69.ディビル教再び
コタロウは、妹の呼び掛けにも反応しない。
「……アンデッドには、されてないみたいだな」ガートルード卿が、コタロウの様子を判断する。
和哉は、クラリスがストップの術を掛けたゾンビ全員の脚を、剣で斬り飛ばした。
「その剣は――」
五人の『死人使い』のうちの、中央の男が首を僅かに上げた。
「真竜の剣か。御師さまが手に入れなすったものか」
「返せ。その剣は、我らディビルの信徒のもの」右隣の『死人使い』が言った。
がらがらと、気味の悪い声で話す『死人使い』達に、和哉は「やだね」と返した。
一番左の男が、腕を振り上げる。萎びた、ミイラのような腕が、灰色の布からぬっ、と突き出る。
「アンデッド・ウォーリア―の女騎士よ。我らが剣をその者から奪え」
枯れ枝のような指先から、黒い煙が渦を巻いてガートルード卿に襲い掛かる。
避けようとするガートルード卿の前に、クラリスが立ちはだかった。
「術解除」
ふわり、と振られた白い指先が、黒い煙を一瞬にして絡め捕る。煙はクラリスの手の中に丸め込まれるようにして消えた。
「止めとけって」ロバートが声を上げた。
「おまえらに勝ち目はねえぞ。ここは大人しく人質を返して出てけよ」
「大体」宣人が一歩前へ出た。
「あなた方が御師さま、と呼ぶジャララバが消えたのに、どうしてまだ真竜に拘るんですかっ!?」
「真竜は、我らの希望。御師さまも同じ。両方とも、返してもらう」
「あんたらの故郷は、もう無いのに?」
皮肉を込めた和哉の言葉に、『死人使い』達からはっきりとした怒気が溢れるのを感じる。
真ん中の男が、嗄れ声を張り上げた。
「我らは、真竜を得て故郷を作る!! 真竜と御師さまさえいらっしゃれば、我らは故郷を取り戻せるっ!!」
「そうだ。我らは故郷を取り戻す」
「イっちゃってんなあ」デュエルが、挑発するように言った。
「俺ぁ何がどーなってんだか、意味はわかんねえけどよ、カズヤやロバートがムリってんだから、おまえらの野望は叶わねえと思うぜ?」
「――黙れっ!!」中央の『死人使い』が吼える。
「だまれっ!!」「ダマレッ!!」「ダまレッ!!」「だマレっ!!」
木霊のように、他の四人も吼える。吼えながら、五人の『死人使い』が次々と重力波を撃って来た。
場の魔力を曲げ強い波動を引き起こす闇の術が、少しずつ角度の違う方向から放たれたことで、途中で重なり合い、巨大な波動となる。
押し寄せる超重力波に、クラリスが結界の術を放つ。
が、『死人使い』の執念が勝ったのか、大賢者の術が破られた。
「ヤバいんだわよさっ!!」魔女カタリナが、真っ先に術の破れに気付いて叫んだ。
「いかんっ!! 皆下がれ――」
クラリスの号令で、和哉以外の仲間が大広間から飛び出す。
和哉は、自分を斬り裂こうとする波動に向かって、アマノハバキリを横に一閃した。
きいん、という、金属同士がぶつかり合うような、高い音が響く。と同時に、重力波が剣に弾かれた。
アマノハバキリに当たった重力波は、猛烈な勢いで逆流する。
波動が弾き返されたのに気付いた『死人使い』達が、慌てふためいて左右に逃げる。
「不味いっ!!」
叫んだ宣人が、物凄い勢いで重力波に突っ込んだ。
「バッカっ!! 何してんだよっ!?」和哉は焦って宣人を追った。
波動に巻かれ、引き裂かれそうになっている宣人を抱えると、和哉は正面にバツを描くように剣を振る。
またも金属のぶつかるような音が響き、和哉は重力波に穴が開いたのを感じた。
気絶し掛けている宣人を抱えたまま、魔力が開いた正面へ転がる。
