68.ゾンビの店
広い店内は、まだ営業中という体で、全てのランタンが灯されている。
「明かりがあるのに、モンスターが居たってのは……?」ロバートが、店内を見回しながら首を傾げた。
ジンも、ステンレスシルバーの長い髪を揺らした。
「そもそも、王都にモンスターが居る、というのが不思議。周囲の貴族の領地には、各御使い様の巫女や神官が神聖結界を張るための法具を置いているから、本来なら侵入は不可能なはず。何処から入ったのか」
「誰かが連れて来た、ってことですかね?」
尋ねた和哉に、クラリスは、「だから、それを調べるんじゃっ。今聞かれても、わしにも分からんわっ」と、眉間に皺を寄せた。
「ですよね……」大賢者に怒られて、和哉は首を竦めた。
クラリスは、勝手知ったる、という感じで、店の奥へと入って行く。
和哉達もそれに続く。
本来なら店員が居るべき長いカウンターの中へと入り、無造作にバックヤードの扉を開ける。
大丈夫なのか? と一瞬和哉は心配したが、怪しいものが攻撃して来ることは無かった。
バックヤードには、明かりは灯っていなかった。
ジンが、素早く神聖魔法で明かりを三つほど浮かべる。
「さすが神官戦士。気が効くの」
更に先へ進もうとするクラリスを、ガートルード卿が止めた。
「何があるか分かりません。私が先に行きましょうか?」
もう自分の正体は分かっているだろう、といった口振りで提案する女騎士に、クラリスは「ふむ」と顎に手を当てた。
「そこのトラ人間」
「俺、すか?」クラリスに顎で指されて、デュエルがびっくりしたような声を上げる。
「ガートルード殿以外のアンデッドのにおいはするか?」
デュエルは、ふんふん、と顔をやや上げ、鼻をひくつかせる。
和哉は、大賢者も亜人の鼻は信用出来る、と思っているんだ、と、他人事ながらちょっと誇らしく思えた。
「いえ……。しないっすけど」
「と、すると、特殊な術を使っておるな」
クラリスが、徐に懐から小さな時計のようなものを取り出した。
「それは、モンスター専用の探知機ですか?」コハルが、珍しく好奇心満々な表情で、クラリスの手元を覗き込んだ。
「そうじゃ。特にアンデッド・モンスターにはよう反応するんでな。――お、やはりそうかっ」
掌の中央にすっぽり収まってしまういぶし銀の時計型の道具は、クラリスが手を店の裏戸へ近付けると、ぐっ、と針を左へ振った。
和哉は、そんないいものを持っているなら、デュエルにわざわざ訊くことないじゃないか、と内心で文句を垂れる。
「こいつは小物のアンデッドを探すのにはよう役立つのじゃが、大物となるといまいち感度が悪いんじゃ」
和哉の思ったことを読み取ったかのようなクラリスの説明に、和哉はどきり、とした。
「特殊な術を掛けられている連中が先に居るの。悪いが、神官戦士どの」
「ジンで結構です」と、美少女はいつもの感情の無い声音で言った。
「では、ジン。先にカズヤと行って、神聖魔法でアンデッドどもを隅に追いやっておいてくれんか?」
「分かりました」
なんで俺まで指名されたんだ? と和哉は首を捻ったが、ジンと一緒に行動出来るのは嬉しいので、文句は言わないでおいた。
ジンが、神聖魔法を唱えながら、裏戸を開ける。
途端に、何かが飛び込んで来ようとした。が、ジンの神聖魔法に吹き飛ばされた。
ふわり、と戸口から出た明かりが、通路の端に転がった死体を浮かび上がらせる。
「ゾンビ」ジンがぼそっと言った。
アンデッド・モンスターは、剣で斬っても殺せない場合が多い。
和哉は、用心しながらゾンビを確かめに寄る。
首がほぼ後ろ向きになったまま通路の壁に凭れ掛かり、手足を投げ出した形で座り込んだゾンビは、白いシャツに黒のベスト、同色のズボンを履いている。
青白い横顔の若い男の脚を、和哉は靴の先でちょん、とつついてみた。
「……動かないや」
「神聖魔法に触れたために、闇の呪が解けたのじゃな」
いつの間にか後ろに来ていたクラリスに、和哉はびっくりして振り返った。
「何をビビっとる。大物リーダー」
