50.もう1体の強敵
カタリナが、部屋に入る時に発動した明かりの火の玉が、動かなくなった鋼鉄巨人を照らしている。
「……ド迫力」ロバートが、鋼鉄巨人に恐るおそる、という感じで近付く。
「魔法剣を所持していたとはな」
ルースはロングソードを鞘に戻しつつ、渋面を和哉に向けた。
「こんな技が出来るなら、とっとと片付けてくれればいいものを」
「俺、使い方を知らなかったんだよ」和哉は自分の間抜けさを不甲斐無く思いながら、頭を掻いた。
ルースは、「バカか」と鼻を鳴らした。
「まあいいや。――タイスが、奥の扉へ勝手に入っちまった。追っ掛けなきゃ」
ガストル、と、元部下を呼ぶと、ルースは奥の扉へと近付く。
とにかくも、危機は脱した。
アマノハバキリを背の鞘に戻そうとした和哉は、唐突に激しい目眩に襲われた。
景色が回る感覚と脱力感で立っていられなくなり、その場に膝から崩れる。
和哉の異変に気付いたコハルが、駆け寄って来た。
「大丈夫ですかっ!? カズヤさま!?」
コハルの腕に脇を抱えられ、床に刺した剣でようやっと身体を支えた和哉は、肩で息をしながら「大丈夫、じゃない……」と答えた。
「一体どうして……?」和哉は、自身の急変に焦る。
「剣に魔力を取られたんだわさ」カタリナが、まだかったるそうに壁に寄りかかりながら言った。
「魔法使いは、魔力と気力を自分に見合った量、持ち合わせているんだわ。両方が自分なりに釣り合ってりゃ、普通に動ける。けど、魔力が足りなくなると、言ってみりゃあ、天秤の片方のバケツの水が空になって、片側に大きく傾いちまうって状態になる。そうなりゃ戦うのはおろか、動けなくなるんだわさ」
「先程、カズヤさまがアマノハバキリで雷撃を行ったために、剣が魔力を多量に使用したからでしょうか?」
コハルの質問に、カタリナは「多分ね」と答えた。
「どれくらいで……、治る?」息を弾ませながら、和哉はカタリナに訊く。
「『魔力吸収』のアビリティか装備でもありゃ別だけど。しばらく休まないとダメだろうね。大体、1時間ぐらい。その間はどうやったって動けないよ」
「参ったな……」と和哉が零した時。
「タイスっ!!!!」
奥の部屋の扉を開いて中を見たルースが、叫んだ。
「どうしたっ!?」鋼鉄巨人の身体を調べていたロバートが、ルース達の元へ駆け寄る。
何事かと、和哉とコハルもそちらを見た。
ルースの脇から中を見たロバートが、「うげっ!!」と驚きの声を出したあと、和哉を振り返る。
「中、やべえぞっ。タイスが、壁際で潰されてる」ロバートの言葉に、和哉は、全身の血が一挙に引くのを感じた。
「行かないほうがいいわさ」カタリナが、ふらふらと手を振った。
「絶対、さっきのバケモノよりヤバいのが待ってるんだわさ」
「もう、遅いみたいだ」ルースが、大きく扉を開け、ロングソードを構えた。
「カタリナの言った通り。さっきのよりデカいのが、こっちに来るっ!!」
再びバスタードソードを抜いたロバートが、じりじりと下がって来る。
和哉は、まだ麻痺で気絶しているメルティを急いで起こそうと、コハルに頼んで壁際へと連れて行ってもらう。
解けてくれ、と祈りつつ、メルティに麻痺解除の術を掛けた。
既に人型に戻っていたメルティの肩に触れた和哉の掌から、淡い光が溢れ出す。
気が付いたメルティは、ようやく取れた痺れに身体を摩りながら、ゆっくり上体を起こした。
和哉はほっとして、その場に座り込んだ。
「私……。ごめんなさい」済まなさそうに藍色と金髪の混じった、ボブカットの頭を下げる。
