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66.大賢者2

「いってー……っ」


 馬の背から放り出された和哉は、道の端に転がった。

 受け身に失敗して強く打ち付けた左肩が痛んだ。

 肩を抑え、蹲っているところへ片脚をモンスターに噛み付かれた馬が振り回されて来る。

 和哉は、頭を低くして哀れな騎馬をやり過ごし、慌てて藪へ入り込んだ。

 和哉の代わりに犠牲になった馬は、悲痛ないななきを上げている。


「大丈夫っ!?」


 不意に後ろからジンの声がした。

 明かりの魔法を連れたまま和哉のところへ駆け寄って来たジンを振り返った途端、左肩に激痛が走る。


「痛っ!!」


「どこっ?」


「左肩……。それより、宣人は?」


「ノブトなら反対側の大木の下に居る。モンスターに矢を射かけるタイミングを見計らってる」


 ジンの治癒魔法で痛みが消えた和哉は、道の反対側に居るという宣人を探した。

 と、ひゅん、という風を斬る音が聞こえた。

 和哉は、宣人の放った矢であろうと、目を凝らす。

 木陰から漏れる星明りに微かに見えた矢は、巨体の頸部に命中するかと思われたが、モンスターに当たる前に地面に、なにかに弾かれ落下する。

 凡そ五十センチほど手前だ。


「なっ……!? どうなってんだっ!?」


 和哉は落ちた矢と、放たれた場所に浮かぶ、神聖魔法の明りに照らされた宣人を見た。

 宣人も、和哉達の場所に気が付いた。

 モンスターは、捕まえた和哉の馬を喰うのに夢中になっている。

 宣人は、ばりぼりと馬の骨まで齧る音が響く中、そっと馬を置いて道を横切って来た。

 

「あいつ、一体何なんだっ?」


 急ぎの足を止められて、なおかつ馬まで喰われた和哉は、苛ついた。


「クラリスって、さっき大賢者の名前を言ってたヤツが操ってるみたいだけど、何で俺らの邪魔をするんだってのっ」


「警護のため?」ジンが、首を傾げる。神聖魔法の明りで白く輝くステンレスシルバーの髪が揺れる。


「だとしたって、いきなりモンスターけしかけるって、あるか? こっちがこそこそ入って来たんなら分かるけど。先に用件聞くだろ、普通はっ」


「分からないけど」と、宣人がモンスターから目を放さずに言う。


「もし、本物のクラリスさんの仕業だとしたら、僕達、試されているのかも」


「試す? 何のために?」和哉は、ますます訳が分からなくなって道の先を睨み据えた。


 宣人は「うん……」と、考え込むように頷き、続けた。


「クラリスさんが、僕達が自分に会う価値のある人間なのかどうかを、かな。あれを倒せる実力があれば、会ってもいいかもって、そう考えてるんじゃ」


「有り得る」とジン。


「ガートルード卿が言っていた『変人』というのが正しいなら」


 この状況で結構冷静に判断しているジンと宣人の態度に、和哉は少し頭が冷えた。


「としたら、あいつを倒さなきゃなんねえんだ。けど、さっき、宣人の矢を弾いたぜ」


「モンスターの周りに物理防御の結界を張っているのかもしれない。――しかも、レベルが読めない。かなり厄介」


 ジンの言葉に、和哉は唸る。


「剣じゃ倒せないかもってこと?」


「試しに攻撃魔法を仕掛けてみれば?」


 宣人が火矢(ファイアー・アロー)を射掛ける。

 しかし、モンスターのレベルが高いためか、火矢はモンスターの尾の付け根辺りに当たって消える。


 どころか。

 仕掛けたことで、モンスターに居場所を気付かれてしまった。

 ジンが素早く明かりの魔法を唱え、モンスターを照らす。

 長い尾が、ゆっくりと回り、巨体がこちらを向いた。

 ずらりと凶悪な牙が並んだ大きな口を開けた恐竜型モンスターの目が、和哉達を捉えた。

 馬を食べて血だらけの口を揺らしながら、またも突進して来る巨大な敵に、和哉達はバラバラになって逃げる。


「くっそっ!! どーすりゃいいんだよっ!?」藪から飛び出し、寸でで踏み付けられるのを躱した和哉は、横合いからジンのミスリル鞭が飛んで行くのを見た。


 普段なら触れるものはほぼ全て巻き斬ってしまうジンの攻撃が、モンスターに触れる前で空しく弾かれた。


 ――やっぱ、物理防御結界を張ってやがるっ


 火矢が当たったので魔法防御は掛かっていないのは分かったが、こちらで唯一攻撃魔法が使える宣人の一番威力の高い魔法は、水魔法だ。

 レベルが読めない上に、どんな性質の魔法が有効なのかも分からないモンスターに、果たして水刃(ウォーター・ナイフ)が通じるのか?

