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74.荒野の一軒家

 家の中は 外側と同じくこざっぱりとしていた。

 食卓や椅子、チェストなども、飾り気の無い木目の、いわゆるカントリー調のものである。


「狭い家なので、どうぞ皆様、腰掛けられる所へお座り下さい」


 エルウィンディアの母は、この辺り一帯の主であろうドラゴンにしては随分と腰の低い態度で和哉達に席を勧めた。


 和哉達は礼を言い、食卓の長椅子と丸椅子、それと窓辺のチェストの上に腰を下ろす。

 和哉はエルウィンディアとジンに挟まれる形で、長椅子に腰掛けた。

 何処となく、まだ二人がよそよそしいのは気のせいだ、と自分に言い聞かせる。


「して、話と言うのは?」先を急ぎたい一行を代表して、というか、一番気忙しいクラリスが、とっとと用事を済ませとばかりに母親に尋ねる。


 まずはお茶を、と、母ドラゴンはにっこり笑って、大賢者のせっつきをかわした。

 魔法を使い、人数分に淹れたカップをそれぞれの前へと飛ばす。

 和哉は、初めてドラゴンに騎乗して移動するという体験をした後でカラカラに喉が渇いていたので、温めのハーブティーを一気に飲んでしまった。


「改めて御挨拶を。私は風のドラゴン、エルーシアと申します」


 エルウィンディアの母、エルーシアは、微笑みながら名乗ると、和哉のカップに二杯目のハーブティーを注いでくれた。


「大賢者クラリス・ノヴァさまのことは、ドラゴンの間でも有名です。あの、暴れ竜フォーンを封印されたお方ですから」


「暴れ竜……」和哉は、RPGゲームの画面一杯に映される、暴悪な顔をした、赤かったり青かったりする巨大なドラゴンをイメージする。


 ゲームの中でも後半に出現するドラゴンは、時々ラスボスより強かったりした記憶がある。


 ――そんなもんを封印したのか、この人は。


 和哉は改めて、畏怖の眼差しで、キッチンに一番近い丸椅子に座っている大賢者の白い顔を見てしまった。


「あれは昔の話じゃて」しかしクラリスは、そんなことはどうでもいいとばかりに手を振る。


 エルーシアも笑ってね「そうですわね」と返した。


「今は、それよりうちの娘、エルウィンディアについてのお話をしなくては。――まずは、ディア、これを」


 エルーシアが上に向けた掌が唐突に淡い光を放つ。光はすぐに消え、母ドラゴンの掌には金色のコインのようなものが乗っていた。

 10カラングコインより、一回り大きいほどか。

 コイン型のものの表面には、月桂樹の葉に似た植物の枝が縁を取り巻き、中央に三日月と小さな剣の形が刻まれている。


「これは、あなたが契約した竜騎士カズヤさまが信仰なさっている御使い様の紋章です。……月天使様とは、珍しいですが」


「うえっ!!」和哉は、ナリディアとの『繋がり』がこんな形で知られるとは思っていなかったので、思わず妙な声が出てしまった。


 窓際のチェストに座っているロバートを見遣ると、気の毒そうな顔で小さく頷いて来た。


「カズヤおまえ、悪魔を信仰しとるのかっ!?」


 険しい表情でクラリスが尋ねる。


「えっと、それはぁ……、ちょっと事情が……」


 どう言ったら分かって貰えるものやら。

 苦慮する和哉を、ジンが助けてくれた。


「その話なら、後で私が説明する。――お母様、お話を続けて下さい」


「ああ、そうですね。――ディア、この紋章が、あなたとカズヤさまを結ぶ絆となります。大切にしなさい」


 はい、と、エルウィンディアは母から紋章を受け取った。

 と、紋章はエルウィンディアの掌にすうっと解け込んで消える。

 何が起こったのか? と和哉が驚いた次の瞬間。


「ったっ!!」和哉は、自分の左の掌に焼けるような痛みを覚えた。


 どうしたのか、と、膝に置いた左手を開いてみると、そこに、今さっきエルウィンディアの掌に融け消えた紋章が、くっきりと浮かんでいた。


「え……? 俺も、ですか?」


「そうです。契約を結んだ瞬間から、竜騎士とドラゴンは同じ印章で結ばれます。――ですから、エルウィンディア。闘いや移動の時は、よくカズヤさまと話し合ってお決めなさい」


