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55.御使いの理(ことわり)

 美しくきらめきながらゆっくりと動く真竜(リアディウス)は、苦しそうに息を弾ませている和哉の上を、心配そうに揺らめいている。


「どうして……、どうして『神器』が本来のお姿に戻られたのですかっ!?」


 半ば恐慌状態になりながら、コハルが異空間の袋へ走り寄ろうとする。


「あぶねえっ!!」ロバートが、忍者娘を慌てて止めた。


「お放し下さいロバートさまっ!! アマノハバキリは、我らオオミジマの者にとって大事な宝っ!! 敵の手に渡してはこのコハル、主フミマロ様に生きてお会いすること敵いませんっ!!」


「待てってっ!! あっちにはカズヤも一緒に囚われてる。それに、真竜の陰でよく見えねえけど、もう一人――」


 青い目を眇めるロバートに、アルベルト卿が深緑の瞳を釣り上げた。


「あれは、異世界人だな。死人使い共に術を掛けられておるようだが」


「カズヤとおんなじアビリティを持つ人間」と、ジンがあっさりモチヅキ・ノブトの秘密を明かした。


 ロバートとカタリナが血相を変え、神官戦士の少女に詰め寄る。


「そいつは全く全体間違いなく不味いだろうがっ!! カズヤのアビリティっつったら」


「《たべる》だわさよっ!! もし、あの少年が真竜を《たべ》るようなことになったら……」


「御使い様でも、制御出来ないかも」ジンは、皆が一番恐れていた言葉を口にした。


「ちょっと待てよっ!! そんな大仰な話、あたしらは聞いた覚えがないよ!?」


 ルースが色をなしてジンに詰め寄る。ジンは、アンドロイドの感情の読めない表情でルースを見た。


「グレイレッド殿下との契約を了承している以上、殿下の傭兵騎士として任務を遂行してほしい」


「こんな……っ、御使いでも勝てないヤツを相手にかいっ!?」


「まだ、モチヅキ・ノブトと戦うと決まった訳じゃない」


 ジンの言葉に、ロバートが反応した。


「御使い様に、何か手があるな?」


 それまで、顎に手を当てて皆の話を聞いていたアルベルト卿が「ふむ」と小さく唸った。


「ある、とすれば、(ことわり)か?」


 振り返ったジンは、頷いた。


「私達はあの中へは入れない。――カズヤが、気付くしかない」


******


 マリオネット・ゾンビに支えられたモチヅキ・ノブトは、重力魔法でソファに圧し付けられた和哉の上にとぐろを巻いている真竜へ、ふらふらと寄って来た。

 生気の無い瞳が、青く美しい竜を見上げる。マリオネット・ゾンビの腕が、モチヅキ・ノブトの腕を掴んで真竜に触れさせようとした。


「や――めろ――っ!!」和哉は叫んだ。叫んだ積りだった。


 だが声も、ジャララバの術で封じられて、掠れてほとんど出ない。

 醜い赤ん坊は、醜怪な顔を更に歪ませ、モチヅキ・ノブトが青竜を《たべる》瞬間を見ている。

 モチヅキ・ノブトの白い指が、真竜の腹の鱗に触れる。


 刹那。


 真竜の美しい姿が、見る間にモチヅキ・ノブトの中へと吸い込まれていった。


「そ……、んな……」呆然とする和哉の耳に、赤ん坊の甲高い、耳障りな笑い声が聞こえた。


「さあっ!! これで、これで、我らはディビル様の土地、我が故郷、ナナセル界へ戻れるぞっ!!」


 ジャララバが周囲の魔法結界を解く。

 途端、和哉の目に、ロー族の砦内部の暗闇が飛び込んで来た。

 と、同時に。

 4つ程の光の球が、和哉達の居る部屋へ飛んで来た。


 走り来る戦闘用のブーツの音がする。


「カズヤっ!!」


声の主はロバートだ。

ジンの神聖魔法で作られた光球に映し出された仲間達の姿に、和哉は半ばほっとし、半ば緊張した。


「ほう……。御使いの使徒、というわけか」


 ジャララバの嘲りに、カタリナが吼えた。


「御使い様のご命令、とかなんとかで来たんじゃないんだわさよっ!! あたしらのドジな仲間を、ただ取り返しに来ただけだわよ」


