61.亡き人からの伝言
アルベルト卿の死――いや、既に死んでいたので、正確には霧散だが――ですっかり落ち込んでしまった和哉は、ジンと共に、ロバートとコハル、宣人、ガートルード卿が、依頼されたテフレフを手早く採集して行くのを湿地の中にあった石の上に座り、ぼんやりと眺めていた。
手伝わなかったのを誰も咎めなかったのは、和哉にとって有難かった。
加えて、ジンが何も言わず、ずっと和哉の手を握っていてくれたのに、慰められた。
陽が傾き始める頃に、ようやく5キログラム入りの袋が一杯になった。
和哉達は急いで南レリーアに戻ることにする。
湿地近くでの野営は危険だ。
グレートクレイフィッシュがまだ湿地の奥に居る可能性もあるし、夜行性のモンスターに出くわす危険も高い。
一般に、昼行性のモンスターより夜行性のほうが狂暴である。
「テフレフは私がブランシュで運ぼう」と、ガートルード卿が申し出てくれた。
「んじゃ、俺らは馬にそれぞれ乗って帰ればいいか」
「それしか、方法がありませんしね」
ロバートの提案にコハルが同意し、他の仲間も頷いた。
ガートルード卿はブランシュを呼び出し、兜を被ると、その背に荷物を括り付け自身もひらり、と飛び乗った。
「カズヤ」
萎えた気力をどうにか奮い起こし、馬の手綱を点検していた和哉は、ガートルード卿の声に振り向く。
「君も竜騎士の技術を持っている。アンデッド・ルムブルドラゴンには騎乗出来ないが、なるべくなら早く自分の竜を見付けた方がいい」
「あー……。それ、ジンにも言われた。アルベルト卿にも……」
答えてから、和哉はまた、アルベルト卿のことを思い出してしまった。
親しい人と別れるのが、こんなに辛いとは思わなかった。
再び涙が溢れて来そうになるのを、上を向いて誤魔化す。
「冒険者としてこれからも生きて行く積りなら、時として仲間とこういう別れがあるのも、覚悟せねばならない」
ガートルード卿の、優しいがきっぱりとしたハスキーボイスが、和哉の緩んだ気持に喝を入れた。
「そう、だよな。……悪い、みんなに仕事やらせちゃって。もう、ぐたぐだにはなんないから」
そうか、と言って、ガートルード卿は兜の奥のアイスブルーの瞳を細めた。
大きな翼を広げたブランシュが、ガートルード卿を乗せふわり、と宙に舞い上がった。
「先に行く」と言い置いて、ガートルード卿と白い竜は、暮れなずむ空に消えた。
「さて、と。俺らもそろそろ行かねえとな」ロバートが馬の背に乗った。
「どの道どっかでモンスターとは遭遇しちまうからな。なるべく面倒臭いのは馬で振り切っちまったほうがいい」
「なぜ、必ずモンスターと遭遇するって、分かるんですか?」
宣人に訊かれて、和哉は、自分のもうひとつの厄介について話していなかったのを思い出す。
「えーと、俺のせいなんだ。アビリティ《エンカウント100パー》っていう」
一瞬、宣人はびっくりした顔をする。
それはそうだろう。普通なら絶対、あり得ないアビリティだ。
「それは……、随分な贈り物だね」微笑んだらいいのかどうか分からない、という表情で宣人に言われ、和哉は肩を竦めた。
「全く。どっかの誰かさんと来たら、これがサービスの積りだったんだから参ったよ」
ロバートが豪快に吹き出したのに釣られ、宣人もくすっと笑った。
仲間の笑顔で、和哉はようやく笑えた。
4頭の馬に、男3人はそれぞれ一人ずつ騎乗し、ジンとコハルは二人で乗った。
ジンは予め、神聖魔法で雑魚モンスターが自分達に近付かないようにしてくれた。
が、ロバートの予想通り、途中デスディンゴの群れには襲われた。しかし、レベルが上がっている和哉達の敵ではなかった。
ジンも和哉もロバートも、馬を止めずに、向かって来るモンスターを片手で片付けた。
少し離れてヘル・ブルも居たが、これは宣人が見事な弓で一撃で倒し、事なきを得た。
そんなこんなで、和哉達が南レリーアに到着したのは、夜半に近い時間だった。
ガートルード卿は、南門の近くで待っていてくれた。
街の門は、大概、教会が日暮れの鐘を鳴らすと閉じてしまう。
しかし、このまま外に居ると、和哉の《エンカウント100パー》で、街も大変なことになる。
「私だけなら、通れるけどな」と、ガートルード卿が苦笑する。
「交渉してみるぜ」と、ロバートが門番へと近付いて行った。
程なくして。
「入れてくれるってよっ!!」