「いいって。……それより、奥の部屋にまだ手強そうなヤツが居た。しかもこっちへ来てる」
和哉の言葉に、メルティの表情が硬くなる。
「不味いことに、俺は今、動けない。だから、メルティにも闘って貰わなきゃなんないんだけど……」
「ホントの本気で、動けねえのかっ!?」ロバートが、苛ついた様子で吼えた。
「ヤバいのが進撃して来てんだぜっ!? あんまり速くはねえったって、カズヤがへたばってんじゃ、俺らだけじゃ無理だってっ!!」
「分かってるってっ……!! でも、マジで力が、入らないんだっ」
こんな時ジンが居れば。
和哉は、簡単な迷宮だから、とジンが同行しなかったのを、今更ながら恨んだ。
しかし、嘆いたところでどうしようもない。
打てる手は無いか、考える。
和哉が立ち上がれずにいる間にも、ズシン、ズシン、と、大きな足音が聞こえて来る。
「石巨人だなこいつっ。さっきの鋼鉄のバケモノより、2周りはデカいっ!!」
ルースが、モンスターの外観を教えてくれた。
その言葉で、和哉は閃いた。
――石でも鋼鉄でも、凍らせれば動きは止まるんじゃないのか?
今更だが、先程の鋼鉄巨人も、氷の魔法を使用すればもっと早く倒せたかもしれない。
氷、と言えば、ガートルード卿の相棒のドラゴン、ブランシュだ。
召還魔法にどれ程の魔力が要るのか分からない。だが、自分が動けない以上、自分の代わりになってくれる戦力は、どうあっても必要だ。
「カタリナ、ショールの魔力は満タン?」
カタリナは片眉を上げた。
「ギリギリってとこさね。……貸せっていうのかい?」
頷く和哉に、カタリナはひとつ溜息をついて、「ほら」と、和哉の肩にショールを掛けてくれた。
脱力していた身体が、ほんの少しだけ力を取り戻したように感じる。
いけるかもしれない、と思い、和哉は大きく息を吸い込んだ。
「『召還』!! ガートルード卿、出でよっ!!」
和哉の眼前に、白い霧状のものが現れ、瞬く間に人型に変わった。
肩過ぎまでのプラチナブロンドと、アイスブルーの瞳を持つ美女、ガートルード卿だ。
最初に出会った時の兜は被っていなかったが、白銀の鎧と篭手、脛当ては着けている。
「ようやく私を呼んでくれたな」ガートルード卿は薄く笑む。
相変わらず、セクシーなハスキーボイスだな、と、和哉は状況を暫し忘れて内心でにやける。
ガートルード卿は、和哉と闘った時と同じ、薄刃のバスタードソードを腰の鞘から抜くと、「敵は、あの奥か?」と和哉に尋ねた。
「ああ。結構デカい石の巨人らしい。……俺、動けないんで、悪いけど頼む」
「分かった。――ブランシュ」
ガートルード卿の呼び掛けに、アンデッド・ホワイトドラゴンのブランシュが現れた。
大きなモンスターの気配を察したらしいルースが、こちらを振り返って驚きの声を発する。
「アンデッド・ドラゴンっ!?」
「大丈夫だ。ガートルード卿とブランシュは、カズヤの召還獣だ」
ロバートの説明に、ルースは唸った。
「全く、本当に桁外れだなカズヤはっ。召還魔法なんて、伝説の中の話だと思っていたよっ」
「ならば、伝説に出会えて僥倖だと、思っておいたほうがいいかもしれぬな」
早足で奥の部屋へと向かいながら、ガートルード卿はルースに笑い掛けた。
「私とブランシュが、怪物の足止めをしてみる。上手くすれば、凍りつかせて壊せるかもしれぬ」
ガートルード卿の言葉が終った直後。
石巨人、とルースが評したモンスターが、解放した扉を壊してこちらの部屋へと入って来た。
