76.足跡
グルドール公国の首都ノーディスへは、二頭のドラゴンの翼を使って二日掛かった。
若い兄妹ドラゴンは、この世界の大気に含まれる魔力を糧に、昼夜通して二日間飛び続けた。
今度は移動中に全員が足を伸ばしていられるよう、クラリスが丈夫なロープを大型テントの天辺に掛け、オーガストが銜えて運び易いようにした。
おまけにクラリスは、テントの中を魔法で広げ、ちょっと豪華な宿屋の一室のようにしてしまった。
「異界語魔法の応用じゃて」
人数分のベッドやソファまでしつらえたテントは、和哉以外の仲間達に至って快適なノーディスまでの旅を提供した。
和哉はというと。
騎乗竜エルウィンディアの背に、二日間、ひたすらくっついて冷風に耐えていた。
和哉は、自分の外套の上からロバートに借りた外套をさらに着込み、高高度の低温を耐えた。
苦行ともいうべき事態に陥ったのには、「最初の長期騎乗だ。ここはしっかり、ドラゴンに乗る、という感覚を覚えておいたほうがいい」という、ガートルード卿の助言のせいだ。
ご説ご尤もなのだが、回復魔法を掛けてもすぐに身体が冷えて体力が落ちるという過酷な騎乗は、出来れば二度とやりたくない、というのが本音だった。
「もうすぐノーディスだ」
ブランシュに騎乗したガートルード卿が、エルウィンディアに平行飛行しながら告げた。
『街道からちょっと外れたところに降りるね』と、エルウィンディア。
徐々に降下しながら、二頭は《隠蔽呪文》を解いた。
ドラゴンには、彼ら特有の魔法がある。《隠蔽呪文》もそのひとつで、上空を飛ぶ際に、人間や他のモンスターに見付からないためのものだ。
巨体を隠すのにもってこいの、街道から少し外れた森の空き地にエルウィンディアとオーガストは降りた。
すぐに人間型となった二人に、和哉は「ご苦労さんっした」と頭を下げた。
オーガストは相変わらず、仏頂面でふん、と横を向く。
「大丈夫だった? カズヤ」エルウィンディアは、初めての長時間騎乗となった契約者を気遣ってくれた。
「ああ、うん。……なんとか」
「わりと上手く乗りこなしていたぞ」ガートルード卿が寄って来た。
「今回は急だったからな。今度は騎乗用の防具一式を購入しておいたほうがいい」
「今着てる防具と、何か違うん?」
「鎧の中に、高高度飛行用にドラゴンの革の内防寒着がついているのだ。それがあると無いでは、体力の消耗がかなり違う」
「……って、それっ、早く言って下さいよっ、師匠っ!!」
思わず叫んでしまった和哉の周りに、テントから出て来た仲間達は、なんだなんだと集まって来た。
経緯を簡単に皆に説明したガートルード卿は、「済まぬ。自分が今は必要としない身体のため、忘れていた」と、和哉に謝った。
とにかく早くノーディスへ入ろう、という話になり、一行は街道へと向かう。
和哉の面倒な特殊技《エンカウント100パー》のせいで、二、三度、二十匹くらいからなる雑魚モンスターの群れと遭遇したが、二頭のドラゴンを仲間に加えた和哉達は、数分と掛からず蹴散らした。
売れるモンスターはロバートとデュエルが抜け目なく回収し、残ったものは、数が多いので、他のモンスターが来ないように、ジンが神聖魔法で淨めた。
和哉達は森から一時間ほどで街道へと出た。
出た場所は、クラリスの魔法地図で調べたところ、ノーディスまでまた一時間くらいの所だった。
「まあだ、歩くのかえ?」カタリナが文句を言う。
「なに言ってんだっ。北レリーアの西の山へは、そのハイヒールで平気でドカドカ登ったくせに」
ロバートが返すと、カタリナは、「以前は以前。今は、なるべくなら馬車のがいいんだわよさっ」と、余計口を尖らせる。
「贅沢な魔女じゃの」クラリスは、美麗な顔を歪めた。
「じゃが、馬車のほうが早いのも事実じゃ。――おっ、おあつらえ向きに馬車が来おったぞ」
通り掛かった商隊の馬車を、クラリスが呼び止めた。
大賢者の顔見知りの商人の荷馬車隊だったらしい。
交渉したところ、七人なら乗れるという。
「レディファースト、かの」
カタリナ、ジン、コハルの三人に、クラリスはまず乗るように勧める。
ガートルード卿は乗り物を必要としないため、断った。
野郎組で乗ったのは、宣人、ロバート、クラリスだった。
あと一人は乗れるのだが、ドラゴン兄妹、デュエルは、人間ではないという理由から遠慮して、体力任せで走ることになった。
和哉も、リーダーということで、なぜかマラソン組に付き合わされた。
どうしてこうなるのか、と内心がっくり来たが、馬車に乗る寸前、ジンがこそっと呟いて言った言葉を思い出し、和哉は気合いを入れ直す。
「カズヤは、頑張った分だけかっこ良くなる」
つくづくジンに惚れてるかな、と、自分に半ば呆れながら、和哉はノーディス目指して走り出した。
******
ノーディスは、サーベイヤの首都セント・メナレスよりもずっとこじんまりとした雰囲気だった。
街並みの色合いも、セント・メナレスは、夜のほんの数時間しか滞在出来なかったが、灯に浮かぶ町並みは色とりどりという風だった。
対して、ノーディスは塀も壁も黄土色で統一されている。
建物の屋根も、テラコッタ色で、店や民家も区別がない。
