8.齧るが勝ち
「確かに、RPGゲームのいくつかに《たべる》ってコマンドがあったけど。思えば、現実じゃあ飛んでもない技だよな」
休憩を終えた後。
和哉達ボス討伐メンバーは、山の洞窟までの道なき道を行軍している。
しばしばモンスターが出没するため、全くと言っていい程人の手が入っていない西の山には、道など無い。
僅かにそうと見える獣道も、伸び放題の大樹の根と大小の石が入り混じった、非常に歩きにくい環境である。
「モンスターを、本当にそのまま《喰う》んだものなぁ。いやあ、実際には、かなりな映像だな」
歩行に適さない《道》を、体力の成せる技でどんどんと先頭を歩きながら、感心して欲しくない事柄をいつまでも感心しているロバートに、和哉は息切れの合間に「いい加減に、してくれ」と文句を言う。
「ジンには分かんない話だろーし」
話をはぐらかそうと、和哉はメンバーで唯一の現地人ジンに振る。
ロバートのすぐ後ろを歩くジンは、迷彩色の外套から出たステンレスシルバーの長い髪を風に靡かせ、大きく頷いた。
「でも、カズヤの食いっぷりは、楽しい」
抑揚のない美声の感想に、和哉はその場に崩折れる。
ジンが言ったのは、ナメクジの一件から数分後の、火トカゲとの闘いである。
体長1メートル程の火トカゲが、再び歩行を再開したメンバーの前に突然現れた。
通常、火山や火のある場所に居て、森の中で遭遇するのは珍しいモンスターだ。が、ジンの話では、多分、ボスが活発に動いているので、本来の生息域ではないモンスターまで呼び込んでしまっているのだろう、とのことだった。
火を吐き、燃える尾を振り回す火トカゲを、カタリナが氷の魔法で弱らせる。
最後の一撃を加えようとしたロバートを制して、ジンが、それまで出番無し、と傍観者を決め込んでいた和哉に言った。
「火トカゲも、食べられる」
「ええっ!? こんな、燃えてるヤツをどうやって!?」という抗議は無視された。
「火トカゲからは、火の魔法が習得出来る。逆に、敵の火の魔法には強くなる」
なるほど、と頷いたロバートが、火トカゲの尻尾を輪切りにし、和哉に差し出した。
「齧るが勝ち、かもな?」
先刻のナメクジの時よりも、更に笑みを深くするジンと、差し出された火トカゲの尻尾とを交互に見比べ、これは逃れられない、と、和哉は覚悟を決めた。
舌を大火傷したら、すぐさま癒しの魔法を使おうと身構えながら、火トカゲの尻尾を齧ったのだが。
燃えているように見えた尻尾は、実は全く燃えてはおらず、逆にねばねばとしていて水っぽかった。
味は、あまりよく判らなかったが――これは、食べ慣れないものを食べる時、極度の緊張で五感が一時的に麻痺するからか?――吐き出すほどの不味さではなかった。
ジンが言ったように、効果はすぐに表れた。
《魔法レベル25。習得済み魔法・癒しレベル4、炎レベル15、炎防御レベル17》
「炎の魔法レベルがいきなり15って……。あたしが魔道書を、3ヶ月もせっせと読んで上げた分を、トカゲ齧ってたった数分で習得ってかい?」
カタリナが憤然とする。
「おまけに、炎防御魔法なんて。こんなのは、宮廷魔導師クラスじゃなきゃ、並みの魔術師じゃ覚えられない魔法だよっ!? しかも、レベル17!! どーなってんだい? ほんとに」
そんなに凄い事なのか、と、和哉は、改めて自分の《チート技》に感心する。
感心すると同時に、ふと、思い付いた。
「尻尾齧っただけでこれだけレベルが上がるんなら、トカゲ全部喰ったら、どーなるんだ?」
途端。
ジンが、綺麗な顔にはいささか似合わない、獰猛な笑みを浮かべた。
「全部食べられれば、多分、火トカゲの持っている能力全てと、レベル全てを吸収出来る」
言外に「だから、さあ、全部喰え」と言っているメタリック美少女の凄絶な笑みに圧され、魔女カタリナの、半分呆れ、半分好奇心に満ちた表情につつかれ、更に、ロバートの、いかにも面白そうという態度に小突かれて、和哉は火トカゲの残りを、全部食べた。
お陰で、和哉のレベルはあっという間にロバートに追い付いてしまった。
ついでに、火トカゲの持つ《毒》も、アビリティとして取り込んだ。
火トカゲの後にも、巨大毒キノコだの巨大毒蛇だのにエンカウントしたが、どれも火トカゲ程の強さは無かったため、ジンの《たべる》コマンド強制は無かった。
しかし、モンスターが倒される寸前になるとちらりと和哉を見遣るジンの目は、明らかに「食べなくていいのか?」と言っている気がした。
