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64.襲撃者と酒の話と

 泡が消えるのを待って、和哉達は巻き添えにならなかった正騎士と共に、寝ている40数人のドラット族を麻縄で縛り上げた。

 ヘル・ブルは首を落とし、使える部位をロバートがとっとと切り分けて、持ち物倉庫に放り込んだ。


「それにしても」ガートルード卿は、僅かに消え残った泡を見ながら、呆れたという顔で腕を組んだ。


「一体、この先カズヤは何処までモンスターの特殊技を吸収していくのやら」


「それ、俺の方が知りたいっす」


 全く、ナリディアも何を考えて和哉のチート技を設定してくれたんだか。

 チート技と言えば、と和哉はグレートクレイフィッシュの欠片を《たべ》させられた時のジンの言葉を思い出した。


「ジンっ」


 ブロンズの肌をした美少女は、襲撃犯を護送用の馬車に押し込める手伝いの手を止め、和哉のところへ駆け寄って来た。


 ――呼ぶと飛んで来てくれるところは、ほんとにカワイイんだけどなぁ。


 なに? という顔で和哉を覗き込むジンに、「さっき俺がグレートクレイフィッシュの欠片を《たべ》させられた時、宣人は今、特殊技をロックされてるって、言ったよな?」


 ジンは一瞬首を傾げ、フリーズしたコンピュータのように黄銅(ブラス)の瞳を宙に彷徨わせる。そして。


「ああ――、うん。ナリディア様からのご指示で、ジャララバが、ある程度ノブトの魔力に馴染むまでは、他の技を入れたら危険だからって」


「って、俺だって、ジャララバは半分吸収してんだぞ?」その理屈は腑に落ちない。


「元々のキャパシティの違い」ジンは、説明書の見出しでも読み上げるように言った。


「キャパ……、って、宣人だってレベルが上がってるんだから、キャパも増えるだろーが」


 ジンは、ぶんぶんと首を振った。


「ノブトのレベルは私達と同じ。どのクラスも最上級までしか行かない。でも、カズヤにはその限界が設けられてないから、最上級レベルを突破したら、次に神級レベルに入れるらしい」


「神、レベル……?」言い方が、故郷(ちきゅう)上で流行っていた、ネットで崇拝される時の用語とそっくりな気がする。


 それはどうでもいいのだが、どうしてナリディアはそんな飛んでもない設定を和哉にしたのか?

 これもサービスというのなら、かなり過剰である。


「いらねえって……、神レベルサービスなんて……」


 桁外れなレベルまで上がってしまったら、否が応でも世間に名が知れ渡ってしまう危険度が上がるだろう。

 目立ちたくない、と言ったのに。


「最高レベルの力を見せなければ、何とかなる」ジンは、頭を抱えて唸った和哉に、あっけらかんと助言した。


「それで済むなら。……なるべくなら、もうこれ以上ヘンな特殊技は覚えたくない」


「それは、御使い様次第」


 助言とご宣託が合ってないぞ、と突っ込みたかったが、ジンの綺麗な笑顔を見た途端、和哉はしょうがないか、と諦めてしまった。


******


 正騎士がドラット族の護送を始めたので、和哉とジンも急いでそれぞの馬車へ戻った。

 大立ち回りの大騒ぎだったので、車外の様子が分からなかったメリアーナ嬢も侍女2人も、少し怯えた表情をしていた。

 和哉が事の次第を簡単に話すと、若い侍女のレラが、「そういえば」と、何か思い出したように言った。


「コンラット伯爵様が、養女になさったマリアという歌手を王都のオペラハウスの第一ソリストになさりたい、と仰っていたという噂を耳に致しましたが……」


「これ、滅多な事を言うものではありませんよ、レラ」先輩の侍女ニルダが、後輩を窘める。


 しかし和哉は、恐らくガートルード卿も、今回の襲撃はそういった類の理由だろうと確信した。

 大貴族や豪商が絡んでいなければ、40数人という大人数を一遍に動かすのは金銭的に難しいだろう。

 だが、和哉は1つだけ疑問があった。


「ガートルード卿、ドラット族って、一体どの辺りに住んでる連中なんすか?」


 盗賊の全員が同じ部族だというなら、余程農耕にも牧畜にも適さない地域に住んでいるのではないのか?


「ドラット族は、ダルトレット王国のほぼ中央部の荒野に主に住んでいる。イトールの血を濃く受け継いでいる一族とも言われている」


「へえ。なら、商売なんか上手そうなのに」どうして盗賊業などしているのか?