 あんまりな言い方だと思ったが、確かに冒険者の心得を無視して罠に引っ掛かった自分がドジなのは否めない、と和哉は反省する。

 ジャララバは、皺くちゃな赤ん坊の顔でにぃっ、と笑った。


「ドジな仲間、か。その通りだな。なに、こちらは目的は果たしたのだ、この青年は返してやってもよい。――と、言いたいところだが」


 ジャララバの垂れ下がっ瞼の下の小さな目が、チカッ、と光った。


「やべえっ!!」鼻の利くデュエルが、なにかを察知して壁際から離れる。


 間一髪。デュエルが立っていた壁から、ゾンビがぞろぞろと出て来た。

 コハルやルースも、デュエルに倣い、急いで壁から離れたので、ゾンビ達に捕まらずに済んだ。

 ジャララバが呼び寄せた配下のマリオネット・ゾンビは、アルベルト卿が言っていた数の半分、50くらいだ。

 それでも、砦の広間の半分を埋めてしまっている。


「我らがこの異界で行って来たことを知っている人間は、一人でも多く潰しておきたいのだ。偉大なるディビル様の名を、よい形で残していくためにも」


「散々人の世界引っ掻き回しといて、今更なあにが『偉大なるディビル様』だよ。寝言は寝て言いなっ!!」


 マジギレになるとまともになる啖呵を切って、カタリナは詠唱無しに炎の魔法を湧いて出たマリオネット・ゾンビに向け放った。

 5体のゾンビが、炎に包まれる。

 デュエルが背負った金色の戦斧を引き抜く。襲って来るゾンビを、戦斧を回転させながら粉砕していく。


 金の尾を引くデュエルの斧に、「あー、だから二つ名が『金冠のデュエル』っていうんだ」と、ロバートが感心する。


「のんびり人の戦闘を観戦してるんじゃないよっ」


 ロングソードで的確にゾンビの関節を砕くルースが、まだ剣を背負ったままのロバートに噛み付く。

 怒られたロバートは、「へいへい」と惚けた返事をしつつ、バスタードソードを抜いた。

 コハルも、南レリーアで買い替えたミスリル合金のショートソードと、オオミジマの忍者独特の体術でゾンビの関節を外す。

 腕自慢の仲間達によって、和哉が手を出す暇もなく、50体ものゾンビは、瞬く間に動けなくなった。


 部下の不甲斐ない様子を見ながら、ジャララバは平然と、部屋の隅の一段高くなった場所から動かない。


「追加だ」


 醜い赤ん坊が言うなり、今度は部屋の中に黒い霧が充満した。

 霧は即座に人型となる。

 先程よりも更に多い数のマリオネット・ゾンビは、今度は手に棍棒や錆びた剣を握っている。


「――ロッテルハイム邸の者も、呼び寄せたか」アルベルト卿が表情を険しくする。


 アルベルト卿達仲間がいかに強者揃いとはいえ、50体もの敵を相手にしたあとの『おかわり』はさすがにきつい筈だ。

しかし加勢したくとも、和哉は相変わらずジャララバの重力魔法で床に押さえ付けられていた。


 ――どーやったらっ、解除出来んだこの魔法っ!!


 足掻きながら、和哉はジャララバと隣に力無く立たされているモチヅキ・ノブトを見詰めていた。


モチヅキ・ノブトは、この大騒ぎの中でも虚ろな顔でマリオネット・ゾンビに支えられ、じっとしている。


 ふと、和哉はおかしいと思った。


 確かに、真我をジャララバに削られているとはいえ、ナリディア達さえ制御不能な程の強大なエネルギーを持つ真竜を内包すれば、その力でなんらかの動きがあってもおかしくはない。

 しかし、モチヅキ・ノブトは、何の変化も見せない。

 しかも、ジャララバも、何かを待つようにこの場から逃げ出そうとはしない。


 ――ナナセル界に戻るための、時間?


 モチヅキ・ノブトが《たべ》てしまった青竜――真竜が、ジャララバのいうナナセル界への帰還の準備を整えるのを、待っているのか?

 異世界を渡るのは、真竜としても相当なエネルギーを要するだろう。

 エネルギーが十分に充填されるまでの間に、事情を知る和哉達を抹殺しておこうといういうのか?


