46.バーサーカー
宿での夕食後。
アルベルト卿は女性陣も男どもの部屋へ呼んで、デレク会長のメモの内容を話した。
「ちょっ……!! メルティの特殊アビリティが《狂暴化》って? マジかよっ?」
ロバートが仰天した様子で訊き返す。
他の仲間も、特にルース達3人は厳しい表情になった。
前もって渡されていたメモを見ていた和哉は、やはりこの反応は仕方ないな、と思った。
「冗談じゃねえのかよ」ロバートが漏らした言葉に、アルベルト卿は、「会長が手ずから伝言して来たのだ、間違いなかろう」と答えた。
「知っていようが、《バーサク》は厄介なアビリティだ。殊に、メルティ嬢の《バーサク》は、発動条件が予測不可と、書かれている。戦闘に入って、どの程度のダメージを受けた場合にバーサーカーとなるのかは、実戦でないと確認出来ぬ」
狂戦士は、敵味方の見境が無くなる。
ゲームでの知識しか和哉は持っていないが、バーサーカーとなると、通常の2~3倍の戦闘能力を発揮するものもいる。
メルティのレベルが80なので、バーサーカー状態では、240くらいだろう。
そのレベルなら、今の和哉達なら簡単に止められる。が、うっかり力加減を間違えれば、気絶ではなく殺してしまう。
「会長がこっそりデュエルにメモを持たせたってことは、メルティ本人は自分のアビリティを知らないんすよね?」
「だろうな」と、和哉の問いに、アルベルト卿は頷く。
知っていたら、一緒にダンジョンに行きたいなどとは言い出さないだろう。
「だが、冒険者としてダンジョンに挑むのならば、自身の力は知っておかねば危険だ」
「……断りますか?」コハルが聞いた。
「いや。それではメルティ嬢も落胆するだろう。婦女子の涙は、私個人としてはあまり見たくないのでな。――何かよい手立てがあれば」
「バッカ言えっ!!」タイスが怒鳴る。
「そんな危ないヤツと一緒に、ダンジョン入れっかよっ!!」
「元正騎士ともあろう御仁が、どうしてバーサーカーって分かってて同行を許可するのかねぇ」ルースは半ば呆れ顔で、半ば怒りの目付きでアルベルト卿を睨む。
「デレク会長も、悩まれたと思う。その上での決断、依頼であるのなら、受けねばと思ったのだ」
「けど、バーサーカーに効く魔法はねえよな?」ロバートがジンに聞いた。
「ない。もしバーサーカーになったら、麻痺させるか石化させるか。その際、保護呪文を掛けておかなければ、敵に殺される危険がある」
「最初っから殺しておけば問題ねえだろ」タイスの不穏な発言に、ロバートが怒りを露わにした。
「嫌いなのは分かってっけどよっ。てめーそこまで言うかっ!?」
ふん、とタイスがそっぽを向く。
「じゃあ、メルティが一緒ってなったら、ルース達は行かないんだ?」
訊いた和哉に、ルースが難しい顔で束の間、黙る。
「……行くって言っておいて、今更亜人の小娘1人のために止めたってのは、あたしは癪だね」
「同感だ」とガストルも頷いた。
「勝手にしろよ」タイスは椅子の背に寄り掛かり、子供のように反り返る。
と、カタリナが何かを思い出したような表情になり、口を開いた。
「あー……、効くかどうかは分からないんだわさけど、ひとつだけ、発動を抑えるかもな方法があるだわよさ」
「なんすか、それは?」聞いた和哉を、カタリナは真面目な顔で見返して来た。
「暗示、だわさよ」
******
出発は明日早朝だ。
今夜中にメルティの『問題』が解決できれば、と、和哉達はカタリナの案に乗ることにし、冒険者協会へと赴いた。
暗示でメルティの《バーサク》を止める、という提案に、デレク会長はすんなり同意してくれた。
「そうですな。アルベルト卿の仰る通りだ。旅に出すのなら、本人に自分の力を教えておかねば危険だ。しかし知ればショックだろうと黙っていましたが……。長年傭兵をやっていたくせに、いざ自分の娘のこととなると、要らぬ親心が出てしまった。いやはや、お恥ずかしい話です」
デュエルが、自室に居たメルティを会長室へと呼んで来た。
明日一緒にレス湖に向かう予定の仲間が全員そこに居るのに、メルティは不審な顔になる。
「なんなの? 一体」
「おまえに、話しておかなければならないことがあるのだ」会長は、メルティを自分の側へ来るよう、手招きした。
