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80.オキツシマ

 アマノハバキリと交差するように聖剣テシオスを背負った和哉は、ジンとガートルード卿の勧めもあり、海竜エリオールと召還獣の契約を結んだ。


「さて、これであ奴らに先を越されたのが明白になったの」


 正気を取り戻した『七色のイルカ亭』の親父を店まで送り届けた和哉達は、ついでに食堂で作戦会議をさせてもらった。

 すっかり気力が抜け落ち奥へ引っ込んでしまった親父に代わり、いつも調理場を手伝っているという甥っ子が夕食を作ってくれた。


「エリオールを味方につけたのは大成功じゃが……、この分だと、先がどうなっているのか、心配じゃのう」クラリスが、ハーフエルフ独特の美麗な顔を厳しくする。


「まさか、もう奴らに占拠されてるとか?」


 ナデシコの厚焼きソテーにフォークを突っ込んでいた手を止めたロバートに、クラリスは「無くも、ないかもの」と返した。


「あちらとすぐに連絡はとれる?」和哉は、魚介のスープにパンを浸したまま、ぼんやりした顔をしているコハルに声を掛ける。


「えっ!? あっ、は、はいっ。今夜中には、取れると……」


「心配なのは、分かる」とジン。


「けど、すでに戦いは始まってるのだから。私情に流されれば、相手の思うつぼに嵌るだけ」


「はい……、申し訳ありません」


 済まなさそうに頭を下げるコハルを見つつ、和哉は、少々むっとした。


 戦いに私情を挟めば、確かに負ける。正論だろう。

 だが、ロージィのような全く関係のない少女を、あんなにも凄惨な死なせ方をしていいものか?

