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53.ジャララバ

 逃げられたら面倒だと、和哉達は休憩も削って砦へ向かった。

 到着したのは、多分夜中の2時頃だ。

 アルベルト卿の懐中時計と、遠く微かに神殿の鐘の音が聞こえた。


 時計は、貴族以上もしくは大商人でなければ所持していない。

 今はこの大陸には居ない、ドワーフの亜種でレプラカンという種族が、歯車や細かな精密機械を製作するのが得意だったそうだ。


 時計がない一般人は、地球でも古代には行っていた、天体の動きを使用する、と和哉は、以前カタリナに教授された。

 季節と天候によって多少変わるものの、この世界では、地球で言う北極星の位置にある白星と、二つの月を基準に、時を測るのだそうだ。

 今は赤い月が白星から右に25度ほど離れており、黄色い月が左に130度離れているので、午前2時、ということになる。


 地球と違い、大きな満ち欠けの無い小さな2つの月は、さほど強くは無いがほんのりと淡い光を下界へ投げ掛けている。

 黄色と赤の薄明かりの中、鬱蒼と茂る木立を切り取る形で、ロー族の砦が見えていた。

 天然の岩をくり抜いて作ったのであろう幾つもの尖塔と、土台固めと足場の役を果たす、ごつい焼煉瓦の壁面。

 一部は崩れ、一部は頑強に岩に張り付き、モンスターより奇怪な姿になっている。


「うっわー。夜中に見ると、古代の砦って3倍増しにホラーだっ」ロバート以外には分からないと思いながらも、和哉は叫ばずにいられなかった。


 カタリナが、明かり用の火の玉を数個創り出す。

 半分本気で身震いしつつ馬車から下りた和哉に、ジンがすぐさまモンスター避けの粉を掛ける。


「……効くとは思えないけど」


「それって、俺のアビリティが強くなってるって話?」


 ジンがこっくりと頷く。と同時に、草地と岩山の境から四足歩行の大きなモンスターが飛び出して来た。


「ヘル・ブル レベル1600。特技・突進と雷撃」ジンが感情の無い機械音のように説明する。


 ヘル・ブルは、見た目はヘラジカである。地球のヘラジカと違うのは、大きな二つの角の間に、スタンガンのような青い電流が常に流れている。

 よく見ると、深い毛皮のそこここにも、細かな稲妻が走っていた。


「風魔法系のモンスターか。厄介だな」


 カタリナの明りに浮かぶ、赤い目をした、いかにも狂暴という風情の大柄なモンスターに、ちっ、とルースが舌打ちする。


「ヘル・ブルだけじゃねえな。――岩場の上に、フライスネークがいる。それも、1匹2匹じゃねえ」


 デュエルが、背の金色のバトルアックスを抜いた。


「全く……。これじゃ砦に入るまでに、どれくらい掛かるってのだわさ」


「フライスネークって……、飛ぶ蛇ってことか?」和哉の質問に、ジンは「クライスネーク、とも呼ばれている」と素っ気なく答えた。


 ――鳴く、蛇?


