71.転移先
サーベイヤ国王直々の身許確認証を貰った和哉達は、早速王城の開かずの間へと向かった。
王城の中は回廊が多く、国王陛下の私室から南東の塔まで、たっぷり三十分は掛かった。
漸く辿り着いた塔の地下室は、降りる階段にも灰色の塵が積り、長年誰も立ち寄っていないのが明白だった。
壁に取り付けたランタンに照らされたシンプルな木目の扉の前に、クラリスが立つ。
背の中程まで垂らした白髪に向かって、和哉は言った。
「あー……、言い忘れてたんだけど。俺《エンカウント100%》持ちなんで」
「――なんじゃとっ!?」クラリスが、ぎょっとした表情で振り返る。
やっぱ驚いた、と和哉は内心で肩を落とす。
「魔法陣の行先は結界の無くなった村じゃぞっ。《エンカウント100%》なんぞ持っとったら、間違いなく、飛べば即モンスターと戦闘じゃがなっ」
「カズヤ、しょーがねえから剣抜いたまま飛ぼうぜ?」苦笑するロバートを、クラリスは、ぶすっとした顔で見た。
「それしかないの。全くもって、カズヤの能力はけしからんものが多いのっ」
あんたに言われたくないっす、と突っ込みたくなったが、ここでクラリスと漫才をしていても時間の無駄だ。
引き攣り笑いだけを返すと、クラリスはふん、と鼻を鳴らし、くるりと扉に向き直った。
「開けるぞい」
クラリスは右手の人差し指を扉に向け、短く呪文を唱える。
何の変哲もない木目の上に、金色の文字が、円を描くように浮かび上がる。
クラリスは一歩扉に近付くと、浮かび上がった文字の輪の中に、人差し指で十字をなぞった。
刹那。
カチャン、という、錠が外れた音がした。
扉の文字が消え、勝手に内側に開いていく。
クラリスが、火の魔法で部屋の中のランタンに灯を入れた。
浮かび上がった室内は、畳に換算して十畳ほどか。
クラリスが言った通り、床面には大きな魔法陣が描かれていた。
しかし、長年使用されていなかった室内には、高い天井に蜘蛛の巣が十重二十重に張り廻り、魔法陣の上には、うっすらどころではない埃が積っている。
クラリスは風の魔法を発動すると、入口に向かって埃と蜘蛛の巣を吹き飛ばした。
「ぶっ!!」
「ぐえっ!!」
和哉とジン達三人の女性陣は中に居たので素早く避けられたが、最後尾で室内に入ったデュエルとロバートが、もろに埃の餌食になった。
「ったく、やるならやるって先に言って下さいってっ!!」ロバートが、金髪に張り付いた蜘蛛の巣を急いで引き剥がしながら怒鳴る。
「酷いっすよっ、大賢者さまっ!!」
デュエルも文句を言ったが、大賢者は澄ました顔で、「それくらい避けられんとは、戦士としては三流じゃの」とのたまわった。
「にゃんですとっ!?」ロバートが更に怒る。
「いっくら大賢者だからってなあっ、人をコケにするのもいい加減にしやがれってんだよっ!!」
大噴火し始めたロバートに、カタリナが油を注ぐ。
「その場にいたのがマヌケなんだわさよ」
「あのなあっ!!」
「時間の無駄」ジンが言い、神聖魔法でロバートとデュエルに纏い付いた汚れを払い落した。
「……そんな魔法も出来るんだ?」和哉が訊くと、「浄化の魔法の変形版」とジンが答えた。
「塵芥なんぞ、川にでも飛び込めばとっとと落ちるわい。ほれ、さっさと魔法陣に乗らんか」
まだ噴火中だが、ここでしのごの言っても仕方ないと諦めたらしいロバートが、ぶすくれた顔ではっきりと文様が浮かび上がった魔法陣へ足を入れる。
デュエルも続き、皆が入ったのを見計らったクラリスが魔法陣に描かれた文言を唱えた。