 言外の言葉を読み取ってくれたガートルード卿が、続ける。


「ドラット、とは、古代エジンバル語で『穢れた』という意味だ。ドラット族はイトールの血ばかりではなく、魔族の血も継いでいる、と、他の部族から思われてる。そのせいで、他のダルトレット人からも忌み嫌われている」


「え? じゃあ、ドラット族って、亜人ってことっすか?」


「外見は、全く普通の人間だがな。中には力の強い魔族(モンスター)との混血も居るようだ」


「……ダルトレットは、一度旧シードル国の亜人部隊に攻め込まれたんすよね」


 強大な力で軍を圧し破られ壊滅し掛けた国の歴史が、ダルトレット人が亜人を疎ましく思う切っ掛けになっていると、ルースが言っていた。


「ダルトレットの史書には、シードル国との戦の時にドラット族はシードル側に付いた、と記されている。が、私のダルトレット人の友人から聞いた話では、シードルとドラット族の間に同盟文のようなものが交わされた形跡も無いし、代々のドラットの長老も、シードルには付いていない、と言っているという」


「じゃあ、歴史的には曖昧なまま?」


 ガートルード卿は「そうだな」と頷いた。


 和哉はそれでか、と、納得する。

 血統を疑われた挙句、戦で裏切りを働いたと思われますます他の部族から嫌われて、まともに商売も農耕も出来ず、窮して盗賊家業に部族ごと走ったのか。


「けど、それならダルトレットを出ればいいのに」


 嫌われてまで出て行かないのは、どうしてなのか?

 和哉の意見に、ガートルード卿は苦笑する。


「もしカズヤが、謂れの無い罪を疑われたとして、生まれ育った故郷を簡単に捨てられるか?」


「それは――」


 和哉は答えに窮する。罪に問われたわけではないが、異世界(ここ)へ来た時に、和哉は故郷を捨てている。

 RPGのような、剣と魔法の世界に憧れてこちらを選択したのだが、今は少しだけ、後悔もしていた。

 どう答えたものか、と思案している和哉にガートルード卿は、「全て分かっている」というように、和哉の膝をぽん、と軽く叩いた。


「人間は頑強な生き物だ。ドラット族も、ダルトレッドを出れば迫害されないと分かっていても、彼の国が彼らの故郷。代々生きて来た場所なのだ。故郷から出て行くのは、やはり耐え難いのだろう」


「そう……、なんでしょうね」


 和哉の感想に頷きつつ、ガートルード卿は「そろそろ話題を変えよう」と微笑んだ。


「過去の戦の話ばかりでは、ご婦人方の気が滅入るばかりだ。――次の街はナルキッソだな」


 ガートルード卿は地図を広げ、形良い白い指で指し示す。

 この指が、本当は骨だけである、というのは、男装の麗人にやや頬を赤らめているメリアーナ嬢には言えない。


「ナルキッソは、果実酒と麦酒の美味い街だ。当然、料理も絶品なものが多い。特に、『白薔薇亭』の食堂のライムタルトとベリーケーキは、女性の人気が絶大だ」


 メリアーナ嬢が、「それならわたくしも頂いたことがあります」と筆記する。


「私達も御馳走に預かりました」レラとニルダも嬉しそうに微笑む。


「特にライムタルトは生クリームとライムの酸味、生地に練り込まれたレブラホーンのチーズが絶妙だが、」


「ガートルード卿」和哉は、話の腰を折って申し訳ないと思いつつ、質問する。


「レブラホーンって、なんすか?」


「ああ、そうか。またカズヤが辺境から来たことを失念していたな。レブラホーンとは、大きな角を持った、大型の草食動物だ。主に雌を乳を採る家畜として農家が飼育している。ちなみに、雌の角は短角で10センチ程だ。角が大きいのは雄で、放っておくと7、8歳で角が2メートルにまでなる」


「でっかいっすね」和哉は説明を聞いて、トナカイやバッファローの角を思い浮かべる。


 ああいった生き物が、こちらにもいるのだろう。


「もしかして、雄はある程度育ったら、食用?」


 ホルスタインなどの乳牛もそうなので尋ねると、ガートルード卿は、「よく分かったな」と、少し驚いた顔をした。


「成獣になると肉質が固くなるので、1歳から2歳で食肉にされる。実は、正騎士隊との合同訓練で、竜騎士隊は野生のレブラホーンの雄を捕まえて料理したことがあったのだ。推定3歳の、成獣になりたての雄だったので、肉の量は申し分なかったが、やはり硬かったな」