――無口で大人しい美少女神官戦士と思いきや、実はむっつりドSだったのか……
喰いっぷりを指摘されて、暫し地面と仲良くなっていた和哉の尻を、しんがりのカタリナがブーツの爪先で蹴飛ばした。
「おらっ、そんなとこで黄昏てちゃあ、いつまで経っても村にご帰還出来ないってのよっ」
優しくない女達二人と、全く助けにはならないルームメイトに内心で悪態をつきながら、和哉はのろのろと立ち上がった。
******
早飯を食べてしまったロバートはともかく、和哉他3人はそろそろ空腹を覚える時刻となる昼過ぎ。
数多のエンカウントをどうにかこなし、やっとボスモンスターが居るらしい洞窟に辿り着いた。
「確か、毒蔓のバケモノって、言ってたよね?」
ロバートに確認しつつ、和哉は中をそっと覗く。鬱蒼とした樹木に囲まれて、ただでさえ暗い岩肌にぽっかりと空いた穴は、さながらここから先が地獄です、と案内しているようだ。
「どうする? まずは一服する?」
和哉の提案に、真っ先に賛成したのはカタリナだった。
「大したことはないんだけど。魔力が多少ダウンしてるってとこよ」
洞窟の入り口を離れ、カタリナは勝手に近くの大木の根に腰を下ろした。
仕方ないな、という顔で、ロバートも従う。
和哉も、今日初めて知った自分の奇抜な《チート技》に精神的ダメージを受けているため、なるべく休める時は休もうと、反対側の岩に腰掛けようとした。
その時。
「立ってっ!!」
ただ一人、入り口の前にいたジンが、鋭く叫んだ。
何事だ、と、3人が腰を浮かせた刹那。
地面が大きく揺れ、洞窟の入り口から何かが走り出て来た。
途轍もない太さの、真っ黒な物体が、暗闇を割いて和哉達に突進して来た。
それはひとつではなく、いくつもの長い何かの集合体だった。
「これが、毒蔓かっ!?」
ロバートが、バスタードソードを抜きざま、躍り上がって彼を叩こうとした物体の一部を、叩き切る。
「多分」と冷静に答えつつ、ジンがミスリル鞭を振るう。
「植物なら、火は嫌いな筈さねっ!!」
カタリナは素早く呪文を唱えると、火の魔法を物体に浴びせた。
カタリナの読みの通り、数本の集合体だった毒蔓の触手は、火が付くとすぐに燃え上がり、洞窟の中へと引っ込んだ。
ぎいいっ!! という、鋭い音が洞窟の中から聞こえる。
「ボスの悲鳴?」
覗こうとした和哉を、ジンがいきなり押し退ける。
そこへ、シュッ、という風斬り音と共に、赤黒い触手が走り出て来た。
つっ転ばされた和哉は、間一髪、触手の先端の、錐のような武器に突かれず済んだ。
和哉を助けたジンは、飛びのきざま、触手の先端を斬り飛ばした。
武器を切り取られた触手は、大きく波打ちながら、再び洞窟へと引っ込む。
残った先端を、ロバートが大剣の先で突き刺した。
「これも、もしかして食えるシロモノか?」
「まさかっ!!」と抗議する和哉の隣で、ジンが、ドSの頬笑みを浮かべた。
「これを食べれば、ボスなど一発で倒せる」
「う……っ、うそだろっ!?」
たじろぐ和哉の眼前に、「ほうほう、そうなのか」と、嬉しそうに言いながら、ロバートが触手を突き出した。
ねばぁ、とした、透明な液体が全体を覆っている触手の先端は、よく見ると、錐状の部分にびっしりと剛毛が生えている。
おまけに、どれだけ生命力があるのか、未だにぴくぴくと痙攣していた。
「ダメダメダメっ!! 絶対、ムリっ!!!!」
グロテスクにも程があるシロモノを前に、和哉は勘弁してくれ、と半泣きになる。
いくら《チート技》でパワーアップ出来るとは言っても、これは殆ど拷問だ。
が、容赦のない美しき天使の召使いは、凄艶と言える微笑みのまま、ロバートのバスタードソードから、がっしと掴んで触手を引き抜くと、和哉の頭をもう片方の手で捕まえた。
「《御使い様の贈り物》」
楽しそうに呟くと、和哉の口へ触手を宛がう。
和哉の背中に、今まで感じた事の無い悪寒の波が、上がったり下がったりする。
しかし、そうまでなっても、何故かジンの手を振り払えない。どころか、和哉は彼女の意図するまま、ゆっくりと口を開けてしまった――
触手を飲み込むまでに、数秒も掛からなかった。
気を失う事こそ無かったが、気色悪さの限界に、和哉はその場にへたり込んだ。
ほんとにもう~
すいません(泣)
あと、一部訂正。
ジンちゃんは、ドМじゃなくて、ドSでした・・・