49.鋼鉄巨人
《鋼鉄巨人 レベル9800》
「……なにこれっ!?」モンスターレベルを読み取った和哉は、仰天した。
「むっちゃくちゃだなおいっ!!」同じくレベルの見えるロバートが叫ぶ。
「今までにこんなヤツ、ここに出たことあんのかよっ!?」
噛み付かんばかりの勢いで訊くロバートに、カタリナは皺が多少浮いた細い首をぶんぶんと振った。
「聞いたことも見たこともないんだわさっ!! 一体、何がどーして――」
話している間に、鋼鉄巨人の巨大な戦斧が、和哉目掛けて振り下ろされた。
間一髪。横っ跳びに逃れた。が、巨大な割に動きの速いモンスターは、すぐさま次撃を寄越して来た。
横に薙いだ戦斧の刃が、沈めた姿勢の和哉の頭上すれすれを通過する。
和哉は微かだが、ぎぎいっ、という、機械音を聞いた。
「こいつ、ロボットっ!?」
「ロボット」の変換がなされず、そこだけ日本語になってしまったせいで、ルース達がぎょっとした顔で和哉を見る。
辛うじて単語を理解してくれたロバートが、「機械仕掛けのモンスターか、ってことだ」と通訳を入れてくれた。
「魔動力の機械兵器なら、グルドール公国が開発している、聞いたことはあるが……」
のんびり答えるルースに、1人狙われている和哉は、ちょっとムカつく。
「そんな話っ、あとでいいからっ!! こいつをなんとかしてくれって――!!」
言い終わらぬうちに、鋼鉄巨人の戦斧が、今度は下から上へと和哉を襲撃する。
火トカゲのジャンプ力のおかげで、どうにか戦斧を飛び越えた。
「……てか、なんでカズヤばっか狙われてんだ?」ロバートの疑問に、カタリナが、「あたしらの中で、一番レベルが高いからなんじゃないの?」と返す。
「そんな知恵があるようには見えねえけどなあ、あのバケモン」
「魔動力機械なら、敵の魔力やレベルを探知する機能も付いてるんじゃないのかさ?」
4度目の上段からの振り下ろしを床に転がって避けた和哉は、このままではどうしようもない、と、素早く立ち上がり、アマノハバキリを抜く。
が、果たして鋼鉄の塊を斬れるのか?
和哉の疑問を察したように、カタリナが、「鉄なら雷撃だわさね」と、魔法を発動してくれた。
しかし、相手はレベル9800。
サンダーに弱いのは当たっていたが、数秒動きを止めただけで、再び戦斧を大きく振り回し始めた。
「どーにもなんねえなあ?」タイスが、対岸の火事とばかりに呑気に言う。
「機械なら、駆動部分にダメージを与えれば止まるかもっ」メルティが前へ飛び出した。
「あっ、ちょっ――!!」
ロバートが止める間も無い。
三節棍を脇に挟み、和哉と鋼鉄巨人の間に滑り込んだメルティは、振り下ろされた巨人の手首目掛けて三節棍を振った。
びしっ、という鋭い音がして、鋼鉄巨人の腕が止まる。
が、次の瞬間。
鋼鉄巨人の腕が、横薙ぎにメルティを殴った。
「きゃあっ!!」左の壁際まで大きく飛ばされたメルティは、そこでぐったりと動かなくなる。
「メルティっ!!」コハルが壁際に駆けて行った。
鋼鉄巨人は薙いだ戦斧を、今度はルースとガストルのほうへと振った。
「おうわっ!!」ルースは、それでも女か、という太い叫び声を上げて飛び退る。
ガストルは床に転がって避け、バスタードソードを抜いた。
「どうやら、カズヤだけじゃなくって、俺ら全員がターゲットだって、認識し直したみたいだな」
ロバートも剣を抜いた。
「降り掛かった火の粉は、どうにかてめーで払うしかねえしなっ!!」
