52.ロー族の砦
南レリーアからサーベイヤ山地のロー族の砦跡までは、徒歩で3日。
無論、アルベルト卿の馬車を使い、和哉達は1日半の道程を取る、積りでいる。
「ロー族の砦も、10年ほど前までは冒険者達の格好の探検場所でした。結構強いアンデッド・モンスターが徘徊していたので。ですが、ある時からふっつりとモンスターの姿が消えたため、冒険者達は、次第に砦には行かなくなりました」
翌々日。ロー族の砦に行きたい、と和哉達が冒険者協会に申請に行った時。
デレク会長自らが、砦の現状を話してくれた。
「どうしてモンスターが消えたのか? 幾度か正騎士団と、協会で募集した傭兵団とで探索をしたのですが、手掛かりらしきものは何も無く、理由は現在まで謎のままです」
「大半のモンスターがアンデッドであったのなら、あるいは死人使い共の手駒にされてしまったやもしれんな」
苦々しい表情で言ったアルベルト卿に、デレク会長は少し驚いたように太い眉を上げた。
「死人使い、というと、過去に伝え聞いた、ディビル教という怪しげな教団の連中ですか?」
「さすがは、かつて『疾風のデレク』と二つ名を持っていた傭兵である。ディビル教のこともご存じであったか」
アルベルト卿の賛辞に、デレク会長は苦笑いを零した。
「いや。私などあの頃はまだ駆け出しで。列強の戦士や正騎士などから、ほんの少し、ルドルフ卿のお話を聞いただけです。……しかし、ルドルフ卿の失脚と共に、ディビル教団も壊滅したと思っていたのですが」
「あの教団の教主は、不死者だそうな」
アルベルト卿の話に、デレク会長だけでなく、和哉も「えっ!?」と声を上げてしまった。
「不死なんて……。出来るんすか?」和哉の問いに答えたのは、ジンだった。
「死者を操る特殊な術を使う連中だから。多分、自らに復活の邪術でも用いているんじゃないかな」
「神聖魔法にも、蘇生の術があるだろう? それと、ディビル教の復活の術とどこが違うんだ?」
ロバートの素朴な質問は、和哉の疑問でもあった。
ジンは、いつもの無表情でロバートを見詰める。
「神聖魔法は、御使い様の御力をお借りして、聖なる魔力で全てを成す。けど死人使い達の使用する術は、死者がモンスターに堕す負の力を吸収して発動している。言い換えれば、神聖魔法が白い魔力、死人使いのは黒い魔力」
「んじゃ、あたしら普通の魔法使いが使う魔力は、何だえ?」カタリナが、つい、とジンに顔を寄せた。
ジンは微動だにせずに一言。
「透明な魔力」
「はあ?」カタリナが、素っ頓狂な声を出した。
「それってどういう――」
「まあまあ。魔法の根幹に関する話は、ここでやれば長くなろう。それより、ロー族の砦に巣食っているという、死人使い達の件だ」
アルベルト卿が、話を引き戻した。
「私としては、因縁のある相手である故、出来ればこの辺りで決着をつけたいが。カズヤ達の意見もあろうし、何より、砦への出入り許可がどうなっているかなのだ」
「誰も居ないんだろ?」とルース。
先刻のデレク会長の話なら、砦はモンスターはおろか、全くの無人だ。
「居ないものを、どうやって見付けだすんだ?」
「その辺りの調べは付いてるんだろ? アルベルトの旦那」
ロバートの質問にに、アルベルト卿は「然り」と頷いた。
「君らがレス湖に行っている最中に、済ませてある。正騎士や傭兵が探索に入った際に姿を現さなかったのは、奴らが現戦力を削られるのをよしとしなかったからだ。
あちらの術者は10名ほど。その中に、ジャララバと名乗る教主も居るようだ。他に、楯となるアンデッド・モンスターが100体」
「ひ、100っ!?」和哉は、驚いて声が裏返ってしまった。
マランバルのロッテルハイム邸でガートルード卿と遭遇したのを思い出すと、あのクラスのアンデッド・ウォーリア―が100の中に10でも混ざっていたら、とてもじゃないが和哉達だけでは手に余る。
「無理っすよアルベルト卿っ。100体のアンデッド・ウォーリア―相手じゃ……」
「カズヤの心配は、私やガートルードクラスのアンデッド・ウォーリア―が居るのでは、という点であろう。――幸いかな、それは無い」
「どうして、そういうのが居ないって分かるんすか?」
恐らく、アルベルト卿は『同族』から情報を得たのだろうが、だからといってその『同族』が本当のことを知らせているのかどうか?
