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60.グレートクレイフィッシュ

「うそ……、だろ?」


 潰れたハイドラの上からゆっくりと上がって行くジャイアントニッパーの大鋏の下を、和哉は目を凝らして見る。

 だが、やはり、何処にもアルベルト卿の姿は無い。

 いや、アルベルト卿は、アンデッドだ。寸でで姿を消し、大鋏を回避したかもしれない。

 だとすれば、もう現れるだろう。


 茫洋と、アルベルト卿が現れるのを待つ和哉を、ロバートが抱きかかえ横へ飛んだ。

 彼らの居た場所に、ジャイアントニッパーの大鋏が横たわっている。


「しっかりしろってっ!!」ロンドン生まれの男の頑丈な腕が、和哉の肩を揺さぶる。


「ロバート……、アルベルト卿は?」


 ロバートは一度ジャイアントニッパーを見、また和哉に向き直ると、首を横に振った。


「卿は、居ない。鋏が直撃した時どうしたか、俺もちゃんとは見えなかった。けど、あのタイミングじゃ、もう……」


「うそだっ!!」和哉は叫んだ。


「うそだっ、前の時もそうだったじゃんかっ。アルベルト卿は、戻って来たっ!!」


「そうだ。けど、あれは……」


「悪いけど」ジンが、いつもにも増して強い声で和哉に言う。


「卿の居場所を探している暇はない。カズヤ、眼前の敵を見て」


 和哉ははっとして、ジンを振り返った。両腕からミスリル剛鞭を長く伸ばしたジンは、和哉ではなく別な方向を黄銅(ブラス)の瞳で睨み付けている。

 和哉は、ジンの目線の先へと、自身の目を移す。

 丈高く生えた葦の間から、巨大な二本の大鋏が天に向かって聳えている。

 その一方が、和哉達を三度潰そうと、ゆっくりと降りて来る最中だった。


「ちっくしょうっ……!!」


 怒りが、腹の底から噴火山のように噴き上がって来た。

 和哉は歯を食い縛ったまま唸ると、手早くブーツを脱ぎ捨てる。

 襲い来る大鋏に火トカゲの技《両生類の壁歩き》で、思い切りジャンプしてぺたり、と貼り付く。

 大鋏が地面に着く直前に下から上に移動すると、和哉は「出ろ」と呟いた。

 右手人差し指の爪が細長く伸び、金属のように硬くなる。注射針のようになった爪を、大鋏の硬い殻に思い切り突き立てた。

 青灰色の殻に突き立った爪から、和哉は《石化》の毒液を入れる。

 見る間にグランドニッパーの大鋏が石と化した。


 しかし。

 敵があまりにも大きいせいか、石化したのは片方の鋏のみだ。しかも、グランドニッパーは、使いものにならなくなったその鋏を、自ら切り離した。


 石化した大鋏から飛び降りた和哉は、いきなりジンに襟首を掴まれてびっくりする。


「……おかしい」ジンが、珍しく眉間に皺を寄せて呟く。


「本体を見た? カズヤ」


「い、いや? ちらっと、だけ。――何で?」


「グランドニッパーは、自分で駄目になったパーツを切り離したりしない。ひょっとすると、このモンスターは……」


 ジンが言い掛けた時。

 片方だけになった鋏を大地に突き立て、モンスターが頭を現した。

 先の尖った細長い頭、その先には硬く短い触角が突き出ている。やはり突出した両眼の下に、別の長い触角が左右一組付いていた。


「「ザリガニ?」」ハモった和哉と宣人に、ロバートが「なんだそりゃ?」と訊き返す。二人共、思わず元の日本語で発音してしまっていた。


「あー、英語だとクレイフィッシュ、だと思います、けど」と宣人。


「ああ、あいつか。って、じゃあ、ジャイアントニッパーって、ザリガニのでかいのだったのか?」


「違う」ジンがきっぱりと否定した。


「ジャイアントニッパーは、横に大きい。この縦に桁外れに巨大なモンスターは、初めて見るものだ」


 唐突に、和哉は以前ナリディアに「エンカウントしても《たべる》でなければ何も貰えないボスキャラもいます」という言葉を思い出した。


 もしかしたら、これが以前ナリディアの言っていた、『和哉さま仕様のモンスター』なのか?


