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75.決闘、そして

 正直言えば、ドラゴンなんてヤツとは闘いたくなかった。

 一度は、確かに闘っている。ただし、あの時のはアンデッド・モンスターだ。

 今度は違う。

 生きたドラゴンを相手にしなければならない。

 しかも、殺すことは出来ない。あくまでも勝負だ。

 やる、とは言ったものの、和哉は気が重かった。


 間地の荒野の北東には、グルドール公国への街道が通っている。

 だが幸い、エルーシアの一軒家は街道からはかなり離れていた。


 家からさらに離れた荒野の真ん中で、和哉は本体になったオーガストと対峙している。


 オーガストは、風のドラゴンである母親とは違い、炎のドラゴンだった。


 髪の色と同じく真っ赤な鱗を持つオーガストは、その背に炎を纏い付かせている。

 エルウィンディアの説明によれば、ドラゴンは己の性質により、四大精霊を守護に持つものがまま居るという。


「お兄ちゃんは炎の魔法の特性が強いの。だから、火の精霊(ビュラリス)と仲がいいの」


「火の精霊(ビュラリス)は、火精の最下級とはいえ、扱える魔力は人間の中級魔術師並みじゃわ」とは、クラリスの追加説明。


 ビュラリス、という名は、和哉は初めて聞いた。地球のゲームで出て来た火の精霊は、大概サラマンダーと呼ばれていた。


 それはさておき。とにかく、至って、ややこしい。

 ファイヤー・ドラゴンの炎の魔法に二乗三乗して、訳のわからない強さの火の魔法が連発される可能性があるのだ。

 防御魔法である程度防げるとはいえ、テルルのロッテルハイム別邸の時のように、上半身丸裸にされるのはご免被りたい。


「ひとつ、提案があるんだけど」頭に血が上っているオーガストが聞き入れてはくれないのは分かっているが、和哉は言うだけ言ってみた。


「条件を一緒にしてくれないか? そっちはドラゴン本体で、魔法打ち放題ってのは、俺側としてはきっぱり割が合わないと思うんだけど」


『今更』とオーガストの怒りの思念が頭に響く。


『決闘すると約束したんだ。どんな条件だろうが、受けろ!!』


 しょうがないか、と、和哉は肩を落とすと、背からアマノハバキリを抜いた。


 途端、オーガストの先制攻撃が来る。

 予測していた炎のブレスが、渦を巻いて和哉に吐き付けられた。

 和哉は、水の神竜であるアマノハバキリを、己を飲み込まんとするブレスに向かって一閃させた。

 水性質を纏った魔法剣は、ドラゴンの炎のブレスさえも消滅させる。


「凄い……!!」エルウィンディアの声が聞こえた。


『ちっ!!』


 舌打ちしたオーガストが、赤い被膜の翼を大きく広げ、羽ばたく。

 浮上したドラゴンは、素早く降下。和哉を鋭い牙で噛み裂こうと大きく口を開けた。


 ここで斬れれば問題無いのだが。

 和哉はオーガストの牙に捕えられる寸前、後方に跳躍して避けた。

 着地した和哉の頭上に、今度は炎の魔法が降って来る。


 ファイヤー・ボム。


 爆裂系の厄介な魔法を、和哉は今度は避け切れずにもろに食らう。

 これは間違いなく鎧と服はぶっ飛んだな、と覚悟して、和哉は反射的に閉じた目を開いた。

 幸い、魔力の向上で、防御魔法も強化されていたらしく、鎧も無事だった。


「案外大丈夫なもんだなあ……」


 呟いたのが聞こえたらしい。

 オーガストが憤怒の形相で再びブレスを吐いた。

 今度はビュラリスの魔法も追加されている。

 炎の竜巻が、和哉の身体を取り巻く。竜巻は、荒野の砂も巻き上げ、内側にも外側にも巻き起こった。


 威力はファイヤー・ボムの数十倍だろう。巻かれたら完全に焼き殺される。

《両生類の壁歩き》時のジャンプ力を利用して、和哉は間一髪、炎の渦の真上に出た。

 そのまま、オーガストの腹に片手をぺたり、とくっつけた。


『なっ……!? なにしやがるっ!!』


「もうそろそろ、止めない?」


 腹にくっついた和哉を掻き落とそうと、オーガストは足を振り上げる。伸びて来た巨大な爪を、和哉はアマノハバキリの背で思い切り叩いた。


『~~いって――っ!!』


 ドラゴンの丈夫な爪は、和哉が叩いたくらいでは簡単には折れない、筈だと思っていたのだが。

 刃の側ではなかったのに、オーガストの爪に見事にひびが入ってしまった。


 治癒力が高いとはいえ、たかが人間ごときの打撃で爪にひびか入った事実は、オーガストに相当なショックを与えたらしい。

 和哉も、赤い鋭い爪の中央の亀裂を見詰め、「あらら」と漏らしてしまった。


 オーガストが、治癒のために本体から人間の姿に変わる。

 和哉は素早くオーガストから離れ、焼け焦げた石や枯れ草が転がる荒野に飛び降りた。


「おまえ~~っ!! 一体どういう力してやがんだよっ!!」


「さっき、家の中で、俺のレベルはジンが読み上げたはずたけど?」


 オーガストは、むすっとした顔で地面に胡坐を掻いた。

 まだ完治していないのか、しきりと右足の甲を靴の上から摩っている。


「おまえの負けですよ、オーガスト」エルーシアが、息子に近付いた。


「カズヤさまとおまえでは、力の使い方が違います。それだけ、カズヤさまが闘いにおいてこれまで経験を積んで来られた証拠です。おまえはこれから、カズヤさま達と一緒に行き、己の力の使い方、身の処し方を学びなさい」