不審が、顔に出ていたのだろう。アルベルト卿はくすっ、と笑んだ。
「ガートルードほどの腕の立つ正騎士は、名だたる剣豪傭兵の中でも片手に入るほどしかおらぬ。現在のカズヤならば、ガートルードにも勝るであろうが」
それは、どうかなあ、と和哉が自身を訝しんだ時。
「カズヤのレベルは、現在1020。クラス上級上剣士。あと少しでクラス特級下剣士になる」
「すっげえ」ジンの告げた和哉のレベルに、ロバートがヒューっ、と口笛を吹いた。
自分でも、そんなに上がってたのは知らなかったので、和哉はあんぐり口を開けてしまう。
が、すぐに正気に戻った。
「そういや、気になってたんだけど」和哉はジンに訊いた。
「俺らのレベルって、HPには関係ないよな? でも、モンスターの場合、レベルがそのままHPになってる気がするんだけど?」
「純粋なモンスターは、生まれた時から成長した時のHPが決まっている。人間のように職業は無い。だから、複雑なレベル配分が無い代わりにレベル即HPに換算される」
「へー」と感心した体を装いながら、和哉は、それってナリディア達宇宙空間管理システムエンジニアの、いわば手抜きなんじゃないのか? と疑った。
和哉の感想が分かったのか、ジンが「御使い様は、面倒がお嫌い」と、絶対落としてる答えを返した。
「また話が脱線してるぞ」ルースが眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。
「で? ロー族の砦には誰が行くんだ? そんな面倒臭そうな場所へは、悪いけど今度は暇つぶしじゃ行かないよ」
「さる方へルース達傭兵騎士団の処遇についてお話したところ、期せずして、ディビル教に復活の動きがあるというのをその方もお聞き及びになられており、懸念なさっていらした。
ディビル教はサーベイヤの混乱の元。火種の小さいうちに消せるのならば、そうしたいと。で、ルース達には準騎士として、その方の命で私達と行動するように、と正騎士団長から書状を頂いた」
ジンはルースに向き直ると、肩掛け袋から巻いた羊皮紙を取り出す。
「そういうことなら、もっと早く言えよ」ルースは、文句を言いながらも、丁寧に紙を広げる。
書状を見た途端、ルースは茶色の目を大きく見開いた。
「……グレイレッド、王弟殿下、直々だとっ!?」
ジンはこっくりと頷くと、「ここだけの話ってことで」と、ブラスの瞳をひた、とルースに据えた。
「『王家の耳目』が動いている、ということですな……」デレク会長の言葉に、ジンが頷く。
何のことかな? と首を傾げた和哉に説明するように、ジンは言った。
「王族には、様々な諜報網がある。表立っては正騎士団がそうだが、それ以外の組織も、サーベイヤ王家に情報をもたらしている」
「権力の頂点に近ければ近いほど、闇の補佐は重要になる」アルベルト卿が補足する。
「――それはまたの話として。今回の砦行きには、会長、済まぬがデュエルを借り受けたいのだが」
「わかりました」と、デレク会長は書生に、デュエルを呼びにやらせた。
******
各々の装備一式の点検と、食料その他の調達に1日費やし、レス湖帰還から4日目の朝、和哉達はロー族の砦へと出発した。
相変わらずモンスターの急襲を避けるため、和哉は馬車の一番奥に転がっていた。
昨日。旅支度の慌ただしい中、ルースとガストルは和哉に頼み、神殿の墓地へ行き、寝袋に入れていたタイスの遺体を安置した。
御使いの御元への導きの呪文を読み上げたのは、ジンだった。
神殿には神官もいたのだが、ジンのほうが位が上ということで、ジンに任された。
「お偉いさんの出だとは思ってたけど、本物の王族だったとはね」
タイスの葬儀を終え墓地から出た時。
ルースは先に階段を上がるジンの、ステンレスシルバーの髪を見ながらぽつり、と言った。
「他言無用、って、最初に言った筈だけど?」振り返らずに言うジンの声は、ルースの更に下を上る和哉の耳にも冷たく聞こえる。
「分かってるって。――ったく、飛んでもない御仁と拘わっちまって、あたしゃついてるんだか、ついてないんだか」
「ついてるんだろう」墓地でずっと黙っていたガストルが、言った。
「余計なことさえ言わなければ、このまま暫くはサーベイヤで食っていける」
「……確かに、ね」
そのあと、ルースが、タイスは本当にバカだった、と小さく言った言葉を、和哉は揺れる馬車の中で思い返していた。
バカかどうかは別にして、タイスは、悲しい人間だったと和哉は思う。
確かに、鋼鉄巨人は強かった。でも、最後まで立ち向かうにしろ敗走を決めるにしろ、仲間を信じて動かなければ、迷宮では命取りだ。
1人でどうにかなると、本気で思ったのだろうか?
