7.西の山へ
翌朝6時。
和哉はロバートに叩き起こされ、食堂へと引っ張られた。
出された食事は、ご飯とみそ汁とシャケの切り身。それと葉野菜の煮浸し。
「おー。これが日本人の正当な朝ごはんか」
ヘンな感心をしながら、ロバートはカリカリに焼いたトーストとベーコンを頬張っている。
「……どーでもいいけど、これ、全員にやってるのかな?」
いつも朝は食べない主義な和哉は、どちらかと言えばロバートの朝飯と一緒でいいのにと思いつつ、よく焼けた甘塩のシャケを箸の先でつついた。
「ああ。御使い様のご慈悲で。こっちに来ても、食べられない食事のオンパレードじゃ、体力が無くなっちまうだろうからってな。ちなみに、《お願い》すれば、別なもんにもしてもらえるらしい」
「その《お願い》って、どこでいつ、する訳? 教会に行って祈る、とか?」
「いや」と、ロバートは、ホットミルクティーを一口飲んだ。
「《夢》だ。教会に行っても、そこは、昨日話した別の御使い様達の領域だ。ナ……、《例の》御使い様にお願いしたいなら、必死に夢に出てきてもらうよう、頼むしかないな」
昼時と違って、朝は食堂に客がわんさといる。ロバートは周囲を気にして、ナリディアの名を伏せた。
名を言えないところといい、お願いする場所といい、月天使とのアクセスは割と面倒臭いんだ、と、和哉は思った。
そう言えば、ここ(異世界)へ来る前に、ナリディアはどうすれば彼女に再開出来るかのレクチャーを和哉にしなかった。
――ってことは、夢でも会えないってことかも。
そこでふと、別な疑問が頭に浮かんだ。
「ロバートは、しょっちゅう《例の》御使い様に《夢》でお願いしてんの?」
「たまに、な。どうしてもの時だけだ。けど、こっちへの頼み事がある時は、御使い様が結構、《夢》にお出ましになるな」
「ふうん」そうなんだ。ナリディアが用事か無いと、アクセスはやはり難しいのか。
「実は、カズヤを今回のボス討伐に連れて行けって言ったのも、御使い様なんだ」
え? と、和哉は、みそ汁の椀を口に運ぶ手を止めた。
「もちろん、俺はまだ早いのでは? って、お伺いしてみたさ。でも、御使い様は、『大丈夫です!!』の一言で却下」
「……」和哉は、固まってしまった。
再三だが、どう考えても、まだレベル17の駆け出しの自分が引き受けていい仕事ではない。
なのに、どうしてナリディアは大丈夫と言い張るのか?
チートにしてくれ、と言っておいたはずのステータスも、全くもって何も、いやむしろ、えらい難儀なおまけになっているし。
「俺も、まさかカズヤが、エンカウント率100パーだなんて知らなかったしね。知っていたら、もっと強硬に『ムリです!!』って突っ撥ねたんだけどなあ」
だよな、と、和哉は、噛んだ米粒を飲み込みつつ頷いた。
自分がロバートの立場でも、まだまだレベルはペーペーの、しかもこんな面倒臭い特技持ちを、ボス討伐なんぞに連れて行かない。
それが証拠に、朝食を終え、女性二人と落ち合って村の門を一歩出た途端、モンスターとエンカウントした。
敵は《キラーラビット レベル3》と、《キラーハウンド レベル3》。
幸い、どちらも前衛のロバートとジンの敵ではなく、二人とも一撃で倒した。
しかし、10数歩進む度にエンカウントするのは、さすがに面倒臭い。
「もーっ!! 西の山までに出るモンスター、ここらでひと纏めに出てくれないもんかねぇっ!! ちまちま焼き殺すのも、魔力のムダさねっ」
キレたカタリナが大声で文句を垂れたその2時間後。
和哉達はやっとのことで西の山へと辿り着いた。
******
「……ここまでに倒したモンスター、総数62匹。お宝と毛皮その他レアアイテムが66個。メンバー総レベルアップが2回」
西の山の裾野の森へ入ってすぐ。