ロバートが、来いよ、と手を振るのに、和哉達は急いで門内へと入った。
「よく許可が下りたね?」訊いた和哉に、ロバートは「まあな」と笑った。
「いくらで手を打った?」ガートルード卿は、月明かりに映える美貌を悪戯っぽく歪ませる。
「10カラング」
「結構取られたんだな」和哉は半ば驚いた。
「こういう時は、足元見られっから仕方ねえ。――それより、取り敢えず一度宿に戻るか? それとも、このまま冒険者協会へ行くか?」
「薬草は、ものによっては早く駄目になってしまうものもあります」と、コハルが忠告する。
「オオミジマの薬草には、摘んで5分もしないうちに効力が無くなってしまうものもあります。そういうものは、すぐに水に漬けたり、枯れるのを防ぐ薬草を混ぜたりします」
「テフレフも、たしか足は早かったはずだ」ガートルード卿がプラチナブロンドの細い眉を寄せる。
「じゃ冒険者協会へ行こう」和哉は、仲間の顔を見回す。
「こんな時間に戻って来たことについては、デレク会長だし、きっと事情は分かってくれると思う」
******
夜半も過ぎた時間に戻って来た和哉達を、思った通り、デレク会長は何も言わずに迎えてくれた。
「……そうですか。アルベルト卿が」
テフレフ5キログラムをデュエルに渡し、至急依頼者に持って行くよう言い付けた後。
会長は和哉達を執務室へと招いた。
和哉は、そこでアルベルト卿の死――霧散――について、素直に話した。
「あの御仁がアンデッド・ウォーリア―であったのは、とうに分かっていました。しかし、モンスターも色々。高い知性があり、十分パーティの仲間として働いてくれる者も大勢います。――特に、アルベルト卿のような、元は高名な正騎士であった方には、まだまだこの世に残っていて頂きたかった」
「俺も、そう思います」和哉は頷いた。
「それで、ってことじゃないんですけど、今回の依頼者がどなたなのか、教えて下さいませんか? アルベルト卿も気にしていたので」
質問に、デレク会長は少々難しい顔をして、椅子から立ち上がる。
束の間、窓外の闇を見詰め、目を閉じた。
「ガートルード・オルグバランド卿、とおっしゃいましたか。あなたならご存知でしょう。ウィルストーン伯夫人リザリンド様を」
「ええ、有名な方だったですから。王都セント=メナレスのグランドオペラハウスのプリマドンナを12年務め、ウィルストーン伯に乞われて後妻になられた」
「そのリザリンド夫人の孫娘に当たられる方が、現在のグランドオペラハウスのプリマドンナ、レディ・メリアーナなのです。今回の依頼人は、メリアーナ嬢です」
レディ・メリアーナ・ウィルストーンは、この50年でも稀にみる天才歌手として有名だという。
サーベイヤ1の歌姫だった祖母リザリンドにも負けないと、人気は常にトップだ。
しかし、今年の春先に引いた風邪が長引き、思うように歌えなくなった。
どうにか誤魔化してはいたものの、いよいよ痛みが酷くなったので、密かに知り合いの医者に診せたところ、喉の奥に腫れものが出来て、それが彼女の美声を妨げてしまった、との診断が出た。
「あくまで内密の話です。何せ高名なプリマドンナにしてウィルストーン伯爵家の令嬢というレディ・メリアーナは、それだけでライバルからの妬みや嫉みを買っていますから。病気だなどと知れれば、それこそサーベイヤ中が大騒ぎになってしまう。
メリアーナ嬢は現在、南レリーアにて静養中ですが、表向きは、祖母君のウィルストーン伯夫人の容体が思わしくないので、付き添っている、ということになっています」
「あの」と、コハルが遠慮がちにデレク会長に訊いた。
「テフレフを5キログラムも、というと、もしかして、相当ご病気はお悪いのでは?」
会長は剛そうな顎鬚に手を当てると、「私も、詳しい話は聞いておりませんでな。しかし、私の馴染の医者に、誰とは言わず容体を説明したところ、良くは無い、と」
それ以上、和哉達は依頼者についてデレク会長から訊くことはしなかった。
報酬を受け取り『巨人の槌亭』に戻った時、ガートルード卿が和哉に言った。
「私の召還を、どうする?」
その時になって、和哉はガートルード卿が自分の召還術でここに居るのだと、思い出した。
「あー……、そっか。でも、その……」
召還獣扱いになっているガートルード卿を、このままパーティの一員にスライドさせられるのか?