「今となっては、聞けないけど、ね」呟いて、自分の爪を見詰めていた和哉に、コハルが「どうなさいました?」と声を掛けて来た。
「いや……」短く答えた和哉に、コハルは「そうですか……」と、溜息をついた。
忍者娘の溜息に、和哉は少し同情した。
ここのところ戦闘続きで、鍛えているとはいえ、コハルも多少は疲れているだろう。
それに、便りの途絶えた兄のことも、ずっと気掛かりなはずだ。
「そうだっ、もしかしたら、ロー族の砦にコハルのお兄さん、居るかもしれないな」
励ますつもりで言った和哉だったが、逆にコハルの不安を煽ってしまったのに、すぐに気が付いた。
愛らしい顔をやや曇らせて、コハルは俯く。
「アンデッドに……、なっているやも、ということですよね」
「ちっ!! 違うってっ!!」和哉は自分の発言が不用意だったのに慌てる。
「いやそのっ。だからきっと、囚われてるかなにかで――」言い掛けた和哉の身体が、馬車の急ブレーキで前へとつんのめる。
コハルに抱き付く格好になり、そのまま二人共床に倒れた。
コハルの、体つきの割に大きな胸が、和哉の胸にもろにくっつく。
よりによっての体制に、コハルの桃色の頬がみるみる赤く染まる。
「おーや、こんなところでサカるんじゃないえ?」カタリナが強烈な冗談を飛ばしてくれた。
「ばっ……!! そんなんじゃないってばっ!!」
これまでで一番早く飛び起きたのでは、と思う程、和哉は素早く上体を起こした。
御者台のデュエルから、緊迫した声が掛かった。
「出て来たぜっ!! やっこさんら、砦で俺らを待ってられなかったみたいだっ!!」
和哉は急いで窓から外を覗いた。
高木が、鬱蒼と夏の若葉を伸ばす森の一本道の真ん中に、それらは居た。
骨まで透き通って見える、3体の竜。
「アンデッド・ドラゴン。緑色ということは、風の特性か」
アルベルト卿が、ロングソードを抜きつつ馬車を降りる。ロバートも、馬車を飛び降りるや、剣帯からバスタードソードを引き抜いた。
「近くに術者がいるはず。そっちを片付ければ戦いが短くて済む」
デュエル、と訊いたジンに、だが鼻の利くワ―タイガーは首を振った。
「ダメだっ!! 近くにロゼラウムの香木がある。奴ら、香木のにおいで死臭を上手く隠してやがるっ」
「だから、ここってわけかっ」
ルースも、ロングソードを手に外へと出た。
「面倒臭いんだわさね」カタリナはショール肩に巻き直し、ヒールの音も高く馬車を降りる。
和哉の仲間達がどう戦うかやり取りしている間にも、アンデッド・グリーンドラゴン3体は、こちらの隙を窺い続けている。
ふと、和哉はどうしてすぐに攻撃してこないのか、と疑問を持った。
風の特性があるならば、雷を呼び、馬車など一撃で木端に出来るだろう。
アンデッド・ホワイトドラゴンのブランシュは1体で、猛烈な吹雪で石巨人を氷漬けにした。
3体も居れば、風と雷で和哉達のパーティなど簡単にけりがつくはずだ。
それをやって来ないのは――
「アルベルト卿っ」和哉は窓外のアンデッド・ウォーリア―を呼んだ。
「こいつら、もしかしたらイリュージョンかもしれない」
「なにっ!?」
「ディビル教の連中は、何かの都合で、俺らをここに足止めしたいんだ。けど、戦力は極力失いたくない。だから……」
和哉の説明が終わらぬうちに、ジンがミスリル鞭をドラゴンに向かって飛ばした。
神聖魔法の加護の掛かったジンの武器には、弱い邪気なら消し去る能力がある。
案の定、アンデッド・グリーンドラゴンは、ジンの鞭の一撃で煙のように掻き消えた。
「カズヤの申した通りであったな」アルベルト卿が唸る。
