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54.月天使の宝物

 信者達と同じ灰色の外套を着せられたモチヅキ・ノブトは、焦点の合っていない目で和哉のほうを見ている。

 明らかに普通の様子ではないモチヅキ・ノブトを前にして、和哉は、ジャララバに問うた。


「彼は、ある人がずっと探していたんだ。そのことを、あんたは知ってんのか?」


 不気味な赤ん坊は、小馬鹿にしたように「知っておるよ」と答える。


「この世界の最高の御使いが、この少年の守護者だった。だが、私はノブトの素晴らしい才能を知り、御使いからノブトを隠したのだ」


「『隠した』?」


 確かに、この10年ナリディアはモチヅキ・ノブトと交信が取れないで困っていた。

 しかし、ジャララバが言う通り、この世界の最高の御使いであり管理者であるナリディアの『目』から、どうやって10年も隠しておいたのか?

 そこまで考えて、和哉は気が付いた。

 

 ナリディアは、「モチヅキ・ノブトさまがこちらに来た時は、14歳でした」と言っていた。

 中学2年生のモチヅキ・ノブトは、こちらの住人となり、4年間はナリディアと定期通信していたという。

 というとは、現在、モチヅキ・ノブトは28歳のはずだ。


 だが。

 現在(いま)和哉の眼前に居る、魂を抜かれたような少年は、どう見ても和哉より年上には見えない。

 多く見ても、和哉と同い年だ。

 ジャララバが、邪法によってモチヅキ・ノブトの時間(とき)を止めていた、というのか?


「正確ではないが、それに近いな」和哉の思考を読んだジャララバが、幼子の声で言う。


「君達も持っているだろう? 持ち物倉庫は、中に入っている品物の時間を止める」


 和哉は全身の毛が逆立つ程の怒りを覚えた。

 持ち物倉庫は、文字通り、道具屋戦利品、品物を入れておく場所――異次元空間である。

 そこに、生きた人間を監禁していたというのか。

 しかも、10年も。


「おまえは――っ!!」


 人間は、モノじゃない。

 立ち上がろうとした和哉の身体は、しかし、上に見えない重石を乗せられたかのように、ぐっ、と押さえ付けられた。

 胸が、次第に苦しくなる。


「くっ……、そっ……!!」


「剣の持ち主殿は、随分な短気者だな。10年くらい監禁されたとしても、べつに死んだ訳でもないのに」


「だっ……、たらっ!! どうしてっ、その人の様子……、がっ、普通じゃ、ねえんだよっ!?」


「ああ、これは――」と、ジャララバは普通の、どこにでもあることのように話した。


「正気で居られたのでは、持ち物倉庫の中でじっとしていてくれないのでね。真我を少し、私の復活のために削らせてもらった」


 真我は、人が人として在るべき根幹の物質だ。ナリディアが、地球が消滅した時、大急ぎで地球人達の真我をかき集め、アストラルボディで保護したのでも十分に分かる。

 真我の本当の役割を、和哉はナリディアからきちんと聞いていない。しかし、管理者である月天使が、地球人1人1人の真我を大切に保護した、という事実から考察すれば、真我は少しでも欠ければその人物に著しい損傷を来すものだと想像出来た。