 ――こんなところに、しかも最悪なタイミングで仕掛けんなよっ!!


「悪魔っ」和哉は怒りに任せて、ナリディアを罵った。


 向かって右側の第一脚である大鋏を切り離した巨大ザリガニだが、驚いたことに、すぐに関節から鋏が生えて来た。


「げげぇっ!! パーツ再生可能モンスターかよっ!?」ロバートが悲鳴を上げる。


「末端部分だけだろ。頭を落とせば多分、死ぬ」


 先刻よりは幾分冷静になった頭で、和哉は走り出す。沼地の泥に素足を突っ込んだところで、巨大ザリガニの大鋏が頭上を急襲した。

 同時に、これも桁外れの大きさの、扇型の尾が、ばあん、と沼の泥を叩く。

 和哉の眼前に、泥の塊と大鋏が一度に迫って来る。鋏を跳躍で避けても、大きな飛沫となった泥は避け切れない。

 やばい、と思ったその時。

 泥の飛沫と大鋏の両方が、和哉から遠ざかった。


「なん……?」


 巨大ザリガニの鋏と泥は、細かい雪の結晶に覆われていた。

 宣人が特殊技《風雪》で、和哉を救ったのだ。


「さんきゅ!!」宣人に礼を言って、和哉は跳躍する。


 ザリガニの胴体にぺたりと貼り付くと、そのまま頭と胴の繋ぎ目の部分まで移動した。

 ザリガニは、ぐるりと飛び出た目を回し、和哉が自分の背に乗っているのを見付けると、長い触角を振り回して来た。


「やべえぞっ!!」下からロバートの声がする。


 間一髪、ぺたりと胴に伏せて触角をやり過ごした和哉は、アマノハバキリを素早く背から抜く。

 ザリガニの頭と胴の繋ぎ目に、剣を突き立てた。そのままモンスターの右側へと滑り落ちる。

 赤黒い血が大量に吹き出し、和哉の鎧を濡らす。

 頭の三分の一を斬られる激痛に怒ったモンスターが立ち上がったところへ、宣人がファイヤーアローを連射した。

 四本のファイヤーアローは、全て巨大ザリガニの口の中に打ち込まれる。

 途端。ザリガニの巨大な頭部が炎に包まれ、破裂した。


「よっしゃっ、やったぜっ!!」


 喜ぶロバートに、しかしコハルが大変残念な知らせをする。


「あやつの後ろから、もう2体来ていますっ」


「にゃんだとおっ!?」ロバートが目を剥いた。


 モンスターの血まみれの和哉も、コハルの報告を聞いて愕然とする。

 確かに、大物が歩く振動が和哉達の身体に伝わって来ている。


「どうしますか? アルベルト卿がいらっしゃらない状態で、あんな強敵を2体も相手には、とても無理なんじゃないかと、思うんですけど」


 深刻な表情で問うて来た宣人に、「退却は無理だ」とロバートが言った。


「冒険者協会の仕事は、一度引き受けたら最後までこなさなきゃならねえ。出来なかった場合は、前金がある時は前金全額、無い時は違約金を支払う規則だ」


「違約金って、いくら?」和哉は、パーティ財務省のロバートに訊く。


「この仕事だと、多分、報酬が60カラングだったから、30カラングだな」


「結構……、痛いです、ね?」顔を顰めたコハルに、ロバートは「ああ。かなり痛い」と返す。


「戦うにせよ、違約金を払うにせよ、痛いのは同じ。――早く決めないと、敵が迫って来る」


 先刻より、草を分け大地を踏み鳴らす音が大きくなっている。

 いつもの抑揚の無い口調で、ジンが急かして来た。

 元より戦うと決めている和哉は、召還を掛ける。


「『召還』。ガートルード卿、出でよっ!!」


 霧状で現れたガートルード卿は、いつもならそのまま和哉の眼前で具現化するのだが、今回は姿を現しながら上空へと登って行く。

 完全に形が見えた時、その意味が分かった。


 ガートルード卿は、銀の鎧に(アーメット)まで着け、ブランシュに騎乗していた。

 上空から、和哉にモンスターの様子を伝えて来た。


「これは、グレートクレイフィッシュだな。全部で4体居る」


「そんなにっ!?」とコハル。


「さっき、コハルちゃん2体って言わなかったか?」


 疑う訳じゃないけど、と付け足して、ロバートがオオミジマの忍者娘を見た。

 すみません、と謝るコハルを、ガートルード卿が庇った。