「『――、――、――。』」
聞いたことの無い言葉に、和哉は「何て言ってるの?」と隣のジンに尋ねる。
ジンは黙って首を振った。
ジンの長い髪が振られるのを見た次の瞬間。周囲の景色がさあっ、と流れた。
「りゃっ!?」これまで経験したことのない異和感に、和哉は妙な声を上げてしった。
和哉の声に重なるように、クラリスの警戒の声が響く。
「大型のモンスターがおるぞいっ!!」
見上げると、既にジンの神聖魔法の明りが数個、荒れた村の、壁が崩れた館の中に浮かんでいた。
明かりが照らし出していたのは、巨大なサイのようなモンスターだった。
「うおあっ!! ちっかいっ!!」
ロバートが叫んで、一歩後ずさる。
「なんだっけっ あいつっ!?」和哉は、地球に居た頃の記憶をつまぐった。
確か、ゲームで見たような気がする。
今のようにでかくて、倒すのにやたらと時間が掛かった――
「ベヒーモス?」
「当たり」と、ジンが和哉の呟きに答えた。
「レベル24500。特殊魔法は《メテオ》、通常魔法は《ウォーターエッジ》。《頭突き》は当たると50%の確率で必中。あと、強力な《ダブルカウンター》がある」
「こいつに迂闊に魔法は使えん」クラリスが後ろへ下がる。
「物理攻撃でも魔法攻撃でも、普通は倍返しのカウンターじゃて。じゃが、物理攻撃のほうが、こちらも防衛出来るでな」
クラリスが説明している間に、ベヒーモスが大きな角を左右に振った。
唐突に、刃のような水が幾筋も飛んで来る。
「魔法攻撃が出来るのかよっ!? このデカブツっ!!」ジンの説明を聞いていなかったらしいデュエルが、亜人ならではの機敏さでウォーター・エッジを避けながら怒鳴った。
ジンが神聖魔法の物理防御魔法を掛ける。続いて、クラリスが《沈黙の呪文》を唱えた。
ベヒーモスの首振りがぴたり、と止まった。
「今だっ!!」和哉はアマノハバキリを手に跳躍する。
ベヒーモスの首を狙って剣を振り下ろした。
魔法剣は、ベヒーモスの鎧のような皮膚に食い込む。が、次の瞬間、和哉は自分の攻撃の半分ほどの力で全身を打たれた。
「ぐわっ!!」
最大四千ダメージ近い和哉の攻撃は、2000ダメージのカウンターとして返って来たのだ。
弾き飛ばされて、和哉は天地が引っ繰り返るのを見た。したたか壊れた石畳に身体を打ち付ける。
しかし、さほど痛みが無いのに、逆に驚いた。
「大丈夫かっ!?」ロバートが反対側からベヒーモスを狙いながら声を掛けて来た。
「うん。《カウンター》ダメージのわりには」
「ジンの神聖魔法が効いているんだろう」宣人が、得意の弓ではなくショートソードを構えながら言った。
「あれ? 《カウンター》って、俺、特殊技で持ってたっけか?」
和哉はそう言えば、と思い出してジンを見た。
ジンが、「今頃、思い出した?」と、聞き返して来た。
「特殊技を使う時は、予め自分の中で技の名を念じておかなければ発動しない」
「……そうなんだ」
知らなかった。
早く言ってくれよ、という言葉は飲み込み、和哉は《カウンター》を頭の中で念じた。
「全くっ。戦い方も知らんのかっ、おまえらはっ」クラリスがしかめっ面をする。
「すんませんねっ!!」怒鳴りながらロバートが突撃する。
同時に、デュエルがバトルアックスを振り被り、ベヒーモスの角へ一撃をお見舞いした。
案の定、二人とも《カウンター》を食らう。だが、もろにはダメージを貰わず、逆に自分の《カウンター》で上手く相殺した。