 母ドラゴンの言葉を、息子はそっぽを向いて聞いている。

 親から言われると、分かっていても反発したくなるのが子供の心理だ。

 逆に、他人(?)の言葉だからこそか、エルーシアの言は和哉にこそ身に染みた。


 ――俺も、もっと色々経験しないとな。


 一人前の冒険者となるためにも、まだまだ、自分のことが分かっていない。

 その辺りは、多分クラリスなどは、短い付き合いだが見抜いているだろう。


「お兄ちゃん」エルウィンディアも、兄の側へと走り寄った。


「一緒に行こう? もうこれ以上母さんに迷惑はかけられないもん」


「迷惑じゃないのよ」


 エルーシアは微笑んで、優しく娘の青緑の髪を撫でた。


「私がもう少し力のあるドラゴンだったら……。双子で生まれたおまえ達を、成体になるまでちゃんと育ててやれたのに」


「なるほどの。そなた達は双子かっ」


 クラリスが、手を打った。


「どうりで。ドラゴンの子育ては、一回に一頭のみ、と聞いておったに、近い兄妹が二頭いるとというのが、どうも腑に落ちんかったのじゃ。――それにしても、双子のドラゴンとは、珍しいのお」


「はい……。お恥ずかしい話ですが、どうも、私の身体がそういう排卵になっているようなのです。この子たちは二度目の出産なのですが、最初の子たちも、実は卵は二つでした」


「じゃ、エルウィンディアとオーガストには、上に二人の兄弟がいる?」


 和哉の問いに、エルーシアは首を横に振った。


「いいえ。生まれた卵は二つでしたが、ひとつは割れませんでした。この子達も、エルウィンディアが中々卵から出なかったので心配したのですが、2年遅れで生まれてくれて……。この子たちの上の子は、ウルテア帝国の竜騎士の騎乗竜となって、大陸の北で暮らしています」


「もしかして、ウルテアの竜騎士ヴァルアナスの騎乗竜かの?」


 クラリスが訊く。エルーシアは驚いたように目を見開き「はい、そうです」と頷いた。


「さすがは大賢者さま。ヴァルアナスさまのことも御存じですか」


「うむ。しばらく前まで瘋癲(ふうてん)での。ウルテアではリッカルト公爵のところで厄介になっておった。ヴァルアナスとはその時に顔見知りとなったわ。

 ……あやつの騎乗竜シリウスは、そりゃ強いドラゴンじゃわ」


 お褒めに預かり恐縮です、と、母竜は嬉しそうに笑んだ。


「とと。それはさておき。オーガスト、おまえさんは約束通り、カズヤの騎乗竜になるのかいの?」


 大賢者に睨まれて、地面に座ったままの若い炎竜は、少し臆したような表情になった。


「……約束は、約束だ。けど……」


「あたしが、やだ」


 突然、エルウィンディアが反対を訴えた。


「なんで?」


 先刻まで、兄に自分の騎乗竜になれ、と母親とともに促していたのに。

 これが言うところの、女の子の無茶理論かあ? と思いつつ問うた和哉に、エルウィンディアはぷうっ、と頬を膨らませた。


「だって、お兄ちゃんとあたしの二頭ともがカズヤの騎乗竜ってことは、交代でか、もしくは時と場合でカズヤはあたしかお兄ちゃんかのどっちかに騎乗するんでしょ? ってことは、あたしがずっとカズヤを手伝えないって場合も出て来る訳じゃない? そんなの、いや」


「じゃあ、最初っからおまえ、母さんに反対すれば良かったじゃねえかっ!!」


 怒鳴ったオーガストに、和哉もそりゃ尤もだ、と頷いた。

 頬を膨らませたまま、妹ドラゴンは抗議する。


「でもっ、母さんの言う事も分かるんだもんっ!! この土地では、もう、母さんとあたし達三人で暮らすのは無理だってっ。だから、やだけど……。仕方ないじゃないっ!! だからっ」


「なるほど。エルウィンディアは、オーガストには私達の仲間となってほしい、と思っているのだな?」


 それまで一言も口を出さなかったガートルード卿が、エルウィンディアの代弁をした。


「何も、ドラゴンが騎乗竜でなければパーティに居てはならないというルールはない。エルウィンディアの言う通り、彼女を騎乗竜として、オーガストは我らの仲間としてこの地から旅立てばいい」


 そうだな、と女竜騎士に念を押されて、少女のドラゴンは半泣きで頷いた。


「それなら、お兄ちゃんも、ここから出て行き易いでしょ?」


 オーガストは、驚いたように赤い目を見開き、妹を見上げる。

 そのまま、和哉達に視線を向けて来た。

 和哉は、オーガストの目をしっかりと見詰め返す。

 ふっ、と、オーガストの視線が己の足元へと下がった。


「……分かった。ディアの言う通りに、する」

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