「出来れば、しばらくはパーティに居て貰いたいけど」
和哉が言いあぐねた言葉を、ジンがさらりと言う。ジンがそう言うのなら、召還術の期限切れみたいなものは、ないのだろう。
和哉は少し安心した。
ガートルード卿は、アイスブルーの目を微笑ませて、「他のみんながそれでいいなら、しばらく居させて貰うが?」と、ロバートや宣人、コハルの顔を見た。
「もちろんですっ!!」と、力一杯言い切ったのはコハルである。
「ガートルードさまが来て下さらなかったら、私達はあの巨大モンスターの餌食になっていたところでしたっ」
「まあ、そうだよなあ」ロバートも、金髪の後ろ頭を掻いた。
「間一髪、ってな感じだったしな」
「それは、私にではなく、私を召還した和哉に礼を言ってやってくれ」
ああそうだった、と、ロバートと宣人が和哉を見る。
和哉は、他全員の目が自分に注がれているのに、なんだか気恥ずかしくなった。
「グッジョブ、ってやつだな」ロバートがにかっ、と笑う。
「カズヤの召還獣に、スライムだのオーグルだのだけしか居ないなんて状態じゃなくてよかった」と、ジン。
「いっ、居る訳ないだろそんなんっ。居たって戦力になんないし」
「もし遭遇してたら、召還獣じゃなくって、私が《たべ》させてた」
ジンが、無表情で冗談を言ったのに、コハルと宣人が吹き出した。
ガートルード卿とロバートも、声を上げて笑った。
******
その晩は、和哉は中々寝付けなかった。
やはり、居なくなってしまったアルベルト卿のことが、どうしても気になった。
アルベルト卿は、本当に散じてしまったのだろうか?
以前、ガートルード卿との戦いで霧散した時は、死人使いの術で再び戻って来られた。
なのに、今度は死人使いの首魁だったジャララバが、戻せないと言った。
何故なのか――?
「それは、卿がお望みになったからです」
ふと気が付くと、和哉は神殿のような場所に立っていた。
古代ギリシャ風の、白大理石の巨大な柱が整然と幾本も並ぶ奥に、金髪の少女が立っている。
この場に合った、古代ギリシャ風の白いドレスを纏った少女は、腰まで伸びた金の髪を靡かせ、和哉のほうへと近付いて来た。
「初めまして、カズヤさま。フィディアと申します」
「あ……、あなたが、日天使の」
フィディアは、紫色の瞳をひた、と和哉の目に据えたまま、「はい」と答えた。
身分的に言えば、宇宙空間管理システムエンジニア主任のナリディアの部下、ということになるのだろう。
が、この神々しさは、まさしく『御使い様の筆頭』と、この世界の人々が思っていても不思議ではない。
というか、ナリディアがやはり変なのだ、と和哉は改めて思う。
「あの方は、サービス精神が旺盛なのです」フィディアは、表情を変えずに言った。
和哉は、考えを読まれたことに、一瞬ぎょとなる。
フィディアが「これは、失礼致しました」と、頭を下げた。
「自立型演算システムである私達は、微弱な電流も捕えて解析してしまいます。人の脳が、微弱電流を使用して情報処理を行っているのは、ご存じですよね?」
「あー、はい」
確か、生物かなんかの授業で、聞かされた覚えがある。
「ですので、人の思考がある程度読めるのです。……ナリディアさまは、そういった事実は人を驚かせるとしてなさいませんでしたけれど」
そうなんだ、と、和哉は改めてナリディアがかなり人間に配慮しているのに気が付く。
考えてみれば、あのおかしな服装だって、自分達により親しみを持って貰いたいからしているのだろう。
眼前のフィディアは、本当に『神々の御使い』という風情で、ちょっと近寄り難い雰囲気がある。
フィディアのように振舞おうと思えば出来るのを、敢えて和哉達地球人に合わせようと頑張るナリディアが、なんだか急に人間以上に人間的な気がした。
「話が逸れました」フィディアの、ジンにも少し似た抑揚の無い声が、和哉の意識を彼女のほうへと引き戻す。
「本日私がカズヤさまにお会いしたのは、アルベルト卿からの伝言をお預かりしましたので、ナリディアさまに代わりお伝えに参りました」
「え……? じゃ、じゃあ、やっぱりまだ、アルベルト卿は――」霧散していなかったんだ、という希望を、フィディアはきっぱりと否定した。
「いえ。もう魂は多次元宇宙の大本の『揺らぎ』に戻られています。『揺らぎ』に還元される寸前、ナリディアさまの元へお寄りになり、こう、申されたそうです。
『カズヤに伝えて頂きたい。貴殿は、もう立派に成長し、パーティを纏める力も、緊急時に仲間をいかに救うかという冷静さも身に付いた。あとは堂々と、皆のリーダーとして働くがよい』」
聞いた途端。
和哉は胸の中が熱くなった。
地球ではただの高校生で、打ち込む部活も無く帰宅部だった和哉。そんな和哉を、この異世界は色々な人々と出会わせ、どんどんと変えて行く。
その中でも一番影響を受けたのは、アルベルト卿だった。
偉大な先輩から認められた、という嬉しい思いと、その先輩と二度と会えない、という悲しい想いが綯い交ぜになり、和哉は声を殺して泣いた。
「亡き人」っても、最初っから死んでたんですが・・・一応、アンデッドということで^^;;)
次はまた「勇者~」の方をアップする予定です。
色々ごたごたしてるので、またナメクジペースになってしまったらすみません(汗)