ロバートがバスタードソードを右斜めに構え、突進を開始する。
和哉も、他に自分に持てる手段が無い以上、仕方ないと割り切り、ロバートの反対側からアマノハバキリで斬り付けた。
ガキィンッ という、金属同士が激しくぶつかる音が、室内に響く。
鋼鉄巨人の膝を狙ったロバートの剣は、だが二重構造の脛当てに阻まれる。
反動で、ロバートの剣が跳ね返るのが見えた。
和哉は、先程メルティが三節棍を当てた手首を狙った。アマノハバキリの刀身は僅かに鋼鉄に喰い込むが、それ以上は斬れない。
「厄介っ!!」払われる前に、和哉は剣を抜いてモンスターから離れる。
直後、どでかい戦斧が和哉の居た場所に振り下ろされた。
床に深い斬り込みを入れた鋼鉄巨人の戦斧を見て、タイスが「ちっ」と舌打ちする。
カタリナがまたサンダーを放った。魔法の稲妻が、和哉がつけた傷跡に直撃し、鋼鉄巨人の動きが止まる。
「上手いっ!! 傷付けた個所にサンダーを当てていきゃ、結構ヤツの体力を削れるかもだぜっ」
喜ぶロバートに、しかしカタリナは渋い顔をした。
「慣れてない風魔法は、魔力の消費が激しいんだわ。あと3回、撃てるかどうかなんだわさ」
「――仕方ないかっ」ルースが、吐き捨てるように言い、ロングソードを構える。
「刻めるだけ刻んで、だめになら退却だな」
「そりゃムリだぜ? 団長」タイスが、入口を親指で指した。
「いつの間にか閉じ込められてるぜ」
「なにぃっ!?」ロバートが驚いて振り返った時。
左側の壁の方から、物凄い勢いで跳躍して来るものがあった。
「ウガアァァァッ!!」
バーサーカーとなったメルティが、モンスターの姿で鋼鉄巨人に飛び掛かる。
ジャンプするメルティを狙って振り回された戦斧の上に、ワーリンクスならではの身軽さで飛び乗ると、メルティは長い爪で鋼鉄巨人の頭部を引っ掻く。
鋼鉄巨人は、戦斧を持っていない左手で頭に爪を喰い込ませたメルティの足を掴み、引き剥がした。
床に振り棄てられたメルティは、猫族らしく、くるりと身を捩り柔らかく着地する。
そのまま2度目の跳躍に入る。今度は右腕に鋭い歯を立てた。
アマノハバキリでも深くは斬れなかった鋼鉄巨人の右腕を、メルティの牙が齧り取る。
が、メルティのほうも無事では済まなかった。
バーサク状態で痛みを感じていないらしいメルティは、牙が折れ、口から血を流してもまだ喰い付きにいく。
「やべえってっ、あれっ!!」ロバートが、メルティをなんとかモンスターから引き剥がそうと前へ出る。
ロバートの動きを察知した鋼鉄巨人が、左手の拳を繰り出してきた。
身体を横向きに逸らし、ロバートは拳の軌道から逃れた。
その間も、メルティは爪が剥がれようが構わず、鋼鉄巨人に攻撃を仕掛けている。
このままでは、メルティが死んでしまう。
和哉は暗示を叫んだ。
「『目覚めよ』っ!!!!」
だが、メルティのバーサク状態は途切れない。
「振り切れちまってるんだわさっ」カタリナが、用心深く鋼鉄巨人との間合いを取りながら言った。
「なんとかなりませんかっ!?」コハルが、悲痛な面持ちで和哉に取りすがる。
コハルの桃のような綺麗な頬には、メルティに引っ掻かれたと思われる傷が数本走っていた。
かなり深く切り裂かれていて、流血もしている。それでも、コハルは自分の傷よりメルティの身体を心配している。
和哉は、仲間思いの忍者娘の頬に触れ、治癒魔法ですぐに傷を塞いでやった。