 違う、と、和哉は直感した。

 ジャララバが使うのは、ジン言うところの黒い魔力。その源は、多分人の怨嗟や嘆き、憤怒など、負の感情だ。

 ジャララバは自分達とゾンビを戦わせて、自分達の怒りや闘争心という、負の感情を自分の内に溜めているのだ。

 その上で、モチヅキ・ノブトを抑え込みつつ、術を掛けようとしている。

 故郷ナナセル界への『道』を、真竜に作らせるために。


「や……、べえっ」和哉は、このままでは自分達が戦う事で、ジャララバを異世界へ逃してしまうと、焦った。


 必死に身体を動かし、和哉は重力魔法を解除しようとする。


「ジン……っ」ようやく出た声で、神官戦士の少女を呼んだ。


 気付いたジンが、ゾンビに気を付けながら和哉の側へ来た。


「このっ……、魔法っ、解けないかっ!?」


 しかし、ジンは首を横に振った。


「ナリディアさまから、何故かご許可が下りない。……先程から幾度もアクセスはしているのだが」


「なんで……?」こんな大事な時に、ジンにジャララバの黒魔法(というのかどうかは分からないが)を相殺させないのか。


「理が、違うためかもしれない」ジンは、寄って来ようとしていたゾンビ2体の足をミスリル鞭であっさり撫で斬りしながら、言った。


「透明な魔力で行う4大元素魔法と、御使い様の御力(コスモス・エネルギー)をお借りして術を成す神聖魔法とは、ジャララバの魔術の根源が違う。だから、」


「理?」和哉は、ジンの魔法の説明の、理、という言葉が何故か気になった。


「俺は、青竜に主と言われ、契約した。もし、そのことが魔法の理にも関係しているんなら……」


 和哉は、重力魔法の苦しみを堪え、モチヅキ・ノブトの方へと頭を向ける。


「青竜っ!! 俺の声が聞こえてるかっ!! 聞こえてるんならっ、俺の命に従えっ!!」


 あらん限りの声で叫ぶ。

 聞き付けたジャララバが、不気味に笑った。


「今更何を。真竜はもはやこの少年に《たべ》られた。おまえの声など聞こえるものか」


「青竜っ!!」和哉は、ジャララバの嘲りなど構わずに、呼び掛け続ける。


「お前の主は俺だっ!! 真竜(リアディウス)の契約はっ、絶対じゃないのかっ!?」


「黙れ」ジャララバが、更に和哉に掛けた重力圧を強める。


「くうっ!!」


「――御使いの御心に沿い、苦痛を緩和されたし」ジンが、少しでも和哉の痛みを和らげようと、神聖魔法を試みる。


 微かだが、重力魔法の威力が抑えられ、身体への圧力が弱まった気がした和哉は、もう一度叫んだ。


「真竜!! ――青竜、アマノハバキリっとなってっ、主の元へ戻れ――っ!!」


 どくん、と。

 それまで虚ろだったモチヅキ・ノブトの目が、大きく見開かれた。

 彼は、腕を掴んでいたマリオネット・ゾンビを振り払い、戦闘が繰り広げられている部屋の中へと、ゆっくりと降りて来る。


「あ、あ、あ、あ、あ……」


 かくかくと、まるで木偶人形のような動きだが、その身体からは、青白い光が溢れ始めていた。


「いかんっ。誰ぞあやつを止めよ――」ジャララバが、醜い顔を一層醜くして、命じる。


 マリオネット・ゾンビ達は、アルベルト卿達との戦闘を途中で放り出し、モチヅキ・ノブトを捕まえようと動く。

 だが、ゾンビ達はモチヅキ・ノブトに触れた途端、鋭い刃に斬られたようにすっぱりと手や腕を斬り落とされる。

 モチヅキ・ノブトには、誰も触れることが出来ない。

 ジャララバの配下に捕まえられないまま、モチヅキ・ノブトは部屋の中央へとやって来た。


 増々溢れる光に、モチヅキ・ノブトは苦しげに身体を折る。土が被った煉瓦に膝を着き、苦しげに片手でシャツの灰色の外套の胸元を握り締める。


 ジャララバが、ぶつぶつと何か呪文を唱えると、小さな皺くちゃの手をモチヅキ・ノブトに向ける。

 霧状の、黒い不気味なものが、モチヅキ・ノブトを包む。

 

 その刹那。


「あああああっ!!」


 邪悪な魔術を吹き飛ばすように、モチヅキ・ノブトの身体の中から青い輝きが飛び出した。

 輝きはたちまち竜巻のように渦を巻く。光は美しい大魚の鱗となり、宙を動く美麗な生き物――真竜(リアディウス)へと変わった。


「なっ、なぜだっ!?」ジャララバは、《たべ》た筈のモチヅキ・ノブトから分離してまった真竜に、驚きの声を上げた。


「……青竜はっ、俺と、契約しているんだっ。だから……、他のヤツのものにはならないっ」


「そんな……、筈はないっ。オオミジマの古文書には、たとえ主があったとしても、《吸収》されればその者の意のままに動くと……」


「それこそ、(ことわり)」ジンが立ち上がった。


「モチヅキ・ノブトは、一見真竜を《たべ》たように見えて、実は《たべ》切れなかった。真竜は、モチヅキ・ノブトの身体に憑依したものの、あくまでも命令の優先順位はカズヤが上」


「くっ……!!」


「だから、カズヤの命に従って、アマノハバキリとなってカズヤの元へ戻る」


 ジンが言い終えるや、青竜はぐにゃり、と形を崩す。たちまちのうちに一振りの太刀に戻り和哉の手に握られた。

 和哉は、出来るかどうかは定かでは無いが、それしか方法が無いので、自分の身体の上に乗っている、と思われるジャララバの魔力を、アマノハバキリで薙いでみた。

 手応えがあった。と同時に、重かったモノがすっ、と退いた。

ふう~~

久々の「月天使~~」になってしまいました。

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