58.地球の記憶
モチヅキ・ノブトが持ち直した、とジンから聞いたのは、和哉達が南レリーアへ戻ってから一週間後だった。
和哉達は、ジンに呼ばれ、モチヅキ・ノブトに会いに行った。
教会の奥院の客間の一室で静養していたモチヅキ・ノブトは、和哉達が入室するなり開口一番、「ごめんなさい」と謝ってきた。
ほとんど正気では無かったので覚えていなかったというロー族の砦での顛末を、ジンから訊いたそうだ。
「なに、そんなに恐縮することはないぞ」明るく言ったのは、アルベルト卿だった。
アンデッド・ウォーリア―であるアルベルト卿が平然と教会に入れる辺り、さすがナリディアだと和哉は半ば呆れた。
死人のくせに大食漢だし、大酒呑みだし。
ここに来るまでに少なくとも3人の神官に出会っている。が、誰もアルベルト卿がアンデッドであると気付かなかった。
「結構手ぇ抜いてんな、誰かさんは」ロバートが、和哉が抱いたのと同じ感想をこそりと言って来た。
が、緊急事態には、ナリディアもさすがに手は抜かない、ようだ。
ジャララバを《たべ》た時の瀕死の様相からは一変、モチヅキ・ノブトは随分と顔色も良くなっている。
しかし、まだ本調子でないのか、元々気の弱い性質なのか、アルベルト卿の励ましにも、ベッドの上に座り俯いたまま「ありがとう」と小さく答える。
ほっそりとした色白の少年は、項垂れると一層哀れに見えた。
「それにしても、さすがは御使い様。見事に少年を救って下さった。有難いことだ」
その御使い様の御元へ中々行こうとしない死んでる正騎士が満足そうに頷くのは放っておいて、和哉はベッド脇に立ったメタリックな色彩の美少女神官戦士に尋ねた。
「で、彼もう動けるの?」
ジンは頷くと、「これはご宣託、ではないんだけ」と前置きして「彼をパーティに加えようと思う」
なんで? と和哉は一瞬思った。だが、よく考えれば妥当な決断だ。
モチヅキ・ノブトは自分と同じアビリティ《たべる》を持っている。特殊なアビリティを持つ者は、サーベイヤに限らずどこの国の王侯貴族でも垂涎の的、と、以前ロバートも言っていた。
とすれば、ナリディアの耳目であるジンと行動を共にしていたほうが、モチヅキ・ノブトを取り込みたい者に捕まらずに済む。
「秘密は、最小限の人間の間で守られなければならぬ」アルベルト卿は、本当は無い顎鬚を優雅に撫でる。
「最善の策であろう」
「けど、隠すだけならどこかの神殿なんかに預かって貰う手も、あるんじゃねえの?」ロバートが異議申し立てをした。
しかし、ジンは首を横に振った。
「『壁に耳あり』。巫女や神官であっても、必ずしも清廉な人間ばかりじゃない。大貴族に取り入って、己が出世を測る輩もいる」
それはそうだ。巫女や神官とて千差万別、十人十色。
真っ白な人柄から、限りなく黒い人柄まで居るだろう、多分。
それこそ預かって貰うだけなら、ジンの父、グレイレッド殿下は、清廉で寛容な人だろうから、いいと思う。
けれど、匿ってもらうというのは、ジンもアルベルト卿も言う通り、本当の意味でモチヅキ・ノブトを隠すことにはならない。
仲間という防御が出来て初めて、誰からも干渉されにくくなる。
そこではたと、和哉は思った。
「俺達のパーティに、ってのはいいけど、その……モチヅキくん、は、それでいいの?」
匿うには、ジンが居る和哉達のパーティは一番だが、モチヅキ・ノブト本人の意思を聞いてなかった。
和哉の質問に、色白の少年は、薄い茶の瞳をそろそろと上げた。
名前からして日本人には違いない。が、肌の色や目の色は、どちらかというと欧米人のようだ。
ハーフなのかな? などと和哉がちらりと余計な詮索を入れていると、モチヅキ・ノブトが小さく「はい」と答えた。
「ジンさんと……、よく話し合って、それが一番いいかなって。一所にじっとしていると、恐らくまた厄介事に巻き込まれるかもしれないし」
「俺らと一緒に居ても、厄介には巻き込まれるぜ?」ロバートは、言いながら和哉を見た。
和哉は「なに? 俺が厄介事だって言いたいわけ?」と大男を睨む。
ぶっ、と吹いたのはカタリナだけではなかった。
吹かなかったジンが、モチヅキ・ノブトのレベルを和哉達に伝えた。
「ノブトのレベルは、800。クラス上級中冒険者。武器はショートボウとショートソード。特殊技は《たべる》《癒し》《デス・カウント》《吹雪》。特殊魔法は、水・氷系魔法の防御魔法、火・炎系魔法の防御魔法、攻撃魔法はデス、ブラインド、ウォーター、ファイヤーアロー」
「ファイヤーアローって、珍しい炎の術だわさ」とカタリナ。
「弓使いならではの魔法ってことかねえ。レベル800はいい戦力だし。あたしは賛成だわよさ」
「俺も異議はねえな」ロバートはにやりと笑った。
「仲間が多い方が、賑やかで楽しいぜ」
