6.神官戦士ジン
ロバートの最後の心当たりは、カタリナの仕事場のパブに居るという。
そろそろ店が開く時刻だというのを見計らって、3人は階下へ降りた。
パブは、そんなに広い店ではなかった。開店と同時にやって来ていた村人が十数人、カウンターを占領しているその一番奥に、目当ての人間は居た。
灰色とモスグリーンの迷彩柄のフード付き外套を着たその人物は、先に立って側へ行ったロバートに気付き、振り向いた。
小柄な女性だった。パブのランプに照らされた横顔は、まだあどけなさを幾分残した柔らかいラインをしている。
地球からの移住者なら、十代半ばだろうと思われる。
カタリナに負けず劣らずの大きな目と薄い唇は、十分に美少女の部類に入る。
だが、何より和哉の目を引いたのは、少女の色彩だった。
全体が、金属色といっていい。
ロバートを見上げたその瞳はブラス(黄銅)、肌はブロンズ、長く癖のない髪はステンレスシルバー、唇はオレンジゴールド。
メタリックな美少女は、小声で一言二言、ロバートと話をした後、細い首を伸ばして和哉を見た。
ロバートは、和哉に手招きをする。
「こっちが、言ってたカズヤ。最近ここへ来たばかりだ」
ここは、ちゃんと挨拶するべきだろうな、と思い、和哉はおずおずとジンに手を出した。
「えっと……、和哉っす。よろしく」
だが、ジンは和哉の顔をじっと見据えたまま、握手しようとはしない。
もしかして、カタリナと同じ異星人で、握手の習慣は無いのか、と和哉は気まずくなる。
手を引っ込めようとした時。
ジンが、和哉の手を取った。
細く華奢な指の感触に、和哉は全身の血が沸騰したのではないか、と思うほどドキドキした。
「――特殊なアビリティを持っている。まだ、開けられてはいないが」
色彩と同じく、不思議な響きを持った声だった。
低くもなく高くもない、硬い、金属の棒を掻き鳴らしたような音。
しかし、ガラスや金属面を引っ掻いた時のような不快な音ではなく、むしろ柔らかみもあり、心地よい。
そんな声を耳にしながら、握手、というより、手の甲をじっと見詰められて、和哉はますますどぎまぎする。
何とか話を繋ごうと、無理矢理声を出した。
「え? おっ、俺のアビリティ?」
「時が来れば、判る」
ジンは、ぱっ、と和哉の手を放した。放り出された和哉の手が、心を映して、ぶらん、と情けなく垂れ下がった。
喉で笑いを押し殺したらしいロバートが、ひっくり返りそうになる声を抑えつつ、少女を紹介した。
「ジンは、こう見えて凄腕の神官戦士だ。ジンがいれば、ボスとも十分やり合える」
それと、と、年齢不詳の魔女を、ロバートは振り返った。
「カタリナは知ってるよな? 前のモンスター掃討の時、一緒にグループを組んだし」
ジンは、黙ってこくり、と頷いた。
「じゃあ、これで今回のボス戦のメンバーは決まりだな。明日の朝6時、宿屋の前で集合ってことで」
「ああ~~、まぁた早起きかい?」
これまで黙っていたと思ったら、カタリナはそこで文句を垂れた。
「これから3時まで、あたしゃ仕事だよ? せめて5時間、睡眠させろって」
「っていうと、8時集合?」和哉がロバートに訊く。
「西の山に行って、ボス倒して帰って、って時間を考えると、6時なら日暮れまでには村に帰り付ける。けど、8時だと、村への帰還が宵を過ぎるかもしれんぜ? そうなると、戦闘で騒ぎ出した他のモンスターの相手もせにゃならんことになるかも」
「ああそっかー……。そこの坊や、凶状持ちだもんさね」
凶状持ち?
