45.そろそろ本業
短い午睡から和哉が目覚めると、アルベルト卿が皆を買い物へと誘った。
「南レリーアは、北カルバス1の繁華街でもある。商店も、ほぼ1日中開いておる」
嬉しそうに説明するアルベルト卿に、きっと昔は夜通しはしご酒してたな、と和哉は思った。
ここでお宝探しのパーティに加わった経験があるカタリナと、生前(?)は駐屯していたというアルベルト卿の勧めで、旅の賢者の噴水広場近くにある防具店へ入った。
広い店内には、頭の先から足の先まで、値段の幅もピンからキリまでの防具が、整然と並べられている。
ジンが仕事を掛け合ってくれている間、暇なので、腕慣らしに探索に付き合うというルース達も一緒に来たので、総勢8人の大所帯パーティは、まず旅の途中で手に入れた、モンスターの『落し物』や皮や牙、肉といったものを換金した。
持ち物倉庫に大量に保管されていた売り物は、和哉達の予想をはるかに上回る金額で売れた。
「カズヤが居るお陰で、金には事欠かねえな」
革袋の中に、40カラングと50テリングを納めた会計係のロバートが、にんまりと笑う。
和哉の『エンカウント100パー』は、面倒だが金とレベルは稼げる。
有難いのか迷惑なのか分からないアビリティだと、改めて和哉は複雑な思いを抱いた。
まずガートルード卿と戦った時に斬られたサンドウォームの皮の篭手より良いもの買おうと思っていた和哉に、防具は、現在の自分に合ったものを選んだほうがよい、とアルベルト卿が助言してくれる。
和哉はジンに頼んで自分のレベルを確認した。
《レベル700 クラス上級上剣士、上級上騎士、上級中竜騎士》
和哉は、自分のレベルがガートルード卿を超えていたのに、内心驚いた。
思い返せば南レリーアに到着するまでの道程で、ハイドラには出くわすわ、デスディンゴの群れに囲まれるわ……。
――上がって当然か。
ジンの神聖魔法で頭に浮かんだ自分のレベルを、アルベルト卿に伝えた。
「篭手だけでなく鎧やブーツも変えたほうがよいな」
アルベルト卿が選んでくれたのは、ミスリル合金の肘まである篭手と脛当て、リザードドラゴンという、火トカゲより上級の大型トカゲ種モンスターの皮をなめしたもので作られた鎧、それと、同じリザードドラゴンの皮のショートブーツだった。
ミドル丈のブーツから、踝少し下の丈のショートブーツにした理由は、アルベルト卿曰く、
「竜騎士のレベルがあるのだから、何処かで気の合うドラゴンを騎乗竜と出来るやもしれぬからな」
重かった一角熊の皮製(なのは、売った時にわかった)ミドル丈ブーツより、リザードドラゴンのショートブーツは断然軽いし柔らかい。
値も張るが、この重さならドラゴンに騎乗した際にはかなり動き易いだろう。
だが。
「えー……。でも俺、本格的に竜騎士になる気は、」ない、と言い掛けた和哉の言葉を、ジンが遮った。
「ドラゴンは、乗らなくても戦力になる。仲間に出来ればそれに越したことはない」
無表情だが半端ない圧力で言い切るドSアンドロイド美少女神官戦士に、しっかりドМの自覚がある和哉は「はい」と項垂れるしかなかった。
仲間達がそれぞれ装備を一部、あるいは全部新調し、古いものは、魔法付与されたものを除き防具屋に売った。
「さあて、これからが本番。南レリーアでの本業だな」
大通りに出ると、ロバートが楽しそうに言った。デザインは違うが和哉と同じリザードドラゴンの鎧を着たロバートを、和哉は見上げる。
「って、お宝探し?」
「ああ。南レリーアっつったら、遺跡探索だろう?」
カタリナを振り返ったロバートに、魔女は「そうさね」と頷いた。
「南レリーア周辺には、古代人の遺跡がたくさんあるんだわよ。初心者級の、結構探索され尽くしてるものから、まだ全然未踏のものまで」
「知ってんぜ。昔、親父がサーベイヤまで足を延ばしてたんでな。戻って来た時に南レリーアの遺跡の話をしてくれた。大体んとこは大勢の冒険者が入り込んでるだろうから、ま、お宝はねえけどモンスターはしこたま出るから、初級者が行ける遺跡は腕慣らしってとこだな」
タイスが、軽い調子で言った。
「未踏のところは?」ルースが訊く。
「って、ほんとにくっついて来る気かよ、あんたら?」ロバートが片眉を上げる。
「だから、お嬢ちゃんが心当たりに仕事を掛け合ってくれてる間だけだ。ぼけっと待ってても腕が鈍るしな」
「俺もその口」と、タイスがにやっ、と笑った。「ガキの頃、親父に簡単な洞窟なんかには連れてって貰ったけど、いっぱしになってからは傭兵一本だったからな。久し振りにお宝探しも面白そうだ」
「未踏のところは、殆ど普通の人間には入れないんだわさ」と、カタリナ。