ロバートの言葉が結論となり、モチヅキ・ノブトは和哉達の旅の仲間になった。
モチヅキ・ノブトと入れ替わりに、ルースとガストルがパーティを抜ける。
「今回のロー族の砦行きの件も、あたしらはグレイレッド殿下の配下の傭兵で、雇い主の命があったから行ったんだ。任務が終了したんなら、殿下の元へ帰らなくちゃならない」
「そっか。ルースとガストル、本採用になったんだっけ」
おめでとう、と言った和哉に、ルースは、「まあ、めでたいかどうかは、実際殿下にお会いしてみないと分からないな。……評判はすこぶる良い方なので、主としてはましかもしれないけど」
娘の前で父親をましとか言うかよ、と和哉は内心で突っ込みを入れたが、ルースがジンの事情を知らないのだから仕方ない。
皮肉屋のルースに対して、ジンが快くは思わないだろうと顔色を窺う。
が、ジンはいつもの無表情で、「人には相性があるから。確かにグレイレッド殿下は誰にでも公平で優しい方だと評判だが、どうしても反りの合わない人も居ないわけじゃない」
ジンは、自分よりはるかに大人だな、と、和哉は反省した。
「と、いうことは、パーティのメンバーはカズヤにロバート、カタリナ嬢、コハル嬢、私ことアルベルト・ユーバック。それとモチヅキ・ノブト殿ということか?」
「卿」ジンは珍しくむっとした声で、「私は南レリーアに留まる積りはない」と抗議した。
「あ、俺もっ」とデュエルが手を挙げた。
「俺もまた一緒に行くぜ」
「まてコラっ。おまえ、まだ謹慎が解けてねえだろうがっ」
ロバートがぎっ、とデュエルを睨む。大柄なロバートより更に巨漢のワ―タイガーは、ばつが悪そうに肩を窄める。
「いいじゃねえか、兄貴。連れてってくれよぉ。親父だったら、なんとか説得するから」
「ああ? 俺が何時からおまえの兄貴になったんだ? それに、おまえが勝手なことしたら、デレク会長の面目が丸つぶれになるんだぞっ。少しは大人しくして、親孝行しろやっ」
ちぇっ、と、デュエルは子供のように口を尖らせる。
デカくてゴツいワ―タイガーの若い衆が拗ねたところで可愛くもない、と和哉は思うのだが、何故か女子達は、ジンを除いて「かわいい」と、騒いだ。
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和哉達のパーティへの加入が決まった翌々日。モチヅキ・ノブトは神殿から和哉達が泊まっている宿『巨人の槌亭』に引っ越して来た。
荷物は、やはり転生組と同じく持ち物倉庫をに入れているという。
ジャララバに捕まる前に売れるものは売っていたので、今は武器が少しと、薬草が少し残っているらしい。
金は、残念ながらジャララバに取り上げられてしまったという話だ。
「つっくづく嫌なヤローだったぜっ」ロバートが、渋面で唸った。
《たべる》は、モンスターが弱体化した時に、その力や魔力や特殊技を吸収する。しかし、和哉の場合はその段階でモンスターを分解せず、召還獣として、相手をまるごと自分の中へ取り込むことが出来る。
アルベルト卿の要望で、和哉は半分だけ召還獣としたジャララバを呼び出してみた。
出て来たのは、やはり意識体――黒い靄のような塊だった。
和哉の召還獣となった部分は、幸いにも、ジャララバの過去の記憶を持っていた。その結果、50年前のアマノハバキリを巡る出来事の詳細が判ったのだが、やはりアルベルト卿とガートルード卿が予想していた通り、ジャララバはルドルフ卿に暗示の術を掛け、操っていた。
「今はあやつも和哉の制御下だ。余程でない限り復活などあり得ん」我がことのように自信満々なアルベルト卿は、和哉ににやりと笑ってみせた。
実は、若干不安はある、と和哉は思ったが、口には出さなかった。
その不安の種が、自分もそうだが、今現前に居るモチヅキ・ノブトである、とは、とても言えない。
「とにもかくにも、よろしくなっ。まあ、柄の悪い面子だけどよ」
ロバートのくだけた挨拶に、モチヅキ・ノブトは少し笑んで、「よろしくお願いします」と、頭を下げた。
昼食を済ませた後、まずはパーティバランスを見られる仕事をしてみようというアルベルト卿の提案で、皆は冒険者協会へと向かった。
「日帰り出来る仕事がいいね」モチヅキ・ノブトの体調を考えるとそれくらいだろうと踏んで、和哉はびっしりと依頼が張り出された掲示板を見る。
「……人探しやらペット探しやら、こんなのはあたしが占えば一発で見つかるよっ。――そうだ」
カタリナは、くるっ、ヒールの踵を捻ると、和哉のところへつかつかと寄って来た。
「あたしが居なくちゃ、パーティは不味いかえ?」
「は? カタリナ、もしかして抜ける気?」
「そりゃ不味いだろうよ、カティ」すぐ側で聞いていたロバートが、マイペースな火の魔女を窘める。