鋼鉄巨人の1・5倍はありそうな石巨人は、両手に自身の身体と同質の、石製のナックルダスターを装着していた。
幅が広く、指の数に合わせた棘があり、その棘で壁を破壊したものとみられた。
「強化石像だな。魔動力兵器のひとつだろう」ガートルード卿が、厳しい表情をする。
「じゃあ、さっきの鉄のバケモノもこいつも、グルドール公国の兵器かいっ!?」
ルースの推測に、ガートルード卿は、「いや」と首を振った。
「そもそも、グルドール公国の魔動力兵器の元は、古代人の遺跡から発見された魔動力兵器だ。――これは、古代人が遺したものだろう」
「なら、なんだって今頃――」ルースが悪態をつき終わらぬうちに、石巨人の太い腕が殴り掛かって来た。
その場から飛び退いたルースとガートルード卿は、左右に開く。
「行け」と、ガートルード卿は相棒のホワイトドラゴンに命じた。
ブランシュは石巨人の前へと飛翔して回り込むと、大きく口を開け吹雪を吹き付けた。
瞬時にして、石巨人の下半身が凍り付く。
前進が出来なくなった石巨人は、ナックルで己の足に付いた氷を叩き出す。
2、3度叩くと、氷は半分ほど割れて落ちた。
その間に、ガートルード卿は巨人の頭部目掛けて跳躍し、バスタードソードで斬り付ける。
「結構な硬さだ」ガートルード卿は、自分の剣で出来た石巨人の兜の僅かな切れ込みに、顔を顰めた。
主が退いたのを見計らって、ブランシュがまた石巨人に吹雪を浴びせる。
今度は、足を叩いていた右腕を凍らせた。
ガートルード卿に倣い、ロバート、ルース、ガストルも斬り付ける。
だが、いずれも僅かな傷を負わせるだけで、深いダメージは与えられない。
「ふむ」と、ガートルード卿は思案顔になった。
「……カズヤが、そこの鉄の巨人を斬ったのか?」
「どうやった?」と、振り向いたガートルード卿にいきなり訊かれ、和哉は少々慌てる。
「あ、うん……。アマノハバキリの雷撃の魔法で」
「なるほどな」
ガートルード卿は深く頷くと、バスタードソードを剣帯に戻す。
「あんた、もう降参かい?」ルースが声を尖らせる。
「まさか」ガートルード卿は苦笑を返すと、徐に壊れた鋼鉄巨人に近付いた。
なにをする気なのか? と和哉はガートルード卿の動きをじっと見詰める。
と、女竜騎士は、鋼鉄巨人の武器である戦斧を、ひょいと片手で持ち上げた。
「げっ!! なんちゅーバカ力……」
「何か言ったか?」うっかり口を滑らせたロバートを、ガートルード卿が横目で睨む。
ガートルード卿は、戦斧を肩に担ぐと、己を戒めている氷の塊を砕こうと、左腕を振り回している石巨人の前へと立った。
「ブランシュ、吹雪と共に羽ばたけ」
命じられた氷のドラゴンは、三度の猛吹雪を吐きながら、背の翼を大きく羽ばたかせ、更に暴風を作った。
みるみる全身が凍り付いた石巨人は、ドラゴンの起こす風に圧され、成すすべもなく仰向けに倒れる。
迷宮を揺るがす轟音を響かせて仰臥した巨人目掛け、ガートルード卿は戦斧を振り下ろした。
戦斧は石巨人の右の肩の関節部分に当たり、駆動部を粉砕する。
「やったっ!!」
喜ぶロバートに、「まだ早い」と冷たく返し、ガートルード卿は巨人に喰い込んだ戦斧を引き抜く。
その途端。
粉砕された筈の肩の駆動部分から光が溢れ、瞬時に修復された。
「やはりな」ガートルード卿は、渋い顔をした。
「魔動力兵器は、魔力を蓄積している心臓部を破壊しない限り、壊れない。カズヤは鋼鉄巨人を雷撃で斬ったと言ったが、恐らく雷撃が心臓部を破壊したのだろう」