「ビ……、ビビってなんか、いませんよ」
言い返した声が裏返ってしまった。大賢者は鼻で笑った。
店から本邸までの通路は、約六メートル程。
その間に、先の一体を含めて四体のゾンビが出た。
「皆、知った顔じゃ。リッチモンド家の使用人じゃ」
クラリスは、本邸の扉前で神聖魔法で倒れた、仕立ての良い長衣を纏った中年の男のゾンビを見下ろした。
歳を取らないハーフエルフの美しい顔に、苦しげな表情が浮かんでいる。
「この分だと、本邸の中もアンデットだらけかもしれんの」
「もしかして、ご当主も……?」心配した和哉に、クラリスは、「逃げ出しておってくれればいいんじゃが」と、小さく言った。
本邸の扉を開ける前に、ガートルード卿が扉を擦り抜け、入口付近を偵察して来た。
「やはり生身の人間の気配はありません。ゾンビが数人居ます。扉に罠はありません」
「なら、今度は俺が先頭に入ります」和哉は自ら志願した。
「ほう。根性があるの、大物リーダー」
恩人の窮地で、内心穏やかではないはずだろうに。
それでも人をからかうクラリスに、和哉は辛いのを我慢してどうにか笑ってみせた。
本邸の扉を開ける。
蝶番が軋む音に反応したらしいゾンビ達が、一斉に和哉目掛けて飛び掛かって来た。
咄嗟に、和哉は火炎を吹いた。
半円形に和哉を取り囲んだゾンビ達は、火炎放射器よろしく吹き付けた炎で全員火だるまになる。
「つくづく、妙な技を持っておるの、カズヤは」
呆れたように言いながら、室内に火が燃え移らないようにと、クラリスが燃えて転げ回るゾンビ達に結界魔法を掛けた。
「そう言えば」こんな場面で訊くのもなんだけど、と思いながら、和哉はクラリスに尋ねた。
「俺らを侵入者と間違えた時に大賢者さまが作られた魔法人形は、どうしてあんな姿だったんすか?」
「大賢者と呼ぶのは止めんかっ、クラリスでよいわ。――あのパペットは、カズヤの心象を読んで創り出したものじゃ。わしは人のイメージを瞬時に読む術も心得ておるのでな」
と、いうことは、クラリスには和哉や宣人、ロバートの正体はバレているのか?
ぎょっとなった和哉に、クラリスは、「まあ、おぬし達のような、出自が変わった者が大勢この世界に入って来ているのは、知っておるでな」と、片目を瞑ってみせた。
「おおっと。おしゃべりなんぞしている場合では無かったようだの」
クラリスが真顔で正面を見据えたのに気付き、和哉は振り返る。
小さなホールになっているリッチモンド本邸の裏玄関の左側の階段上に、幾人かの人影がぼんやりと見えた。
ジンが、神聖魔法の明りを増やす。
と、影の一人がふわり、と腕を動かし、ジンの魔法を掻き消した。
「……闇魔法使いかの」クラリスが、やや腰を落とした。
次の瞬間。
暗闇を裂くような、不気味な重低音がした。振動は室内の空気をうねらせ、和哉達に迫る。
クラリスが右手を縦に一閃させるのが見えた。
こちらを襲って来た振動は、和哉達の周囲の床や壁を破壊して、裏戸へと抜けていった。
重い扉が吹き飛ぶ音が聞こえる。
「うおわっ!! なんだこの魔法っ!?」ロバートが叫ぶ。
「重力波じゃ」
「その術は、確か禁呪ではっ!?」コハルの強い口調に、クラリスが「そうじゃ」と答える。
「じゃが、そこの連中はそんなことはお構い無しなんじゃろうな。――次撃が来るぞ」
クラリスが、再び防御の魔法を発動しようと構える。
和哉は、クラリスの前へ飛び出した。
無性に腹が立っていた。
表面はひねた風に装っているが、本心では自分の周囲の人々をとても大事にしているクラリスに、苦しげな表情をさせた輩が許せない。
暗闇で、相手の動作は見えない。が、魔力の動きは、和哉自身も驚くほどに感知出来る。
レベル1200、特級上剣士、魔力1200。そこまで和哉が強くなっているからかもしれない。
「な――っ!? 何を考えておるっ、小僧っ!?」
和哉は次撃の重力波が自分を襲う寸前に、アマノハバキリを抜き跳躍する。
真竜の剣は魔法剣である。しかも、物理的な魔法には攻守ともに効果は絶大。