「……何か、嫌な予感がする」
ジンは、アンデッド・ドラゴンの居た場所を調べ始めた。デュエルも近付いて地面に顔をくっつけた。
「あ、やっぱりだぜ」デュエルは顔を上げると、和哉達を手招きする。
「ここ。古いドラゴンの骨があるぜ」
ロバートが、剣先で地面を差した。かちん、と、硬いものに当たった音がする。
デュエルが、にょっきり両手の爪を出し、シャベル代りに掘る。
1、2分もしないうちに、一本の茶色い骨が出て来た。
「これが、さっきのドラゴンの正体かい?」ルースの問いに、アルベルト卿が「どうやら」と答えた。
「砦にあったものを、わざわざここへ埋め、警護としたのだろう。ただ、ドラゴンの死んだ年代が古すぎたため、形を作るのがやっとだったようだ」
「ちょっと待って」和哉は、一部が掘り出された骨に触れてみた。
自分には、ドラゴンと会話できる能力がある。
もしかしたら、この古代のドラゴンとも、意思の疎通が可能かもしれない。
和哉は、骨に残っているかもしれないドラゴンの『意思』に呼び掛けてみた。
――あなたは、何時頃のドラゴンですか?
微かな答えが返った。
『1500年前。――リガル海の周囲を取り巻くロゼラウムの森のエルフの王が、我らの一族と相争ったのだ』
――その、戦いは?
『シードル国の魔術師の援軍を得たエルフ族が、我らをこの土地より追い払った。……我らの仲間は現在、未踏の大陸に移った』
和哉は、アンデッド・ドラゴンの話が、少し不自然な気がした。
――エルフって、人間より強いんじゃ、ないんですか?
『ロゼラウムの森のエルフは、その前にカラドアの獣人達に襲われ、数が著しく減っていた。そこで、我らはサーベイヤ山地を根城にすべくロゼラウムの森を襲撃した。……シードル国の魔術師は、正確にはモンスター使いだ。あらゆる種類のモンスターを、幻術に掛けて手駒とする。我らの仲間も、幻術に掛かり、同士討ちとなった』
「なんだって?」しばらく黙って骨を触っていた和哉に、ロバートが尋ねてきた。
「ああ……。うん、このドラゴンは、1500年前のエルフとの戦いで亡くなったらしい。その時、ロゼラウムの森のエルフの王が、シードル国のモンスター使いの魔術師を援軍に要請したみたいだ。そのせいで、ドラゴン達は幻術に掛けられて、同士討ちになっちゃったって」
「なるほど……。もしかしたらシードル国の亜人軍は、その魔術師の魔法系統を継ぐ魔術師達によって編成されていたのか」
険しい表情で、ルースはドラゴンの骨の脇にしゃがむ。
「その後は? ――ああいや。それより現在のことだな。誰が、ドラゴンを呼び起こした?」
和哉は現在の術者について、古の竜の『意思』に問うた。
『竜を統べる者、だと言っておった。最上級の竜、真竜を操り、彼らを信ずる者全てを、楽園に導くものだと』
「……ほざいたな」和哉は、怒りが湧いて来て、つい口走った。
何を聞いたか、大方の察しがついたカタリナやアルベルト卿、ロバートが、苦い顔をする。
――そいつらは、まだロー族の砦にいますか?
和哉の問いに、古の竜は『わからない』と答えた。
『我らに砦への道の守護をさせ、己らは遠出をするようなことを言っていた。もしかすると、まだ数人は残ってやもしれぬ』
「敵は既に砦を出ているかも。でも、まだ留守役が残っている可能性はあるそうだ」
「んじゃ、お留守番をとっ捕まえて、パパとママがどこへお出かけしたのか、聞き出さねえとな」
少々場違いなロバートの軽口に、アルベルト卿とルースが、口の端をやや釣り上げて笑った。
ガートルード卿の《歯》が、役立ってます、和哉^^::