「コハルの忍術では、巣穴に隠れていた奴までは見えなかった筈だ」


「……確かに、そうです。遠見の術は、隠れているものまでは見付けられません。でも……」


「私は、ブランシュの背で上空から見ているからな。――気にするな。それより、カズヤ」


 いきなり呼ばれて、和哉はガートルード卿を振り仰いだ。


「相手は桁外れのモンスターだが、ブランシュの吹雪のブレスで止められるだろう。一挙に4体共凍らせるので、すぐに斬り殺してくれ」


「分かった」


 ガートルード卿が、相棒のアンデッド・ホワイトドラゴンを旋回させる。

 巨大な羽を一杯に広げ、急降下しながら大きく口を開けたブランシュは、大鋏を上げ威嚇するグレートクレイフィッシュに、猛吹雪のブレスを吐きつける。

 最初の1体が、鋏を上げた形で真っ白な氷像となる。

 ガートルード卿は、そのまま次の1体もブランシュのブレスで凍らせる。

 

 左へ旋回し3体目を凍らせるホワイトドラゴンを横目に、和哉はアマノハバキリで1体目に斬り付けた。

 水の属性を強く持つ真竜(リアディウス)の変異であるアマノハバキリは、氷の塊となったグレートクレイフィッシュの硬い装甲を難無く斬り裂く。2太刀で首を落とした。

 2体目はロバートとジンが、特殊技《連打》と《クロス斬り》の連携技で刻む。

 3体目を宣人がショートソードの特殊技《斬撃》で首を落とす。

 4体目は、ブランシュが凍らせた後、ガートルード卿自らがモンスターの上に飛び降りロングソードを抜き放つと、首と胴の急所に深々と剣を突き立てた。

 そのまま抉るように剣を回し引く。と、グレートクレイフィッシュの大きな頭が、ごっ、と音を立てて地面に落ちた。


「あ、そこで良かったんだ?」ロバートが、一発で首を斬り放したガートルード卿に言った。


「ああ。あいつらは首の真後ろに腱がある。一番太い腱を斬れば、凍った状態ならば落ちると思ったので、な」


「それを早く教えてくれよっ。こっちは結構技使って苦労したぜ」


「済まないな。だが、あそこに剣を突き立てるには、私かカズヤのように、真上に乗る必要があるが?」


 わざと拗ねてみせる大男に、兜を取った女竜騎士が笑った。

 ロバートも苦笑する。

 ガートルード卿は、初めて会う宣人に近付いた。


「君が、モチヅキ・ノブトか?」


 いきなり見ず知らずの美女に名を呼ばれ、宣人は真っ赤になった。


「あっ、は、はい。……でも、どうして僕のことをご存じなんですか?」


「アルベルト・ユーバックから聞いていた。私も彼と同じアンデッドの身なので、な」


「え? じゃあ、アルベルト卿とは……?」訊いた和哉を、ガートルード卿は、アイスブルーの瞳で見返す。


「アンデッドは、ヴァンパイアなどもそうだが、距離に関係なく行き来できる。アルベルトは時折私の居るマランバルに来て、旅の話をして行った。その時、ノブトの話もしていたので」


「今、卿の気配って分かるか?」ロバートの質問に、だがガートルード卿は「いや」と、悲痛な面持ちで答えた。


「私には分からない。――ジャララバならば、もしかしたら」


「そうだっ、あいつを呼び出せば……」和哉は勢い込む。


 ジャララバの力を使えば、以前、霧散し掛けたアルベルト卿を呼び戻した時のように、また卿を呼び返せるかもしれない。


「待って」しかし、ジンが止めに入る。


「ジャララバを呼び出すのは、危険だと思う」


「けど、死者を呼び返す術は、今はあいつしか知らないんだぜ?」


 そうだけど、と、珍しくジンが歯切れ悪く目を伏せた。


「心配なのは分かる。でも、すぐにでも始めなきゃ、アルベルト卿の魂が散ってしまう」


 和哉がジンを説得している間に、宣人が召還魔法を発動した。


「『召還』!! 出でよ、ジャララバっ!!」


 宣人の眼前1メートル程の所に、黒い靄が現れる。普通、召還獣は霧や靄のような形で現れてから、すぐに本体の形になるのだが、既に自身の元の姿を失っているジャララバは、靄のままそこに漂う。