コハルは、その時初めて、自分が傷を負っていたのに気が付いたようで、はっとした顔で頬に触れた。
和哉がコハルの傷を治している間にも、ルース、ロバート、ガストルが、鋼鉄巨人に攻撃を仕掛けている。
全身血だらけで、それでも鋼鉄巨人に喰い付いているメルティをどうにか引き剥がそうと、ロバートとガストルが攻撃しつつ、隙を見ては腕を伸ばしている。
ロバートの指が、鋼鉄巨人の胴体に喰い付くメルティの背に掛かった。
途端。
メルティはロバートも敵とみなし、血塗れの爪で引っ掻いて来た。
「いってっ!!」ロバートは、結構深く引っ掻かれて手を引っ込める。
その様子を見ていたコハルが、メルティのほうへ走り出そうとする。
「危ないってっ!!」和哉は慌てて、忍者娘の腕を掴んで止めた。
「でも、このままではっ!!」コハルが和哉の手を振り払おうとした時。
鋼鉄巨人の踏ん張った両足の間から、巨人が出現した真後ろの壁の凹み部分に扉があるのが見えた。
あんなところに、と、和哉が驚いた次の瞬間。
何時の間にか鋼鉄巨人の後ろに回り込んでいたタイスが、扉の取っ手に飛び付いた。
「何やってるっ、タイスっ!?」気付いたルースが問い質す。
タイスは扉を押し開くと、くるりと後ろを向いた。
「わりいな団長っ!! 俺は先に抜けさせて貰うわっ。そんなバケモノ、相手してたらこっちの身が持たねえしよっ!!」
「待てっ、タイスっ!!」
ルースが止めるのを無視して、タイスは小馬鹿にしたような笑いを残し、扉の中へと消えた。
振り下ろされる巨大戦斧を避けたロバートが、憤怒の顔で奥の扉を振り返った。
「あんの野郎っ!!」
和哉も、勝手に抜けたタイスを殴りたい気持に駆られた。が、追い掛けようにも鋼鉄巨人が邪魔で、扉まで行きつけない。
それより何より、真っ先にメルティを何とかしなければならない。
――こりゃ、殴るしかないか。
しかし、下手に殴れば殺し兼ねない。
心配そうなコハルの腕を掴んだまま、和哉は逡巡する。
と。
「眠り粉はありますが、使うと他の方にも影響が出ますし……」
コハルの呟きに、和哉ははっとした。
麻痺させればいいのだ。
和哉が触って麻痺をかけ、そのまま気絶したメルティを安全な場所へすぐに運べばいい。
そうと決めた和哉は、皆に聞こえるように言った。
「俺が近付いてメルティを引っ剥がすっ。その間、なんとかバケモンの気を引いててくれっ」
「何をする気だっ!?」ルースが、鋼鉄巨人の左拳を躱しながら訊いて来る。
和哉は「いいからっ」と返して、巨人の胴体から今にも振り落とされそうなメルティに向かって走った。
当然、巨大な戦斧が狙って来る。
和哉は武器の軌道を読み、身体を折って避ける。
「おらおらバケモンっ!! てめーの相手はこっちだってのっ!!」
和哉の意図を察してくれたらしいロバートが、鋼鉄巨人の左踝を叩く。巨人の首がそちらを向いた瞬間。
和哉はモンスターに張り付いていたメルティの背中に触れた。
「麻痺せよっ!!」
叫んだ刹那、掌から何かが出て行く感覚がした。
間を置かず、メルティの身体がぐにゃり、と力を失う。
和哉は素早くメルティを片手で抱えると、鋼鉄巨人から離れる。
寸前、戦斧の刃が和哉の鎧の背を掠めた。戦斧の風圧で、和哉は部屋の入口までメルティと共に転がった。
コハルが飛んで来た。
「よかったっ!! ありがとうございますっ!!」