 そもそも、どうして物理防御魔法しかモンスターに掛かっていないのか?

 と考えて、和哉ははっとした。


 アマノハバキリは真竜(リアディウス)変化(へんげ)だ。

 魔法剣であるこの武器なら、もしかしたらあのモンスターの物理防御結界

を破れるかもしれない。


「ジンっ!!」和哉は、自分より少し後方に行った少女を呼んだ。


「俺、突っ込んでみる。神聖結界を掛けてくれ」


「無茶。相手は物理防御結界が――」


 言い掛けたジンに、和哉はアマノハバキリを抜いて見せた。


「こいつは真竜だ。そうだろ? ってことは、魔法と同じじゃね?」


「それは、そうだけど」ジンは、珍しく綺麗な顔を曇らせる。


「あいつを倒さなけりゃ、多分ここは通して貰えない」


 憶測だけど、と和哉は付け足す。


「クラリスが本当に俺らを試そうとしているだけなら、本気で殺しに掛かって来ることはないと思う。でも、侵入者を撃退する気なら、あのモンスターに俺らを喰わせるに違いない」


「カズヤは……、大賢者が本気でやっていると思ってる?」


「多分」


 和哉が頷くと、ジンは束の間考えるような表情をする。

 御使い様と交信しているのか? と和哉は答えを待つ。


「……分かった。カズヤの言う通りに」


 ジンの神聖魔法が和哉を包む。革鎧に金粉を掃いたような輝きが付く。

 和哉はアマノハバキリを片手に握り直すと、藪から道へと躍り出た。


「来いっ、デカブツっ!! ぶった斬ってやるっ!!」


 獲物を探していたモンスターは、和哉の声に振り向く。くわっ、と開けた大口で、和哉を捕えようと頭を下げる。

 和哉は火トカゲのジャンプ力で、思い切り飛び上がるとモンスターの頭のてっぺん目掛けて剣を振り下ろす。

 案の定、というべきか。1撃目は結界に弾かれた。しかし背に飛び乗り、続けて2撃目を首筋に打ち込んだ時。

 真竜の変化の剣は、モンスターの結界を打ち破り、分厚い皮に傷を付けた。


「やったっ!! ついでにもう一発っ!!」


 モンスターの物理防御結界がアマノハバキリで解けたと判断した和哉は、3打目を振るう。

 剣を振り下ろした瞬間、モンスターが激しく首を振った。


「うおわっ!!」落とされそうになった和哉は、咄嗟に火トカゲの『壁歩き』を使い、片手でモンスターの皮膚にくっつく。


「結界が消えた!!」ジンが叫ぶのが聞こえた。


 片手だけで振り落とされるのを堪えていた和哉は、アマノハバキリをモンスターの背に突き立て、身体を安定させると、叫んだ。


「宣人っ!! 目を狙って火矢(ファイヤー・アロー)を放てっ!!」


 宣人は、すぐさま魔法を放つ。

 和哉を振り落とそうと頭を振り続けるモンスターの目に、宣人の火矢(ファイヤー・アロー)が命中する。


 モンスターが、悲鳴のような声を上げた。

 ジンのミスリル鞭が、モンスターの脚に絡まり喰い込むのが見えた。引き摺られはしまいかと心配したが、アンドロイドのジンの膂力はそこら辺の大男を凌ぐ。

 もんどりうって倒れるモンスターから和哉は一度飛び降り、アマノハバキリを引き抜くと、先に斬り付けた後ろ首に再び斬り付けた。


 真竜の変化の剣の切れ味は凄まじく、物理防御結界を失ったモンスターの太い首の半分ほどを斬り裂く。

 どっと、血が噴水のように噴き出る。和哉は身を翻して避けた。

 その時点で、恐竜型巨大モンスターは動きを止めた。と同時に、さらさらと巨体が砂のように消えていく。


「……え?」


 アンデッドで無い限り、倒したら消えるモンスターにはお目に掛かったことがない。

 呆気にとられる和哉の足元に、火球(ファイヤー・ボール)が飛んで来た。


「うっわっ!!」和哉は慌てて飛び退いた。


