56.ひとまず、決着
やっと身体が軽くなった和哉は、跳ね起きるや、ジャララバの元に駆け寄る。
ジャララバが、また時間系の魔法を放って来る。
和哉はその魔法も『斬れる』気がして、斜めに剣を振った。案の定、アマノハバキリはジャララバの魔法を真竜の魔力で跳ね返す。
己の魔法が和哉に通用しなくなったと悟ったジャララバは、大声で配下に命じる。
「戻れっ!! 私を守れっ!!」
「今更っ、みっともないって!!」
ジャララバを抱いたマリオネット・ゾンビは、味方を盾にして逃げて行く。
和哉と主君の間を離そうとぞろぞろと集まって来るマリオネット・ゾンビを蹴散らしながら、和哉はジャララバに近付く。
「よくもっ、俺の相棒にちょっかい掛けてくれたなっ!! 今ぶった斬ってやるから待ってろっ!!」
あと二人倒せばジャララバに刃が届く、という位置に来た時。
唐突に和哉とジャララバの間に入って来た人間がいた。
「僕に、やらせてくれませんか?」
モチヅキ・ノブトだった。
先刻まで、まるで蝋人形のようだった青年が、いきなり息を吹き返し、凛とした面持ちで和哉を見ていた。
面食らった和哉は、どうしていいか分からず、思わず「ああ」と返事をする。
頷いたモチヅキ・ノブトは、踵を返すと、今にも扉から出て行こうとするジャララバを抱くマリオネット・ゾンビの腕を掴んだ。
そのあまりに素早い動きに、和哉はまたもや驚く。
更に。
捕まえたマリオネット・ゾンビの腕の中の醜い赤ん坊を、モチヅキ・ノブトは強引に奪い取った。
「うっ、わあああっ!! 離せっ!!」
ジャララバが叫ぶ。が構わずに、モチヅキ・ノブトはジャララバの被っていたうぶ着のフードを外すと、赤ん坊の薄い毛の中に描かれていた不思議な文様に触れた。
「やっ……、やめろっ、やめ……!!」
僅か1、2分のことだろう。赤ん坊の頭に浮き出ていた文様が、モチヅキ・ノブトの掌に移る。
赤ん坊の表情が、見る間に普通のゼロ歳か1歳児のものに変化した。
「この子……、を、頼みます」
渡された子供を、和哉は受け取る。
渡したモチヅキ・ノブトは、そのままその場に蹲った。
「おいっ!! おいっ、大丈夫かよっ!?」
ジャララバの魔法が消えたのと同時に、操られていたスケルトンやゾンビも動かなくなった。
剣を納めたロバート達が、和哉とモチヅキ・ノブトの元へとやって来る。
「どうなったのだ?」アルベルト卿は、まだ苦しんでいるようなモチヅキ・ノブトを、心配気に覗き込んだ。
「俺にも、何がなんだか……。ただ、この子の頭に描かれてた文様がこの人の掌に移って、そうしたら、ゾンビが動かなくなった」
和哉の説明に、ジンとカタリナが慌てた様子でモチヅキ・ノブトの側へ寄った。
「あんたっ!! そのバケモノを《たべ》ようって気かえっ!?」
「危険だと思う。すぐに文様を壁に移して、カズヤの剣で斬って貰ったほうがいい」
「俺もそのほうが安全だと思うぜっ」デュエルも、心配そうに後ろから声を掛けた。
しかし。
「だい……、じょう、ぶ。……もう少し、で、抑え込める、から……」
「おっ、抑え込むって」和哉はコハルに赤ん坊を預けると、モチヅキ・ノブトのすぐ側へと寄った。
「無茶すんなっ!! あんな魔法を連発するバカだぞっ!? 下手すりゃあんたが乗っ取られるっ!! したら、ここにいる俺達だけじゃなくって、この世界の人達に大迷惑だってっ!!」
忠告した和哉に、顔を上げたモチヅキ・ノブトは、薄く笑んだ。
「分かって……、ます。でも……、僕、が、この世界、に、落ちたこと、自体が、ここの……、人達に、迷惑なんです。だから……」
それを言うなら、和哉達だって十分、厄介人だ。
だが、その厄介を引き起こしたのは和哉達ではない。
モチヅキ・ノブトにしろ、和哉やロバート、カタリナにしろ、言ってみればみんな宇宙空間管理システムエンジニア・ナリディアのドジの犠牲者だ。
そう。悪いのは月天使。
「あんたが1人で背負い込むことないよ」和哉は、硬く握られたモチヅキ・ノブトの手を取った。
「俺にも半分寄越せ。俺も《たべる》ことが出来る。だから、ジャララバの真我だか残留思念だかを、俺も半分る」
和哉の申し出に、モチヅキ・ノブトは大いに驚いた顔をした。
「あんたの考えてることが、ようやく分かった。もし俺がアマノハバキリで斬っても、ジャララバの真我は一度は霧散しても、また時間を置いて集まって来てしまう。それよりも、自分が《たべ》て、あいつの魔力と存在を召還獣として削っちまったほうが、よっぽど危なくない。そうだろ?」
和哉は、モチヅキ・ノブトの手を強引に開かせると、その掌に自分の手を押しつけた。
モチヅキ・ノブトは、慌てて手を引っ込めようとしたが、ナリディアに色々えらい目に遭わされた和哉のほうが腕力レベルが高かったのか、振り解かれることはなかった。
合わせた掌から、黒い靄が身体に入って来るような感覚がし始める。
こいつが、ジャララバの正体か、と思いつつ、和哉はきりのいいところで手を離した。
モチヅキ・ノブトが、ようやく身体の力を抜いた。
「大丈夫なのか?」近付いて来たルースが、眉間に皺を寄せて和哉を見た。
「ああ。俺は。ちょっと……、ドブの水飲んじゃった、って感じだけど」