和哉の開けた穴に、誰かが飛び込んでくる気配がした。
「兄さまっ!!」コハルが叫ぶのが聞こえた。
顔を上げると、コハルは穴よりやや右側に、呆けたような表情で立っていたコタロウを抱え、重力波の衝撃に耐えている。
コハルの防具が裂け、腕や足に細かい傷が無数に走るのが見える。
「くっそっ……!!」和哉は歯噛みした。
宣人を抱えているため、コハルとコタロウを助けられない。
重力波の穴から、また一人、前へと走り出た。
ステンレスシルバーの髪が重力波に靡く。ジンは早口で呪文を唱え、コハルとコタロウの周囲に神聖結界を張る。
「早くこっちへっ!!」ジンが和哉を呼ぶ。
和哉は《癒し》で素早く宣人の傷を治すと、急いでジン達の元へと宣人を担いで走った。
和哉と宣人がジンの張った神聖結界の中へ入ろうとした寸前。
『死人使い』達が三度重力波を仕掛けて来た。
「うっわっ!!」
和哉は背後から術を受け、大広間の一番奥の壁に叩き付けられた。
「カズヤっ!!」
したたかに背を打って朦朧とする和哉の耳に、クラリスのものらしい叫びが聞こえた。
が、その声を聞いたのを最後に、和哉の意識は途絶えた。
******
気が付くと、和哉はソファの上らしきところに寝ていた。
「……このシチュエーション、何度目だっけかなあ」
豪華なシャンデリアが赤々と火を灯しているのを見ながら、ぼそっと呟く。
「私に斬られた時と合わせて、三度目じゃないのか?」不意に、蠱惑的なハスキーボイスが頭上から降って来た。
驚いて顎を上げると、ガートルード卿が、ソファの肘掛けに座り和哉を見下ろしていた。
女竜騎士のクールな美貌が、微笑から心配げなものに変わる。
「また、痛い思いをさせたな」
「あ、いえ……。それより、みんなは? コハルとコタロウ、さんは?」
起き上がろうとした途端。
和哉はぐらり、と目眩がした。
「!?っ」
「今少し動くな。――とは、君達に治癒魔法と解呪魔法を掛けた大賢者のお言葉だ」
「君達……? 解呪魔法?」
治癒魔法は分かる。
君達、というのも、多分、和哉と宣人のことだろう。
しかし、解呪魔法というのは――?
「状況はすこぶる良くない。
カズヤとノブトが『死人使い』の術で気絶した直後、奴らは君達二人にアンデッド・パペットの呪を掛けた。一時だったが、君達はアンデッドとして私達に向かって来た。
その呪をクラリスが解呪したのだが、その時、奴らは君達の中からジャララバの魂を回収していったのだ。回収されたジャララバは、囚われていたリッチモンドの当主に移された。
クラリスはアーノルド殿を取り返そうとしたのだが、奴らは一足早く転移魔法で逃げてしまった」
「じゃあ、今、俺と宣人は……」ジャララバの魔力は無くなっているのだ。
「不覚だったな。奴らがあんなに早く、しかも強力な闇の魔法を操れるとは、大賢者も予測出来なかったようだ。……ただ、カズヤとノブトを引き摺られて行かれなくて幸いだった」
「そっか……」和哉は、額に手を当てる。
不覚、というか、奢っていたのは自分だった。
アマノハバキリがあるから、自分の力が上がっているから大丈夫だと、敵を侮り過ぎていた。
もっと、自分が慎重に動いていれば、アーノルドも助けられたのに。
しかも、ジャララバをディビル教徒に取り返されてしまったとは。
「大失敗」
「そうでもないぞ?」
ガートルード卿とは反対の方向、和哉の足元の辺りから、クラリスの声がした。
和哉は、今度はそっと頭を上げる。
クラリスは、いつもの、悪戯な子供のような顔でにっ、と笑った。