 頭に浮かんだ疑問は、すぐに解決された。猫や犬のような家畜とも違う、甲高い耳障りな声が、岩場の方から聞こえて来た。

 デュエルが言った通り、それも2、3匹のものではない。20匹は居る。

 モンスターの声は、人間の恐怖を煽る。耳をつんざくフライスネークの泣き声に被さって、ヘル・ブルの、地獄の底から湧いてくるような、重低音の咆哮が始まる。


「うへえっ。何度聞いても好きになれないぜっ」人より聴覚も鋭い亜人のデュエルは、ボサボサの金髪に埋まっている、先が尖った耳を両手で覆った。


 和哉も、かなり戦意が凹んだ。恐怖、とは違うが、敵と対面する気力が萎える。

 コハルもルースも、カタリナの明りの下で、厳しい表情をしている。

 モンスターだからなのか、アルベルト卿は涼しい顔をしていた。


「どちらが先につっかけてくるか、だな」


「フライスネークだろう」と、こちらもいつもの無表情を崩さないジンが答えた。


「ただ、どちらも魔法が効かない」


 ジンの言葉通り、フライスネークが一斉に岩場から飛び立った。

 初めは黒く見えたその姿は、明かりを浴びると、オレンジ色の胴体に青い翼を生やしているのが分かった。

 長さは約2m。


「結構でかいなっ!!」


 急降下して来た1匹を、ロバートはバスタードソードで撥ね上げた。


「おまけに、硬えっ!!」


「尻尾に毒があんぞっ!! 胴体を斬ったら、尻尾は避けなきゃヤバいっ」


 デュエルは、金色のバトルアックスで、一度地面に着き再び急上昇して来た1匹の頭を叩き割った。

 頭が無くなったことで、胴体が弧を描く。そこだけ僅かに黒い細い尻尾が、デュエルの目を狙って飛んで来た。


「うおっとっ!!」動体視力のいいワ―タイガーは、身体を捻って毒針を避けた。


 きりがない程飛んで来るフライスネークを、ジンはミスリル鞭を最大まで伸ばし、こちらに近付く前に切り刻んでいた。

 上下左右に蠢くミスリル鞭は、蛇よりよっぽど蛇っぽい。細く強靭な刃の特性で、フライスネークの硬い鱗の間に刃が滑り込み、容易く巻き斬れる。

 ジンの鞭が岩場近くで半分ほどを叩き落とし、残りをアルベルト卿とデュエルが片付ける。


 しかし、フライスネークにかまけている間に、ヘル・ブルが群れになって岩場から駆け降りて来た。


「うっわっ!! こっちも大群じゃんよっ!?」


「紛れもなく硬そうだぞこりゃっ!!」


 真っ直ぐに突っ込んで来られた和哉とロバートが、青い稲妻を纏うシカのバケモノの足を狙う。

 自分達の足場も暗闇で安定しないが、そんなことを言ってる場合じゃない。

 左右に分かれた和哉とロバートは、1頭目の前足をそれぞれ剣で斬り付けた。

 アマノハバキリは、見事にヘル・ブルの足を斬り飛ばす。

 ロバートのバスタードソードも、骨の半分ほどを叩き折った。

 稲妻を巻いた巨体が、どうっ!! と前へ崩れる。

 と、次に来ていた1頭も、巻き込まれて倒れた。


 和哉は2頭目の背に飛び乗ると、跳躍して来る3頭目の首を、腰を低くして斜め左下から斬り上げた。

 ヘル・ブルの、電流の走る角が付いた頭部が、流れ星のように暗闇に高く飛んだ。


「おおっ!!」まだ息のあった2頭目の首を突いたアルベルト卿が、感嘆の声を上げた。


「腕を上げたなカズヤ――。ととっ!!」


 倒れた三頭目の巨体を右から回り込むように避け、四頭目が突っ込んで来た。

 アルベルト卿の真正面に来たヘル・ブルは、大きな角を下げて猛突進して来る。

 アルベルト卿は、何故かロングソードを仕舞うと、己の頭上すれすれを飛んで来たフライスネークを1匹、片手で鷲掴みにした。

 蛇の胴体は女性の腕程の太さがある。青い翼をばたつかせ、尻尾の針でアルベルト卿を刺そうとするフライスネークを、卿はヘル・ブル目掛けて投げ付けた。

 ヘル・ブルの2本の角の間に丁度投げ込まれたフライスネークが、激しい放電で麻痺し、丸焼けになる。

 ヘル・ブルのほうも、予期せぬ物体が角に巻き付き、慌てて頭を上げた。

 