「いいか、心を落ち着かせてよく聞きなさい。メルティ、おまえには《バーサク》という特殊アビリティがある」
聞いた途端。
メルティは一度驚いたように銀の目を見開き、そして、ふうっ、と息を吐いた。
「やっぱり、そうだったの」
「って、知ってたのか? メルティ」デュエルが驚いた声を上げた。
「知ってた、っていうか、父さんやデュエル達が、私について何か隠してるなって、思ってた。――そっか、だから今まで、父さんは私の冒険者登録を許可してくれなかったのね?」
愛娘に問われ、デレク会長は頷く。
「なら、どうして今回は許してくれたの? 私がバーサーカーになるって分かってて?」
「カズヤさん達は、おまえよりはるかに力のあるパーティだ。おまえが前に出てモンスターと戦う機会が少なかろうと踏んで、な」
「でも、当たるモンスターによっては、戦力となって貰わないと困る場合もある」と、ジン。
「そこで、なんですがな」アルベルト卿が、メルティに向かって言った。
「効果があるかは分からないのだが、と、前置きさせていただくが。メルティ嬢、あなたに暗示を掛けさせて頂きたい。もしバーサーカーとなった場合、その暗示によってアビリティが、あるいは解けるやもしれぬので」
「……分かったわ」深く頷いたメルティに、カタリナが近付く。
「じゃ、ソファに深く腰掛けて、身体の力を抜いて」
言われた通りに座ったメルティに目を閉じさせると、カタリナは彼女の隣に腰を下ろす。
片手で軽くメルティの目の上を覆った。
「ゆっくり息を吸って、それから吐いて……」
和哉は、そのやり方から、これは催眠術の1種だな、と推測する。
同じように思ったらしいロバートが、和哉に「催眠術だ」と小声で耳打ちして来た。
催眠術だとしたら、聞いた話なので定かではないが、1回では効果は出ない。
数度に分けて同じ暗示を繰り返さねば確実に効かない筈だ。
だが、カタリナはそうは思っていないようだ。
しばらくメルティの目の上に手を置いたまま、聞き慣れない単語をずっと小さく呟いた後。
「……目覚めの時、その声を聞け。『目覚めよ』」
すっ、と、カタリナがメルティから手を離した。
途端。
メルティの様子が一変する。
「うっ……、っぐっ……、ぐうゥウウッ!!」
愛らしい顔が、見る間に銀と藍色の毛に覆われる。頭には長い耳が生え、鼻と口が突き出て、手足も獣のものに変じた。
亜人のメルティは、バーサーカーとなると、完全にモンスターに変化するのだ。
「ウガァァァァッ!!」驚く和哉達に向かって獰猛な咆哮を発すると、メルティは床に四足で立つ。
正面に立っていたデュエル目掛けて跳躍した。
慌ててデュエルが避ける。
避けられたメルティの爪が、会長室の木の壁に喰い込み、縦長の傷を作る。
ルースが、剣帯の後ろに差していたショートソードを抜く。
コハルも、懐からくないを取り出し、構える。
和哉は、アマノハバキリを抜こうかどうしようか、と迷いつつ、飛び掛かられた場合の対処にと、柄に手を掛けた。
「カズヤ、『目覚めよ』って、言ってごらんな」
この状態に、1人のんびり構えているカタリナが言った。
「えっ!? こっ、この状況でっ!?」
「いいから早くっ!!」
カタリナに急かされ、和哉は「目覚めよっ!!」と叫んだ。
メルティの動きが止まる。
と同時に、メルティの全身を覆っていたモンスターの毛が、すうっと消えていく。
まるで糸の切れた操り人形のように、元の姿に戻ったメルティは、そのままぱたり、と倒れてしまった。
「――おおっ!!」デレク会長が、感極まった声を上げた。
「これなら、メルティの《バーサク》の危険が無くなる。ありがとうございます、カタリナ殿」
「なんの。これは魔法とはちょっと違う術なんだわさ。使い方が難しいんで、あんまりやりたくなかったんだけど、役に立って何よりなんだわさ」
「ただ」と、カタリナは付け足した。
「油断は禁物って話でさ。この暗示、時と場合によっちゃあ効かないこともあるんだわ。《バーサク》アビリティの効果が振り切れちまった時とか。そこのところは、覚えておいて欲しいんだわ」
ベタな題になってしまいました・・・