「カズヤとノブトの働きで、コハルの兄が取り返せた。コタロウは、幸いにもアンデッドにはされておらなんだ。どうも『死人使い』とかいう奴らは、真竜を剣から元に戻す方法を、オオミジマに行って探すつもりだったようじゃ」
「じゃあ、その案内役に、コタロウさんを使おうとしていたんすか。――けど……」
ガートルード卿やアルベルト卿、ジンの話では、アマノハバキリを創り出した伝説の呪者は、桁外れの魔力を操れる人物だったという。
しかも、その術は、オオミジマでの強力な呪者の減少と共に、今は失われているとも。
「いくらジャララバが強大な魔力の持ち主でも、あの剣がカズヤを主としている限り、真竜に戻すなど出来ないでしょう」
現に、一度ジャララバはアマノハバキリを青竜に戻し、宣人に《たべ》させようとして失敗している。
アルベルト卿からその経緯を聞いていたのであろうガートルード卿の言葉に、クラリスは「そうじゃ」と頷いた。
「それでも、あの連中は出来ると信じておるようじゃ。盲信とは、厄介なものじゃな」
「やれやれ」と、若者の顔で年寄りのような肩の落とし方をするクラリスに、和哉はおかしくて、ちょっと口元が緩んでしまった。
「けど、その話をクラリスがご存じってことは、コタロウさんは、意識が戻ったんですね?」
「うむ。連中は闇の術でコタロウの精神を縛っていただけだったのでな。アンデッドにしなかったのは、恐らく、オオミジマに入った時に、ニンジャの一族に見破られると不味いと踏んだからじゃろう」
和哉は、コタロウについてはほっと胸を撫で下ろした。
しかし、新たな問題、リッチモンド家当主アーノルド氏のことは、どうしたものか。
「リッチモンドに近付いたのは、なんで……?」
「リッチモンドの商隊は、アデレック大陸はおろか、オオミジマの商業権も持っておる。アーノルドをジャララバとやらの依代としてオオミジマへ入る積りだろうの」
「だったら、早いとこオオミジマへ行かなきゃ」
焦って片肘を起こした時。
入口近くに立っていたクラリスの背後から、仲間達が入って来た。
「大丈夫ですか? カズヤさま」コハルが小走りに寄って来た。
「俺は、平気。――宣人は……?」
「ノブトさまは、まだ隣室で横になっておられます。……ジャララバを取り返された時に、相当な魔力も持って行かれたためと」
「カズヤもじゃな」と、クラリス。
「おまえさんの方が魔力も体力もノブトよりはるかに強い。だから、もう目覚められたんじゃ。普通なら、あれだけごっそり魔力を引っこ抜かれたら、二、三日は目がさめぬよ」
「カズヤの頑丈さは桁外れだからよ」デュエルが笑いながらからかう。
「ああ悪かったなっ、バケモノ級で」言い返した和哉に、皆が笑った。
「しかし、和哉の心配も尤もじゃ。あやつらがアーノルドを首魁の依代としてオオミジマに乗り込む気なら、わしらも行かねばならんの」
「そのことでしたら」和哉の横に片膝をついていたコハルは、すっ、と立ち上がった。
「兄が《伝え鈴》を使い、既にこちらに居る身内の者に伝えました。その者がオオミジマにすぐに連絡を入れてくれるはずです。間に合うとよいのですが」
「《伝え鈴》って?」
尋ねた和哉に、コハルは、「ニンジャにしか聞き取れない音で、物事を暗号化して伝える術です」と答えた。
地球で言えば、昔の電信のようなものか、と和哉は解釈する。
「間に合うのを祈るのみ、だな」ガートルード卿が立ち上がった。
「ノブトの意識が回復したら、出発しよう。――今度こそ、ジャララバの息の根を止めねば、な」
和哉、またもや倒れました・・・
無謀と書いて、バカと読むかも__;;)