「はい、母さん」エルウィンディアは嬉しそうに微笑んだ。


「それと、これはカズヤさまに、私からのわがままなお願いなのですが」


 エルーシアは、薄紫の目をひた、と和哉に向けた。


「この子の兄とも、契約をしてやっては頂けないでしょうか?」


「――え? えーと……」


 竜騎士とドラゴンは一対一だと、和哉は思っていた。


 ガートルード卿にはブランシュという騎乗竜がいるが、卿がブランシュ以外のドラゴンを呼び出したのを見たことが無い。

 もっとも、ガートルード卿はアンデッド・ウォーリア―なので、自身が亡くなった時に最後に側に居たブランシュ以外のドラゴンを失ってしまっている、という可能性もあるが。


 複数のドラゴンと契約可能というのを初めて聞いて戸惑っている和哉の前に、不意に件の女竜騎士が現れた。


「唐突に入って来てしまい、申し訳ない。私はカズヤの召還獣兼旅の仲間の一人、ガートルード・オルグバランドという。現在はアンデッドという穢き存在だが、生前はサーベイヤの竜騎士のはしくれだった者だ」


「ガートルード卿っ!! ってか、どーやってここへ……?」


 王都でコタロウと共に別れたあと、慌ただしくここまで来てしまったので、ガートルード卿とは連絡を取れず仕舞いだった。

 荒野の一軒家の中で、三度驚く和哉に、ジンが言った。


「ガートルード卿はカズヤの召還獣。ドラゴンと同じように契約で結ばれているから、カズヤが居るところを卿が探し出すのは簡単」


「あ、そうか」和哉はすんなり納得する。


 背後でデュエルが、「けどよ、いきなり出て来られると、やっぱ心臓に悪いわ」とぼそりと呟くのが聞こえた。


 驚いている和哉達とは違い、エルーシアとエルウィンディアのドラゴン母娘は至って冷静にガートルード卿を迎え入れた。


「あなたが、カズヤさまを竜騎士になさった方ですね?」


 エルーシアが、微笑みながら尋ねる。


「判るのか?」と、逆にアイスブルーの目を見開いた。


「はい。ドラゴンはほぼ魔力で身体を維持している生物ですので。あなたさまとカズヤさまから、同種の魔力を感じますから」


 一度言葉を切ると、エルーシアは続けた。


「先程のお願いとも関係があるのですが、ドラゴンは己の狩り場を子に継がせません。ですので、私の狩り場であるこの一帯、間地の荒野からは、少し早いのですが、ほぼ成体となったこの子とこの子の兄オーガストは、離れなければならないのです。

 けれど、たった一人で見知らぬ土地に行き、己の力だけで暮らすのは、人間でもそうですが、まだ子供に近い者達には酷です。ドラゴンとて同じ。この掟のために、若いドラゴンの三分の二は一人立ちの後、命を落とします。

