51.隠し部屋の探索
「……吸い、込ん、じゃっ……、たっ」
和哉は、まさかと思っていた事柄が現実になり、唖然としてその場にへたり込んだ。
背後でガートルード卿の、さも可笑しげに笑う声が聞こえる。
「やはり言った通りだったな。カズヤの《吸引》は、魔法ではない」
「……もう驚きもしないけど、そんなアビリティ持ってんなら、さっきの鉄のバケモノも吸い込んじゃえばよかったんじゃないかっ」
ルースの苦言に、ロバートが「確かになあ」と笑った。
「あれは仕方ないわさ。色々その……、不測の事態ってのがあったしね」
カタリナの言葉に、ルースがちらり、とコハルの陰になっているメルティを睨んだ。
ルースの視線に気が付いたメルティが、済まなさそうに視線を逸らす。
「わあるかったよっ。俺が気が付かなかったんだ、そんでみんなにムリさせちゃって、申し訳なかったって思ってるよっ」
ルースがメルティを無言で責めているのに気付き、和哉はわざと大きな声で謝罪する。
ガートルード卿が、途中参加ながらなんとなく事態を察したらしく、長い脚で滑るようにメルティとコハルの側へと寄った。
「人は誰でも失敗するものだ。一度も失敗しない人間は、成長もしない。自分の力を失敗によって知ることは、とても大事なことだ」
「ガートルード様……」コハルは、ガートルード卿を見上げ頷くと、メルティの肩にそっと手を回した。
メルティが、ガートルード卿を見上げる。
「ありがとう、ございます」
「さて。カズヤが飲んじまったバケモン以外には、もーこっちには何にもねえんだろうな?」
ロバートが、話を違うほうへと持っていく。
ルースとガストルが、そうだった、という顔で、奥の部屋へと入って行った。
ガートルード卿が、それに続く。
和哉も、コハルとロバートの手を借り、奥の部屋へ入った。
石巨人が居た部屋は、手前の部屋と同じく、がらんとして何も無かった。
壁際に腰掛けるように死んでいるタイスの前に、ルースとガストルがしゃがむ。
後ろから見た和哉は、悲惨な光景に言葉を失った。
タイスの身体は、胸と腹が完全に潰れていた。
恐らく石巨人のナックルの一撃を食らったのだろう。殴られて、壁に押し付けられた時に後頭部も強打したらしく、白髪がべったりと赤く染まっている。
鎧は裂け、腹部から左右に内臓がはみ出ている。
今回が初めてのダンジョンアタックとなったメルティが、うっ、と唸って口を抑えた。
「へそ曲がりで、口の悪いヤツだったけど……」ルースは、ぽつりと言い、立ち上がった。
「ここへ死体を置いて行ったら、あんたみたいになっちまうかい?」
振り返らないまま問うルースに、ガートルード卿は、「恐らく、な」と、平坦に言った。
「なら、連れて帰って葬ってやりたい。いくら仲間を裏切って勝手をやったヤツでも、長い付き合いだ、御使いの元に行かれずに彷徨ってる姿なんか、見たか無いしな」
「このままでは運べぬな」さすがに百戦錬磨のアンデッド・ウォーリア―。
ガートルード卿は、眉一つ動かさずにタイスの死体を掴んだ。身体を床に横たわらせると、白竜に短く命じた。
「ブランシュ、凍らせろ」
ホワイトドラゴンが、冷気をタイスの死体に吹き付ける。あっという間に冷凍保存が完了する。
「カズヤ、毛布か寝袋は無いか?」
ガートルード卿の意図を察して、和哉は持ち物倉庫から寝袋を出した。
ロバートとガストルが、冷凍のタイスを寝袋に押し込んだ。
きっちり中まで入れると、和哉は、ロバートに頼んで寝袋を持ち物倉庫に放り込んだ。
無限大の広さを持つ持ち物倉庫は、異次元空間だ。ものが腐ったり、氷が解けたりはしない。
「さて。タイスの件はこれでいいとして」と、ロバートがくるり、と部屋を見回した。
「あんなバケモンが居たんだ、ここに何か無かったらおかしいんじゃねえか?」
「……そもそも、レス湖は初心者でもかなり安全な迷宮だって、南レリーア冒険者協会も保障してるんだよな? それが、どうしてあんな途轍もない強い敵が居たんだ?」
ルースは、デレク会長の養女であるメルティに尋ねた。
メルティは「分かりません」と、弱々しく首を振る。
「私も、父さんからレベルの低いモンスターしか出ないからって言われてて……」
「ってことは、他の冒険者は、あいつらに出会ったことが無いってわけか」ルースが難しい表情をして腕を組む。
「条件を満たさねば出現しない、という代物だったのでないのか?」
ガートルード卿の言葉に、ロバートとカタリナが「あ」と声を上げた。
「もしかして……」
「カズヤのアビリティだわさ」
「《エンカウント100%》かい?」ルースが、じろりと和哉を見る。
「なるほど。それなら頷ける。もしくは、強力な魔法武器を持つ者が入った場合に現れる、とかな」と、ガートルード卿。
「両方、重なっています」コハルがぽそり、と付け足した。
「……どっちにしても、俺が呼び寄せたってわけ?」
事実ではあるが、和哉本人は預かり知らなかったのだから、あんまりやいやい言われたくない。
心外だ、とふくれた和哉に、ルースがひとつ、溜息をついた。
「止めよう。今更詮索したところで、タイスが死んだってのは変わらないんだし。――それより、ロバートの言う通り、あれだけの大物が居たんだから、何かここに隠されていなけりゃおかしいな」
調べようということになり、皆が部屋中に散らばる。
隠し部屋の広さは、和哉の見たところ、通っていた高校の体育館より少し狭い程度だ。