「メルティを看てて。――とにかく、この状態をどうにかしなきゃ」
メルティに治癒魔法を掛け、コハルに頼む。
カタリナが、ガストルが斬った鋼鉄巨人の左上腕の傷に向けサンダーを放った。
「これでっ……、あたしゃ球切れだわさよっ。あとはあんた達でなんとかしなっ」
カタリナが、疲れ切った様子でメルティ達の側へと来た。
「なんとかしなって言われても」鋼鉄のバケモノは、アマノハバキリの刃でさえ斬れない。
「風魔法は、覚えてないし、俺」
困る和哉の目の前で、ロバートが、鋼鉄巨人の戦斧の一撃をもろに食らった。
右側奥の壁へとすっ飛んだロバートに、和哉は駆け寄る。
思い切り裂けた鎧の肩口へ、片手を当てた。
治癒魔法が発動し、砕けていただろう肩の骨と、傷口が塞がる。
「……助かった、ありがとよ」
「どういたしまして。とっ、またこっちに来やがるっ!!」
和哉達の方へと左拳を振り上げている鋼鉄巨人に、ルースが背後から斬り付けた。
「どこ見てんだデクノボウっ!! 今の相手はあたしだよっ!!」
ルースが牽制してくれている間に、和哉はロバートをカタリナ達のほうへと引っ張った。
「……このままじゃ、埒があかねえ」ロバートの呟きに、カタリナが「ふん」と、考え込むような顔をした。
「カズヤ、あんたの剣、魔法剣なんだろ?」
問われて、和哉は頷く。
「魔法剣、ってか、元は真竜だって……」
「竜なら、雷撃ぐらい使えるだろ? まして、真竜なら」
「え……」それは、考えていなかった。
だが、言われてみればそうだ。
竜は、魔法が使える。ガートルード卿の相棒のブランシュは、氷の魔法を使う竜だった。
召還獣のアンデッド・ルムブルドラゴンは、炎の魔法を使う竜。
普通のレベルの竜でさえ魔法を使うのだ。真竜に出来ない訳はない。
が、剣に化身している真竜に、どうやったら魔法を発動させられるのか?
「確か、50年前ルドルフ卿がアマノハバキリを抜いた時、いきなり雨が降って来た、と、ロッテルハイム邸の過去の使用人の方がおっしゃってましたよね」
コハルの言葉に、和哉はそうだった、と思い出した。
「けど、どうやって雨を降らせたんだ?」方法が思い付かない和哉に、ロバートが、「剣に訊いてみろや」と言った。
和哉はすぐさま意識を集中して、アマノハバキリと交信してみる。
――雷は、使えるのか?
真竜の答えは、是、だった。
『一度わたしを鞘へ戻せ』
和哉は、アマノハバキリに言われた通り、背の鞘に剣を戻す。
ひとつ深呼吸し、剣を再び抜いた。
静かに抜いた刀身には、青い稲妻が幾重にも巻き付いていた。
刀身の稲妻に呼応するかのように、鋼鉄巨人の頭上にも稲光が走る。
アマノハバキリを青眼に構え、和哉はすっ、と立ち上がる。
和哉の殺気を感じたのか、ルースとガストルに向かい合っていた鋼鉄巨人が、和哉のほうへ、ゆっくり向き直った。
その巨大な戦斧が横薙ぎに襲い掛かる。
和哉は戦斧を持つ巨人の腕に斬り付けた。刀身を巻く稲妻が激しく放電し、鋼鉄の腕が斬り落とされる。
と同時に、巨人の頭上の稲妻が、巨人の兜に落ちる。
鋼鉄巨人が、痺れたように動きを止める。
ルース達が驚愕の表情で見詰めている中。
和哉は、鋼鉄巨人の腕を斬り落とした姿勢から、突進し、下段から斜め右方向に刀身を走らせた。
瞬間、鋼鉄巨人の身体が目も眩むほどの稲妻に包まれる。
和哉が剣を引いた時。
鋼鉄巨人の身体は見事に二分され、その場へどうっ、と倒れた。