 竜騎士という心強いパートナーを得られるのは、まさに僥倖なのです。しかも、カズヤさまのような、体力魔力ともに高く、複数のドラゴンとの契約が可能な方は稀です」


「えっ? ドラゴンとの契約って、体力や魔力の大きさに関係してたんすかっ?」


「当たり前じゃ」和哉のびっくりに、クラリスが「アホか」と突っ込んできた。


「ドラゴンとの契約は、人間に竜騎士の適性があり、契約するドラゴンの魔力か体力の10分の1強を有しておらねばならん。

大概の竜騎士は体力でドラゴンとの契約をしておる。じゃがおまえは、体力も桁外れじゃし、魔力も中級魔術師並み。故に、一遍に二体のドラゴンとの契約も可能なんじゃ」


「ドラゴンの魔力は、年齢にもよりますが、凡そ体力相当です。エルウィンディアの体力と魔力はまだ4000、兄オーガストは7500です」と、エルーシア。


「足して11500。カズヤの体力は1800だから、契約条件を完全に上回っている」


 ジンに指摘され、そうなんだ、と和哉は納得した。

 そういえば、最近自分のステータスをあまり見ていなかったな、と、反省する。


 改めて、和哉はジンに自分の現在の力を視て貰った。


「カズヤ、レベル1800。クラス上級上冒険者、クラス特級上剣士、クラス特級下騎士、クラス上級上竜騎士。腕力レベル1600、魔力レベル870、召還レベル180」


「そんなになってたんだ……」


「おいおい~~、自分のレベル確認はこまめにやってくれよ? リーダーさんよ」


 ロバートにからかわれ、全くだ、と和哉は顔を顰めて頭を掻いた。


「しかし、レベル1800は凄いの」クラリスが、本気で驚いた、というように、若緑色の目を見開いた。


「そんなん……、ん? あれっ? 今気付いたんだけど、魔力、ちょっと前までもう少し高かったような……?」


「召還獣が一匹、持って行かれたせい」和哉の疑問に、ジンが、低い声で答えた。


「だから、ノブトの魔力も減ってる」


「あ、本当だ」宣人が、自分のステータスを調べてびっくりしている。


「おまえも見てなかったのかよっ」ロバートに言われて、宣人が「ええ」と苦笑した。


「それはともかく。ええと、息子さん? オーガストくん、でしたっけ。は、俺と契約するのにすんなり同意してくれますか?」


 問題はそこだ。

 エルーシアの親心は分からないでもないが、自分から飛び付いて来たエルウィンディアとは違い、オーガストはまだ会ってもいない。

 顔を見ていない段階で、和哉がオッケーを出して、果たしてオーガストは承知するのだろうか?


 和哉がエルーシアに問うた時。


「俺は一人でもやってけるって、前にも言った筈だぞっ!!」


 玄関の外から青年のものらしい怒鳴り声がした。


 入って来たのは、燃えるような赤毛の若者だった。

 背が高い。デュエルと同じ程だろうか。

 が、長身のわりに威圧感が感じられないのは、デュエルやロバートのような、筋肉隆々という身体ではないからだろう。

 均整は取れているものの、オーガストはまだ和哉と同じく、十代の線の細さを残している。

 母や妹とはまるで違った色彩を持つオーガストは、切れ長の鋭い赤い目で、和哉達を見回した。


「おふくろが何を考えてるか知らないけど、俺は一人でやっていく。誰の手も借りないって、ずっと言ってるだろ」


「それは難しいのよ、オーガスト」エルーシアは美しい顔に困惑の表情を浮かべて、息子を見た。


「あなたは生まれてまだ六十年。エルウィンディアは五十八年。ドラゴンが一人前になるにはまだ四十年もあるの。でも、この間地の荒野では、あなた達二人をこれ以上養う事は出来ない。――本当はあと二十年一緒に居たいけれど、仕方が無いのよ。

 ……まだ力不足なのを、自分で理解してちょうだい」


「力不足なんかじゃねえってっ!!」


 人間でいったら、まだ十代の男子らしい矜持で、オーガストは叫んだ。


「俺はっ、人間の世話にはならないっ!! 竜騎士となんか契約をしないっ!!」


 やっぱりな、と和哉は思った。

 自分の力を信じ切って、我武者羅に進もうとしている。

 似たような年齢だが、和哉自身はわりと手堅い、というか、石橋を叩いても渡らないほど臆病な面もあるので、逆なタイプのオーガストの危うさを母親が心配するのがなんとなく分かる。


 ――こりゃ、どーしたもんかなー。


 正直、妹とは違い、オーガストは気の合いそうな相手ではない。

 かといって、エルーシアの申し出を無下にも出来ない。

 内心悩んでいる和哉に、オーガストが言い放った。


「おいっ、人間っ!!」


 そう呼ぶか、と、和哉は少々むっとする。


「おまえが俺の竜騎士になりたいっていうんなら、勝負しろっ!! おまえが勝ったら俺はおふくろの言う通り、おまえの騎乗竜になってやるっ!!」


「おっ……、お兄ちゃんっ!!」


 呆れた決闘申し込みに、エルウィンディアが文句を言った。


「本末転倒だってっ!! カズヤにお兄ちゃんを騎乗竜にって頼んだのは、母さんだよっ!?」


「そんなん知るかっ!! 俺は、俺より強い人間でなければ背に乗せないって言ってんだよっ!!」


「無茶苦茶な小僧だの」半分苦笑いのクラリスを、オーガストがギンっ、と睨んだ。


「うるせえジジイっ。――おい竜騎士っ、俺との闘い、するのかしないのかっ!!」


「オーガストっ!!」エルーシアも、窘めようとする。


「……やるよ」


 先を急ぐ身だ、断ってもいいのだろうが、多分、このイベントもナリディアの仕掛けだ。

 とすれば、オーガストは和哉が逃げても追って来る。

 

 なら、いつものこと。腹を括るしかない。


 和哉は、ドラゴンとの勝負を受けて立つことにした。

なんか、頑張ってます・・・

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