「色々なご経験を、されているのですね」ニルダが、メリアーナが言いたそうにしている言葉を先に代弁した。


「正騎士なぞ、そんなものだ」ガートルード卿は肩を軽く竦めた。


「ナルキッソに駐屯していた時には、昼夜交代で勤務していたので、昼勤の時には夜皆で飲みに出た。『赤サソリ亭』でアルベルトと飲み比べもしたな」


「どちらが勝たれたのですか?」筆談で尋ねたメリアーナ嬢に、ガートルード卿は苦笑した。


「引き分けだったのだ。朝まで飲んで、それぞれの部下達は皆潰れたが、私とアルベルトは、店の亭主が酒が無くなった、というまで飲んでいた」


 これは大変な酒豪だ、と、内心で和哉はビビる。

 ビビリが顔に出たのか、ガートルード卿が、少々意地の悪そうな笑いを美貌に貼り付けて言った。


「大丈夫だ。カズヤと勝負する気はないから」


 勝負を挑むも何も。

 自分はまだ17歳で、故郷(ちきゅう)では飲酒禁止の年齢である。

 同い年には、ヤンキーと呼ばれる、よく言えばおおらか、悪く言えば法令無視でアルコール摂取デビューどころか、喫煙デビューしている連中も居るが。

 和哉はそこまで度胸は無かったので、未だ一滴も飲んだことは無い。


「あのー」サーベイヤ王国では、一体いくつから飲酒オッケーなのだろうか?


 尋ねると、「何だ、17にもなって酒を飲んだことが無かったのか?」と、逆にガートルード卿に呆れられる。


「俺の故郷じゃ、20歳未満は飲酒禁止だったんす」


 なるほど、とガートルード卿は頷き、侍女2人とメリアーナ嬢は「まあ」と驚いたような態度になる。


「国や土地柄、氏族によって風習も違うしな。サーベイヤでは、15歳が成人なので、本格的に飲むのはそれぐらいからだな。

 士官学校へ入学するのも15からだ。新入生の歓迎会には、酒が付き物。とはいえ、初めて飲むという者に強い酒は飲ませない。

 新入生の大半にはご婦人方もよく嗜まれるキリッシュやシャールといった、軽いものを勧める」


「キリッシュって、どういう……?」


 故郷の酒でも、多分和哉はビールやワイン、という名前ぐらいしか分からない。

 まして、異世界(こちら)の酒の種類など皆目、である。

 戸惑う和哉に、レラがにっこり笑いながら教えてくれた。


「キリッシュは、果実酒の1種です。アルコールの強いペイネやワイナールに比べると、まるでジュースのような軽い味わいです。シャールは蜜バラという花から作ります。そのため、仄かに甘くて飲み易いお酒ですわ」


「シャールはほとんど酒では無いな」とガートルード卿。


「だから、下戸でも飲める」


「久し振りに、わたくしもシャールが飲みたいですわ」と、メリアーナ嬢が筆記した。


「ふむ」ガートルード卿は、御者台に座っている正騎士を見遣った。


「ナルキッソは、正騎士隊の駐屯地だったな?」


「はっ、そうであります」正騎士は、自分より階級が断然上のガートルード卿に緊張気味に答える。


「ならば、メリアーナ嬢に宿に逗留頂いても、問題はないか」


「しかし、隊長の御許可を頂かねば――」


 臨時の御者を務めている若い正騎士は、ガートルード卿の突然の提案にうろたえている。

 が、そんな相手にはお構いなしに、ガートルード卿は和哉に話を振った。


「どうだろう? 警護は我らで足りると思うのだが?」


 先刻のような大規模な襲撃は、正騎士隊の駐屯地ではまず無いだろう。

 ガートルード卿の話に、和哉は「ですね」と頷いた。


「ということだ。こちらのパーティのリーダーが大丈夫と言っているのだから。責任は我らで負う。ナルキッソに着いたら、『赤サソリ亭』の入口まで、馬車を寄せてくれ」


「……隊長に、叱責されました場合は……?」まだ上司を怖がっている若い正騎士に、和哉は悪いと思ったが吹き出した。


「大丈夫ですって。そもそも、メリアーナ嬢の警護は俺達の任務なんですから。そちらの隊長さんには、俺がそうしてくれって言ったって、ちゃんと説明しますよ」

なんだか前半と後半で違う話になってしまったような・・・(汗)

タラタラ進んでます。

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