「城の遺跡なんかは、半分水没してるんだわさよ。そこは、水の精霊の加護のあるエルフでも一緒じゃなきゃ、先へは進めやしないさ。残りは、調査に入った連中が途中で引き返したとか、道が行き止まりだったとか」
「えっれー強いモンスターが居た、とかか?」ロバートが、それまでのるんるん顔を渋く変えた。
強いモンスターといって、和哉が真っ先に思い浮かべたのは、西の山の毒蔓ボスだった。
召還獣としたアンデッド・ルムブルドラゴンのほうが断然強いのだが、気色悪さでは毒蔓には敵わない。
《たべ》た時の感触を思い出して、またアレ系のが居るのかもと思うとぞっとする。
「……未踏地は、下手に入ると、危ないんじゃないの?」
冒険者にあるまじき、ちょっと行きたくないオーラを出しつつ、和哉は仲間の顔を見る。
と、意外にも援護射撃があった。
「カズヤの言う通りかも知れぬ。無暗に踏み込んで命を落としては取り返しがつかぬ。どの程度危険かについて、冒険者協会へ行って調べてから、何処へ向かうか決めようか?」
既に命を落としているアンデッドが言う台詞ではないのだが、と、和哉は密かに突っ込んだ。
しかし、念には念であるのは確かだ。
アルベルト卿の一言に、和哉も仲間も頷いた。
******
ルース達の再就職を掛け合うと言っていたジンは、もう一度グレイレッド殿下に会うため、協会へ向かう和哉達と別れた。
冒険者協会の大扉を開けた和哉は、相変わらずの人の多さに、ちょっとだけうんざりする。
各種仕事が張り出された掲示板の脇に、名所案内も兼ねているのか、古代遺跡の場所を記した地図が、デカデカと掲示されていた。
和哉達は人混みを分けて、古代遺跡の地図の前へと立った。
「レス湖とアイダス湖の遺跡が古代人の城跡で、半分は水没してるんだわさ」
カタリナが、赤いマニキュアの指で、地図を指した。
レス湖は南レリーアの南東側、アイダス湖は更にその南だ。
「こっちの遺跡は?」ロバートは、これも大きな湖らしい場所を指した。
「アル・ガンダロッド遺跡は、別名『枯れた海の遺跡』っていうのさ。ここは平城跡で、ただ、物凄くだだっ広いんだわさ」
「聞いたことがある」とルース。
「サーベイヤ人がこの地に侵入して来る以前に住んでいた、ロー族という古代種族の城だとか」
「じゃあ、レス湖やアイダス湖の遺跡も、ロー族の城跡なんじゃないの?」
和哉の疑問に、アルベルト卿が「違うのだ」と答えた。
「レス湖とアイダス湖の城跡は、ロー族のものよりもっと古い。一説では、エルフの城跡ではないか、とも言われている。それが証拠に、城は初めから湖に半分沈む形で建造された、という検証がなされている。
先程カタリナ嬢が言われた通り、エルフは精霊魔法が使え、水の精霊の加護がある。精霊魔法は、人間には使えぬ特殊魔法なのだ」
そういえば、と和哉は思った。
異世界に来てから、同じ転移組のロバートやカタリナ、亜人種のデュエルやメルティには会ったが、RPGゲームでは1番人気だった人種のエルフには、お目に掛かっていない。
鍛冶が得意な地下の主のドワーフにも、今のところ出くわしていない。
ドラゴンは居るというのだから、それらの人種が居てもおかしくないような世界であるのに、だ。
「えっと、さ……。すっごく初歩的なことを、質問していいかな?」
和哉はアルベルト卿に訊いた。
「エルフって、いないの?」
途端、ルース達元傭兵3人組が吹き出した。
「あんた、一体どっから来たんだ? よっぽど文化の遅れた地方からか?」
和哉達の正体を知らないルース達にそう言われるのは分かっていた。が、やはり恥ずかしい。
和哉は、頬が熱くなるのを感じる。
ルースの揶揄を、「知らぬものを尋ねるのは、一時の恥である」と、アルベルト卿がやんわりと制してくれた。
「少なくとも、我らが住まうアデレック大陸には、エルフの国は無い。太古にはどの大陸にも、広大な森がありエルフの王国があった、というが」
「人間が増え過ぎて、精霊が極端に減っちまったから、エルフもこの世界から居なくなったって話もあるんだと、婆さんの占い師から訊いたんだわ」と、カタリナ。
「あたしら人間が使う魔法は、正確に言うと事象魔法。この世界に自然にある魔力を、自分の気力と意思でコントロールして、炎や風なんかを起こすんだわさ。それに対して、エルフが使ったっていう精霊魔法は、精霊っていう、特別な存在と契約して、その力を借りて魔法を起こす。
こっちのほうが、より複雑で大きな魔法を使えるんだわさ」
和哉は頷いてから、ふと嫌な予感がした。
万が一、まだどこかにエルフが居て、対峙したら、ジンが《たべ》ろ、と言わないだろうか?