 その行動を待っていたガストルが、バスタードソードでヘル・ブルの首を叩き斬った。


「おー、お見事」ロバートが感心して手を叩いた。


 それに対し、ガストルは眉1つ動かさず、髭面を下げた。


「蛇とシカのバケモノはこれぐらいだな」と、デュエルが、ヘル・ブルの角を片端からへし折りつつ言った。


「ヘル・ブルの角は材料か?」とロバート。


「道具屋へ持って行きゃあ、大変な高値で売れる。……あ、フライスネークはほとんど価値がねえけど」


 ワ―タイガーのバカ力でモンスターの角を取り終えたデュエルは、ロバートに頼んで持ち物倉庫へ放り込んでもらう。

 その間に、和哉とアルベルト卿、ジンは、カタリナの明りを先導させて砦の入口を目指した。


 岩場から砦の入口までの坂道は、幅が2m、距離は僅かに500mあまり。その間に現れたモンスターは、全て人間と同じ大きさのゴーレムだった。

 砦の壁から浮き出るように次々現れるゴーレムのレベルは800。見掛けよりやや強い。

 だがアルベルト卿と和哉は、危なげなくほぼ1撃で屠って行く。


 ゴーレムは、壊されると駆動のための宝石が取れる。大体がクリスタルだが、中にはガーネットや瑪瑙のような珍しい石もある。

 2人が倒して崩れたゴーレムから、後に続く仲間達が石を拾って歩いた。


「全然、めんどーがなくてラクだぜ」

 ご機嫌な顔で、デュエルが最後の1体の残骸を焼煉瓦の坂から下へ蹴り落とす。


 カタリナの火の玉は、閉ざされた黒い大扉の前で止まった。

 扉の大きさは、南レリーアの冒険者協会のものほどある。

 ふと、ジンがいつもより低い声で呟いた。


「気配が、ない……?」


 和哉は、ジンの言葉を、これ以上モンスターは居ない、という意味に取った。

 その気持が、油断を生んだ。


「鍵掛かってる?」何の飾りもない黒い木の扉に、和哉は、つい油断して手を触れてしまった。


『冒険者の心得として。

初めての場所での扉や通路は、予め罠があるとして、容易に触らない』


 アルベルト卿が止める間もない。

 見事に罠に嵌った和哉は、扉の中へと強制的に吸い込まれた。


「うおわっ!?」腕から胸、腰、と、扉が容赦なく和哉の身体を、まるで掃除機のように吸い込む。


「カズヤっ!!」ジンの切迫した声に、焦って振り返る。


 和哉の外套の襟を掴もうと伸びて来る、ブロンズの細い腕が見えた。

 が、見掛けによらず強いアンドロイド姫の握力を持ってしても、和哉を捕まえることは出来なかった。

 ジンに外套の襟を再び破られたまま、和哉は真っ暗な、見知らぬ世界へと連れ去られた。


 ******


 神官戦士のジンにすら捕まえることの出来なかった強力な魔術の掛かった扉に吸い込まれた直後。

 和哉は足元が急に無くなったのを感じた。


「うっ……、わああっ!!」


 手足をばたつかせ、暗闇を落ちる恐怖を味わう。

 どれくらい落ち続けたのかは分からない。もうだめだ、このままでは下の床に激突する、と思った時。

 落下が止まった。

 身体が地面に着いたのではない、落下の途中で強制的に止められたのだ。


 墜落死を半ば覚悟していた和哉は、理由は分からないが一時的にせよ止めてくれたことに、ほっとする。

 モンスターとの戦いで掻いた汗と、死の恐怖での冷や汗が、鎧の中をぐっしょりと濡らしている。

 いささかの余裕が出来たせいか、汗の気持悪さを感じた。が、腹這いでの宙ぶらりんの格好では、まだまだ油断は禁物だった。

 両手を、そっと伸ばしてみる。壁か何かに触れれば、ここが何処なのかのヒントになると思ったのだが、生憎と、指先は何にも触れなかった。

 周囲は、相変わらずの、闇。

 砦の中なのか、はたまた別世界なのか、それすらも判然としない中で、和哉は、別の意味での恐怖の汗がじわり、と首筋を伝うのを感じた。

 その時だった。

 

「待っていた……。ついに、現れた」


 闇の中から声がした。

 甲高い、子供のような声。

 と同時に、和哉の周囲がぱあっ、と明るくなった。

 闇に慣れた目に突然の光は眩しく、和哉は瞬間、目を閉じる。ややあってそっと開けると。

 そこは、テルルのロッテルハイム邸の客間とそっくりな場所だった。


「……え?」驚く和哉の身体は、ゆっくりと反転し、焦げ茶のソファの上に下ろされた。


 ――どうなってるんだ?