「げ。そうなるんだ」和哉は、二人がダメージを受けなかったのにちょっと驚いた。
「おぬしが間抜けなだけじゃわ」クラリスの悪態に、「悪うございましたっ」と言い返すと、和哉は再びモンスターに斬り掛かった。
「おおっと、時間切れじゃっ!! 魔法に気を付けろっ!!」
和哉が先程斬り付けた個所をもう一度叩き斬ったとの同時に、ベヒーモスが首を振った。
《メテオ》が発動し、和哉以外の仲間の上に、夥しい数の火の玉が降り注ぐ。
「カウンター・メテオっ!!」クラリスの呪文が、廃墟に響く。
ベヒーモスの《メテオ》は、クラリスの魔法で掻き消された。
――さすが大賢者。
器用な事をするもんだな、と思いつつ、和哉は自分も《カウンター》で打撃を弾かれるのを防ぎながら、今度は《一撃必殺》を念じてみた。
一度モンスターから離れる。
ジンのミスリル鞭がデュエルが斬り付けたベヒーモスの角に巻き付き、斬り落とすのを見届けてから、三度斬り掛かった。
今度はベヒーモスの腹の下へ潜り込み、アマノハバキリを突き立てる。
魔法剣は《一撃必殺》の効果もあり、驚くほど深く巨大モンスターの身体に入り込んだ。
宣人のショートソードがベヒーモスの左後ろ脚を斬り裂いたのを見た和哉は、下敷きになる前に抜け出すべく、渾身の力を込めて剣を横へと引いた。
ベヒーモスの腹が見る間に引き裂かれ、黒血が滝のように流れ出て来る。 血と一緒に臓腑の一部も零れ落ちて来て、ヤバい、と思った和哉は急いで剣を引き抜いて走り出した。
しかし、ベヒーモスの倒れる方が一呼吸早かった。
和哉の眼前が、黒一色に染まる。
このままではベヒーモスの下敷きになり潰れる、と覚悟した時。
「ストップっ!!」
クラリスが術を掛け、ベヒーモスの倒れるのを寸でで止めてくれた。
「ご無事ですかっ、カズヤさまっ」コハルの声に、和哉は頭を上げた。
モンスターの臓腑と血で真っ黒になり、前は見えない。コハルは和哉の腕を掴むと引っ張り上げてくれた。
和哉は、ヌルヌルする身体を引き摺って、どうにかベヒーモスから離れた。
「助かりました。ありがとうっす」
嫌がらせも多少込めて、クラリスの真ん前で思い切り頭を下げる。
和哉の髪から飛んだベヒーモスの血が、クラリスの綺麗な顔に飛ぶ。
「よさんかっ、バカ者っ!!」
さも汚そうに手の甲で鼻の頭にくっついたモンスターの血を拭くクラリスに、和哉は口角を上げた。
と。
とんとん、と誰かに背中を叩かれた。
なに? と振り向くと。
「はい」ジンが、片手にベヒーモスの臓物の断片を持って、にっこりと微笑んだ。
「ま――さか、と思いますが、ジンちゃん?」
「その、まさか」
ジンはにっこりを更に強め、凄絶なドS娘の顔で、「カズヤ、あーん」と、片手に乗せたおぞましいブツを差し出した。
「いやいやいやっ!! ソレはほんっとにムリだからっ!!」
「カズヤにムリは、無い」
「宣人だっていーでしょうがっ!?」
涙目で抵抗しつつ宣人を見る。と、宣人は勘弁、と手を合わせて頭を下げた。
「和哉、悪い。――御使い様の思し召しってことで、お願いします」
「ちょっ……。それは――っ」と開けた口に。
ジンは、和哉の鎧の首元をむんずと掴んで、押し込んだ。
「――ッ!!」
生臭い、を通り越した、息も止まるほどの臭いが鼻と口を覆い、和哉は、これならベヒーモスの下敷きになっていたほうがまだマシだった、と思った。
……言い訳しません。
すいません、キモいですm(__)m