――いやいや、それは無いだろう。
大体、今まで出会ってないし。出会っても、エルフと喧嘩になるかどうかも分からないし。
和哉が変な想像をしているうちに、ロバート達は行先をほぼ決定していた。
「レス湖の遺跡がいいだろう。まずは初めての諸君だけで、遺跡の探索を行うといい。アドバイス役には――カタリナ嬢、お願い出来るかな?」
「はいさ」と、カタリナは意外にもあっさりとお目付け役を引き受けた。
「俺、マランバルで一度、ダンジョンには挑戦してるけど」
申告した和哉を、ロバートが、「一度っきりじゃあな」とからかう。
「確かに、あれは経験って言えないけど」とぶすくれた和哉に、ロバートは苦笑しつつ謝った。
「悪い。そういう俺も、本格的なダンジョンは初心者とおんなじだ。――よろしく頼むぜ、カタリナ」
レス湖の遺跡に臨むのは、ジンとアルベルト卿を除いた6人と決まった。
受付へ遺跡探索の許可申請をしに行こうとした和哉達の前に、不意にメルティが近付いて来た。
「遺跡へ行くの?」
銀色の縦虹彩の瞳が、睨むように和哉を見る。
デュエルやディスノとはまた違った肉食獣系の動物に狙われた気分になり、和哉はちょっと怖気付きながら「ああ……、うん」と頷いた。
「私も、連れて行ってくれない?」
「……は?」メルティの意外な発言に、和哉は目を見開く。
「君、冒険者じゃないの? 俺らが行くのって1番簡単なダンジョンだぜ?」
メルティは、少し頬を赤くして、怒ったような顔になる。
「私、歳が若いからって、まだ遺跡探索の許可を父さんから貰ってないの。格闘の修業だって、もう随分やって来たのに……。だから、あなた達ならデュエルの知り合いだし、父さんも強く反対しないと、思う」
「って、メルティはいくつ?」
「14歳よ」メルティは、胸を張って言った。
若いとは思ったが、14歳とは。和哉は、改めてメルティのレベル探知をしてみた。
《ワーリンクス レベル80》
初心冒険者としては十分なレベルだ。問題ないとは思うのだが、デレク会長が許可しないというのには、年齢の他に、メルティに何か問題があるのかもしれない。
ならば、和哉達としても簡単に承諾は出来ない。
渋面を作った和哉に、メルティが「ダメ?」と、不安そうな顔をする。
「まず、さ。お父さんの許可を貰ってからにしたら? でないと、俺らも一緒に行って君の安全を保障出来ないし」
和哉の言葉を承諾と受け取ったらしいメルティは、ぱあっ、と顔を輝かせると、分かった、と会長室へと小走りに戻った。
「おい、あの嬢ちゃん、本気で連れてくつもりか?」
亜人嫌いのタイスが、嫌そうな顔をする。
「14とかって……。足手纏いだぜ?」
自分でも、断る方向で言ったつもりが逆に取られて失敗した、と思っていた和哉は、「会長次第、かな」と、ストップが掛かるのを期待して答えた。
時計が無いので感覚的に待つこと30分、メルティがデュエルと共に戻って来た。
「お、戻ってたのかっ!!」ロバートが、嬉しそうにデュエルの肩を叩いた。
「執行猶予付きなんで、しばらく禁足だぜ」デュエルは白っぽい金髪をぽりぽりと、照れくさそうに掻く。
「だから、当分は協会で親父の手伝いだ。――と、俺のことじゃなくって、メルティのことなんだけどよ。親父が、カズヤ達がよかったら連れて行ってやってくれって。ただし、条件があるんだ。それは、ここに書いてあるからって」
折り畳まれた羊皮紙片を、デュエルはアルベルト卿に渡した。
デレク会長からの伝言を読んだアルベルト卿は、片眉を上げて唸った。
「ふうむ。なるほど、な」
「何なの?」と問うメルティに、アルベルト卿は優しく微笑んで、
「くれぐれも、大事な令嬢に怪我をさせぬように頼む、という内容だ」と答えた。
「これは和哉が持っていてくれ」と、アルベルト卿はデレク会長のメモを和哉に差し出す。
「では、明日朝、神殿の2番目の鐘がなる時刻に、装備を整え『巨人の槌亭』へ来てくれ」
メルティは、アルベルト卿の指示に、やや疑わしげな顔をしつつも頷いた。
「プリンセス・オブ・クラッシャー」の書き直しをただ今優先しております関係上、遅筆が更に遅くなっております。
申し訳ありません。
書き直しが終わりましたら、また「月天使~」に本気出したいと思っておりますっ