思った通り、縦に剣を構えた和哉を、重力波は左右に避けて通る。
敵の魔法に石材の表面を剥ぎ取られ、でこぼこになった床に、火トカゲの身ごなしを利用し器用に着地すると、和哉は走り出した。
吹き飛んだと思った相手が禁呪を容易く掻い潜り、自分達に迫って来たと気付いた敵は、慌てた様子で二階の廊下の奥へと逃げ出す。
和哉は、僅かに窓から入る明かりを頼りに、濃い影がうごめく後を追い掛け、二階へと駆け上がった。
「バカものがっ!!」
背後でクラリスの罵声がした。
援護で飛ばしてくれたジンの神聖魔法の明りが四つ、和哉の少し先の宙を走る。
敵の姿が、明かりによってはっきりと見えた。
見覚えのある、灰色の長い外套がばさばさと靡いている。
「――ディビル教徒っ!?」
「何だってっ!?」和哉の言葉に、宣人の驚く声が背後から聞こえた。
「ジャララバが居なくなったのにっ、どうしてっ!?」
二階の、長い廊下を走りながら、和哉は宣人が叫んだのと同じ疑問を抱いていた。
ディビル教の教祖ジャララバは、和哉と宣人の二人が召還獣として吸収した。
その時点で、ほぼ教団は壊滅したと、和哉達は思っていた。
しかし、今、眼前で逃走している敵は、明らかにあの『死人使い』達だ。
「ファイヤー・ボムっ!!」
後ろからカタリナの威勢のいい声が聞こえた。同時に、和哉の頭上を掠め、天井すれすれに火の玉が猛スピードで敵の背を襲う。
最後尾の敵の外套に火の玉が喰い付いた。
敵を捕えた瞬間に、火の玉が炸裂する。
「ぐぅおっ!!」人の声とは思えない咆哮が響き、ディビル教の『死人使い』の身体が火の破片と共に四散した。
敵を一人倒したものの、ファイヤー・ボムは廊下も火の海にしてしまった。
火はへっちゃらな和哉は、構わず廊下を突っ切って行く。
水の魔法が得意な宣人も火は大丈夫らしく、和哉のすぐ後に付いて来た。
「時と場所を考えて術を選ばんかっ!! ――ウォーター・シャワーっ」
背後で文句を言いつつ、クラリスがすぐに水の魔法を発動したのが聞こえた。
カタリナが言い返していたが、内容は聞き取れなかった。
廊下の突き当たりを、『死人使い』達は右へ曲がる。
その先は大広間になっていた。
全開になっている両開きの大きな扉に、『死人使い』達が飛び込んでいく。
後を追って入った和哉と宣人は、急襲して来たアンデッド・モンスターを寸でで躱した。
左右の扉にそれぞれ貼り付くように反転した二人に、刃のような風が襲って来る。
「くっ!!」
和哉は咄嗟に剣を横に構え、衝撃を堪える。
和哉達について来ていたジンの神聖魔法の明りが、床にぺたりと伏せて魔法を避けた宣人を照らしていた。
「おまえらっ!!」和哉は、大広間の奥に居る筈のディビル教徒らしき連中に向かって怒鳴った。
「この家の人達をっ、全員ゾンビにしやがったのかっ!?」
反応は、無い。
代わりに、再びゾンビが数体、突進して来た。
「ストップっ!!」クラリスの声がしたと同時に、和哉達に向かって来ていたゾンビ達が動かなくなった。
「月光粉――」ジンが、和哉が今まで聞いたことの無い神聖魔法を唱えた。
それまで一部だけを照らしていた神聖魔法の明りの球が消え、部屋の中が、真昼のように明るくなる。
照明の正体は、きらきらと光り輝く細かい砂のような物質だった。
いつまでも宙を舞い続ける明かりの粉に照らされた室内には、五人の灰色の外套の男達が居た。
その後ろに、黒髪の青年と、縛られ、椅子に座らされた金髪の壮年の男性が――
「アーノルドっ!!」クラリスが壮年の男性を呼ぶ。
その声に重なって、コハルの鈴がりいん、と鳴った。
「兄さまっ!!」
囚われたリッチモンド家の当主の側に虚ろな表情で立っていた青年は、コハルの兄のコタロウだった。
少し頑張ってみました!!
・・・て、威張れるほど早い更新じゃないんですが^^;;
ついに、コハルは兄コタロウを見つけました。
んがっ!!
コタロウが無事かどうか? は、次の章で。
頑張ってナメクジからカメくらいまでにスピードアップしますっ。