「全員居なくちゃ、バランスがわかんねえだろーが」
「要は、カズヤとノブトがどういう役割分担になるか、ってだけみれば、済むことじゃないのだわさ」
「それも、一理ある」ジンが、あろうことか賛成した。アルベルト卿も賛成に回った。
どうなんだろう、と思った和哉は保留したが、同じく保留組かと思ったコハルが「ジンさんがそうおっしゃるなら」と賛成に転んだ。
残ったのはロバートだけ。
「しょーがねえなあ。三対二じゃあよ」
ということで、カタリナは当分、抜けて本業の占い師をやることになった
和哉達は色々見て話し合った結果、薬草採りの仕事を選んだ。
薬草採りだから、一見誰でも出来そうな感じだが、カウンターで案内係に訊いたところ、この薬草はレス湖の近くの湿地に自生していて、その湿地にはかなり厄介なモンスターが棲み付いているらしい。
「ジャイアントニッパーか。あやつらは殻が硬いからな」アルベルト卿がやや渋い顔をした。
「が、この戦力であれば、問題はなかろう」
仕事の申し込みを済ませようとしたところへ、デュエルが和哉達を見付けて寄って来た。
「また仕事へ行くのか?」
「おまえは、止めとけよ?」先にロバートに釘を刺され、デュエルがしゅんとする。
「ちぇっ。親父は、南レリーアから出て行かなければいいって言ってくれてんだぜ?」
「それでも、だ。俺らはおまえを連れてく気はねえからな」
喰い下がるデュエルを退けて、和哉達は薬草採りの仕事を申し込んだ。
仕事への出発は明日早朝なので、その足で減っている必需品や、装備や武器を新調しようと、店へ向かう。
赤茶色の煉瓦作りの、同じような形の店が並ぶ中、冒険者用の装備屋の銅製の看板が見えた。
「来るの、久し振りだな……」店に入るなり、モチヅキ・ノブトが薬瓶のずらりと並んだ棚を見ながら言った。
「ジャララバに捕まって、あいつの持ち物倉庫に閉じ込められてた時、僕はずっと、地球の家族のことを考えてました」
和哉は、はっとした。
そうだった。モチヅキ・ノブトは偶然起こった不幸な事故で、異世界へ来たのだ。
「いきなり消えてしまった僕のことを、家族は心配しているだろうか? 母さんは泣き虫だから、僕のことでずっと泣き通しだったら可哀そうだなあ、とか。父さんも心配してくれてるのか、妹の沙月はどうしてるのかな、とか……」
「そう、なんだ」和哉には、それ以上何も言えなかった。
ナリディアとの約束で家族の記憶を手放してしまった和哉には、地球での思い出は灯篭の薄明かりのように、淡い。
「カズヤ、さんには、兄妹、いらしたんですか?」
尋ねられて、和哉はただ首を横に振った。
「一人っ子?」
「いや。――ナリディアから、何にも聞いてない?」
はい、と答えたモチヅキ・ノブトに、和哉は、周囲に人がいないのを確かめてから、言った。
「地球は、無くなったんだ。異世界、っていうか、宇宙同士のぶつかり合いで。俺は、その時ナリディアに助けられて、家族の記憶を無くす代わりに、この世界へ転移させて貰ったんだ」
「……じゃあ、他の人達は? みんなこちらへ来ているんですかっ?」
驚愕に声が大きくなったモチヅキ・ノブトに「しーっ」と、和哉は注意する。
「みんなそれぞれ好きな世界を選んで転移した。地球人のどれくらいが何処に行ったかっていうのは、俺はナリディアに聞いてない」
「じゃ……、じゃあ、僕の家族は……」
俯いて、肩を上下させ始めたモチヅキ・ノブトに、和哉は話すべきではなかったか、と後悔した。
しかし、遅かれ早かれ知ることだ。
今は事態が飲み込めなくとも、自分もロバートも居る。ゆっくり現実を認めさせるしかない。
「辛いけど……、事実なんだ。なんなら御使いに、君の家族がどこの世界へ行ったか、追跡して貰えば――」
いえ、と、モチヅキ・ノブトは和哉の提案を遮った。
「偶然とはいえ、僕がこちらに来てしまった時から、きっと、家族とは縁が切れてしまったんですね……。地球も無いなら、もう、帰れるかも、なんてバカな希望もすっぱり捨てられる」
顔を上げたモチヅキ・ノブトは、ふっ、と寂しげに笑んだ。
「ありがとうございます。カズヤさん」
「え? ああ」意外に立ち直りが早いなと思いつつ、和哉はモチヅキ・ノブトの肩にぽん、と手を置いた。
「ところでさ。その……、カズヤさん、っての、止めない? 考えたら俺の方が君より年下だし」1こだけど、と付け足す。
「そう……? あ、そうで……、そう、だよね」
礼儀正しいのが身に付いてしまっているらしいモチヅキ・ノブトは、でもやはりしばらく『さん』が取れなかった。
順番グルグル……
次のアップは「勇者だ。悪いか」です。
「月天使~」はそのあと、二週間後にアップ出来れば……カメ林としては快挙!!