どこかで聞いたことのある言葉だが、思い出せない。
が、絶対にいい意味ではないだろうと察して、和哉は憤然とする。
「俺のなにが――」
「カズヤは、特技にエンカウント100%がある」
和哉の唯一にして最大の欠点を暴露したのは、渋面を作っていた魔女ではなく、端然としたメタリック美少女だった。
しかし、初耳だったロバートは、眼を剥いた。
「エン、カウント、100パー、だってっ!?」
束の間の沈黙の後。
和哉は、渋々頷いた。
「な――んで、そんなことに、なってんだ? おいっ? 《御使い様の祝福》はどーした?」
欧米人らしい大袈裟な身振りで追及され、和哉はたじたじになる。
「いや、だって……、ナリディアには――」
「ちょっとお待ちっ!!」唐突に、カタリナが和哉の言葉を遮った。
「ロバート、なっちまってるもんは、ここで詰問したってしょうがないだろ?
続きは宿でおやり。――ジンは、またおばあさん家かい?」
少女が頷くのを見て、カタリナはにっこり笑った。
「じゃあ、明日出掛けるってのを、今晩おばあさんにちゃんと話しておいで。
――さて、じゃあたしは商売に戻る。あんた達も、とっとと準備を始めておくれ」
さあ行った行った、と、カタリナはロバートと和哉をパブから追い出した。
******
外へ出ると、辺りは夜の帳が下りていた。
中世ヨーロッパ風な田舎の村である。
陽が落ちれば当然ながら、街灯などというものは無く、正真正銘、村道は真っ暗である。
村道にそれなりに並ぶ家々も、灯油や蝋燭は貴重品である。パブ以外は、窓辺に煌々と明かりなど灯していない。
僅かにある星明りだけでは、さすがに夜道はおぼつかない。
暗闇に慣れればそれなりに見えるだろうが、時間が掛かって面倒だ。
それに、さっさと追い出されて、結局パブで何も飲めなかった。
しょうもない事でやや不貞腐れていると、和哉たちから数歩遅れて店から出たジンが、後ろから小さな魔法の光を投げてくれた。
ぶっきらぼうだが優しいんだなと、和哉は微笑んでジンを振り返る。
「ロバート」と、ジンは、難しい顔をしてゆっくり歩いていた大柄な剣士に呼び掛けた。
「先程言っていた、ナリディア、というのは――」
「……ん? あっ、ああ、なんでもない。カズヤの勘違いだ。なっ、そうだろ?」
「え? なん……?」で、と言葉を紡ごうとした和哉の脇腹を、ロバートが強く小突いた。
息が止まるかと思われるほどに小突かれて、和哉はその場で身を折る。
どうかしたのか? と近付こうとしたジンに、ロバートが「なんでもないぜ」と手を振った。
「あー、急に腹が痛くなったんだって。なに、すぐに治るだろうよ。――ああ、大丈夫だ、ジン。魔法はいらない。和哉は丈夫だから、宿のベッドに横になれば、明日にはもうぴんぴんしてるって」
じゃあな、と言いながら、ロバートは和哉の腕を引っ張って、どんどんと宿へと帰って行った。
ずるずると宿屋の自分達の部屋へ引かれて帰った和哉は、ようやく小突かれた脇の痛みが消えた頃、ロバートの腕を振り解いた。
「なんでっ!! 人を急に思いっ切り殴るんだよっ!?」
怒った和哉に、ロバートは反省している様子もなく、「悪かったよ」と笑った。
「ナリディアのことは、異世界の住人には聞かせられないんだ。ジンは、神官戦士って言ったろ?」
「ああ」と和哉は返す。だが、それが何だというのか?
「ここ(異世界)の神官や巫女たちが崇め奉ってる天使は、御使い様って呼ばれてる。1番人気は日天使フィディアだ。他には、星天使リリディア、緑天使ミリディア、水天使ウィンディア。
ナリディアを月天使、と認知しているのは、俺達移住人だけなんだ。
月天使、というのは、ここ(異世界)の住人にすれば、いないのとおんなじ。なぜなら、月は災いの象徴だからだ。月に居るのは悪魔で、御使い様じゃないんだ」
「なら、ナリディアって聞いたら、ここ(異世界)の人達は……?」
「うん」と頷いた後に、ロバートは、和哉が思い浮かべた言葉を言った。
「悪魔ナリディア。――みんな、そう呼んでるんだ」