「ってことは、こいつも胴体を真っ二つにしないと壊れねえって話か?」
問うたロバートに、そうだ、とガートルード卿は頷く。
ロバートは「参ったなあ」と、金色の頭を掻いた。
「その、鋼鉄巨人の斧で、こいつが斬れるか?」ルースが剣先で、ガートルード卿の手にある戦斧を指す。
「やってみないと、分からぬな」
ガートルード卿は、凍り付いてなお、起きようともがく石巨人を見詰めながら答えた。
「カズヤがそいつを召還獣にする、っていうのは、どうなんだわさ?」
不意にカタリナが妙な話を持ち出す。和哉はぎょっとして、炎の魔女の顔を見た。
「ムリだってっ!! こんな硬くてデカいの、どうやって吸い込むんだよっ!? 第一、俺今魔力切れで、アビリティなんか使えない――」
「モンスターを吸い込むアビリティを持ってんのかっ!?」
ルースが、和哉の言葉を遮り呆れたという顔で訊く。
カタリナが、にぃっ、笑って「そうだわさ」と、和哉の代わりに答えた。
「以前、アンデッド・ルムブルドラゴンも吸い込んで召還獣にしてるんだわさ。弱ってるモンスターなら、多分吸い込めるはずだわよさ」
「そんなっ、勝手なこと言うなってっ――」
「それは名案かもしれん」ガートルード卿が、プラチナブロンドの髪を掻き上げて、微笑んだ。
「この巨人は、言わば古代人の貴重な遺物。壊してしまうには惜しいものだ。カズヤが召還獣に出来れば、あたら貴重な魔動力機械を壊さなくて済む」
ガートルード卿は、ブランシュに巨人が暴れないよう、もう一度吹雪を吹き付けさせる。
自身は戦斧を放し、和哉のほうへとやって来た。
「モンスターを吸い込むアビリティは、恐らく魔力とは無関係だろう。――試しにやってみるといい」
「けど、どーやってあんなでっかいのをっ!?」
絶対、無理だ。
アンデッド・ルムブルドラゴンの時は、ジンにドラゴンの腹の中に投げ込まれ、言われるままに息を吸ったところ、モンスターを召還獣に出来た。
しかし、今度の相手は中へ入れる代物ではない。
「口をあいつにくっつけて、ぎゅーっ、と吸い込めば入るんじゃねえの?」
ロバートがにやつきながら提案する。
人事だと思って面白がってるな、と、和哉は不貞腐る。
「嫌だってっ」
そっぽを向いた和哉に、コハルが強い口調で言った。
「ここに居る仲間のために、是非、やって下さいっ!!」
こういった場面では終始発言を控えているコハルが、きっ、とした表情で見詰めて来るのに、和哉は驚いた。
コハルにまで言われては、仕方が無い。
「……試すだけ、なら」未だ力が入らない身体をのろのろと動かし、和哉は立ち上がった。
ふらつく和哉の腕を、ガートルード卿が支える。
歩き出した時、反対側の腕を、ルースが掴んだ。
「あんたには全く驚かされっ放しだ。けど、こいつをどうにかしないと、タイスも浮かばれないしな」
和哉は二人の女性に助けられて歩いている自分をちょっと情けないと思いつつ、凍り付いて倒れている石巨人の側へ寄った。
ロバートは、口をくっつけろ、と言ったが、今や氷の塊と化している巨大なモンスターにキスはしたくない。
試しなら掌でもいいか、と考え、冷たい腕に触れる。
ドラゴンを《吸収》した時の感覚を思い出しながら、「吸い込まれろっ!!」と叫ぶ。
次に大きく息を吸い込んだ瞬間。
巨大な石巨人の身体がひしゃげ、見る間に萎むと、和哉の吸気にあっという間に取り込まれた。
また、へんなものを召喚獣にしています、和哉・・・
ガートルード卿も、結構ドSでした(汗)