 ジンはあの時、エリオールの海竜(リヴァイアサン)たる役目のために、彼の恋人を切り捨てた。

 身分ある者には、それだけの重責もある。それも分かる。

 理屈では分かるのだが、やはり和哉の『情』が納得していない。


 頭の中のあれやこれやが顔に出ていたのだろう。


「不本意なのは分かるわさ。けど、ジンの気持ちも考えてやってるかえ?」


 斜め前に座っているカタリナが、果実酒のカップを傾けつつ、横目で和哉を見て来た。

 炎の魔女の薄紫の目は、細められてはいるが、笑っていない。

 和哉ははっとした。

 珍しく和哉とは離れて、デュエルの隣に着席しているジンに目を向ける。ジンは、平素と変わらぬ無表情で、ライ麦パンを千切ってカブのシチューに浸しながら食べている。


 ジンは、ナリディアによって作られたアンドロイド。双子にもあたるイディア姫の『目』となるべく調整されているため、己の感情が表層に出にくい。

 それでもちゃんと喜怒哀楽はあり、己の考えも持っている。

 今、ジンが和哉から離れた席に座っている理由は、多分和哉がまだジンがロージィを見殺しにしたことを怒っている、と思っているためだろう。

 それと。


「ジン」和哉はステンレスシルバーの髪をした神官戦士の少女に声を掛けた。


「ロージィの、ことだけど」


「今は食事中じゃぞ。喧嘩は止めておけ」コルルクにかぶりつく大賢者が、先回りして言って来た。


「そうじゃないって。——もしかして、ってか、その……、本当は、辛かった?」


「バッカ」カタリナが顔を顰める。


「そんな直裁に訊いて、どーするんだわさ?」


「いや、でも」和哉には、他に訊きようがない。


 じっと和哉を見るブラスの瞳に堪え兼ねて、和哉が目を逸らしかけた時。


「うん」ジンが頷いた。


「本当は、2人共助けるつもりだった。死人使いの邪魔がなければ、間違いなくやれたはず。悔しいし、エリオールに申し訳ない」


「……うん」和哉は、胸のモヤモヤが取れた気がした。


 やはり、ジンは非情な人造人間ではなかった。

 己の責務と、海竜とロージィへの思いやりの間で、少なからず落ち込んでいた。


「さっきは……、悪かった。ジンの立場も考えないで、怒ったりして」


 ジンは、俯いて首を振った。表情は見えないが、少し竦められた細い肩が、許す、と言っているようだ。


「でもさあ」唐突にエルウィンディアが声を上げる。


「海竜が操られてたんなら、最初にあいつらを捕まえちゃえば良かったんじゃない?」


「今になって威勢のいいことを言うな」オーガストが、双子の妹を睨む。


「エリオールの力に怯えて、立ち上がることすら出来なかったくせに」


「あっ、あれはっ、ちょっとびっくりしちゃっただけよっ。その後は——」


「慌てて荷物の背後の岩場に隠れた。竜騎士を持つ竜が、騎士と共に戦おうとしないでどうするんだっ。バカ」


 事実を突き付けられ、言い返せずにエルウィンディアはぷうっ、と頬を膨らませた。

 頬を染め、子供っぽい拗ね方をする竜の少女に、和哉は吹き出しそうになる。


「でも、エルの行動は正解だったかも」


 意外にも、ジンがエルウィンディアを肯定した。


「自分よりはるかにレベルの高い敵と遭遇した際、後のことを考えれば逃げるのも得策。無理に戦って再起不能になるよりまし」


「ってことは、カズヤは相当なバカだった、ってこった」ロバートが、和哉を見てにやっと笑った。


「バカ、というよりは、無謀じゃの」クラリスが、キリッシュを飲み干す。


「だが、そのバカのおかげで海竜は正気に戻った。……まあ、恋人は可哀想なことをしてしもうたが」


「バカとハサミは使いよう、てことですかね」


 さらっと酷いことを言って退けた宣人を、和哉は横目で睨んだ。

 気がついたらしい宣人が、「あ、ごめん。口が滑った」と、ふざけたような謝罪をする。


「どーせ俺はバカで無謀だよ。だから、コハルの一族の返信を待たずに、オオミジマへ行こうと思ってる」


「って、これから強行突破かい?」呆れた、という表情になった宣人に、和哉は「ああ」と頷いた。


「でっ、ですが、それではやはり上空の結界に阻まれる可能性が……」


 心配するコハルに、和哉は己の椅子の横に立て掛けたアマノハバキリを上げてみせた。


「こっちには『神器』がある。もしコハルのご主人様方が正気なら、多分、無理な防御はしないと思うぜ」


「もしくは」と、宣人。


「アマノハバキリが結界を斬り裂いてしまうかも、だね」


「どちらにせよ」クラリスがナプキンで口を拭く。


「行くしかないしの。心配は心配として、ここで様子見をしていても、その間にあ奴らに重要な所を押さえられてしもうたらここまで追って来た意味も無いわ」


「やっぱ強行突破かぁ」ロバートが、やけに真面目な顔で腕を組んだ。


「あの」コハルがおずおずと声を上げる。


「オオミジマには、結界というか、攻撃防壁(アタックシールド)が何重にも掛けられています」


攻撃防壁(アタックシールド)?」聞き返した和哉に、ジンが説明する。


「ただ単に敵の侵入を防ぐだけなら、弾き飛ばしたり幻惑を見せたりする神聖結界(シェル)で十分。けど攻撃防壁(アタックシールド)を掛けてるのは、多分、『神器』を守るため」


「その通りです」とコハル。「攻撃防壁(アタックシールド)は、触れた敵を雷撃や麻痺などで完全に弱らせ、二度と侵入させないようにする、神聖魔法の防御魔法では上位の呪文です」


「そりゃ、結構きついな」


「そんな術に、エルとオーガストが下手に触れると、えらいことになるんだわさ」


 三杯目の果実酒を飲みながら、カタリナが顔を顰めた。


「やってみないと分からないけど」と前置きして、ジンが言った。


「神聖魔法なら、あるいは私の解呪(デスペル)で解けるかもしれない」


「長老さま方の攻撃防壁(アタックシールド)は、オオミジマの神々に加護を願い、御力を頂いて掛けるもののようです。ですから……」


「へえ。御使い様とはまた系列が違う神様が、この世界に居たんだ」ロバートが青い目を丸くする。


「オオミジマは、特別じゃの」とクラリス。


「住人のほぼ全部が、別の世界から移住して来たようじゃからな。その時、自分たちの神々も一緒にお連れしたようじゃ。——に、しても、ジンの神聖魔法とオオミジマの防御魔法とが大衝突すると、どーなることかの」


「とにかく、行くしかないし」


 テッセで最近流行っているという海鮮丼を食べ終えた和哉は、席を立つと、手早く背に二本の剣を背負った。


「準備が良ければ、出発しよう」


 これでしばらく果実酒は飲み納めだわさ、と、カタリナは最後のひと雫を煽って立ち上がる。

 他のメンバーも席を立った。


「夜間飛行なら任せろ」


 オーガストが自信たっぷりに胸を反らせる。隣でエルウィンディアが、「言っといて、攻撃防壁に衝突しないでよ」と兄を睨んだ。


 ****** 


 海上の風を掴んで、ドラゴンは陸上より更に高く飛行した。

 凍えるほどの寒さだが、この高度の風と、風の精霊の力を借りれば、一晩でオキツシマ港へ着ける、という。

 オオミジマの首都アマノオオドへなら、1日

 通常通りの船旅ならば3日は掛かる。大変な時間短縮である。


 火の精霊(ピュラリス)の魔力で、オーガストの髪は夜空でも赤く輝いている。

 海風は強い。オーガストが銜えているテントの紐に火の精霊の火が移るのではないかと、兄と平行して飛ぶエルウィンディアの背に乗る和哉はハラハラする。

 和哉がチラチラとそちらを気にしているのに気付いたガートルード卿が、ブランシュの上でくすっ、と笑った。


「大丈夫だ。火の精霊は、ちゃんと魔力をコントロールしている」


『そーよう。ああ見えて、オーガストとルディちゃんは阿吽の呼吸で火を操ってるから』


「ルディ……、ちゃん?」火の精霊に名前があるのか? 初耳な和哉は騎乗竜に聞き返す。

 エルウィンディアは『あら、知らなかった?』と、少し呆れたらしい口調で返して来た。


『精霊はみぃんな名前を持ってるわよ。名前が無かったら、あたし達が力を貸して貰う時に呼び出せないじゃない』


「そんな、もんなん?」


「人間が使用する魔法は、事象魔法という」ガートルード卿が言った。


「対して、ドラゴンやエルフは、事象魔法の他に精霊魔法が使える。精霊魔法を使うには、エルの言った通り、精霊の名を教えてもらわなければならない。だから、ほとんどのエルフやドラゴンは、馴染みの精霊の名を知っていて、いざという時は呼び出して力を借りるのだ」