ようやく力が戻った和哉も、コハルに少しだけ介助してもらいつつ、入口近くの壁と床を調べる。
床も壁も、50㎝ほどの正方形の化粧石を埋められている。
和哉とコハルは、パネル状の石を1枚1枚、音に違いが無いか叩いていく。
と。
「ここに仕掛けらしきものがあるな」
右奥の床の1枚を手で軽く押していたガートルード卿が、声を上げた。
「開けられるか?」ロバートが小走りに寄って行く。
「開けられはするが、針が飛び出したり魔法が発動したりと、危険な罠が無いとも限らぬ。――私なら通り抜けて中を調べられるので、やってみよう」
ガートルード卿は、すっ、と腕を床の中に突っ込んだ。
そのまま中へするすると入っていく。
女竜騎士がアンデッド・ウォーリア―だというのは分かっているのだが、こういう場面を見ると、普段はまるで人間体なので、和哉はやはり少し違和感を抱く。
ガートルード卿は、すぐに床面から出て来た。
「大丈夫だ。下は階段になっている。どうやら、ここからこの迷宮の深部に降りられるようだな」
「モンスターは?」ルースの質問に、ガートルード卿は「いや」と首を振った。
「階段には気配は無い。だが、下の階に居るかもしれぬ。今開けて降りるのは、得策ではないな」
「だな」とロバート。
「初心者も居るし、装備もそこまでじゃねえし。開け方だけ覚えて、今日のところは止めといたほうがいいな」
全員が、ロバートに賛成する。
「では」とガートルード卿が、床面を強く押した。
押した部分が一度下へと下がり、ガートルード卿が手を離すとその部分が斜めに持ち上がった。
「プッシュオープン式か」ロバートが、ちょっと驚いたように言い、上がった部分に手を掛けて持ち上げる。
ぎいっ、という、仕掛けが軋む音がして、石パネルは開いた。
カタリナが小さな火の球を、開いたパネルの上へと飛ばした。
「おー。見事な隠し階段だぜ」覗いたロバートが感心した様子で言った。
「多分、全部の段、高価な飾り石に滑り止めをつけてるな。かなり長そうだな。――ガートルード卿は、下までは降りなかったんだろ?」
「ああ。途中の踊り場までは行ったが」
「その先が危ないかもね」和哉の懸念に、ルースとガストルが頷いた。
石のパネルを元に戻し、和哉達は来た道を戻った。
船着き場の手前で、ガートルード卿は「私が居たのでは船頭が不審に思うだろう」と、和哉に召還魔法を解かせた。
「また、お会いしたいですね」コハルはガートルード卿の消えた場所をしばし見詰めて、名残惜しそうに言った。
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レス湖から南レリーアへ戻るとすぐに、和哉達は冒険者協会へと向かった。
古代遺跡の隠し部屋について、デレク会長に報告するために会長室へと入る。
隠し部屋の話を聞いたデレク会長は、早速調査団を入れるように、正騎士団に進言すると言った。
メルティがバーサク状態になったことも伝えると、会長は、「ご迷惑をお掛けして、申し訳ない」と頭を下げた。
「いえ。こっちもあんな魔動力機械が仕掛けられてるなんて知らなかったし。逆にメルティ、さんを、危険な目に会わせちゃってすいません」
和哉が謝ると、デレク会長は「いや、いや」と大きな手を振った。
「メルティの《バーサク》を止めてくれたこと、感謝します。本当ならこの子は死んでいてもおかしくはなかった」
「父さん……」養父の厳しい言葉に、メルティは銀の目を潤ませる。
「冒険者家業とは、そういうものだ。おまえは運が良かったのだ。カズヤさん達のパーティの一員でなかったら、今頃、レス湖でモンスターの餌になっていたかもしれん。自分の命を担保に稼ぐ。それが、冒険者や傭兵だ」
デレク会長がメルティに言った言葉は、和哉にとっても重く響いた。
鋼鉄巨人を倒した後。魔力が切れかかった状態で、カタリナのショールの魔力を借り辛うじてガートルード卿を召還出来たのも、運が良かったからだ。
その話を『巨人の槌亭』へ帰って、アルベルト卿に話したところ。
「確かに、運もあるであろうが、実力が伴っていなければ運は引き込めぬ。切り抜けられたのは、カズヤには、決定的危機を乗り切るだけの実力が備わっている、という証拠だ」
自分では全くそんな自覚が無い和哉は、アルベルト卿の高い評価に却って戸惑った。
「俺、アルベルト卿やガートルード卿ほど、勇気も自信も能力もないけど」
「石巨人なんてバケモン、召還獣にしといて、今更なーに言ってんだってっ」
ロバートがベッドに腰掛けた和哉の頭をぽんぽん、と叩いた。
「それに、腹も座ってた」
いつもは喋らないガストルにまで言われ、和哉は、少しだけなら自分を認めてやってもいいのかな、と思った。
「そういう、ことにしておくよ」
「それはそうと」と、アルベルト卿が話を変えた。
「例の死人使い共なのだが。どうもロー族の遺跡のひとつを根城にしているらしい」
「っていうと、アル・ガンダロット遺跡か?」
身を乗り出すロバートに、アルベルト卿は「いいや」と否定した。
「レス湖の南東、サーベイヤ山地の裾に、ロー族の砦跡がある。どうもそこに居るようだ」
調子が悪くて、更にカメペースに拍車がかかっております。
すみません(汗)
が、書いてますっ
今回は、ちょっとグロい死体が出て来ちゃいました・・・
気持ち悪い方は、飛ばし読みして下さい。