この建物が店だ、と分かるのは、欧州風の、黒い飾り看板が軒から突き出ているからだった。
昼過ぎ。
乗合馬車を追って走った和哉達は、停留所でクラリス達と合流する。
徒歩一時間の道のりを走ったのだ、もっと疲れるかと思ったが、案外そうでもなかった自分に、和哉は驚いた。
「レベルが上がってるからだろ。体力はレベルと同義みたいだから」
ロバートの説明に、なるほど、と納得する。
とにかく腹拵えということになり、手近の宿屋の食堂へと入る。
と、すぐに、デュエルがくんくん、と鼻をひくつかせた。
「奴らのにおいがするぜ、カズヤ」
「マジかっ?」和哉は、近くにディビル教徒が居るか、と、目を動かす。
「どんなにおいだ?」オーガストが、太い眉を上げた。
「一番近いのは、死臭だ。それも、枯れてミイラみたいになったヤツ」
周囲に聞こえないよう小声で教えたデュエルに、オーガストは、「ああ、それなら」と頷く。
「微かにするな。だが、においの持ち主はここには居ない」
「じゃ、何時間か前に、ここに来たってこと?」
和哉の問いに、オーガストは「そうなるな」と答えた。
「奴らが、人の多い宿屋なんかにどうして寄ったんだ?」とロバートが首を捻る。
「多分、オオミジマへ入るつてと会うためじゃろ」
手近の椅子にさっさと腰を下ろしたクラリスが、壁に貼られたメニューを見ながら言った。
「リッチモンドは、オオミジマでも商業権を持っとる。じゃが、あの島へ入るには、島人の案内人が必要じゃ。――いつもの商隊なら定期的に港で案内人と合流できるが、今はイレギュラーじゃて」
「だから、別な案内人が必要って訳っすか」
和哉はクラリスの隣へ座る。ジンが和哉の隣へ着席し、エルウィンディアが少々むくれた顔付で、和哉の正面に陣取った。
ロバートが大声で店員を呼び、皆がてんでに定食やら一品やらを注文した。
「それってことは、もしかして、連中はもうオオミジマに渡ってしまっている可能性がありますよね?」宣人が、大賢者に問うた。
「さあて。その辺りは、あ奴らが何時頃までここにおったか、じゃの」
「でも、だわさ」カタリナが、眉間にぎゅっと皺を寄せる。
「オオミジマへは、ノーディスからじゃあなくって、テッセ港から渡るんじゃないのかさ?」
なら、案内人の募集は港町テッセでいい筈だが。
「テッセには、冒険者協会が無いからの」
店員が運んで来たナデシコのソイソース炒め定食を早速頬張りながら、クラリスが答える。
豆腐サラダをつつきながら、和哉は「なるほどな。首都の冒険者協会を通したほうが、規模が大きいし、つてが見つかり易いんだ」と納得した。
「他にも、カモフラージュの人間集めも出来るんじゃねえのか?」と、ロバート。
「ここで商隊を組んでしまおうということ」ジンの言に、一同頷いた。
ならば、ノーディスからの敵の歩みはそんなに早くはないだろう、と踏んで、和哉達は先回り作戦を考えた。
一番早いのは、やはりドラゴンの翼だ。
が、この案はコハルに却下された。
「テッセまでならよいですが、オオミジマは上空にも特殊結界が張られています。ドラゴンで侵入するには、一時結界を解かねばなりません。しかし、編み直すのに時間が掛かる結界を一時解除するのは、統治三家が納得なさらないでしょう」
「なら、こっちも船でえっちらおっちらかあ」
好物のコルルクの丸煮を三皿平らげたデュエルが、ふーん、と伸びをした。
「結界の編み直しなら、わしも手伝う、と言っても、統治三家のご当主達は納得せんかの?」
クラリスの提案に、皆が「あ」と声を上げた。
「それは……、分かり兼ねますが……」
難しい顔をしたコハルに、クラリスは、食後のキリッシュをくいっ、とひと飲みして言った。
「ならば、一度連絡役どのに当たってみてくれんか。なに、上手く事が運べば、一日くらいはこちらが先にオオミジマに着けるじゃろ」
「お気楽じいさんなんだわさっ。もしダメだったら、後手なんだわよさっ」
反論するカタリナに、クラリスが、「やっかましいわっ。この見た目ババア魔女がっ」と言い返す。
「だあれがっ、見た目ババアなんだわさっ!!」
「今喚いてるおまえさんしかおらんじゃろ?」涼しい顔で、クラリスはキリッシュのお代りを注文する。
「なあんだって!!」
掴みかからんばかりの勢いで椅子から立ち上がったカタリナを、隣のロバートと宣人が何とか宥める。
テーブルの一番端から、人間達の騒ぎを白けた表情で見詰めているオーガストに気付いた和哉は、彼の隣に行った。
「オーガストも、なんかいい案浮かばない、かな?」
ダメ元で尋ねる。
と。
「アマノハバキリに頼めばいいだろ。そいつ、真竜なんだから」
「あっ、そうかっ!!」
『神器』なら、結界の解除も編み直しもその力でかなり楽、なはずだ。
それに、オオミジマには『神器』を扱うエキスパートがいるのだから。
「その手があったの」
クラリスがぽんっ、と手を打つ。
「コハル、その線で、どうかの?」
「はい……。なんとか、聞いてみます」
真剣な表情で頷くコハルに、和哉は微笑んだ。
体調があんまり・・・
と言いつつ、どーにかこーにか書いてます。