 考えられるのは、移動魔法でテルルへ飛ばされたのでは、ということだ。

 が、和哉の推測は、即座に否定された。


「君は、ここがロッテルハイム子爵邸と、認識しているようだね。でも、ここは子爵邸ではないよ。――もっと言えば、何処でもない。訪れた人間の思い描いた通りの場所になる、異空間だ」


 子供の声は、楽しそうにそう、説明した。

 突然釣り込まれたという状況からしても、この異空間は、子供の声の主が創り出したのだろう。

 と、いうことは、相手の要求を聞かない限り、和哉には元の場所へ戻る術は無いに等しい、ということだ。


「察しがいいね」子供が言った。


「俺に、何をさせる積りだ?」和哉は、腹を決めて尋ねる。


「アマノハバキリを、私に返してくれればいい」


 ソファの前に薄い煙が現れる。煙は見る間に人型となった。

 痩せた、背の高い男だった。

 頭からすっぽりと、ディビル教の信徒が身に纏う灰色の外套を着けている。

 両腕には、金色の布に包まれた仔犬程の何かを、大事そうに抱えていた。


「あんたは――」和哉は、痩身の男に尋ねようとした。


 が、答えは、男の腕の中のものから、返って来た。


「我が祖先ディビルが得た、真竜(リアディウス)の力。それさえあれば、我らはディビルの導く故郷の楽園に戻れる」


 和哉はようやく気が付いた。

 長身の男は、マリオネット・ゾンビだ。そして男を操っている、赤ん坊のような存在こそが――


「気が付いたようだね、ヤマダ・カズヤくん。私が、ジャララバだよ」


 和哉は、驚愕に息を飲んだ。

 50年前。

 サーベイヤ王弟ルドルフ卿を唆し、オオミジマのイチヤナギ家からアマノハバキリを強奪させた、ジャララバ。

 多くのアンデッドやゾンビ、死せるモンスターを操りサーベイヤを混乱させた張本人。


 そんな人物が、どうして赤ん坊なのか?


「不思議かね?」


 和哉の思考は、全て読まれている。ジャララバは死霊使いであると同時に、どうやら優れた魔法使いでもあるらしい。

 相手に心を読ませない、などという器用な芸は出来ない和哉は、どうせ思考を読まれるならと、思い切り声に出して言った。


「あんた、不死者じゃないのか?」


「残念ながら、私は完全な不死者ではない。意思と記憶は途絶えないが、時が来ると身体は滅する。従って、古い身体が滅する前に、新しい身体に乗り移るのだ」


「……自分を、アンデッドにはしないんだ?」


 和哉の質問に、ジャララバは赤ん坊には似つかわしくない、下卑た笑い声を上げた。


「分かっていないようだな、カズヤくん? アンデッドは、長い時間(とき)を過ごすには都合のよい身体だが、強い意思を保ったり、正の魔力を操るには不都合な身体なのだ。――アマノハバキリを剣の封印から解く術は、正の魔法。アンデッドとなっては使えなのだよ」


「ちょっと待て」和哉は、ジャララバの話の中に重要な点があるのに気が付いた。


「アマノハバキリを、剣の封印から解く?」


 古代、尋常でない魔力を有したオオミジマの魔術師が、何かの都合で真竜をアマノハバキリという剣に封じた。

 しかし、今はその古代呪法は途絶え、アマノハバキリを解放する術はない、と、剣の本体――青竜本人から聞いた。


 それを、ジャララバが簡単に解くと?


 ――きっぱり、信じられない。


 和哉は、マリオネット・ゾンビに抱かれた赤ん坊を睨付けた。


「ハンパねえ魔力持ってないと、解けないって話だぞ? あんたにそれが出来るってのか?」


「伊達に転生を繰り返しているわけじゃあないよ」ジャララバは、自信たっぷりに言った。


「古の魔術師の呪は、この50年の間にオオミジマでゆっくり研究させてもらった。アマノハバキリが元の姿に戻りさえすれば、我らが積年の想いは、必ずや叶う。――みるがいい」


 ジャララバの背後に、また薄い煙が現れた。

 煙は、ジャララバの時よりやや多い。

 現れたのは、3人。

 二人は、マリオネット・ゾンビだ。しかし、その痩躯の男達に挟まれ、抱えられていたのは。


「……モチヅキ・ノブト?」


 ナリディアが10年間、行方を捜していた人物だった。

やっぱり和哉はどっか抜けてます・・・

ジンちゃん、これじゃ目が離せない

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