「アルベルト卿を、復活させられるか?」宣人が、いつもとは違う鋭い声で訊いた。


 黒い靄は、だが『否』と答える。


『我の力は、今や半減している。誰かに憑依しその者の魔力を借りなければ出来ぬ』


「騙されるなノブトっ!! こいつまた、おまえに取り憑いて悪さする気だぜっ」


 ロバートの忠告に、宣人は「分かっています」と、硬い表情で答えた。


「もう半分も、召還してやろうか?」和哉が提案すると、靄は『そうしてくれ』と頼んで来た。


「『召還』。出でよ、ジャララバ!!」


 和哉の魔力に押さえ付けられていたジャララバの半分が、宣人のものと重なるように現れる。

 しかし。


『やはり』『ヤハリ』

『無理だ』『ムリダ』

『おまえ達の魔力で分けられてしまった我は』『オマエタチノマリョクデワケラレテシマッタワレハ』

『1つになることが出来ぬ』『ヒトツニナルコトガデキヌ』


「……アルベルト卿を呼び返すことは、出来ないのか?」和哉は、落胆を押し殺し、ジャララバに訊いた。


『アンデッド・ウォーリア―の魂は』『あんでっど・うぉーりあーノタマシイハ』

『既に霧散している』『スデニムサンシテイル』

『先程も言ったように、我に依代を与えてくれれば』『サキホドモイッタヨウニ、ワレニヨリシロヲアタエテクレレバ』

『あるいは、呼び戻せるかも知れぬが』『アルイハヨビモドセルカモシレヌガ』

『確実ではない』『カクジツデハナイ』


「なら、僕が、ジャララバの依代になります」


 名乗り出た宣人を、だがガートルード卿が止めた。


「私の勘だが、君の魔法レベルでは、下手をするとジャララバに乗っ取られる危険性が高い」


「俺もそう思うぜ?」ロバートも賛同した。


「依代になるなら、このメンバーでは一番魔法レベルの高いカズヤだが……」


「それは、ダメだ」ジンが、断固とした口調で反対した。


「万が一、カズヤがジャララバに乗っ取られるようなことになったら、この世界では誰も止められる者が居ない」


「じゃあっ、アルベルト卿はどーするんだよっ!?」


 和哉は、喚いた。


「仲間だろっ!? アルベルト卿を、このまま御使いの御元に送ったほうがいいっていうのかっ!?」


 まだ一緒に居たかった。

 大食いで、大酒飲みの、変わったアンデッド・ウォーリア―。

 博学で、和哉にこの世界の色々なことを教えてくれた、教師でもあった正騎士。


「カズヤ」ガートルード卿が、柔らかなハスキーボイスで声を掛けて来た。


「私もアルベルトも、本来ならばとっくに御使い様の御元に行っていなければならない存在だ。それが、妙な運命でこうして君達と出会っている。――友人の私が思うに、アルベルトはここで散ったことを後悔していないと思う。

 50年もの間、死して操り人形にされた身だったのだ、君達との旅は、短くとも彼に久し振りの自由と愉悦を、大いに与えたに違いない」


 和哉の心の中に、悲しみが広がって行った。

 堰を切ったように涙が溢れ出す。

 歯を食い縛っても、嗚咽が漏れる。

 震える肩をそっと抱く細い腕を感じた。


「私は、アルベルト卿を尊敬するカズヤが好きだ。カズヤはきっと、アルベルト卿のような、強くてしなやかな紳士になる」


 ジンの柔らかい髪と首筋に顔を埋めて、和哉はいつまでも泣いていた。

アルベルト卿が・・・(泣)

少し予定より早く舞台から降りてしまわれました。

すみません。

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