。そなたの事は、月の御使い殿から聞いておる』


「じゃ、オオミジマの宗家の人達は、ナリディアを知ってるんだ?」


 タカツキが頷いたその時。

 背後の死霊の壁が動いた。


「記憶が戻ってしまったか」壁から出て来た金髪の男は、言うなりタカツキの背中を人差し指で突いた。


 止める間もない。

 タカツキの身体がバラバラと崩れ落ちた。床に出来上がった骨と襤褸と肉片の小山から、男はフツノミタマノツルギを取り上げる。


「式神が使えるので、重宝な男だったが。歯向かわれても厄介だからね」


 男——アーノルド・リッチモンドに憑依したジャララバは、フツノミタマノツルギを軽く振る。


「この前は依代がまだ赤ん坊で動ける状態ではなかったからな、飛んだ遅れを取ったが。今度は君に負けるような醜態を晒さないよ。カズヤくん」


 ******



 アマノハバキリの光が浮かび上がらせたアーノルド・リッチモンドだったものの顔には、赤ん坊の時と同じく、深い皺が刻まれていた。


「剣を扱うのは久しぶりだ」


 皺をくしゃりと歪ませて、ジャララバは笑った。笑ったまま素早い動作で踏み込んで来た。

 構えも無しに斬りつけて来た男に、和哉は慌てて後方へ飛ぶ。

 フツノミタマノツルギの切っ先が僅かに鎧に食い込む感触があった。

 思った以上に、ジャララバの剣技は速い。


「中々、すばしこいね」


 アーノルド・リッチモンドの低い声を借りているジャララバの言葉は、以前赤ん坊だった時の甲高い声より、圧迫感が強い。

 モンスターの咆哮と同じく、言葉か声に聞く者を恐怖させる術が混ざっているのかもしれない。

 和哉は、嫌な汗が背筋を伝うのを感じる。 


「だが、この『悪魔の袋』の中は、広いようで狭い。いつまでも逃げ回ってはいられないよ」


 言うなり、ジャララバが次撃を仕掛けて来た。

 中段からの、速い刺突。

 和哉はそれもギリギリで躱し、相手の左側に回り込んだ。¬

 ジャララバが、左足を軸に回転し下段から剣を擦り上げる。和哉は後ろへ引きつつ、アマノハバキリの峰でフツノミタマノツルギを止めた。

 剣同士の衝突に、アマノハバキリの光が一瞬強まる。


「やはり大人の身体のほうが使えるな」満足そうに歯を見せるジャララバに、和哉はムカついた。


 が、カッとなっては相手の思う壷だ。むかっ腹を無理に寝かせて、冷静にこの事態の対処を考えた。


 ——さっき、ジャララバはこの空間を『悪魔の袋』と言った……


 袋ならば、ジャララバの言う通り、さほど広くはないだろうし、すぐに入れ物の内側に触れられる筈だ。

 ジャララバを鍔迫り合いで押しやった和哉は、試しに、気持ち悪いのを堪えて、泣き叫ぶ死霊の張り付いた黒い部分に手を突っ込んでみる。

 しかし、相当腕を伸ばしても袋の内側らしき部分に手は触れることが出来なかった。


 ——この空間は、目眩しって可能性があるってか。


 とすれば、目で捉えているものを信用してはならない。


 和哉はアマノハバキリを青眼に構えると、すっ、と目を閉じた。


「おやおや。自ら負けるつもりかな? 目を閉じれば剣の軌道が見えないだろうに」


 ジャララバの嘲笑を無視して、和哉は今居る空間を意識してみる。

 と、アマノハバキリの『声』が聞こえた。


 ——『袋』デハナイ。ココハ奴ノ意識ノ中。


 意識の中、ということは、やはりジャララバが創り出した幻影ということだ。

 モンスターに飲み込まれたという認識も、ジャララバがみせた幻術のひとつだ。

 確信を得て目を開けようとした和哉の耳のすぐ側で、ヒュッ、という、刃が風を斬る音が鳴る。

 一歩左に避ける。肩にフツノミタマノツルギが当たるのを感じて、和哉はその箇所を見た。

 ヒュドラの強靭な革を叩き切り、刃は内張のドラゴンの革で止まっていた。

 だが打撃の衝撃は大きく、和哉は不覚にも片膝を付く。


「はははっ。目を閉じなければ避けられたよ」


 あざ笑うジャララバに、和哉は《癒しの術》で肩を治しながら、冷静に周囲を観察した。 

 思った通り。

 周囲を取り囲んでいた黒い空間は無くなっている。微かに、靄のような亡霊達の黒い影が、ジャララバの周囲を幾重にも取り巻いていた。

 眼前には、ロッカク家の長タカツキの骸が、地に伏している。


「……相変わらず、人を人とも思わないんだな、おまえは」


 和哉は立ち上がり、剣を構え直した。

 アマノハバキリの碧い光が、和哉の怒りと唱和するかのように、一層強くなる。


 和哉が自分の術から抜け出たのに気が付いたらしいジャララバは、皺を歪めて「ちっ」と舌打ちした。


「そっちこそ、相変わらず手の掛かる坊やだ」


「手が掛かるのはおまえだっ。馬鹿野郎っ!!」


 和哉は、再び打ち込んで来たジャララバの剣をアマノハバキリで受け流すと、敵の後ろに素早く回り込む。


「むっ!?」


 ジャララバが振り向くよりも速く、アマノハバキリの峰で思い切り相手の側頭部を叩いた。

 声も無く、ジャララバが倒れる。黒い地面に仰向いたアーノルド・リッチモンドの身体から、黒い霧状のものが、這うように出て来た。


「これで、本当に最後だっ!!」


 ジャララバの『本体』であろう霊体に、和哉はアマノハバキリを突き刺した。

 刹那。

『神器』の剣の刀身の碧が一際強く光り、黒い霊体を霧散させた。

 黒い霊体が霧散したと同時に、倒れた身体に纏わり付いていた薄い霊達も消える。


「終わった……か?」和哉は、倒れたままのアーノルド・リッチモンドを覗き込む。


 今の今までジャララバに憑依されていた大商人リッチモンドの当主は、青い瞳を見開いたまま、闇の虚空を見上げている。

 和哉は、全く動かないリッチモンドの胸の当たりに、慌てて手を置いてみた。

 見た目の通り、胸の上下が無い。


「……死んでる……」


「カズヤっ!!」ジンの呼び掛けに、和哉はゆっくりと振り返った。

体調不良(なんか、いつも言ってるきがする……でもご勘弁を)のため、ナメクジの筆が塩掛けられたみたいな状態になっております(泣)


それでもっ、一応元気に書いてますので、また次もよろしかったらお待ち下さいっ!!       

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