蹲ったまま立ち上がれないモチヅキ・ノブトに、ジンが神聖魔法の回復の術を掛ける。
「ありがとう……」
「あなたは、御使い様の探し人だ。私もカズヤも、あなたを探すのを御使い様に頼まれていた」
ジンの、人とは少し違う平坦な物言いに、モチヅキ・ノブトは微笑んだ。
「さて。これでロッテルハイム子爵とルドルフ卿の一件は片が付いた訳だな。本当は、もっと色々と聞きたいこともあったのだが――」
アルベルト卿の言葉を、コハルが遮った。
「僭越ながら、アルベルト様、私の仕事は終わってはおりませんっ。――兄コタロウの行方を捜さねば。ここに居なかったということは、もしかして、もう……」
「あー、ちょっと色々待って貰えっかな」和哉は、モチヅキ・ノブトの様子を見ながら、皆に提案した。
「まず、この人をここから一緒に近い町へ連れて行こう。でないと、本当に弱っちまう。あと、コハルの兄貴の話と、アルベルト卿が知りたがってる50年前の真相は、この人が落ち着いたら、聞けると思う」
「召還獣か」ロバートが、ぽん、と手を打った。
「召還獣にされると、主に嘘はつけない。ジャララバも多分、全部話してくれると思う」
******
長い間ジャララバの持ち物倉庫に押し込められていたモチヅキ・ノブトは、すっかり体力が無くなっていた。
マリオネット・ゾンビに抱えられていたのも、自分一人では立っていられない状態だったからだ。
「持ち物倉庫の中って時が止まるんだから、体力が落ちるってのはおかしいんじゃねえの?」
気を失ったモチヅキ・ノブトを背負って馬車に乗せたロバートの尤もな質問に。
「ジャララバが大人しくさせるために真我を削った、と言っていた。持ち物倉庫の中でなく、こちらに居たのなら回復も可能だったのだろうが、削られたままで止められていたので、体力も気力も回復することが出来なかったのだろう」
ジンの答えに、ロバートは難しい顔で腕を組んだ。
「ってことは、俺らの真我ってのは、多少削られても回復するもんなのか?」
「ある程度なら。御使い様の御力で」とジン。
和哉は、一番最初にナリディアに亜空間で出会った時のことを思い出した。
ナリディア達宇宙空間管理システムエンジニアは、宇宙同士の衝突で霧散してしまった地球人や他星人の真我を掻き集め、個々にアストラルボディを作って保護をした。
もしかしたらその時、散ってしまった真我は、何らかの方法で足して修復したのかもしれない。
ジンが、何処までナリディアの作業領域を知っているのか分からないが、多分、和哉の推測は当たっている。
黙りこくっていた和哉に、ジンが言った。
「大丈夫。この方は御使い様が何とかして下さる」
ふっ、と、いつもは笑わないジンが、自然な笑みを和哉に見せた。和哉も、少し頬が熱くなったが、微笑みを返した。
「うおーっ!! 夜が明けたぜっ!!」御者席のデュエルが吼えた。
煩い亜人だわさね、と文句を言いつつ、カタリナがショールを肩に掛け直し、居眠りを始める。
和哉も、夜通しの戦闘で疲れが出始めたのか、眠気がさして来るのを感じた。
「疲れた者は眠るとよい。見張りは、眠りの要らぬ我らが引き受けるゆえ」
アルベルト卿が、ちらり、とジンを見て頷いた。
「俺も大丈夫だぜっ」と、デュエルが笑った。
「亜人は、体質にも因るが、俺はワ―タイガーだからか、2、3日くらい寝なくても大丈夫だ」
「そりゃ頼もしいや」ロバートがにやりとする。
「そんじゃ、次の中継地まで見張り、頼まあ」
「いや、休憩なしで南レリーアに戻る」
ジンの飛んでもない言い草に、眠り始めていたルース達も目が覚めてしまった。
「ちょ……っ、休憩無しって。どうしてだい?」
「御使い様の探し人は弱っておられる。みんなには申し訳ないが、一刻も早く手当出来る場所へ連れて行きたい」
「私も、ジン嬢の意見に賛成だな」アルベルト卿が手を挙げた。
「こういう身体になると、生者の命が見える。モチヅキ殿は、かなり危険な状態にある、と言えよう」
「あんなバケモン、喰ったりするからだ」鼻息を荒くするルースに、ジャララバに憑かれていた赤ん坊を抱いたコハルが「でも」と、珍しく反論した。
「あの場合、モチヅキさまとカズヤさまのお二方がああなさらなかったら、ジャララバはきっとまた、別な赤子に取り憑き、復活したやもしれません。……無謀なご行為ではありましたが、モチヅキさまは身を呈して世界を救われたのです」
「身を呈して、ね」ルースがひとつ、息を吐いた。
「仕方ないか。そこのバ……、じゃない、カズヤも半分引き受けて、結構参ってるんだろうし」
「ちょっと待てルース。今、俺のこと、バカ、って言い掛けたろ?」ふざけ半分に突っ込むと、女傭兵は、「ちっ、聞こえてやがったのか」と乗って来た。
その後1時間ほどは、ロバートやデュエル、アルベルト卿にジンまで加わってふざけ合い、寝るどころではなかった。
が、赤ん坊とカタリナが起きると厄介だから静かにしてくれと、最後には全員コハルに怒られた。
でもやっぱりバカだと思ふ……
コハルちゃんに怒られて当然。
他作品も執筆している関係で、えらく(いつもですがぁ)遅くなってしまっていて申し訳ありません。
でもっ、書いてますので、ちいっと待ってやって下さいまし。