『もちろん、お礼はするわよ。精霊は清浄な魔力が大好きだから、一度あたし達の身体を通った魔力を少しあげるの』


「え? ドラゴンの身体を通った魔力って——?」


「ドラゴンは、ほぼ純粋な魔力の塊だ」ガートルード卿は、今は己と同じくアンデッドとなってしまった相棒のブランシュの、白い(たてがみ)を撫でる。


「生き物であるのは間違いない。が、我々人間や獣と、モンスター達は素性(そせい)が違うようだ。特にドラゴンは、この世界の自然界にある混濁した魔力を、己に取り込む事に寄って、浄化出来るらしい」


「……なんだか、空気清浄機みたいだな」


 ポロっと地球の品物の名前を引き合いに出した和哉に、エルウィンディアが『なにそれ?』と首を傾げた。


 どう説明したものか、と頭を捻った和哉が喋り出すより先に、ガートルード卿が海上を指差した。


「見えたぞ。オキツシマだ」


 和哉は、昏い海面に目を凝らす。

 と、微かに白波が寄せている辺りに、灯台の明かりと思われる小さな光が見えた。

 それと同時に。


『うっわー!! 凄い攻撃防壁(アタックシールド)


 魔力の違いなのか、エルウィンディアにははっきりと、攻撃防壁が見えているらしい。

 和哉の目には、靄が掛かったような、薄ぼんやりとした風景に映った。


『かなりの厚さだ。港の入り口だけは、船が出入りするために開けてあるようだな』オーガストが、やや低空に飛び様子を見て言って来た。


『ねえねえ、姿隠しして、船の出入り口から入っちゃう?』


 エルウィンディアの提案に、「その手いいかも」と、和哉は賛同する。


「止めておいたほうがいい」ガートルード卿が却下した。


「オキツシマは、オオミジマの玄関口だ。入ったはいいが、ここで不法侵入が見つかってしまうと、オオミジマへの結界を閉ざされてしまう可能性がある」


「えっ? ……あ、もしかして、攻撃防壁(アタックシールド)が二つに分かれてる?」


 ぼんやりとしか防御魔法が見られない和哉は、ガートルード卿に訊いた。

 卿は、そうだ、と頷く。


「オキツシマに入るのは、捕り手網に飛び込むようなものだ。やはり、多少乱暴でも、直接オオミジマの攻撃防壁を破ったほうがいい」


 ガートルード卿の言葉に従い、更に高度を上げ飛ぶこと数時間。

 予定より早くオオミジマの中心部に差し掛かった時。


 突然、エルウィンディアが『なにっ? どうしてっ!?』と声を上げた。


「なっ、なんか起こった?」


「攻撃防壁が……、中から崩壊を始めている」


 ガートルード卿の氷のような声に、和哉は急いで下を見た。

 確かに、オオミジマの上に薄く掛かっていた靄のようなものが、中央部から徐々に消え去っていく。


『やっべえっ!!』オーガストが、いきなり旋回して高度を上げる。


 オーガストが避けた空間に、魔法の火矢(ファイヤー・アロー)が数十本と飛んで来た。


「どうやら、ジャララバがオオミジマ主家三家けのうち、どこかを乗っ取ったようだな」


「だったら急がないとっ!!」


 和哉はアマノハバキリを抜くと、エルの手綱をしっかりと握り締めた。


「エルっ、突っ込むぞっ!!」


『分かったっ』


 一度大きく旋回すると、エルウィンディアは思い切りよく火矢の飛んで来た攻撃防御の綻び目指して急降下する。

 飛んで来た二陣の火矢を、和哉はアマノハバキリを振り回し、水を自分たちの周囲に纏わり付かせるようにして避けた。


「カズヤ、真下は都だ」すぐ後ろに付いているガートルード卿が言った。


「了解」と言おうとして振り向いた和哉の目に、夜空から降って来る無数のゾンビが目に入った。


「卿っ!! 後ろっ!!」


 和哉の呼び掛けに答えてガートルード卿が振り向くより早く。

 オーガストが、銜えていたテントの紐を放して、ブレスを吐いた。

 ドラゴンブレスで半分ほどのゾンビが消し炭となる。

 形を無くしたゾンビの消し炭の雨と一緒に、ジン達が入ったテントも落ちていった。

そーいえば。

悪戦苦闘のキャラ達ですが、どーにかこーにか動いてくれてます(泣)

これでまた、少し話が進ん……だ?

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