ジンが、木陰での休憩中に片道の成績を読み上げた。
彼女は、両手首に巻いた薄く柔らかい刃――ミスリル銀を平たく細い鞭にした武器を、自在に飛ばして敵を切り裂く。
下手に振るえば味方も傷付けてしまう鞭を、ジンは実に鮮やかに扱った。
ジンの闘う姿の美しさに思わず見惚れて、和哉が不覚を取ったのが、3回。だが、いずれもロバートのフォローで軽傷で済んだ。
もっとも、物理上の怪我よりも、その後に浴びせられたカタリナの罵詈雑言での心的怪我が少し痛いが。
しかし、カタリナのおカンムリも無理もない。普通のエンカウント率なら、村から西の山までは約1時間弱だ。
それでも、メンバー全員がレベルアップ出来たのは、エンカウント率100パー特技持ちとしては、ちょっと嬉しかった。
「……個人では、カズヤ・ヤマダのレベルアップが5で最高。次に私ジンが、3、ロバートが2、カタリナが2」
「しち面倒臭い特技だけど、ま、こっちにも少しは恩恵があったのはよかったよ。けど、帰りもこれだと考えると、うんざりしちまう」
カタリナは、手近にあった、水分の多い木の実を齧りながら、煙草を吹かした。
「それは、無いと思う」魔女の文句に、神官戦士が無表情に答えた。
「カズヤの最後のアビリティが開いた。これが使用出来れば、村までの帰還はもっと楽になるはず」
「何だ? カズヤの最後のアビリティって?」倒木に腰掛け、昼食のサンドウィッチを齧りつつ、ロバートがジンに質問する。
当の和哉も、自分の事ながら何なのかさっぱり分からないのに、不安を覚えた。
そんな当人の気持を察する風でも無く、ジンは、自分の足元に這い寄って来た、かなりな大物の水色と緑のプチ模様のナメクジをひょいと摘まみ上げた。
「食べて」
「――ええっ!?」メタリックな風貌の美少女のあまりにもご無体な命令に、和哉は仰天する。
本当に大きく仰向いた和哉は、そのまま座っていた岩から転げる。
その脇に立ったジンは、大きく開けた和哉の口の中に、ぽとん、と、ナメクジを落とした。
「――――っ!!!?」
「あ~~、乱暴はよしなさいよ、ジンちゃん?」
半分面白そうに笑いながら注意するロバートの声を聞きながら、和哉は大パニックになっていた。
口の中には、うねうねと気持悪く蠢く、巨大なナメクジ。吐き気と悪寒で、一挙に毛穴という毛穴が広がった。
慌てて取り出そうと指を口に突っ込む。が、ジンの細い指が、その手を無理矢理引っ張り出した。
「そのナメクジは、薬用。まずくはない」
――と、言われてもっ!!!!
胃液が逆流しそうになるのを何とか堪え、涙と怒りでぐちゃぐちゃになった顔でジンを睨み上げたその瞬間。
ごっくん。
和哉はナメクジを飲み込んでしまった。
というより、ナメクジのほうが、和哉の食道にずるっ、と落ちて行った。
「☆▲×○※〒~~っ!!!!」
和哉は、これまで使用したことが無いような筋肉まで使って、猛烈な勢いで跳ね起きた。
ロバートの手から水筒をひったくると、がふがふと水を飲む。
下を向いて水と一緒にナメクジを吐き出そうと試みるが、一向に吐き気が襲って来ない。
そんな和哉の様をげらげら笑いながら眺めていたカタリナが、急に「あ――っ!!」と大声を上げた。
「あんた、魔法が使えるようになってるわ。しかも癒しの魔法」
何のことだと顔を上げた和哉に、ジンが、初めてにっこりと微笑んだ。
「カズヤのアビリティは《たべる》。食べたモンスターの魔法や魔力、ステータス異常ならその解呪魔法まで、《たべる》で覚える。こういった方法で魔法や技を習得する人間は、他には見たことがない」
ナリディアの《ズル》はあまりにもマイナー過ぎて、いいのだか悪いのだか分からないものだった。
えーと、えーと……
いろいろ、すみません(汗)