 真我を『削られた』モチヅキ・ノブトが正気でないなら、ジャララバは彼を廃人にしたも同然だ。


 怒髪天を突く、という言葉を、和哉は初めて身を持って体験した。


「こっ……、のっ……!!」魔法の重しで動かない身体を、和哉は憤怒で動かす。


 和哉が足掻く様を見つつ、ジャララバはさも面白そうに笑った。


「人とはおかしな生き物だ。何の関係も無い他人が受けた惨い仕打ちにも、そうやって怒れるのだから」


「おまえはっ……、人じゃ、ないのかよっ!?」


 額から噴き出る汗が目に入る。痛みを堪え、和哉は怒鳴った。


「ディビル様は、神だ。その神の血を引く私が、人である筈が無い。――おしゃべりはもうこれくらいにしよう。さあカズヤくん、アマノハバキリをこちらへ寄越すのだ」


「だっ――、れがっ、おまえなんかにっ……!!」


「強情を張ると、死ぬことになるよ」マリオネット・ゾンビに抱かれたジャララバの外套の頭部が外れる。


 そこには、幼児のものとは思えない、深い皺が刻まれた老人の顔があった。


 ――和哉はぞっとした。


 大勢の人間を非道にも殺し、アンデッドやゾンビとして使役して。

 更に己もここまで醜悪な姿になり果てても、信条を貫こうとするのか。

 胸の上に重力魔法を掛けられているせいもあり、気持悪さに和哉は吐き掛ける。

 足掻くのを止めた和哉の背から、マリオネット・ゾンビに抱かれたジャララバが、近付いて剣を抜いた。

 刃が一瞬、美しい青にきらめく。


「おお――。まさしく真竜(リアディウス)だ。この力と、ノブトのアビリティさえあれば、我らは故郷の界へ戻れる――」


「それはっ……、どう、かなっ……?」和哉は、負け惜しみではなく嘲笑った。


「あんたら……、の、界がっ、残って……れば、ね……?」


「ディビル様の故郷が、消え失せる筈は無い」


 ジャララバは、モチヅキ・ノブトを支えていたマリオネット・ゾンビの1人を呼び寄せた。

 アマノハバキリをそのゾンビに持たせ、呪文を唱え始める。

 刀が、次第に形を変えていく。

 伸び、曲がり、捻じれ、やがて大きく膨らみ始める。

 青白い光を放ちながら、アマノハバキリ――青竜は、生き物として忘れていた呼吸を取り戻したかのように、ゆっくりと、腹部を波打たせた。

 マリオネット・ゾンビの手から浮き上がった真竜は、瞬く間に疑似個室一杯の大きさになった。


 深い青と水色、そして真珠の光彩を持った美しい生き物は、異空間で和哉と話した時と同じ深緑の瞳で人間達を見詰めた。


「おおお……。なんと美しい真竜なのか」ジャララバが、幼児の頭に張り付けた醜い老人の顔をくしゃり、と歪ませた。


「モチヅキ・ノブトがこの美しき生き物を取り込めば、我らはディビル様の御元へ還れる」


『おまえの思惑通りには、事は運ばぬ』青竜が、じろり、と醜怪な教祖を見た。


 くくく、と、ジャララバは笑った。


「強がっても、もう遅いぞ真竜。我らは、この異世界の管理者がモチヅキ・ノブトに与えた特殊な能力を、完全に調べ尽くしているのだ。

 おまえは、モチヅキ・ノブトに吸収される。そして、我らのために、その強大な力を使い果たすのだ」


 ******


 和哉がジャララバの呪術に押さえ付けられている頃。

 砦の中で仲間達は和哉を捜し回っていた。


「だめだっ。こっちの部屋にもいないっ」


 中央の、指令室になる部屋で、大きな石造りの卓に乗せた砦内部の地図の一室に、ロバートはペンで×を書いた。

 地図の上には、安全を期してジンの神聖魔法で創り出した光球が浮いているる。


「これだけ探して見つからないってこたあ、カズヤは、もしかして……」デュエルが、珍しく険しい顔で地図を睨む。


「第一、カズヤのにおいがしねえ。この中に居るなら、絶対に俺の嗅覚に引

っ掛かって来るはずだ」


 扉を使わず、壁からぬっ、と出て来たアルベルト卿は、黙ってロバートが広げていた室内図を見下ろした。


「ふむ……」複雑な表情のアンデッド・ウォーリア―の隣に、ルースとガストルがやって来た。


「カズヤどころか、モンスターも一匹も居ない。この砦、死んでるな」


「どういうことだえ?」カタリナが、ルースを見る。


「砦に入る前、岩場と藪の間にはフライスネークやヘル・ブルが嫌ってほど居た。普通のダンジョンなら、その流れて中にはもっとレベル高いモンスターが居てもおかしくない。――そうだろ? アルベルト卿」


「通常ではな。例外もある。巣食うモンスターのレベルが桁外れで、雑魚が寄り付かぬ場合などだ」


「例えば、ドラゴン」コハルと共に戻って来たジンが、無表情に言った。


「じゃ……、じゃあ、この砦のどっかに、(ドラゴン)が巣食ってるってかよっ?」


 冗談じゃないぜ、と、ロバートが身震いする。


「それはねえな」デュエルが、鼻をひくひくさせながら否定した。


「ドラゴン級の大物が居れば、俺の鼻がひん曲がるくらい、臭う筈だぜ。けど、(ここ)にはモンスターどころか、鳥のにおいもしねえ」


「鳥も、居ない?」


 ジンがプラチナシルバーの眉を顰めた。


「鳥は、建物の軒やちょっとした窪みに巣を作ったり隠れたりする。この砦に鳥が近付かないということは、」


 言い掛けたジンの台詞を、アルベルト卿が引き取った。


「異空間への穴が、そこかしこにあるということだ」


「そのひとつに、カズヤ様は引き込まれたと?」コハルの問いに、ジンとアルベルト卿は頷く。


「では、どうやってお助けすれば……」


「恐らく、負の魔術で開けた穴だろう。なら、神聖魔法で全て可視化出来る」


 言うが早いか、ジンは呪文を唱え始める。


「――の御使いの御力を我に貸し与えよ。しかして、邪悪なるものの印を白日の元へ晒せ」


 呪文を唱え終わるや、ジンは右腕のミスリル鞭を長く伸ばし、自身を軸にくるり、と円を描いた。


「うわっ」


「おっと!!」


 鞭の通り道に居た仲間全員が、飛び跳ねたり身を屈めたり、慌てて避ける。


「もうっ。鞭を振り回すならやるって、先にお言いなっ!! 慌てるじゃないかさっ」カタリナの文句に、ジンは、「皆、避けられると思って」と、しれっと口応えした。


「あのねえっ……」


「じゃれてる場合じゃねえぞカタリナっ。見ろっ!!」


 ロバートの言葉に、カタリナはジンの背後に目を移す。

 赤茶の日干し煉瓦を積み上げただけの殺風景な会議室の中に、無数の半透明の袋状のものが浮かび上がった。

 大小様々なビニール袋が不自然に宙に浮いている、といっていい。そのひとつ、天井に近い所にあるひと際大きな袋を仰ぎ見たロバートが、叫んだ。


「あったっ!! あそこだっ!!」


 袋の下部に押し付けられるように動けない和哉と、マリオネット・ゾンビ4体の姿、それと、袋一杯に広がる水色の巨大な生物が見える。


真竜(リアディウス)……」デュエルの呟きに、コハルが小さく悲鳴を上げた。

変なところで切れちゃうんですが、「月天使~」をちょっと間お休み致します。

体調もあるんですが(泣)全く別のお話を急遽、書きます。

もちろん中身はファンタジーですっ。

どんなシロモノに仕上がるのかは・・・いまのところ、不明(汗)

けど、よろしければ、そちらもぜひお読みくださいっ

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