「中々強いな、侵入者どもっ!! 私の創り出した魔法人形(パペット)を倒すとは。ならば、今度は直接、我が魔力で倒してくれるっ!!」


 ふわり、と、道の先に足音も無く人影が降り立った。足が隠れる程に丈長い服を着ているらしい人物は、手にした長い棒を一振りする。

 詠唱も無しに発動したのは、雷撃だった。


「うっ、くっ!!」避ける間もなくもろに雷を食らった和哉は、頭のてっぺんから足の先まで瞬間、動かせなくなる。


 寸でで地面に突き立てたアマノハバキリがアースとなり、和哉の身体に落ちた電撃を逃がす。

 それでも衝撃は大きく、和哉は急速に意識が遠退いていくのを感じた。


「僕達は不審者ではありませんっ、大賢者クラリスっ!!」倒れる寸前、和哉は宣人が相手に呼び掛けるのを聞いた。


 ******


 意識が戻った和哉が最初に見たのは、ステンレスシルバーの長い髪だった。

 どうやらどこかのベッドに寝かされているらしい自分の、足元のほうに、神官戦士の少女は座っている。


「……ジン?」


 俯いて、長い髪で横顔を隠していたジンが、和哉の呼びかけに弾かれたように振り向いた。


「カズヤっ、気が付いたっ!?」


 普段のジンらしからぬ、感情を表に出した様子に、和哉はびっくりする。


「うっ、うんっ……」驚くと同時に、少し嬉しくなる。


「ずっと、居てくれたの?」


「さっき来たところ。でも、カズヤがまだ目が覚めてなかったから、座ってた」


「そっ……か」


 ずっと看ていてくれた訳ではないのか。

 やっぱりな、と内心肩を落とし、和哉は上半身を起こした。

 少々手の先にまだ痺れを感じる。

 もろに雷撃を食らったのだ、生きているほうが不思議なくらいだ。

 和哉が黒焦げにならずに済んだのは、恐らくアマノハバキリと、ジンが掛けてくれた神聖魔法の防御のおかげだ。


「ありがと」和哉がそのことで礼を言うと、ジンは「何が?」と、首を傾げた。


「ジンの神聖魔法で助かった、んだよな、俺。だから……」


「仲間なら当然」


 いつもの口調で平板に言われ、和哉はもう一度心で肩を落とす。


「ま、いっか。――ところで、ここどこ?」


「ウィルストーン伯爵の別邸の一室」


「え?」と、和哉が声を上げた時。

 扉が開く音がした。

 入って来たのは宣人と、長い白髪を胸元まで垂らした、背の高い男だった。

 歳の頃は30歳前後の、端正な顔立ちの男は、踝まであるモスグリーンの上着を羽織っている。

 和哉はぎょっとした。


「おっ、おまっ!?」シーツを撥ね上げ、ベッドから飛び降りそうになった和哉を、ジンが宥めた。


「大丈夫。あの人は敵じゃない」


「ってったってっ!!」


「和哉」宣人が、男を伴って近付いて来た。


「こちらの方が、クラリス・ノヴァさまだよ」


「済まなかったな、青年」と、クラリスが頭を下げた。


「まさかエイブラの客人とは思わず、てっきり盗賊と思い込んでしまった」


 デレク会長の盟友とはとても思えない。

 どう見ても若い面立ちに面食らっている和哉に、クラリスはにっ、と笑った。


「驚いているな? なに、皆わしを見ると同じ顔になるのだ。――わしはハーフエルフなので、人より歳を取るのが遅いのだ」


「ハーフエルフ……?」繰り返して呟いた和哉に、クラリスは「ほれ」と、長い白髪に隠れた耳を見せた。


「純潔のエルフよりは短いが、人よりは耳が尖っていて長いであろう? これが、ハーフエルフの証だ」


 和哉はクラリスの耳をしげしげと見詰めてしまった。

えー。

クラリスの話が長引いてしまいました(汗)

ちんたら書く悪い癖が・・・


次は、もうちっとスピードアップして行こうと思いますです。

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